キスして入れ替わったら、美形部長の秘密の本音は俺への「好き」でいっぱいでした

 入れ替わりのチャンスに備え、週末は朝倉の家で過ごした。朝倉の家は客間があって寝る時は別々だったが、それ以外はずっと一緒。しかし雷どころか雲ひとつない晴天で、元には戻れていない。

 元に戻れなかった場合でもそれなりに日常生活…、特に期末テストを乗り越えられるように俺たちは昼間は勉強、夕方は息抜きも兼ねて河川敷まで走り、サックスとマリンバの練習に励んだ。

 しかし……。

「朝倉、ちょっといいか…?」
「は、はい…」

期末テスト最終日、担任に呼び出されてしまった。

 職員室へ行くと、隣の個室、生徒指導室へ通された。朝倉の担任教師は朝倉よりでかい。俺がビクビクしながら席に座ると、安心させるためか大きな体を折り曲げてへにゃりと可愛いらしい笑顔を作る。

「朝倉、最近どうした…?何か悩みでもあるのか?」
「えっと、それは…?」

それは一体、どういう意図の質問なんだ…?俺が聞き返すと、担任は言いにくそうにテーブルの上で指遊びをする。

「吹奏楽部の奴らに聞いたんだけど、先週かなり具合が悪かったんだろ?期末テスト、まだ数教科しか結果はわかってないんだけど…、かなり成績落ちてる」

 恐れていたことが、現実になった……!俺がいつもより良くできたつもりでも、朝倉的にはかなり成績を落としていたらしい…!

 やっぱ、週末やっただけのほぼ一夜漬けじゃ、全然追いつけなかったぁー!!

「すみません…」
「いや、調子が悪かったなら仕方ない。それより、何か悩みがあるなら言ってくれよ。ほら、これ…」

朝倉の担任教師は何か書いてある紙を俺の前に差し出した。

その紙には『進路希望調査票』と書いてある。

「これ…?」
「そう、これなんだが…」

先生が指差した『第一希望』には、綺麗な文字で『黒瀬奏くんと同じ大学』と書いてある。

 は…?

 なに、これ??

 あいつ、バカなの…?

 朝倉って文字にすると思いが溢れ出て隠せないタイプ……?!いや、その前に先生にも俺の志望大学聞いたって言ってたな。

「こ、これは……っ」

 あまりの予想外な内容に答えに窮すると、担任教師は咳払いした。

「吹奏楽部の顧問や部員から聞いたんだけど、お前と黒瀬は練習のことで揉めてたんだろ…?それでその、悩みすぎてこんな答えになったのか…?」

 それは朝倉が俺への片思いを拗らせて書いただけだと思うけど、逆に心配されてる……!

 朝倉の人徳、、すげえーー!!

「そうなんです。最近上手くいってなくて…」
「やっぱり…!!絶対そうだと思った!先生音楽のこと分かんなくて頼りないかもしれないけど、相談してくれよぉ~!」
「は、はい…」

 先生に改めて新しい進路調査票を渡されて、進路指導室を出た。

 すると、隣の職員室の前に俺の担任と、吹奏楽部の顧問、俺の姿の朝倉が待っていた。

 俺たちに気がつくと俺の担任が、朝倉の背中を押し、俺と向かい合わせる。

「さっき黒瀬とも話したんだけど、黒瀬は朝倉のことちゃんとわかってたぞ!」

先生、そいつ朝倉だから…。当然朝倉(じぶん)のことは分かってますよ?

 ていうか、なんなんだ。これは…。

 なんて答えたらいいか分からずにいると、吹奏楽部の顧問が焦ったくなったのか、ずいっと前に出て来た。
 
「ほら、朝倉は去年、3年生じゃなくて黒瀬がメンバーに入るべきだって先生に言って来たろ?」

え…?

 朝倉が去年、そんなことを?全然、知らなかった。

 呆然としていると、顧問は俺を説得しようと捲し立てる。

「そのくらい、朝倉は黒瀬のこと認めてるんだよな!だから、朝倉はパーカッションの黒瀬のことを下に見たりしてないって、黒瀬にはちゃんと話して分かってくれたから…!」

 俺が朝倉を見ると、朝倉は視線を逸らした。どうやら、本当らしい…。

 『ずっと見てた』って言っていたけど、それ、本当だったんだ。しかも、先生に俺を出せって言ってくれた…?

「あ、あの~…。朝倉くん。ごめんね…?」

何がごめん、なんだ…。俺の姿の朝倉は焦ったように話しかけて来た。朝倉はこのこと、俺に言うつもりはなかったのだろう。それがバレたからか、少し顔が赤い。

「ほら、黒瀬も分かってくれただろ!じゃ、二人とも握手…!」

顧問は俺たちの手を取りがっちりと握らせた。そして先生達に見守られて、ぎこちなく笑い合う。

「よかった。仲直りできたな…!」

 そう言われて俺たちは、職員室を出た。朝倉は気まずいのか、少し早歩きだ。

 朝倉の体は軽いし力がある。それに歩幅も大きいからすぐ、俺の体の朝倉に追いついてしまう。

「去年、顧問に俺を出せって言ってくれてたんだ…」
「……黒瀬が出た方がコンクールで金賞とれると思った。それで全国に行くことが出来れば、結果3年の為でもあるって思った」

ーー嬉しかった。俺が好きとかじゃなくて、その方が金賞をとれるって言ってくれたことが…。

 朝倉の体だから涙は出ないけど、鼻が少しつーんとした。朝倉のやつ、何なんだ、昨日から。そんなに俺を感動させて、どうするつもりだ…!

 黙った俺の顔を、心配そうに朝倉は覗き込む。

「余計なことした…?」
「いや……」

朝倉は自分の顔なのに、今、俺が喜んでいることが分からなかったようだ。

「朝倉って、自分の顔なのに、俺が今どんな気持ちなのか分かんねーの?」
「え…?わ、分かんない…」
「表情筋が機能しなすぎじゃね…?!」
「黒瀬が分かりやすすぎるんだ」
「単純だって、バカにしてんの…?」
「いい意味だよ!」

朝倉が嘘を言っていないことは分かった。本当にいい意味で言ってくれている。

 なんだか照れてしまい、それを誤魔化すためさっき渡された進路希望調査票を鞄から取り出した。

「朝倉、これ書き直せって先生が」
「え……?」

 朝倉は自分が書いた内容を思い出したのか、用紙と俺を交互に見た。

「先生は俺とのことで悩んで、朝倉が『黒瀬くんの行く大学』って書いたと思ったみたいだよ?」
「ふーん…、そっか」

朝倉はそれだけ言うと、俺から用紙を黙って受け取り、背を向ける。

「朝倉…?」
「黒瀬、週末もテスト期間中も勉強大変だっただろ?今日は早く帰ろう」
「え……?」

これまでずっと放課後は一緒にいたのに、朝倉はそのまま、振り向かずに走って帰ってしまった。

 俺は追いかけられなかった。

 朝倉が、泣きそうになっていたのが分かってしまったから。