建売業者から、建物の解体を依頼された。
しかし、一向に工程が進まない。
足場業者が使っていたインパクトドライバーは、バッテリーがいかれた。
重機を運ぶ回送車は、現場へ来る途中で事故を起こした。
やっと重機が届いたと思ったら、今度はその重機が故障した。
メンテナンス業者に来てもらったが、異常は見当たらないという。
リース会社に再度手配を頼んだものの、現在、同じ仕様の重機はすべて出払っているらしい。
他の営業所にも確認してもらっている。
返事待ちだ。
仕方がないので、建物内部の作業に取りかかることにした。
しかし、不思議なことが起きた。
職人が中へ入ると、住人などいないはずの屋敷から、廊下を走る足音が聞こえるという。
時折、子供のクスクス笑う声まで聞こえるらしい。
職人たちは気持ち悪がり、屋敷の中へ入ることを躊躇している。
どちらにせよ、本当に子供が紛れ込んでいるのだとしたら、危険で作業を進められない。
もう三日も、工程が遅れている。
事務所へ戻ると、契約期間を終えた大男が、先月分の給料を受け取りに来ていた。
今どき珍しく、銀行振り込みではなく、手渡しを希望していた男だ。
何気なく雑談をしていると、
『怪異事件ビジネスコンサルタント』
という、怪しげな名前の場所に世話になっていると、ぼそぼそ話し始めた。
私は、幽霊など信じていない。
だが、現在の現場の状況を考えると、もしかすると……などと思ってしまった。
大五郎というこの大男が、これからそこへ帰るという。
社用車で送っていきながら、現場の話を聞いてもらうことにした。
「着いただよ。ここの二階が、さっき話した、オラが世話になってる怪異事件ビジネスコンサルタントだ」
社用車を近くのコインパーキングへ停め、入り口の前に立った。
看板には、ガムテープの上からマジックで、
『怪異事件ビジネスコンサルタント(KGB)』
と書いてある。
KGB?
KJBだろ?
しかも、ガムテープの上にマジックで書いてあるし……。
年配者がやっているらしいな。
笑いを堪えながら、ドアを開けた。
*
カランカラン。
「いらっしゃいませ!!」
ついに来た!!
本当の、ちゃんとした依頼者だっ!
しかも企業案件!!
「今、大五郎さんからお話を聞きました。所長さんのお悩みは、この怪異事件ビジネスコンサルタントにお任せください!」
大五郎さん、使える!!!
話を聞くと、監督さんではなく所長さんだった。
決裁権あるじゃん。
ラッキー!!
死神ちゃんが言うには、多分、
座敷わらしか。
土公神(どくじん)の祟りか。
あとは、家鳴り?
倉ぼっこ?
そのあたりじゃないかという。
私には、座敷わらしくらいしかわからない。
さすが神様。
とりあえず、現地へ行かないと特定できないらしい。
所長さんの車に私と死神ちゃんを乗せてもらい、現場へ向かうことにした。
現場に着くと、誰もいなかった。
このままいても仕事にならないからと、職人さんたちには早く帰ってもらったらしい。
そこにあったのは、古くて立派なお屋敷だった。
足場を覆うメッシュシートの中へ入ると、それまで輪郭しか見えなかった建物の細部が、少しずつ見えてくる。
やっぱり、カッコいい。
黒っぽい、太い木材。
玄関の引き戸のガラスには、和風の絵がデザインされている。
「壊すの、もったいないよね」
「この家を売った売主さんにも、いろいろ事情があるみたいですね」
一緒についてきた所長さんが説明してくれた。
「これだけの広さの土地を相続するとなると、相当な相続税がかかりますからね。大体そのあたりがネックになって、大きな家は取り壊され、建売住宅の業者やマンション業者が買うんですよ」
「お金持ちには、お金持ちの気苦労があるんですね。庶民の私にはわかりませんけど」
私は、もう一度屋敷を見上げた。
「でも、なんかもったいないね」
所長さんが、小さな投光器を持ってきてくれた。
死神ちゃんがそれを受け取り、私たちは屋敷の中へ入る。
「私は車で待っています。いろいろ、事務的な仕事がまだ残っていますので」
所長さんはそう言うと、逃げるように建物から離れていった。
幽霊なんか信じてないって言ってたのに。
やっぱり、ちょっと怖いんだ。
玄関を開けると、交渉相手はすでに待っていた。
艶のある廊下の上。
おかっぱ頭で、日本昔ばなしに出てくるような着物を着た、小さな女の子が正座している。
「いらっしゃいませ。神様の気配がしたので、お迎えにあがりました」
女の子は、無表情のまま頭を下げた。
「あたいの願いが神様に届いて、嬉しい。助けに来てくれたのですね。どうぞ、お入りください」
まったく子供らしくない話し方。
そして、まったくの無表情。
女の子は、私たちを屋敷の中へ案内した。
「やっと来てくれた。あたいの力では、どうにもならなかった」
廊下を歩きながら、座敷わらしは事情を説明してくれた。
「家の気が弱まって、土公神様も弱って動けなくなったの」
座敷わらしが襖を開け、私たちを土公神様のいる畳の部屋へ招き入れた。
カビ臭い、暗い部屋。
ボロボロの薄い布団の上に、老人らしき影が横たわっていた。
「いつも、すまないね〜。わしがこんなんばっかりで。わらしちゃんには、いつも世話になりっぱなしだよ。ゲホゲホ」
この人が、土公神様?
なんか、イメージしてたのと違うんですけど。
痩せ衰えて、顔は土気色。
着物もボロボロ。
薄い布団の上に横たわっている。
「それは言わない約束だよ」
座敷わらしが、土公神様に水を飲ませる。
目の前で、いきなりコントが始まったのかと思った。
横を見ると、死神ちゃんも笑いを堪えている。
本人たちは大真面目なんだろうけど。
やっぱり、コントにしか見えないんですけど……。
ポーチの中から、クシナダヒメが声を上げた。
「おぼこよ! そやつは、だいぶ弱っておる。そやつの頭にワラワをつけるがよい。少しは元気になるであろう」
死神ちゃんが、櫛になったクシナダヒメを土公神様の頭につけてあげた。
すると、土公神様はどんどん若返っていく。
部屋の中も明るくなり、空気まで清々しく変わっていった。
数分後。
私たちの前では、座敷わらしと同じくらいの年格好になった、身なりのよい男の子が、座敷わらしと二人で平伏していた。
私は、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
「わらしちゃんって、家を繁栄させるんでしょう?」
「そうだ」
「お金が儲かるってことでしょう?」
「まあ、そういうこともある」
「じゃあ、なんで相続税とか払えないの? ここの家の人たち」
座敷わらしが、じろりと私を見た。
「なんか馴れ馴れしいな、お前」
でも、助けてくれたから許してやる。
そう言ってから、座敷わらしは続けた。
「あたいの力は、人間を贅沢させるための力ではないんだ。そこを、みんな間違えている。ちょっとうまくいってるからって、調子に乗って贅沢してれば、あたいの力なんて……」
座敷わらしは、隣にいる土公神様を見た。
「愛想が尽きて、この家から出ようと思った。でも、昔から一緒に遊んでくれた土公神様を、置いていけなかったんだ」
「土公神様、移転先について妥協してくれないんだよ」
話を聞くと、
気がどうとか。
方角がどうとか。
間取りがどうとか。
日当たりがどうとか……。
不動産屋泣かせの客みたいで、呆れた。
座敷わらしまで一緒になって、匂いがよくないとか言っている。
すると、ポーチの中からクシナダヒメが言った。
「それなら、ワラワの実家に空き家がある。そこへ移ればよい」
さすが神様。
実家が太い。
クシナダヒメ……。
しかも、朧車まで呼んでくれるらしい。
朧車って、何?
この神様とは、私はやはり気が合いそうだ。
タクシーを配車するような軽さで、解決策が決まってしまった。
こんなので所長さんから報酬をもらっていいのであろうか。
途中から、少し心配になってきた……。
朧車に乗り込む土公神様は、出雲への栄転に小躍りしている。
牛車って、初めて見た。
座敷わらしは相変わらず無表情だった。
でも、なんだか少し寂しそうに見える。
「わらしちゃんは、ついていかないの?」
「あたいはついていけない。神様しか行けないところだから……」
座敷わらしは、朧車を見つめたまま言った。
「自分で、なんとかするさ」
私は少し切ない気持ちで、二人の別れを見届けた。
車の中で待っていた所長さんに、事件の解決を報告する。
所長さんは驚きながらも、本当に解決したのかと、まだ不安そうだった。
死神ちゃんが、所長さんに提案した。
「一週間、何も起きなければ事件解決ということで、こちらの金額をお振り込みください」
こうして、事件はあっけなく終わった。
「死神ちゃん、いくら請求したの?」
そう聞いたら、
「振り込まれてからのお楽しみ」
とか言って、教えてくれなかった。
まあ、いいか。
家賃が払えれば。
KGBのドアを開ける。
カランカラン。
「ただまぁ〜」
出迎えてくれたのは、エカテリーナと大五郎さんとチャラ男。
いつものメンバーのところへ帰ってきた。
でも、みんな少し困った顔をしている。
ジャージのズボンの裾を、何かに引っ張られた。
下を見る。
おかっぱ頭で着物を着た小さな女の子が、不敵な笑みを浮かべていた。
「お前、いい匂いしてた」
しかし、一向に工程が進まない。
足場業者が使っていたインパクトドライバーは、バッテリーがいかれた。
重機を運ぶ回送車は、現場へ来る途中で事故を起こした。
やっと重機が届いたと思ったら、今度はその重機が故障した。
メンテナンス業者に来てもらったが、異常は見当たらないという。
リース会社に再度手配を頼んだものの、現在、同じ仕様の重機はすべて出払っているらしい。
他の営業所にも確認してもらっている。
返事待ちだ。
仕方がないので、建物内部の作業に取りかかることにした。
しかし、不思議なことが起きた。
職人が中へ入ると、住人などいないはずの屋敷から、廊下を走る足音が聞こえるという。
時折、子供のクスクス笑う声まで聞こえるらしい。
職人たちは気持ち悪がり、屋敷の中へ入ることを躊躇している。
どちらにせよ、本当に子供が紛れ込んでいるのだとしたら、危険で作業を進められない。
もう三日も、工程が遅れている。
事務所へ戻ると、契約期間を終えた大男が、先月分の給料を受け取りに来ていた。
今どき珍しく、銀行振り込みではなく、手渡しを希望していた男だ。
何気なく雑談をしていると、
『怪異事件ビジネスコンサルタント』
という、怪しげな名前の場所に世話になっていると、ぼそぼそ話し始めた。
私は、幽霊など信じていない。
だが、現在の現場の状況を考えると、もしかすると……などと思ってしまった。
大五郎というこの大男が、これからそこへ帰るという。
社用車で送っていきながら、現場の話を聞いてもらうことにした。
「着いただよ。ここの二階が、さっき話した、オラが世話になってる怪異事件ビジネスコンサルタントだ」
社用車を近くのコインパーキングへ停め、入り口の前に立った。
看板には、ガムテープの上からマジックで、
『怪異事件ビジネスコンサルタント(KGB)』
と書いてある。
KGB?
KJBだろ?
しかも、ガムテープの上にマジックで書いてあるし……。
年配者がやっているらしいな。
笑いを堪えながら、ドアを開けた。
*
カランカラン。
「いらっしゃいませ!!」
ついに来た!!
本当の、ちゃんとした依頼者だっ!
しかも企業案件!!
「今、大五郎さんからお話を聞きました。所長さんのお悩みは、この怪異事件ビジネスコンサルタントにお任せください!」
大五郎さん、使える!!!
話を聞くと、監督さんではなく所長さんだった。
決裁権あるじゃん。
ラッキー!!
死神ちゃんが言うには、多分、
座敷わらしか。
土公神(どくじん)の祟りか。
あとは、家鳴り?
倉ぼっこ?
そのあたりじゃないかという。
私には、座敷わらしくらいしかわからない。
さすが神様。
とりあえず、現地へ行かないと特定できないらしい。
所長さんの車に私と死神ちゃんを乗せてもらい、現場へ向かうことにした。
現場に着くと、誰もいなかった。
このままいても仕事にならないからと、職人さんたちには早く帰ってもらったらしい。
そこにあったのは、古くて立派なお屋敷だった。
足場を覆うメッシュシートの中へ入ると、それまで輪郭しか見えなかった建物の細部が、少しずつ見えてくる。
やっぱり、カッコいい。
黒っぽい、太い木材。
玄関の引き戸のガラスには、和風の絵がデザインされている。
「壊すの、もったいないよね」
「この家を売った売主さんにも、いろいろ事情があるみたいですね」
一緒についてきた所長さんが説明してくれた。
「これだけの広さの土地を相続するとなると、相当な相続税がかかりますからね。大体そのあたりがネックになって、大きな家は取り壊され、建売住宅の業者やマンション業者が買うんですよ」
「お金持ちには、お金持ちの気苦労があるんですね。庶民の私にはわかりませんけど」
私は、もう一度屋敷を見上げた。
「でも、なんかもったいないね」
所長さんが、小さな投光器を持ってきてくれた。
死神ちゃんがそれを受け取り、私たちは屋敷の中へ入る。
「私は車で待っています。いろいろ、事務的な仕事がまだ残っていますので」
所長さんはそう言うと、逃げるように建物から離れていった。
幽霊なんか信じてないって言ってたのに。
やっぱり、ちょっと怖いんだ。
玄関を開けると、交渉相手はすでに待っていた。
艶のある廊下の上。
おかっぱ頭で、日本昔ばなしに出てくるような着物を着た、小さな女の子が正座している。
「いらっしゃいませ。神様の気配がしたので、お迎えにあがりました」
女の子は、無表情のまま頭を下げた。
「あたいの願いが神様に届いて、嬉しい。助けに来てくれたのですね。どうぞ、お入りください」
まったく子供らしくない話し方。
そして、まったくの無表情。
女の子は、私たちを屋敷の中へ案内した。
「やっと来てくれた。あたいの力では、どうにもならなかった」
廊下を歩きながら、座敷わらしは事情を説明してくれた。
「家の気が弱まって、土公神様も弱って動けなくなったの」
座敷わらしが襖を開け、私たちを土公神様のいる畳の部屋へ招き入れた。
カビ臭い、暗い部屋。
ボロボロの薄い布団の上に、老人らしき影が横たわっていた。
「いつも、すまないね〜。わしがこんなんばっかりで。わらしちゃんには、いつも世話になりっぱなしだよ。ゲホゲホ」
この人が、土公神様?
なんか、イメージしてたのと違うんですけど。
痩せ衰えて、顔は土気色。
着物もボロボロ。
薄い布団の上に横たわっている。
「それは言わない約束だよ」
座敷わらしが、土公神様に水を飲ませる。
目の前で、いきなりコントが始まったのかと思った。
横を見ると、死神ちゃんも笑いを堪えている。
本人たちは大真面目なんだろうけど。
やっぱり、コントにしか見えないんですけど……。
ポーチの中から、クシナダヒメが声を上げた。
「おぼこよ! そやつは、だいぶ弱っておる。そやつの頭にワラワをつけるがよい。少しは元気になるであろう」
死神ちゃんが、櫛になったクシナダヒメを土公神様の頭につけてあげた。
すると、土公神様はどんどん若返っていく。
部屋の中も明るくなり、空気まで清々しく変わっていった。
数分後。
私たちの前では、座敷わらしと同じくらいの年格好になった、身なりのよい男の子が、座敷わらしと二人で平伏していた。
私は、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
「わらしちゃんって、家を繁栄させるんでしょう?」
「そうだ」
「お金が儲かるってことでしょう?」
「まあ、そういうこともある」
「じゃあ、なんで相続税とか払えないの? ここの家の人たち」
座敷わらしが、じろりと私を見た。
「なんか馴れ馴れしいな、お前」
でも、助けてくれたから許してやる。
そう言ってから、座敷わらしは続けた。
「あたいの力は、人間を贅沢させるための力ではないんだ。そこを、みんな間違えている。ちょっとうまくいってるからって、調子に乗って贅沢してれば、あたいの力なんて……」
座敷わらしは、隣にいる土公神様を見た。
「愛想が尽きて、この家から出ようと思った。でも、昔から一緒に遊んでくれた土公神様を、置いていけなかったんだ」
「土公神様、移転先について妥協してくれないんだよ」
話を聞くと、
気がどうとか。
方角がどうとか。
間取りがどうとか。
日当たりがどうとか……。
不動産屋泣かせの客みたいで、呆れた。
座敷わらしまで一緒になって、匂いがよくないとか言っている。
すると、ポーチの中からクシナダヒメが言った。
「それなら、ワラワの実家に空き家がある。そこへ移ればよい」
さすが神様。
実家が太い。
クシナダヒメ……。
しかも、朧車まで呼んでくれるらしい。
朧車って、何?
この神様とは、私はやはり気が合いそうだ。
タクシーを配車するような軽さで、解決策が決まってしまった。
こんなので所長さんから報酬をもらっていいのであろうか。
途中から、少し心配になってきた……。
朧車に乗り込む土公神様は、出雲への栄転に小躍りしている。
牛車って、初めて見た。
座敷わらしは相変わらず無表情だった。
でも、なんだか少し寂しそうに見える。
「わらしちゃんは、ついていかないの?」
「あたいはついていけない。神様しか行けないところだから……」
座敷わらしは、朧車を見つめたまま言った。
「自分で、なんとかするさ」
私は少し切ない気持ちで、二人の別れを見届けた。
車の中で待っていた所長さんに、事件の解決を報告する。
所長さんは驚きながらも、本当に解決したのかと、まだ不安そうだった。
死神ちゃんが、所長さんに提案した。
「一週間、何も起きなければ事件解決ということで、こちらの金額をお振り込みください」
こうして、事件はあっけなく終わった。
「死神ちゃん、いくら請求したの?」
そう聞いたら、
「振り込まれてからのお楽しみ」
とか言って、教えてくれなかった。
まあ、いいか。
家賃が払えれば。
KGBのドアを開ける。
カランカラン。
「ただまぁ〜」
出迎えてくれたのは、エカテリーナと大五郎さんとチャラ男。
いつものメンバーのところへ帰ってきた。
でも、みんな少し困った顔をしている。
ジャージのズボンの裾を、何かに引っ張られた。
下を見る。
おかっぱ頭で着物を着た小さな女の子が、不敵な笑みを浮かべていた。
「お前、いい匂いしてた」

