大正サアカス恋愛奇譚~薄幸少女は運命の糸を纏って踊る~

○日ノ出座の共同住居内・昼
広々とした共同住居の一室。
2話終盤で澄子を出迎えた団員たちが集まっている。
あざみ「改めて、日ノ出座へようこそ! 歓迎するわ、新人さん」
団員の代表として、澄子に笑顔で挨拶をするあざみ。
あざみは椅子に座っており、向かいには同じく椅子に座る澄子と緋埜。
他の団員たちは、あざみの近くに座ったり立ったりしている。
あざみ「あたしはあざみ。あなたのお名前は?」
澄子「す、澄子……です」
うつむきがちで、自信なさげに名乗る澄子。
あざみ「澄子! 覚えたわ」
明るい笑顔で言うあざみ。
 ※澄子を安心させようとしている。
あざみ「あたしは、語りを担当してるの。芸の紹介とか、煽りをする役ね」
イメージ図:舞台上に立ち、客に向かって語りをするあざみ。
六太「俺、六太! 軽業師!」
鈴代「鈴代」
加代「加代」
鈴代&加代「ブランコ乗りよ!」
辰峯「僕は辰峯。手品師をしている」
自分もとばかりに、次々名乗る団員たち。
その勢いに、澄子は圧倒されて仰け反る。
緋埜「こら。一斉に話すな」
はしゃぐような団員たちを制止する緋埜。
団員たちは大人しく口を閉じる。
あざみ「澄子は?」
優しく尋ねるあざみ。
澄子「わ……私は」
迷いながら、顔を上げる澄子。
澄子「踊り子を、やりたい……です……」
そう言ってから、パッとまた視線を下に向ける。
澄子「で、でもまだ全然素人で、何もできないっていうか、とても舞台には……」
あざみ「良いじゃない」
さっぱりとしたあざみの言葉に、澄子は彼女の方を見る。
あざみ「踊り子。華があって、素敵よ」
にこっと笑うあざみ。
自分の目標を肯定され、安堵の表情を浮かべる澄子。
鈴代「素人なら、これから練習ね!」
加代「私たちと練習しましょ!」
六太「あっ、ずるいぞ2人とも! 踊り子なら俺たち軽業師と一緒にやるのが良いだろ!」
また騒がしく主張する団員たち。
六太「な、澄子。軽業師と一緒にやったら楽しいぞ!」
鈴代「やあだ、澄子ちゃんは私たちと練習するの!」
加代「女の子同士の方が、澄子ちゃんもやりやすいはずよ?」
六太「いーや、こういうのは芸の相性をだな!」
再び、騒がしく話し出す団員たち。
澄子は「あの」「えっと」と返答に困っている。
緋埜「静粛に」
パンパン、と手を叩く緋埜。
緋埜「あまり澄子を困らせるな。稽古については追って指示する」
鈴代&加代&六太「はあい……」
肩を落としてしょぼくれる3人。
あざみ「ふふっ、怒られちゃった」
愉快そうに笑うあざみ。
あざみ「ねえ座長、澄子はどこで暮らすのかしら?」
緋埜「俺の家だ」
澄子「えっ」
目を丸くする澄子。
緋埜「嫌か?」
澄子「い、嫌では……ないですが……」
緋埜「なら、構わないだろう」
涼しい顔で言う緋埜。
辰峯「ふーん?」
顎をさすり、目を細めて笑みを浮かべる辰峯。
辰峯「座長。澄子さんの部屋は整えてあるのかい? 衣服や、身の回りの品は?」
身を乗り出し、緋埜に尋ねる辰峯。
澄子「あ……私は、1畳ほどの場所を寝床にいただければそれで……」
先んじて遠慮しようとする澄子。
しかしそれに被せるように、緋埜が口を開く。
緋埜「無論。全て手配してある」
澄子(は、早い!)
辰峯「なるほどなるほど」
うんうんと頷く辰峯。
 ※緋埜が澄子に、無意識ながら好意を寄せていることを、目聡く察知している。
辰峯「では座長、僕からの提案だ。澄子さんを、買い物に連れて行って差し上げてはどうかな?」
人差し指を立てる辰峯。
緋埜「ふむ。名案だ」
即座に首肯する緋埜。

○服飾店・昼
百貨店内のモダンな女性向け服飾店。
高価そうな服が並んでいる。
澄子「わ、わああ……!」
見たことも無い上等な服を前に、たじたじの澄子。
緋埜「どれでも、好きな物を選ぶと良い」
大して気負った様子も無く、自然に勧める緋埜。
 ※澄子の反応との対比。
澄子(ど、どうしよう……有り難いけど、申し訳ない)
恐る恐る、服を見て回る澄子。
澄子(うう……でも、何もしないのも失礼、かな……)
悶々とする澄子。
そこでふと、薄手のシンプルな上着が目に入る。
澄子「綺麗な上着……」
思わず近付いて見る澄子。
直後、値札が目に入る。
澄子(ひいっ! 0の数が多い!)
あまりの高価さに怯える澄子。
澄子(せ、せめてこの中で、一番お安いのにしよう……)
さささ、と一番安い値札を探す澄子。
やがてとある白いシャツを見つける。
澄子「では、このシャツを……」
緋埜「わかった」
快く頷く緋埜。
澄子(ああ、申し訳ない……。帰ったら何でも、うんと働かないと……!)
内心頭を抱える澄子。
 ※澄子はもう帰宅する気でいる。
緋埜「さて、澄子」
澄子「はいっ」
ぴしっと背を伸ばす澄子。
緋埜「次はカフェーにでも行くか」
自然な流れで言う緋埜。
 ※澄子の予想を裏切る展開。
澄子「カ……カフェー……!?」
驚く澄子。

○カフェ・昼
カフェの入り口に、「カフェー プリマヴヱラ」と書かれた看板が下がっている。
澄子「こ、これが……ハットケエキ……! クリイムソーダ……!」
店内にて、テーブルに置かれたホットケーキとクリームソーダに、わなわなと震える澄子。
澄子「あの、緋埜さん……良いのですか」
緋埜「良い。君が気を揉むような、悪いことなどひとつとて無い」
不安げな澄子に、きっぱりと言う緋埜。
緋埜の前には、コーヒーだけ置いてある。
澄子「あ、ありがとうございます……」
恐縮する澄子。
緋埜「この近くに、馴染みの書店と文具屋がある。どちらから行きたい」
澄子(まだどこかへ!?)
また驚く澄子。

○街中・夕方
すっかり橙色に染まった空。
通りも人がまばらになってきている。
緋埜「さて、そろそろ帰るか」
満足げに息を吐く緋埜。
澄子(し、信じられないくらい、沢山の物をいただいてしまった……!)
書店、文具屋、宝飾店、骨董屋など、昼から巡った店々を思い返し、改めて震える澄子。
緋埜「澄子。最後に何か、買っておきたいものはあるか」
澄子「い、いえ! もう十二分にいただいてしまって……」
慌てて首を横に振る澄子。
しかしふと、何かを思い付く。
澄子「……すみません。やっぱりひとつだけ、良いですか」
おずおずと言い出す澄子。
緋埜「ああ。何でも」

○洋菓子店・夕方
店内のショーケースに、様々なクッキーが並んでいる。
色とりどりの可愛らしいものや、上品でシンプルなものなど幅広い。
緋埜「焼き菓子か。いくつ要る?」
澄子「ええと……」
思案し、指を絡める澄子。
澄子「……その、日ノ出座の方は、みんなで何人いらっしゃいますか?」
思い切って緋埜に訊く澄子。
目を見開く緋埜。
澄子「皆さんに、お土産を……と……」
声がしりすぼみになっていく澄子。
澄子「わ、私なんかが、傲慢でしょうか……」
緋埜「素敵な考えだ。皆、きっと喜ぶ」
微笑む緋埜。
優しい肯定に、澄子はパッと顔を明るくする。
緋埜「店主、この菓子を――」
店主に注文をし始める緋埜。
澄子は他の客の邪魔にならないようにと数歩下がり、入り口の扉近くに立つ。
と、その瞬間、扉が静かに開き、そこから伸びてきた手が澄子を掴む。
 ※誰の手なのかはまだ描写しない。
澄子「ッ!?」
悲鳴を上げる間もなく、店の外に引きずり出される澄子。

○路地裏・夕方
澄子(な、何……!? 誰!?)
ぐいぐいと引っ張られ、混乱する澄子。
そのまま、路地裏の暗がりまで連れて行かれる。
英造「見つけたぞ、ノロマめ……!」
ハッと顔を上げる澄子。
そこには、怒りの表情を浮かべた英造が立っている。
 ※ここで初めて、正体が英造だとわかる。
澄子「……っどうして、ここに」
青ざめる澄子。
英造「澄子……貴様、日ノ出座の座長に誑かされたそうじゃないか、え?」
澄子の話など聞かず、詰め寄る英造。
英造「おお、勘違いするな。わしは寛大だ。一時の気の迷いは許してやる。新しい役目も与えてやろう」
澄子「や、役目……?」
ギラリと英造の目が光る。
英造「瀧上緋埜。奴を篭絡し、金と情報を奪え」
澄子「っ」
息を呑む澄子。
英造「これはまたとない好機だ。澄子。お前の手で、調子に乗っている華族の若造に、お灸を据えてやるのだ」
悪辣さを隠そうともせず言う英造。
澄子はぎゅっと拳を握りしめる。
澄子「嫌、です……!」
はっきりと言う澄子。
英造の顔が不愉快そうに歪む。
澄子「私は、恩を仇で返すようなことは……絶対にしません!」
英造「貴様! わしの恩は忘れたというのか!」
手を振り上げる英造。
痛みを覚悟し、目を瞑る澄子。
英造の手が澄子に当たる直前、カツン、という靴音が響く。
英造「!」
聞こえてきた靴音に反応し、手を止める英造。
 ※外面を良く取り繕おうとする英造は、第三者に暴行の現場を見られたくないため、反射的に手を止めた。
緋埜「これは、これは」
ゆっくりと路地裏に踏み入ってくる緋埜。
その表情は、静かな怒りに満ちている。
緋埜「昨日ぶりだな。神森英造」
カツン、と立ち止まる緋埜。
澄子と英造の間に割って入り、澄子を庇うような立ち位置。
緋埜「俺の団員に、何か?」
威圧する緋埜。
英造「ッ何が、『俺の団員』だ! そいつは我が神森座の下働きだぞ!」
緋埜「それはおかしな話だな。澄子に賃金が支払われた記録は、どこにも無かった。雇用されていたとは言い難い」
英造「ぐっ……」
言葉に詰まる英造。
緋埜「俺はたまたま、神森座のテントに居た澄子を勧誘しただけだ。それとも何か? 歴史ある神森座は、少女に無賃労働をさせていたと?」
英造「黙れ! 貴様こそ、身分を偽ってわしを騙したではないか! この悪党め!」
唾を飛ばして必死に言い返す英造。
緋埜「では、法廷で争うか? それとも、市井に善悪を問うてみるか」
眉一つ動かさない緋埜。
歯ぎしりをする英造。
 ※英造は自分の悪行も、第三者に裁きを委ねたら勝てないことも自覚している。
ややあって、英造は荒々しい足取りで去っていく。
緋埜「気付くのが遅れてすまない。大丈夫か、澄子」
澄子「は、はい。助かりました。……ありがとうございます」
緋埜「礼を言われるようなことじゃない」
緩く首を振る緋埜。
緋埜「帰ろう。俺たちの家に」
澄子の肩を抱く緋埜。
澄子「……はい」
安心した表情で、身をゆだねる澄子。
 ※澄子にとって、緋埜の隣が「安心できる場所」になりつつある。