キスして入れ替わったら、美形部長の秘密の本音は俺への「好き」でいっぱいでした

 
 翌朝、俺は昇降口で朝倉を待ち構えていた。すると、もうほぼ生徒の姿はない、ギリギリの時間に青い顔で現れた。

「おはよう!」
「おはよう…」
「…顔色悪…っ!しかもちょっとげっそりしてない…?」
「昨日、眠れなくてさ…」

俺はすぐ、だいたいの理由を察した。

 こいつは深夜まで、何度もSNSに写真や動画を投稿していたのだ…。

 俺に鍵垢の存在を気付かれたくない朝倉は毎回、投稿が終わるとログアウトしているようだ。しかしそのSNSは登録元のメールアドレス宛にログイン通知が届く仕組みになっているため、再ログインして投稿するたびに、朝倉のスマホを持っている俺が『新しいログインがありました』というメッセージを受け取ってしまう。

 初めは無視していたのだが、流石に何度も更新されるので気になって見てしまった。

 内容は、控えめにいって最悪。

 見たことをすぐに後悔した。

 なぜならその投稿は全て、こいつが自撮りした俺の写真だったのだ…。

 寝顔とか、キス顔とか、笑顔で好きって言う動画とか…。服もジャージに着替えてみたり、中学の制服着てみたり…。

 『中学の制服まだ着れるんだ♡』じゃ、ねーよ!しかも『元に戻ったら宝物にする』ってタグまでつけるんじゃねーよ!だいたい宝物にしてナニするつもりだ…?ナニに使われたりしたら…。こわいいぃ!

 アプリで直接消すことも考えたのだが、こいつの秘密を俺が知ったとバレるのも怖い。だってバレて開き直って何かされたら…。今俺の体は朝倉のもの。人質に取られたも同然……!

 元に戻る前に、穏便に、できれば自主的に消してほしい。
  
とりあえず、さりげなく忠告してみることにした。

「俺の体に無茶させるなよな…!お前と違って繊細なんだぞ!」
「うん。わかってる。そうだよな…。黒瀬の体って、マジで繊細だよな……♡」

 おおおおおおいっ!

 なんだそれ!お前、俺の何を知ったって言うんだ…!?

 まさか、SNSでやってたこと以外にもいろいろやらかしてるのか…?!考えただけでも恐ろしい!

「朝倉、あのさ…!」

 やっぱりはっきり言ってやめさせよう!しかしその時ちょうど、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。

「黒瀬やばい!チャイムが鳴った!」

朝倉はスキップするみたいに軽やかに、俺のクラスへ向かう。仕方なく朝倉の教室へ走った。

 教室に行ってからは、本当につらかった。

 もっともしんどかったのは、朝倉の交友関係。学校の一軍どもが次々話しかけてくる。何を話していいかも分からず、具合が悪いと誤魔化し続け、ようやく放課後…。

 ヘトヘトで部活へ行くと、俺の姿をした朝倉はすでに音楽室にいた。

「おーい、みんな集合…!」

 俺の姿で朝倉が、突然みんなに集合を掛けたので、周りの部員達はポカンとしている。

「ちょ…っ、と…!黒瀬くん!」

 慌てて俺は朝倉を引っ張り、音楽室の端に連れて行く。

「朝倉は今、俺だってこと忘れんなよ…!」
「あ…っ、そうだった。悪い…!ついいつもの癖で…」
「俺が集合かけるから…!初めは基礎練って言えばいいだろ?」
「うん、そう」

姿が朝倉の俺は、どきどきしながらパートごとに分かれて基礎練習をすると部員たちに指示を出した。

 そして、俺は初めて朝倉のサックスを手に持つ。

 そこではっとした。これ、やばい。ずっと、パーカッション一筋でマリンバ奏者の俺は、サックスなんか吹いたことがない。

 焦っていると、背後から熱い視線を感じる…。視線の方向へ振り向くと、俺の姿をした朝倉が口角を上げて俺をみていた。

 まさかあの野郎、俺の大ピンチに『間接キス♡』とかワクワクしてるんじゃないだろうな…?!

 でも今は俺、朝倉の体にいる。朝倉が朝倉のサックスを吹くんだから間接キスじゃない…。そう自分に言い聞かせて、なんとか気持ちを落ち着かせた。

「ロングトーン、用意…!」
「せーの!」

まだ心の準備はできてなかったが、他の部員に合図され、吹かない訳にはいかなくなった。

 とにかく見よう見まねで沢山、息を吹き込んでみる。

「……プスッ」

 しかし出たのは空気が抜ける音だけ。全く楽器の『音』が鳴らない。もう一度強く息を吹き込むと、今度は「ピィッ!」とホイッスルのような高音が出た。

 背中に、嫌な汗が流れる。

 やば…っ!俺、基礎さえ出来ない…っ!

「朝倉部長、具合が悪いんですか…?」

明らかにおかしな演奏に、アルトサックスの後輩の三浦さんが声をかけてきた。その隣にいた朝倉と同じクラスの女子も、俺を心配そうに覗き込む。

「朝倉くん、日中も具合悪そうだったよ。顔色も良くないし、今日は帰った方がいいんじゃない…?」
「でも…」

 今日は期末テスト前、最後の部活動日だ。その貴重な練習を休むなんて、いつもなら考えられない。けど……。

 俺が一瞬躊躇すると、朝倉が嬉々として駆け寄ってきた。

「朝倉くん、無理しちゃダメだよ!送ってく…!」

 朝倉はサックスを手早くケースにしまい、俺の背中をぐいっと押す。

 朝倉の言う通りだ。今日は帰った方がいい。だってこのままいたら、全然サックスを吹けないとバレてしまう…!

 SNSの写真を消してから、なんて悠長なこと言ってる場合じゃない。早く自分の体に戻らないと……っ!

 俺たちは学校を出て、急いで朝倉の家に向かった。

 朝倉は家に着くと、俺が背負っている朝倉のリュックから鍵を取り出し、慣れた手つきでドアを開ける。そして俺の手を引き、一直線に部屋に向かった。

 部屋に入ると真っ先にサックスケースからマウスピースを取り出し、朝倉はそのマウスピースを口に含もうとする。

「おおおおい!何すんだ!?」
「え…?!あ、これはその…っ。つい、無意識で…!」
「無意識に俺が吹いたマウスピースに口付けようとすんな!それに吹いたのはお前の体だぞ?!」
「あ、そっか…。でも今、俺が吹けば黒瀬が俺のマウスピースを吹いたってことに…」
「ややこしいことするな!それより、早く元に戻らないとまずいだろ!」
「わかった!じゃ、取り敢えずマウスピースを吹いてから…」
「だからやめろって!」

話にならないので、俺は朝倉からマウスピースを取り上げて机に置いた。取り上げられた朝倉はちょっと泣きそうな顔をした後、今度は自分のベッドに潜り込む。

「おい、何やってんだよ…っ!」
「何もしてない…。ベッドに黒瀬の残り香を移そうなんて断じてしてないっ!」
「ふざけんな!」

布団を剥がそうとしたが、全力で布団にしがみついている。

 もう、何なんだこいつ……!!

「そんなことより、元に戻るぞ!もう一回、この間のことを再現しよう」
「え…?」

 布団に猫が爪をたてるようにがっしりとしがみついていた朝倉は、パッと顔を上げた。

「この間のことを、再現、する…?」
「そうだよ。もう一度同じことをすれば元に戻れるかもしれない。それ以外に、戻る方法なんて思い浮かばないし、取り敢えずやってみるしかないだろ…」
「じゃ、もう一回キスするってこと…?」
「そうだよ…」

こいつの俺に対する気持ちを知った今、抵抗がないわけじゃない。けど、それ以外になんにも思い浮かばないんだから仕方ない……。

「じゃ、キスしよ…!今すぐっ」
「え…?ちょっとまって。心の準備が…!」
「だーめ、まてない♡キスしよっていったの、黒瀬だろ?」
「キスしようとはいってない。再現しようっていったんだ!」
「同じじゃん」
「気持ちの問題…!」

俺の姿の朝倉は、ベットの上から俺の腕を掴み、引っぱった。

 引っ張られた俺が朝倉に倒れ込むと、首の後ろに手を回し、更にぐいっと引き寄せる。

 朝倉はそのまま、俺にキスした。

「……っ!」

また俺たちはキスしてしまった。キスしたことで今まで別々だった体が、繋がって一つになる。

 俺は目を開けて、俺の瞳に映る朝倉を見ていた。見ているうちに、まるで俺自身が、朝倉にキスされているような錯覚に陥る。

「……ん…ッ」

 唇を重ねていると朝倉は角度を変えて、唇を吸ってきた。

 ななな、なにするつもりだ?!ま、ま、まさかっ、ディープキス、するつもり?!

「この間、そんなことしてねーだろっ!」
「……だって…♡」
「だってじゃねえ!」

朝倉を強引に引き離して見ると、俺はまだ朝倉のまま、自分を見下ろしている。

「戻ってねーじゃん!あ、朝倉が変なことするから…っ!」
「いや…。でもさ、おしい感じなかった?」

 確かに、キスしたらふたりが繋がったような不思議な感覚があった…。

「でも、全然戻ってないじゃん…」
「うーん。何か、完全に再現するには、要素が足りてないんじゃないか?ほらあの日、雷が落ちて物凄い音したろ?『雷』が足りてないんじゃないか?」
「てことはさ、ひょっとすると実は雷が原因で、キスは関係なかったりする…?」
「キスは関係あるだろ!」

 朝倉はあくまで、キスは関係していて、雷はプラス要素だと主張する。何が正しいかはわからないけど。今、俺たちが元に戻っていないのだから、キスだけじゃダメなことは間違いない。

「とにかく、コンクールも近い、このままじゃまずい。なるべく一緒にいて、雷を待とう」

チャンスを逃さないために、と俺が言うと朝倉は微笑んだ。

「じゃ、雷の日にまたキスしよ…♡」

朝倉の顔を見ただけで喜んでるってわかってしまって、困惑する。自分の顔だからだろうか…。

 でも、クールでイケメンの朝倉が俺とのキスを喜ぶなんて。今の俺以外、きっと誰も信じないよ。