キスして入れ替わったら、美形部長の秘密の本音は俺への「好き」でいっぱいでした

「……え、、?わかりやす…っ!」
「今更…?」

感動して思わず感想を漏らした俺に答えたのは朝倉のお母さん。

 わからないところを聞いたら、説明が凄くわかりやすかった。何でも、朝倉のお母さんは予備校講師らしい。
 
「何でもっと早く聞きにこなかったの?こんなに出来ないなんて知らなかったわ!黒瀬くんなんて、全問正解なのに~…」
「……」

 お母さん、安心して。お母さんの息子さんはちゃんと全問正解してます…!

そう言えるはずもなく、沈黙した。リビングのテーブルに向かい合って座っている朝倉は、ちょっと気まずそうな顔で俺を見ている。

「ちょっと、玲央!何とか言いなさい!」
「だってその通りだから」
「お、お母さん、あんまりく…、朝倉くんに言わないであげて…!」
「あはは。黒瀬くん心配しないで…!この子サックスは吹けるのに、父親似で表情筋の動きがイマイチなのよ。だからこの顔、落ち込んでるわけじゃないのよ…!」

 いや、かなり落ち込んでるけど、それが顔に出てない…?

 そう言われてみると、朝倉ってあまり表情を変えないからか、顔の筋肉が動きづらい。

「ね、黒瀬くん。玲央はこんなだけど、懲りずにまた遊びに来てね!」
「あ、は、はい…!」

 朝倉は勝手にお母さんと約束をして、顔を綻ばせる。

 朝倉のやつ…。元に戻った時、これを言い訳にまた俺を家に連れ込もうって魂胆か…?

「おい、あ…、じゃなくて黒瀬、勝手に約束すんな!」

 元に戻った時に家で2人きりになったらまずい気がする…。俺は朝倉に注意した。

「玲央、いいじゃない!」
「ちょっと、お母さん黙ってて…!」
「『お母さん』…?何よ、その言い方~…!」

朝倉のお母さんは大笑いしながら、俺を指差す。

「黒瀬くん!この子口ではこんなだけど、喜んでるのよ~♡わかりづらいでしょ?でもほらよく見て、口角がちょっとあがってる!」

違う、喜んでない…!そう、伝わらないことがもどかしい…。

 いつもこんな感じで、朝倉も俺に気持ちが伝わらなかった、のか……?

「朝倉くんのお母さん、そんなにからかわないであげてください」

俺が困惑しているとさすがに本人には伝わったようだ。立ち上がり朝倉は俺の腕を引っ張った。

「そろそろ楽器の練習しようよ」
「あ、うん…」

 朝倉のお母さんに礼を言い、俺たちは朝倉の部屋へ向かった。部屋に入ると朝倉は俺と向かい合う。

「期末テストまでに戻れなくて、もしもテストの点が悪かったとしても、俺は推薦狙ってないし、黒瀬が気にすることないから」
「そうは言っても…」
「大丈夫だよ!」

本当に朝倉はそう思っているらしい。俺の顔だから、表情でわかる。

「でもコンクールは別。黒瀬も絶対出たいよな…?最後の年だし」

そうだ。俺たちは高3。次の夏のコンクールが最後だ。特に朝倉は部長としてやってきた。きっと何としても出たいだろう。

「わかってる!元に戻るのを待つ間…、サックス練習する。朝倉、教えてくれよ!」
「うん。俺にもマリンバ教えてくれ」
「悔しいけど、多分俺の方が不器用だよな…?さっきもマウスピース吹けなくてさ。だから先に、サックスの練習からでいい?」
「わかった。じゃ、基礎からいこう」

 朝倉はサックスケースからマウスピースをとりだし、自分でマウスピースをくわえた。唇で軽くマウスピースを包むようにして息を吹くと、「ピー」という甲高い音が響く。

「わかった?」

 お母さんは説明うまかったけど、ひょっとして朝倉って口下手…?だからあまり、話す機会がなかったのか…?

 今のを真似してやってみろってことだろうけど、もしそれだけですぐに出来たとしたら、俺は間違いなく天才だ。

「取り敢えずやってみる」

 朝倉からマウスピースを受け取ると、それを丁寧に、隅から隅までハンカチで拭いた。

「あぁ゛っ!」

朝倉が変な声を出したけど無視して、綺麗に拭いたマウスピースに口をつける。
 
 さっきの朝倉を脳裏に思い浮かべながら、息を吹く。

「スーッ、プッ、プッ!」
「もっと、ピーって感じだよ?」
「キーッ!」
「ピー、だって」
「ぷはっ!」

 やっぱり難しい…!

 っていうか、朝倉の説明が、わかりにくすぎないか…?!

 めちゃくちゃ嫌な音を出してしまい、朝倉のお母さんが部屋までやって来てしまった。

「ちょっと、玲央~!黒瀬くん!近所迷惑~!」
「す、すみません…」
「そうだ、朝倉くん!河原にいこ…!」

朝倉はサックスケースとリュックを持ち、俺を引っ張ってお母さんの隣をすり抜ける。

「黒瀬くん、玲央…?!」
「夕飯までには帰るから!」

朝倉のお母さんに声をかけると外に出た。

 そのまま朝倉は走り出す。

少しすると住宅街を抜けて、コンクリートで整備された広い河川敷が見えてきた。

 川にかかる橋から車の走る音が聞こえる、静かすぎない場所だ。俺たちは人の気配がない場所を選んで、河川敷に降りた。

「ちょ…っ、と、まって…!休憩、させて…!」
「う、うん…」

15分くらい走ってきたが、俺は何ともない。しかし、俺の体にいる朝倉はばててしまい、河川敷の芝生に座り込んだ。

「なぁ、朝倉の体すげーな!走っても全然平気…!体が軽い!」
「…いつも、ここまで走ったりしてる…、から…」
「そっか、鍛えてるんだ。すげーな!ひょっとして、サックスのために肺活量を鍛えてる?」
「ま、まあ…」

俺は朝倉の体に感動していた。この体だから、こいつは木管楽器のリーダーなんだ。しかも走って、体を作っていたとは…!

「努力してたんだ…。全然知らなかったよ、俺、朝倉のこと」
「努力…って…。まあ、走ったりとか、たまにここで、練習したり、とか」
「あと、弱音器もあるんだろ?家でも練習してるってことじゃん…!」

 俺は朝倉の努力を知り、もし、このまま戻らなかったら、と、かなり不安になった。

「このまま戻れなくて、俺がサックスを吹いたら最悪、メンバーを外されるかもしれない。どうしよう。朝倉のいままでの頑張りを、俺がダメにするかもしれない…!」

 三年の集大成のコンクール。このままメンバーを外されたら、朝倉の努力が無駄になってしまう…!

 俺が不安を漏らすと、朝倉は息を整えながらポツポツと話した。

「でもそれ言ったら、俺もだよ。黒瀬も努力してるじゃん。自分用のマレットも持ってて、家でも練習してるだろ?家の練習用のマット使い込まれてたから、わかる…。俺もすげー不安だよ、マリンバ難しいし…」
「そう?朝倉は器用そうだし賢いし、ぱっと出来ちゃいそうだけど」
「まさか…!黒瀬みたいには無理だよ!」

朝倉がマリンバを難しいと言ったことは、すごく意外だった。

 朝倉にはパーカッションを軽んじられていると思っていたし、なんなら澄まし顔でこなされてしまうのではと思っていた。

「前回の夏のコンクールは先輩が3年で最後の大会だから譲る形になったけど、俺はずっと、マリンバは黒瀬が一番だと思ってた。だからそれを自分がすぐに出来るなんて、全然、思ってない」

 自分の顔だから、朝倉が嘘を言っていないとわかった。

 朝倉の嘘のない言葉に、俺の胸はぎゅっと締め付けられる。

 去年、すごく頑張ったのに、メンバーを外されて泣くほど悔しかった、自分が一番欲しかった言葉かもしれない。

 それを朝倉に言ってもらうなんて、入れ替わる前なら、思いもよらなかった。