駅にマウスピースは届けられていなかった。朝倉のお母さんも、家にはないと言っていたらしい。
そして朝倉も探さなくていいと俺に言った。
それって、探してもないと朝倉は知っているからなのか…?
なくしたんじゃなくて、誰かに隠された、とか……。
すると……。
そこまで考えると、さっき目が合った三浦さんの姿が脳裏をよぎる。
「いやでも…。そんな…」
思いついたことを朝倉に相談しようと思い、俺は視聴覚室に戻った。そっと中を覗くと、懸命に自主練をしている朝倉の姿が見えた。
ーーもし、犯人がいるとして。朝倉はそれを追及する気がないのかもしれない…。
朝倉は以前も、確証がない話であれこれ言うなと俺に注意したくらいだ。『ひょっとして』なんて話をしても、受け入れるはずがない。
でもやっぱり、マウスピースは探したい…。
そもそも、三浦さんは朝倉と同じアルトサックスだ。犯人であってもなくてもマウスピースのことを知っているかもしれない。
聞くだけ聞いてみようと思い、俺は音楽室へ戻った。
音楽室では、三浦さんはすでに練習を始めていた。
コンクール自由曲『マードックからの最後の手紙』のソロ…。聞いただけで、相当練習していることがわかった。
去年、コンクールメンバーを外された自分と、三浦さんが重なる…。
ーーまだ2年だから、来年があるよ。そう言われても。今がピークで来年同じように演奏できるかは分からない。それに来年、自分より上手い新入生が入って来れば、担当になれる保証はどこにもない…。
三浦さんのつらさ、やるせなさが理解できた。
もしかして、ソロを諦めきれず、朝倉の調子を崩そうと、マウスピースを盗んだのか……?
だとしても、それは絶対許されないこと…!むしろ三浦さんの努力がすべてなかったことになってしまう。
やはり確認しよう。そう思って三浦さんに近づこうとすると、後ろから誰かが俺を追い越した。
「三浦さん、ちょっといい?」
「はい…」
やって来たのは朝倉だった。
朝倉のやつ、三浦さんに何を言うつもりだ…?まさか、やっぱりマウスピースのこと、聞くつもりなのか…?!
「もう昼食べ終わった?立ち上がりのところ、合わせたいんだ。一緒に吹いて貰えないかな?」
「……はい…」
2人は楽器を構え直すと、マウスピースを咥えた。息を吸うと、ゆっくりと吐き、音程を探りながら音を出す。
朝倉は自分のマウスピースがなくても、ベストを尽くすつもりだ…。俺が三浦さんを追及することなんて、望んでいない。
おしゃべりをしていた周囲も、2人の真剣な様子にしんと静かになる。
俺も黙って2人の演奏を聴いた。
「午後の練習はじめるぞ~!」
昼休憩が終わると、顧問が再び音楽室へ戻って来た。午後からの練習を始めるため、それぞれが自分の席に戻って行く。
俺は全員が席についても、その場に立ち尽くしていた。
さっきの朝倉の練習、立ち上がりはかなり改善していた。このままならきっと朝倉がソロで進行するだろう。
けど、それが本当に、2人にとって最善なんだろうか?このまま、練習を始めていいんだろうか…。
「黒瀬、どうした……?」
朝倉に声をかけられて、ハッとした。
俺は、全員に納得してもらった上で、朝倉にソロを演奏して欲しいと思っている。
全員には、もちろん朝倉も、マウスピースを盗んだかもしれない三浦さんも、含まれる…。
「先生…!」
俺は顧問が立っている、音楽室の中央まで走った。
「黒瀬?どうした…?」
「あの、実は朝倉くんのマウスピースがなくなってしまって」
「今朝聞いた。だから代わりに学校のものを渡してる」
「慣れないマウスピースだと、調整が難しいです。朝も、それで立ち上がり音程が合ってませんでした」
「それは、そうだが……」
「このまま、調整できなかったらどうします?この間も朝倉くんはスランプでした」
「黒瀬…!」
朝倉が、俺の名前を叫んだ。振り向くと朝倉は俺を睨んでいる。
少し怯みそうになりながらも、俺は先生の方を向いて話を続けた。
「俺、実は、先生が楽譜に『サックスソロ三浦』って書いてるの見ました。実際、合宿で朝倉くんが外れた時、三浦さんが代役をしてたじゃないですか…!だから三浦さんだってソロの用意をしています」
「黒瀬!朝倉はな…」
「先生…!朝倉くんが、三年だからですか?三年で最後の大会だから、朝倉なんですか?そんな理由でテストもされずに外されたら、三浦さんは納得できないじゃないですか!」
それは、きっと、部全体に尾を引く。
最後のコンクールを全員が全力で戦うために、遺恨を残しちゃいけない。
それは、最終的に朝倉のためになる。
去年俺のメンバー入りを先生に進言してくれた朝倉なら、俺の気持ちを、わかってくれるはずだ…!
「三浦さんと、朝倉くんのソロをテストしてくれませんか…?!それで決めてください!」
まわりは怖いくらいしんとしていた。けれど、俺は最後まで発言して、深々と頭を下げた。
「先生、俺からもお願いします」
「朝倉…」
誰も何も言わなかったけれど、さっき俺を睨んだ朝倉だけが賛同してくれた。先生は少し、迷っていたようだが…。
「黒瀬と朝倉の考えはわかった。三浦はどうだ…?」
「は、はい…!ぜひ、お願いします…!」
三浦さんがテストを了承すると、早速、2人がソロを演奏することになった。
自分の席に戻るとき、すれ違いざまに朝倉を見たが、怖いくらい真剣な顔をしていた。
後方のパーカッションの席に戻ると朝倉の横顔しか見えない。俺は後ろから祈った。
頑張れ朝倉…。お前なら絶対、大丈夫なはずだから…!
「じゃあサックスソロ、三浦から…!」
自由曲「マードックからの最後の手紙」はタイタニック号の最後の航海を書いたドラマチックな曲だ。アルトサックスソロは悲劇の中で、マードック航海士が妻へ最後の思いを語りかける、重要なシーンを奏でる。
三浦さんのソロは音色も美しく音程も完璧だった。かなり練習したのだろう、安定している…!
「じゃあ次、朝倉…!」
朝倉も今朝、安定しなかった立ち上がりのところは完璧に修正していた。息のコントロールもいい。特に高音が切なくて、俺は好き…!
しかし演奏が終わっても顧問は悩んでいるのか、目を閉じて椅子に座ったままだ。
少しして、みんなが固唾を飲んで見守っている中、顧問は立ち上がった。
「順番に、全体で合わせてみよう。初めは三浦から…!」
次に、合奏で合わせることになった。
俺も緊張しながらマレットを握る。
最初に三浦さん、その後が朝倉。
マードックからの最後の手紙はサックスの旋律に打楽器が追いかけるように重なっていく。
朝倉のソロの後、いつもは必死で追いかけるけど、今日は朝倉に支えられるみたいな安心感があった。
ホール練習の時よりずっと、力強くて心地がいい…!
演奏が終わった時、多分、結果は全員が分かっていたと思う。
「ソロは朝倉でいこう」
そう、先生が言った直後、一番最初に拍手したのは三浦さんだった。
三浦さんが拍手したからか、周りの部員たちも、俺も、少し遅れて拍手をする。
朝倉は深々とお辞儀をして、それに応えた。
そして朝倉も探さなくていいと俺に言った。
それって、探してもないと朝倉は知っているからなのか…?
なくしたんじゃなくて、誰かに隠された、とか……。
すると……。
そこまで考えると、さっき目が合った三浦さんの姿が脳裏をよぎる。
「いやでも…。そんな…」
思いついたことを朝倉に相談しようと思い、俺は視聴覚室に戻った。そっと中を覗くと、懸命に自主練をしている朝倉の姿が見えた。
ーーもし、犯人がいるとして。朝倉はそれを追及する気がないのかもしれない…。
朝倉は以前も、確証がない話であれこれ言うなと俺に注意したくらいだ。『ひょっとして』なんて話をしても、受け入れるはずがない。
でもやっぱり、マウスピースは探したい…。
そもそも、三浦さんは朝倉と同じアルトサックスだ。犯人であってもなくてもマウスピースのことを知っているかもしれない。
聞くだけ聞いてみようと思い、俺は音楽室へ戻った。
音楽室では、三浦さんはすでに練習を始めていた。
コンクール自由曲『マードックからの最後の手紙』のソロ…。聞いただけで、相当練習していることがわかった。
去年、コンクールメンバーを外された自分と、三浦さんが重なる…。
ーーまだ2年だから、来年があるよ。そう言われても。今がピークで来年同じように演奏できるかは分からない。それに来年、自分より上手い新入生が入って来れば、担当になれる保証はどこにもない…。
三浦さんのつらさ、やるせなさが理解できた。
もしかして、ソロを諦めきれず、朝倉の調子を崩そうと、マウスピースを盗んだのか……?
だとしても、それは絶対許されないこと…!むしろ三浦さんの努力がすべてなかったことになってしまう。
やはり確認しよう。そう思って三浦さんに近づこうとすると、後ろから誰かが俺を追い越した。
「三浦さん、ちょっといい?」
「はい…」
やって来たのは朝倉だった。
朝倉のやつ、三浦さんに何を言うつもりだ…?まさか、やっぱりマウスピースのこと、聞くつもりなのか…?!
「もう昼食べ終わった?立ち上がりのところ、合わせたいんだ。一緒に吹いて貰えないかな?」
「……はい…」
2人は楽器を構え直すと、マウスピースを咥えた。息を吸うと、ゆっくりと吐き、音程を探りながら音を出す。
朝倉は自分のマウスピースがなくても、ベストを尽くすつもりだ…。俺が三浦さんを追及することなんて、望んでいない。
おしゃべりをしていた周囲も、2人の真剣な様子にしんと静かになる。
俺も黙って2人の演奏を聴いた。
「午後の練習はじめるぞ~!」
昼休憩が終わると、顧問が再び音楽室へ戻って来た。午後からの練習を始めるため、それぞれが自分の席に戻って行く。
俺は全員が席についても、その場に立ち尽くしていた。
さっきの朝倉の練習、立ち上がりはかなり改善していた。このままならきっと朝倉がソロで進行するだろう。
けど、それが本当に、2人にとって最善なんだろうか?このまま、練習を始めていいんだろうか…。
「黒瀬、どうした……?」
朝倉に声をかけられて、ハッとした。
俺は、全員に納得してもらった上で、朝倉にソロを演奏して欲しいと思っている。
全員には、もちろん朝倉も、マウスピースを盗んだかもしれない三浦さんも、含まれる…。
「先生…!」
俺は顧問が立っている、音楽室の中央まで走った。
「黒瀬?どうした…?」
「あの、実は朝倉くんのマウスピースがなくなってしまって」
「今朝聞いた。だから代わりに学校のものを渡してる」
「慣れないマウスピースだと、調整が難しいです。朝も、それで立ち上がり音程が合ってませんでした」
「それは、そうだが……」
「このまま、調整できなかったらどうします?この間も朝倉くんはスランプでした」
「黒瀬…!」
朝倉が、俺の名前を叫んだ。振り向くと朝倉は俺を睨んでいる。
少し怯みそうになりながらも、俺は先生の方を向いて話を続けた。
「俺、実は、先生が楽譜に『サックスソロ三浦』って書いてるの見ました。実際、合宿で朝倉くんが外れた時、三浦さんが代役をしてたじゃないですか…!だから三浦さんだってソロの用意をしています」
「黒瀬!朝倉はな…」
「先生…!朝倉くんが、三年だからですか?三年で最後の大会だから、朝倉なんですか?そんな理由でテストもされずに外されたら、三浦さんは納得できないじゃないですか!」
それは、きっと、部全体に尾を引く。
最後のコンクールを全員が全力で戦うために、遺恨を残しちゃいけない。
それは、最終的に朝倉のためになる。
去年俺のメンバー入りを先生に進言してくれた朝倉なら、俺の気持ちを、わかってくれるはずだ…!
「三浦さんと、朝倉くんのソロをテストしてくれませんか…?!それで決めてください!」
まわりは怖いくらいしんとしていた。けれど、俺は最後まで発言して、深々と頭を下げた。
「先生、俺からもお願いします」
「朝倉…」
誰も何も言わなかったけれど、さっき俺を睨んだ朝倉だけが賛同してくれた。先生は少し、迷っていたようだが…。
「黒瀬と朝倉の考えはわかった。三浦はどうだ…?」
「は、はい…!ぜひ、お願いします…!」
三浦さんがテストを了承すると、早速、2人がソロを演奏することになった。
自分の席に戻るとき、すれ違いざまに朝倉を見たが、怖いくらい真剣な顔をしていた。
後方のパーカッションの席に戻ると朝倉の横顔しか見えない。俺は後ろから祈った。
頑張れ朝倉…。お前なら絶対、大丈夫なはずだから…!
「じゃあサックスソロ、三浦から…!」
自由曲「マードックからの最後の手紙」はタイタニック号の最後の航海を書いたドラマチックな曲だ。アルトサックスソロは悲劇の中で、マードック航海士が妻へ最後の思いを語りかける、重要なシーンを奏でる。
三浦さんのソロは音色も美しく音程も完璧だった。かなり練習したのだろう、安定している…!
「じゃあ次、朝倉…!」
朝倉も今朝、安定しなかった立ち上がりのところは完璧に修正していた。息のコントロールもいい。特に高音が切なくて、俺は好き…!
しかし演奏が終わっても顧問は悩んでいるのか、目を閉じて椅子に座ったままだ。
少しして、みんなが固唾を飲んで見守っている中、顧問は立ち上がった。
「順番に、全体で合わせてみよう。初めは三浦から…!」
次に、合奏で合わせることになった。
俺も緊張しながらマレットを握る。
最初に三浦さん、その後が朝倉。
マードックからの最後の手紙はサックスの旋律に打楽器が追いかけるように重なっていく。
朝倉のソロの後、いつもは必死で追いかけるけど、今日は朝倉に支えられるみたいな安心感があった。
ホール練習の時よりずっと、力強くて心地がいい…!
演奏が終わった時、多分、結果は全員が分かっていたと思う。
「ソロは朝倉でいこう」
そう、先生が言った直後、一番最初に拍手したのは三浦さんだった。
三浦さんが拍手したからか、周りの部員たちも、俺も、少し遅れて拍手をする。
朝倉は深々とお辞儀をして、それに応えた。

