2回目のキスの後、唇を離して俺は朝倉を、朝倉は俺を見つめる。
「ほ、本当に戻ってる…。もうキスしても、何も起こらない!」
「そうだな。念のためもう一度試してみる…?」
「え…?」
朝倉の提案…。念のため、確認ってことだよな…?すごいとろんとした顔してるけど、最後のチャンスにキスしとこう、ってことじゃないよな…?
俺の体に入っている朝倉の顔は分かりやすかったけど、元に戻った朝倉の表情を読むのは難しい。
「でもそれでまた入れ替わったら大変だからやめておこう!」
「そ、そっか…」
ん…?ちょっと落ち込んだ?やっぱりあわよくばキスしたかった、的な…?
俺が表情筋を鍛えた効果か、「くぅ…っ」みたいな顔をしている気もするんだが…。気のせいだろうか。
「とりあえず戻ろうぜ!」
俺たちは合宿所に戻ることにした。
久しぶりに自分の体で走ると、なんだか軽く感じる。たぶん、朝倉が俺の体を鍛えていたからだ。
朝倉は確かに、俺の体にいた。
夜、寝るとき、理由がなくなったので、俺と朝倉の布団は離れている。すると急に朝倉が遠くなった気がして、なんだか落ち着かない。
朝倉の背中を見ながら、昨日はすぐそこにいたんだよなぁと思いながら目を閉じた。
そして、翌日。
最終日は市民ホールで外部講師を招いた本格的な練習をする。
朝食の後、楽器をトラックに積み込むことになった。俺の愛する楽器、マリンバは100kgほどあるので、分解して運ぶ。金管楽器や木管楽器に比べて打楽器の移動は重労働だ。
朝倉たちは楽器の積み込みを早々に終え、先に合宿所の片付けに行ってしまった。
俺が一人、音楽室の隅で黙々と作業をしていると、マリンバを一緒に運んでくれる予定の顧問がやってきた。
なぜか、アルトサックス担当の三浦さんも一緒だった。三浦さんは朝倉たちと一緒に戻ったはずだが…。
三浦さんは俺に気がついていないようで、音楽室に入るなり顧問に話しかける。
「あの、明日のホール練習なんですけど。ソロは朝倉部長ですか?それとも、私ですか?」
「この間言った通り、ホールでのパート練習をみて決める。念のため用意はしておいてくれ」
「は、はい…!」
その回答を聞いた三浦さんはいつもより少しだけ高い声で、嬉しそうに返事をすると音楽室を出て行った。
どうやら三浦さんは本当に、顧問からサックスソロ代演の打診をされていたようだ。
顧問は、今年は金賞を狙えるメンバーだから、攻めたいと言っていた。だからこの後の朝倉の出来次第で、ソロを三浦さんに替えるつもりなのだろう。
サックスは人気楽器で、層が厚い。その中で選ばれた三浦さんは、2年生だけど、かなり練習しているはず…。
もし、朝倉がソロを外されたら、俺のせいだ…!
三浦さんが出て行った後、気まずい顔の顧問と一緒に打楽器を運び出した。
楽器をトラックに積み込み、合宿所に戻ると片付けはもう終わっていた。
「黒瀬~、これリュック!」
「あ、ありがとう!」
朝倉は三浦さんとソロを交代させられるなんて話を顧問がしているとは知らない。だからいつもと変わらない態度だった。
しかし全部知っている俺は、気持ちが抑えられなくなった。
「朝倉、ほんとごめん。俺がお前のことを音楽室に呼び出したりしたから。こんな大事な時期に練習もろくにできなくなって…」
俺が俯くと、朝倉は首を傾げる。
「黒瀬、急にどうした?」
「だから、入れ替わりのせいで練習できてなくて、下手になってるかもしれないじゃん!」
「え?練習はしてたよ、ずっと…」
朝倉は俺に近付くと、周りに聞かれないようにそっと耳打ちした。
「黒瀬が練習してくれてたじゃん」
「で、でも…。それは、練習のうちに入らないだろ…」
「大丈夫だよ!それにもし、俺がソロ外されるとしたら代役が俺より上手いってことだろ?それなら金賞確実だろ?」
「そ、そうだけどさ…!」
朝倉は自信があるのか、それとも部長としての意識が強く、ソロにこだわっていないのか…。どちらなのかは分からなかった。
元に戻ったら、朝倉は朝倉の体だから、表情から完璧に本心が読み取れない。
「そろそろ移動の時間だ。行こう!」
「う、うん…」
市民ホールに移動して、午前中はまずパート練習を行う。
開始前顧問と、木管楽器の外部講師は2人でなにやら話をしていた。今から、朝倉と三浦さん、どちらがソロを演奏するのか決めるつもりなんだ。
パート練習の開始直前、朝倉がホールを出て行くのが見えた。多分、トイレだとは思う。
心配になって俺は後を追った。
朝倉はホールの入り口のところで深呼吸をしていた。いつもより表情が固い。話は聞いていなくてもきっとこの状況を理解して、緊張しているんだ。
「朝倉…!」
「あ、黒瀬…?もうそろそろ始まる…?」
「たぶん」
「じゃあ行く」
朝倉はもう一度深呼吸してから、ホールのドアを開けようとした…。俺は咄嗟にその腕を掴む。
「黒瀬…?」
「朝倉…。お、俺も久しぶりで緊張してて…!」
「黒瀬も…?」
「うん。だから、あれやろ。ルーティン」
俺は朝倉のルーティンを一緒にやろうと提案した。前回あれを一緒にやった時、一人じゃないって思えたから…。
朝倉は少し驚いた後、笑顔になった。
これ、俺が表情筋を鍛えた成果だ。鍛えすぎて、朝倉をこんなにメロい男にしてしまうなんて…、ちょっと失敗だったかも…。
キュンとした顔を誤魔化すように、声をだす。
「せーの」
一緒に唇を振動させる、リップロールを2回やった。終わって朝倉の顔を見ると、確かに、少し緊張が解けている気がする。
「よし、いこうか…!」
「おお……っ」
ホールに戻ると、俺たち以外全員が揃っていた。急いでステージに上がり自分の演奏位置につく。
「じゃ、まずは木管楽器から」
パート練習は朝倉達、木管楽器から始まるようだ…。さっき一緒にルーティンをやったのに、緊張してしまう。朝倉はというと、俺の位置からは横顔しか見えないが、比較的落ち着いているようだった。
顧問の合図で、演奏が始まる。
久しぶりに聞く、朝倉のサックスは伸びやかに響いた。特にソロは圧巻だった。
俺の体だった時とは違う。完璧にメロディを吹き、木管楽器をリードしている。
やっぱりすごい、朝倉は…!
スランプを感じさせない朝倉の演奏に、みんな顔を見合わせている。
「うん、いいね…!すごく良かった!じゃ、次…、金管楽器!」
ーーやり直しは、なかった。
きっと、朝倉のソロで決まったってことだろう。朝倉は俺を振り向いてニコッと笑った。
俺も小さくガッツポーズして、やったな!って合図をする。
よかった。本当によかった…。
パート練習の後、午後の通し練習も今までで最高の出来だった。
「よかった!よかったよな?!」
「うん、ばっちりだった!!」
最後の練習が終わった後、俺たちは興奮して駆け寄った。
昨日まではキスしてた。今も嬉しすぎて、キスしたいくらいだ。でも、元に戻った今はこれ以上の距離を縮められない。
成功したのに、もどかしい……。
でもとにかく。無事元に戻って、お互い演奏したい楽器が演奏できて、ホール練習も成功した。
間違いなく、よかった…、はず。
「ほ、本当に戻ってる…。もうキスしても、何も起こらない!」
「そうだな。念のためもう一度試してみる…?」
「え…?」
朝倉の提案…。念のため、確認ってことだよな…?すごいとろんとした顔してるけど、最後のチャンスにキスしとこう、ってことじゃないよな…?
俺の体に入っている朝倉の顔は分かりやすかったけど、元に戻った朝倉の表情を読むのは難しい。
「でもそれでまた入れ替わったら大変だからやめておこう!」
「そ、そっか…」
ん…?ちょっと落ち込んだ?やっぱりあわよくばキスしたかった、的な…?
俺が表情筋を鍛えた効果か、「くぅ…っ」みたいな顔をしている気もするんだが…。気のせいだろうか。
「とりあえず戻ろうぜ!」
俺たちは合宿所に戻ることにした。
久しぶりに自分の体で走ると、なんだか軽く感じる。たぶん、朝倉が俺の体を鍛えていたからだ。
朝倉は確かに、俺の体にいた。
夜、寝るとき、理由がなくなったので、俺と朝倉の布団は離れている。すると急に朝倉が遠くなった気がして、なんだか落ち着かない。
朝倉の背中を見ながら、昨日はすぐそこにいたんだよなぁと思いながら目を閉じた。
そして、翌日。
最終日は市民ホールで外部講師を招いた本格的な練習をする。
朝食の後、楽器をトラックに積み込むことになった。俺の愛する楽器、マリンバは100kgほどあるので、分解して運ぶ。金管楽器や木管楽器に比べて打楽器の移動は重労働だ。
朝倉たちは楽器の積み込みを早々に終え、先に合宿所の片付けに行ってしまった。
俺が一人、音楽室の隅で黙々と作業をしていると、マリンバを一緒に運んでくれる予定の顧問がやってきた。
なぜか、アルトサックス担当の三浦さんも一緒だった。三浦さんは朝倉たちと一緒に戻ったはずだが…。
三浦さんは俺に気がついていないようで、音楽室に入るなり顧問に話しかける。
「あの、明日のホール練習なんですけど。ソロは朝倉部長ですか?それとも、私ですか?」
「この間言った通り、ホールでのパート練習をみて決める。念のため用意はしておいてくれ」
「は、はい…!」
その回答を聞いた三浦さんはいつもより少しだけ高い声で、嬉しそうに返事をすると音楽室を出て行った。
どうやら三浦さんは本当に、顧問からサックスソロ代演の打診をされていたようだ。
顧問は、今年は金賞を狙えるメンバーだから、攻めたいと言っていた。だからこの後の朝倉の出来次第で、ソロを三浦さんに替えるつもりなのだろう。
サックスは人気楽器で、層が厚い。その中で選ばれた三浦さんは、2年生だけど、かなり練習しているはず…。
もし、朝倉がソロを外されたら、俺のせいだ…!
三浦さんが出て行った後、気まずい顔の顧問と一緒に打楽器を運び出した。
楽器をトラックに積み込み、合宿所に戻ると片付けはもう終わっていた。
「黒瀬~、これリュック!」
「あ、ありがとう!」
朝倉は三浦さんとソロを交代させられるなんて話を顧問がしているとは知らない。だからいつもと変わらない態度だった。
しかし全部知っている俺は、気持ちが抑えられなくなった。
「朝倉、ほんとごめん。俺がお前のことを音楽室に呼び出したりしたから。こんな大事な時期に練習もろくにできなくなって…」
俺が俯くと、朝倉は首を傾げる。
「黒瀬、急にどうした?」
「だから、入れ替わりのせいで練習できてなくて、下手になってるかもしれないじゃん!」
「え?練習はしてたよ、ずっと…」
朝倉は俺に近付くと、周りに聞かれないようにそっと耳打ちした。
「黒瀬が練習してくれてたじゃん」
「で、でも…。それは、練習のうちに入らないだろ…」
「大丈夫だよ!それにもし、俺がソロ外されるとしたら代役が俺より上手いってことだろ?それなら金賞確実だろ?」
「そ、そうだけどさ…!」
朝倉は自信があるのか、それとも部長としての意識が強く、ソロにこだわっていないのか…。どちらなのかは分からなかった。
元に戻ったら、朝倉は朝倉の体だから、表情から完璧に本心が読み取れない。
「そろそろ移動の時間だ。行こう!」
「う、うん…」
市民ホールに移動して、午前中はまずパート練習を行う。
開始前顧問と、木管楽器の外部講師は2人でなにやら話をしていた。今から、朝倉と三浦さん、どちらがソロを演奏するのか決めるつもりなんだ。
パート練習の開始直前、朝倉がホールを出て行くのが見えた。多分、トイレだとは思う。
心配になって俺は後を追った。
朝倉はホールの入り口のところで深呼吸をしていた。いつもより表情が固い。話は聞いていなくてもきっとこの状況を理解して、緊張しているんだ。
「朝倉…!」
「あ、黒瀬…?もうそろそろ始まる…?」
「たぶん」
「じゃあ行く」
朝倉はもう一度深呼吸してから、ホールのドアを開けようとした…。俺は咄嗟にその腕を掴む。
「黒瀬…?」
「朝倉…。お、俺も久しぶりで緊張してて…!」
「黒瀬も…?」
「うん。だから、あれやろ。ルーティン」
俺は朝倉のルーティンを一緒にやろうと提案した。前回あれを一緒にやった時、一人じゃないって思えたから…。
朝倉は少し驚いた後、笑顔になった。
これ、俺が表情筋を鍛えた成果だ。鍛えすぎて、朝倉をこんなにメロい男にしてしまうなんて…、ちょっと失敗だったかも…。
キュンとした顔を誤魔化すように、声をだす。
「せーの」
一緒に唇を振動させる、リップロールを2回やった。終わって朝倉の顔を見ると、確かに、少し緊張が解けている気がする。
「よし、いこうか…!」
「おお……っ」
ホールに戻ると、俺たち以外全員が揃っていた。急いでステージに上がり自分の演奏位置につく。
「じゃ、まずは木管楽器から」
パート練習は朝倉達、木管楽器から始まるようだ…。さっき一緒にルーティンをやったのに、緊張してしまう。朝倉はというと、俺の位置からは横顔しか見えないが、比較的落ち着いているようだった。
顧問の合図で、演奏が始まる。
久しぶりに聞く、朝倉のサックスは伸びやかに響いた。特にソロは圧巻だった。
俺の体だった時とは違う。完璧にメロディを吹き、木管楽器をリードしている。
やっぱりすごい、朝倉は…!
スランプを感じさせない朝倉の演奏に、みんな顔を見合わせている。
「うん、いいね…!すごく良かった!じゃ、次…、金管楽器!」
ーーやり直しは、なかった。
きっと、朝倉のソロで決まったってことだろう。朝倉は俺を振り向いてニコッと笑った。
俺も小さくガッツポーズして、やったな!って合図をする。
よかった。本当によかった…。
パート練習の後、午後の通し練習も今までで最高の出来だった。
「よかった!よかったよな?!」
「うん、ばっちりだった!!」
最後の練習が終わった後、俺たちは興奮して駆け寄った。
昨日まではキスしてた。今も嬉しすぎて、キスしたいくらいだ。でも、元に戻った今はこれ以上の距離を縮められない。
成功したのに、もどかしい……。
でもとにかく。無事元に戻って、お互い演奏したい楽器が演奏できて、ホール練習も成功した。
間違いなく、よかった…、はず。

