怪異だって、現代社会では生きづらい。 ~元OL、怪異専門の相談所「KGB」を始めます~

どうすべ。

まじで、どうすべ。

もうすぐ稲刈りが始まる。

出稼ぎも終わりだ。

帰らなきゃならねぇ。

でも、金がねぇ。

電車賃がねーだ。

昼飯を節約して食わねぇから、みんなから離れて、現場の鋼材の上に座って頭を抱えていると、いつもの野良猫がやってきた。

めんこい茶トラ。

「すまねぇ。今日は、おめーに食わしてやるもんがねぇだよ」

この一週間、朝に一個、寝る前に一個。

一日二個の握り飯しか食ってねぇ。

オラがバカなせいで……。

猫は、オラたちと話ができる。

めんこい茶トラが言うには、この現場の裏通りに、変な相談所があるらしい。

困っているなら、そこへ行ってみろと言われた。

オラは、藁にもすがる思いで猫の言うことを信じた。

もう、オラじゃどうにもなんねぇ。

足場解体の仕事が終わってから、猫が言っていた相談所へ向かった。

確か、コンビニの二階だったなぁ。

窓には看板が出ている。

元の店名の上に、ガムテープが貼られていた。

そのガムテープには、

『怪異事件ビジネスコンサルタント(KGB)』

と、へたくそな字で書いてある。

ここだな。

猫が言ってたとおりの、変な相談所だべ。

カランカラン。

ぐうぅぅぅ〜。

ドアを開けると同時に、すげぇ音でオラの腹も鳴っちまった。

恥ずかしくて、顔が熱くなっちまう……。

そんなんでモジモジしてっと、カウンターの奥から、ジャージ姿で頭にタオルを巻き、雑巾を持った女の人が出てきた。

アルバイトの掃除のねーちゃんみてぇだ。

「いらっしゃっ……って、デカっ!! 鬼!? しかも赤鬼???」

ヤベェ……。

角、隠すの忘れてただ。

そんなことを思った途端、足から力が抜けていくような気がした。

目の前が、真っ白になっちまっただ。

*

開業して一週間。

予想はしてたけど、お客さんなんか全く来ない。

近所の野良猫しか集まってこない……。

エカテリーナは迷惑そうな素振りを醸し出しているつもりだろうけど、私にはお見通しだ!!

アレは絶対、猫好き。

しかも、相当な。

猫を撫でるエカテリーナの手の動きは、まさにプロの猫撫士のようだったもん。

怪異事件なんて、しょっちゅうあったら、それこそおかしいわ。

妖怪なんて、東京にはもういるわけないもん。

最初に気がつくべきだったのよ。

エカテリーナが、

「ビジネス街では、結構怪異が絡んだ案件があるのよっ!」

なんて言ってたから、私もこんな感じだし、まあそうだろうなと思って、口車に乗って始めちゃったのだけど……。

まあ、文句を言ってもしょうがない。

仕事がなければ、仕事を作ればいいの。

ってことで、せっかくしっかりした厨房設備があるんだから、使わない手はない。

幸い、仕事のできるエカテリーナさんは、このお店を見て、開業届を出すときに飲食もできるように届け出ていたらしい。

それを聞いたので、夜だけBARをやって、日銭を稼ぐことにした。

チャラ男は、見た目どおりお酒に結構詳しくて、簡単なカクテルなら作れると言ってるし。

私も、簡単な料理なら作れる。

おかーさんから教えてもらったからね。

あとは、私が食品衛生管理なんちゃらっていう講習を受ければいいらしい。

そんなことを考えていたら、目の前で赤鬼がぶっ倒れた。

顔が、どんどん青くなっていく。

どっちなんだよっ!

心の中でツッコミながら、この巨体をどうすればいいのか持て余していると、死神ちゃんとエカテリーナが、夕飯の食材を買って帰ってきた。

ぶっ倒れている青鬼を見て、二人は一瞬ぎょっとした。

そして、そのまま店の外へ出ていこうとした。

でも、困っている私を見て、踏みとどまってくれたようだ。

「どうしたのよ、コレ。あんた、またぶっ飛ばしたんじゃないでしょうね〜」

「またって何よ! 失礼しちゃうわね。今まで一度もぶっ飛ばしたことなんかないですよっ!」

「あのパーティーのことを忘れたとは言わせないわよ。あれは一体、何だったの? イツキ?」

「あああ〜、アレね! アレはぁ〜……お仕事。そう、お仕事よ!」

「なんか君たち、漫才をして盛り上がってるみたいだけど、この人、お腹空いてるんじゃないの? さっきからお腹、グーグー鳴ってるよ」

漫才をしているつもりはなかったんだけど。

死神ちゃんにそう言われて、何か食べ物がないか探してみた。

そういえば、私のバッグにうまい棒があった。

コンポタージュ味を取り出して、青鬼の鼻先へ近づけてみる。

青鬼の目が、カッと開いた。

「目を覚ました!!」

「大丈夫? お腹減ってるの? 低血糖になったってことね。無理しないで、ゆっくり動いていいから。あっちのボックス席に移れる?」

鬼は、なんとかボックス席まで移動した。

まだ少しフラフラしているみたいだし、息遣いも荒い。

「これでも飲みなさい。ゆっくり飲むのよ。火傷しないようにね」

エカテリーナが、いつの間にかホットミルクを作って持ってきていた。

悪魔なのに、優しいじゃん。

鬼は、大五郎と名乗った。

少し落ち着いたらしく、ポツポツと事情を話し始めた。

東京へ来るのも、出稼ぎをするのも、初めてだったのだという。

テレビで東京の街を見たとき、般若のような顔をした人たちが、たくさん歩いているのを見たらしい。

仲間がたくさんいるなら、出稼ぎに行ってもいいかなって思ったんだって……。

般若のような顔になる。

通勤ラッシュのことだろう。

的を射てるわ。

建築現場で働き始めた大五郎さんは、そこで一人の同僚と知り合った。

その同僚が街金からお金を借り、返せなくなって困っていたので、相談に乗ってあげたらしい。

必ず返すと言われて、お金まで貸しちゃったんだって。

「そいつ、十日ぐらい前から姿が見えねぇだ。街金から、ひでぇ追い込みかけられてたみてぇだから。オラ、心配だよ」

なんてお人好しで、なんて馬鹿なの?

何、この人?

この鬼か……。

鬼なのに。

エカテリーナは、呆れて口が開きっぱなし。

死神ちゃんは、天井の遥か先に焦点が合っている。

「もうすぐ稲刈りだから、早く帰んねぇといけねぇだよ……。オラ、人より力があるから、手伝うとみんな喜んでくれるだ。爺さん婆さんばっかりだからなぁ〜」

大五郎さんは、恥ずかしそうに俯いた。

「馬鹿でウスノロのオラでも、役に立つのが嬉しい……」

少しだけ、頬を染める。

赤鬼から青鬼になって、今はピンク鬼になってる。

今、私も貧乏だから、お金を貸してあげられないのよね〜。

「あっ、そうだ!!!」

私は、エカテリーナを見た。

「エカテリーナ、お金持ちでしょ! お金貸してあげてよ。このピンク鬼に」

「あんた、私を誰だと思ってるの? 悪魔よ!! 契約して私の手下になるなら、お金は出すわ」

「出た出た、ツンデレ悪魔!! 大五郎さん、契約しましょっ」

「だども……そうすっと、村に帰れねぇんだべ?」

「もう〜、わかったわよ。ここにいなさい!」

みんな、目を丸くして私を見ている。

なんで驚いているのか、よくわからない。

「だって、バックヤードに倉庫兼更衣室があるじゃない。そこで暮らして、仕事を探して、お金を貯めてから帰ればいいじゃん。ここの掃除で家賃は相殺!!」

「イツキ……あんたも、このピンク鬼に負けないくらいお人好しだってこと、忘れてたわ」

「じゃあ、そうと決まれば夕飯を作りましょう。ちょっと早いけど、お腹も空いてるでしょ?」

私は腕まくりをした。

「元気が出るもの作ってあげるわよ!! これでも私、おかーさんから料理を習ってて、結構、味には自信があるの」

「オラ、手伝うだ」

みんな、あっけに取られていた。

大五郎さんが包丁を使えるというので、食材を切ってもらう。

何、この人?

鬼か?

そこじゃなくて。

めちゃめちゃ包丁遣い、うまいんですけど。

主婦、顔負けなんですけど……。

エカテリーナが感心したように、大五郎さんの手元を見つめている。

「あんた、料理作れるの? 何か一品、作ってごらんなさいよ」

「うんだ。ずっと一人で暮らしてたから、料理はやってただよ。田舎料理でよかったら、泊めてもらうお礼に、オラが作るだよ」

またピンク鬼になった大五郎さんは、恥ずかしそうに微笑むのだった。