キスして入れ替わったら、美形部長の秘密の本音は俺への「好き」でいっぱいでした

 ホール練習終了後、俺は顧問と楽器を学校に運ぶことになっていた。

 朝倉は手伝いを申し出たが、車に乗れる人数が決まっているため、会場で別れた。

 パーカッションの担当数名と、顧問でトラックに楽器を積み込んでいると、アルトサックスの三浦さんがやってきた。

「先生…!昨日ホール練習でサックスソロを決めるとおっしゃってましたが、私、ソロ吹いていません…!」

 たしかに顧問は昨日、今日のホール練習でソロ担当を決めるといっていた。

 しかし元に戻った朝倉の演奏が完璧だったので、顧問も外部講師も三浦さんに吹いてみろ、とは言わなかった。そのまま全体練習も朝倉のソロのまま進んでしまい、三浦さんには演奏の機会が与えられなかった。

 この合宿中も、いやそれ以外でもソロを吹きたくて一生懸命練習していたのかもしれない。

 演奏もしないままでは納得できないと、きっと勇気を振り絞って言いにきたのだろう。三浦さんは少し震えている。

「三浦、すまない。外部講師とも話したんだが、予定通りソロは朝倉で行くことにした」
「で、でも昨日までは……!」
「すまない」

顧問は三浦さんに深々と頭を下げた。大人の教師に頭を下げられて、三浦さんは何も言えなくなってしまったようだ。けれど、悔しそうに唇を噛んでいる。

「誰か1人、三浦と帰ってやってくれないか?」
「あ、はい…!私が…!」

同じ二年生が手を挙げて、三浦さんに駆け寄る。

「三浦ちゃん…。頑張ってたのに残念だったね。でも、朝倉さん三年だし、仕方ないよ…」

三浦さんは慰められて、ついに涙をこぼした。その姿に、胸がぎゅっと苦しくなる。
  
 二年だからって、そんなの理由で簡単に納得できるものじゃない。せめてさっき、演奏をする機会が与えられていたら…。

 でもホール練習は終わってしまったのだ。どうすることもできず、三浦さんを見送った。





 合宿が終わってその翌週末はついにコンクール本番を迎える。

 週明けの今日は、ホール練習の動画をチェックしたあと、通し練習が行われた。

「音程、合ってない。もう一回…!」

顧問からストップが掛かった。原因はたぶん、朝倉だ。

 入れ替わって完全復活したはずが、今日また朝倉の調子が下降気味なのだ。一体、なぜ…?

 俺が朝倉だった時のようなスランプ状態ではないけれど、演奏しにくいのか、何度も深呼吸をしている。

 昼休憩になると、俺はすぐ朝倉のところに飛んで行った。

「朝倉、急にどうしたんだよ…?どこが悪いのか?」
「黒瀬…。俺昼休みも視聴覚室で練習するから。昼は1人で食べてくれ」

朝倉はサックスを持って音楽室を出て行った。俺も後を追う。

 視聴覚室へ入った朝倉は、黙って練習を始める。茶化したりする雰囲気でもないし、俺は黙って、その様子を見ていた。

 そして、あることに気がついた。

「あ、朝倉…!それ、どうしたんだよ?!」

 俺は朝倉の、マウスピースを指差した。マウスピースが代わっている。

「何が?」
「何がって、マウスピースだよ!」
「今日は学校のを借りたんだ」

 普通マウスピースは慣れたものを使う。マウスピースが変わると、息の入れ方や強さの感覚が変わり、音程が取りにくくなることがあるからだ。

「借りたって…。コンクール前にそんな。あ、だからだな?慣れないマウスピースだから、音程が不安定だったんだ…!」

今朝の朝倉の不調の原因がわかって、少しだけほっとする。怪我とかじゃなくてよかった…!

「分かってると思うけど自分のものを使ったほうがいいよ。今日はマウスピース、忘れたのか?」
「……」
「なんで黙るんだよ。ま…、まさか、なくしたとか……?」
「……今日、持ってきたと思ったんだけど…」
「家には?」
「母さんに探してもらったけど、ないって」

コンクール本番前に、マウスピースをなくしたってこと?!俺は驚いて朝倉に詰め寄る。

「こここ、こんな大事な時に何やってんだよっ?!」
「だから、昼休み返上して練習してる…!」

朝倉はまた以前のスンとした顔で、練習を始めようとした。

「じゃ、俺探してやるよ!今日駅からきたよな?トイレとか寄った?」
「探さなくていい!」
「で、でも…」
「いいから!」
「なんだよ、俺は心配して…!」
「心配なんかしなくていい。黒瀬は昼食べて、ちゃんと午後の練習に備えろよ!」

 入れ替わってから朝倉とはただの吹奏楽部員以上の関係だと思ってる。

 それなのに、心配しなくていいなんて。もし逆のことが起こったら、お前は俺を心配しないっていうのか?その程度の、関係だと思っているのか…?

 険悪な雰囲気で視聴覚室から追い払われて、俺は仕方なく出て行った。

 探さなくていいと言われたけど、慣れているマウスピースが見つかるに越したことはない。念のため、落とし物として届けられていないか最寄駅に電話をかけた。

「もしもし。あの、今日落とし物でマウスピース、届いてませんか…?」

 駅に電話をかけると確認しますと言われて、すぐに保留音が鳴った。ソワソワしながら音楽を聞いていると、見られている、視線に気がつく。

 視線の方へ振り向くと女子が数人、お手洗いに行くのか廊下を歩いていた。

 そのうちの1人と目が合うと、彼女はぱっと視線を逸らした。

「三浦さん……」

 三浦さんは小走りに、俺の横を通り抜けた。