合宿所のトイレに朝倉はいなかった。
あのヤロウ、どこへ行ったんだ……?
トイレの他に、スマートフォンをいじっても不自然でない場所にいると思い、寝室や合宿所の裏口などを探してみたが、見つからない。
諦めて戻ると、食事の時間が終わったようで部員達がゾロゾロと食堂から出てきた。
しまった……!お湯の当番が片付けもする係だったのだ…!
慌てて食堂の扉を開けようとすると、中から話し声が聞こえてきて手が止まる。
「ねぇ、当番、部長と黒瀬くんだよね?どこいったの?」
「さっき出て行くの見たよ」
「えー?!なんなの、あいつらー!」
ごめん、とそこで出ていけばよかったのだが、女子の話のテンポが早くてタイミングを逃した。
「ていうかさ、なんか2人とも変だよね、最近…」
「私も思ってた。特に部長…!明らかにスランプだよね。顧問も、ソロ外すつもりなのかも」
「それはいくらなんでも、部長は三年だし、ないんじゃない?」
「それが、私、見ちゃったんだ。顧問のスコアに赤ペンが入ってるの…」
「はぁ?!まじでー?!」
それ、多分俺が見たものと同じだ。
大前提、見たやつが悪いけど…。顧問も顧問だ。生徒に見られるところに、置いておくなよ!
「それでこの前も練習中にいなくなったんだ?不貞腐れてんのかなぁ?」
「そうかもね~。なんか幻滅しちゃうよね……。でも、前からやる気あるかは微妙だったよね?スンとしててさー」
「うんうん。でも前は、それがクールでかっこいいと思ってたんだけどね~!」
「ねー。部長って、成績もめちゃくちゃいいらしいよ?だから部活は推薦の点数稼ぎなんじゃない?」
俺も入れ替わるまで知らなかったけど、朝倉は表情に出さないだけで、実はクールじゃない。去年も俺をメンバーにしろって先生に意見するくらい熱いやつだ。
それに朝倉が言う通り、公表されてもない、間違った情報で噂するのって、絶対良くない…!
俺は気がついたら、ドアをばーんと開けていた。
「え……?!」
「部長…?!」
思いっきり悪口を言っていた女子達は、朝倉の姿の俺を見て目を白黒させている。俺はそんなことお構いなしで、女子達に近づいた。
「この間、練習抜けたことは悪かったと思ってるけど、やる気がない訳じゃないんだ!」
俺は食堂に入るなり、息つく間もなく捲し立てる。
「朝倉…、俺は確かにスランプだけど、やる気はある!今までも部長として、全体の調和を考えて練習してきたと思う…!」
朝倉は実際、練習を録音したりして、全体を確認していた…。吹奏楽部の部長としてキチンと仕事をしていたんだ。
だからその誤解はどうしても解きたかった。しかし、女子達は眉を寄せて、訝しげな顔をする。
「調和、考えてます…?」
「だって、この間、パーカッションの意見も聞かずに、シンバル黒瀬くんにしようっていってたよね?」
「言ってた言ってた。あれ最悪だったよね…」
「うんうん、黒瀬くんがいなかったら、やばかった」
う゛……!
それは俺で、朝倉じゃないんだ!黒瀬の姿で彼女を庇ってたのが朝倉だから、朝倉はやっぱり、みんなのことをよく考えてた!
ああああ。朝倉が俺の姿だからややこしい!
「でも、頑張ってきたのは本当だよ!毎日ランニングして、家でも練習してたし、才能だけじゃなく努力して頑張ってて…」
女子達は『そんなこと言われても』みたいな顔で俺を見ている。客観的に見たら、朝倉が自分で自分を頑張ってるっていってるんだから、聞いてる方はぽかーんとするよなぁ…。
「とにかく、コンクールまであと少しなんだ!陰口なんかやめて、みんなで力を合わせようよ!お願いします!」
俺は思いっきり頭を下げた。しかし女子達は相変わらず冷たい目で俺を見ている。
ダメだー!全然伝わってない……!
どうしたら良いんだ……。
戸惑っていると、ドアが開く音がした。
「黒…じゃない、朝倉…っ!」
やってきたのは俺の姿の朝倉だ。心配そうな顔で俺の方へ駆け寄り、女子の前に立つ。
「みんな、色々ごめん…。特に練習抜け出したりして。やる気ないって思われても仕方ないよな…。本当にごめん」
まず初めに女子たちの意見を肯定して謝ったからだろう。うんうん、と女子たちは頷いている。
「みんな、気がついてると思うけど朝倉は今、ちょっとスランプなんだ。それで、あの日、少し練習から離れて色々話した。もちろん、できる限りがんばろうって話をした。でももし、どうしても足りないところは、みんなの力を借りようって…」
そして、朝倉は女子たちと目を合わせて、真剣な顔で話す。
「俺たちは50人いる。朝倉だけじゃなく、誰かがミスしたら全員でフォローし合おう。それで金賞とって、全員で全国に行きたい。だから俺からも頼むよ。全員で、力を合わせよう!」
『全員で』っていうのが、響いたようだ。みんな、顔を見合わせて頷いた。
俺は、自分だけ特別頑張ってる気がしていたけど、そうじゃない。吹奏楽部の全員が、これまでずっと練習を頑張ってきた。
朝倉はそれを分かっていたから、自然に全員でって言葉が出たんだ。
やっぱり部長は、俺じゃだめだ。朝倉じゃないと…!
落ち込んで下を向くと、朝倉は俺の背中をポンと叩いた。
「大丈夫だよ…。1人じゃないから!」
朝倉が俺に笑いかけると、周りの女子も俺に声をかける。
「うん。そうだよ…!」
「そうそう、最悪ソロは外されたとして…、金賞取ればまた返り咲くチャンスがあるかもだし」
「そうだね!」
最後はみんなで笑って、なんとか丸くおさまった。よかった…!
「あとは俺たちが片付けるから!」
朝倉は女子からゴミ袋を受け取って、彼女たちに先に行ってと声をかけた。
みんな笑顔で、俺の姿の朝倉にありがとうと礼を言う。
出ていく時も、朝倉を見ながらきゃっきゃしていた。
……俺が食堂に来た時とは大違いだ。それどころか朝倉のおかげで俺の評価が爆上がりしてる。
「黒瀬、ありがとう…」
「え…?」
女子達は誰も俺に礼なんか言わなかったが、朝倉は俺に礼を言ってきた。
俺は朝倉に礼を言われることなんて、何もしていないんだが。
「俺のこと庇ってくれて、ありがとう」
「庇ったって言うか。俺が朝倉の評価を下げてることが原因だから……当然だよ」
「でも、頑張ってたって黒瀬に言ってもらえて、すごく嬉しかった」
以前の俺なら、あそこで女子の中に飛び込むなんて絶対しなかったはずだ。だからあれは、俺の力じゃない。
「朝倉の体って羽が生えたみたいに飛ぶ力があるから、ばーん、って飛び出せたんだよ。だからあれ、朝倉の力だよ」
「でも、言ってくれたのは黒瀬じゃん」
「まあ、そうだけど…」
ということは、体が入れ替わって俺は少し成長したのか…?
そうだったら、嬉しいけど。
ーーあ。うっかり喜んでしまった!
朝倉がモテる理由って、クール美形だからじゃなかった。むしろ、この性格がモテる理由だったんだ…!
俺と入れ替わってから、朝倉の評価が下がって俺の評価が上がってるんだから間違いない。
「あれ?ちょっと待て!なぁ、このままだと、俺元に戻ったらモテモテになっちゃうんじゃないか…?!」
それ、すごい微妙じゃないか…?!
気がついた俺は、ちょっと食い気味に朝倉に言った。
「何で…?」
「だってさっきも女子達は『黒瀬』にお礼言ってたよ…!朝倉のおかげで『黒瀬』の評価が爆上がりしてるんだから、これで戻ったら俺が女子にモテちゃうだろ!」
「黒瀬、なんか嬉しそうだなぁ…」
「は……?」
朝倉は目を細めて俺をじっと見ていた。悲しそうなのに、それを誤魔化そうとしているような顔。
「実はエロいもんなー、黒瀬は…!」
「へ……?」
「『淫乱女教師にイジワルな…』」
「あーー?!」
朝倉に言われて、俺は入れ替わる前、スマートフォンでエッチな検索をしていたことを思い出した。
「おい朝倉!俺のスマホ見てんじゃねえか!そういうの勝手に見るの、サイテーだぞっ!」
自分で言ってハッとする。俺もこいつのSNS、見てるんだった…。やっぱりそれって、最低だよな…。
「ぐぐろうと思ったら履歴が出てきたんだよ。不可抗力…!」
「も、もう見るなよ…っ」
さっき席を立った時は、朝倉に言うつもりだったのに…。
嫌われたくなくて、それ以上なにも言えなくなってしまった。
あのヤロウ、どこへ行ったんだ……?
トイレの他に、スマートフォンをいじっても不自然でない場所にいると思い、寝室や合宿所の裏口などを探してみたが、見つからない。
諦めて戻ると、食事の時間が終わったようで部員達がゾロゾロと食堂から出てきた。
しまった……!お湯の当番が片付けもする係だったのだ…!
慌てて食堂の扉を開けようとすると、中から話し声が聞こえてきて手が止まる。
「ねぇ、当番、部長と黒瀬くんだよね?どこいったの?」
「さっき出て行くの見たよ」
「えー?!なんなの、あいつらー!」
ごめん、とそこで出ていけばよかったのだが、女子の話のテンポが早くてタイミングを逃した。
「ていうかさ、なんか2人とも変だよね、最近…」
「私も思ってた。特に部長…!明らかにスランプだよね。顧問も、ソロ外すつもりなのかも」
「それはいくらなんでも、部長は三年だし、ないんじゃない?」
「それが、私、見ちゃったんだ。顧問のスコアに赤ペンが入ってるの…」
「はぁ?!まじでー?!」
それ、多分俺が見たものと同じだ。
大前提、見たやつが悪いけど…。顧問も顧問だ。生徒に見られるところに、置いておくなよ!
「それでこの前も練習中にいなくなったんだ?不貞腐れてんのかなぁ?」
「そうかもね~。なんか幻滅しちゃうよね……。でも、前からやる気あるかは微妙だったよね?スンとしててさー」
「うんうん。でも前は、それがクールでかっこいいと思ってたんだけどね~!」
「ねー。部長って、成績もめちゃくちゃいいらしいよ?だから部活は推薦の点数稼ぎなんじゃない?」
俺も入れ替わるまで知らなかったけど、朝倉は表情に出さないだけで、実はクールじゃない。去年も俺をメンバーにしろって先生に意見するくらい熱いやつだ。
それに朝倉が言う通り、公表されてもない、間違った情報で噂するのって、絶対良くない…!
俺は気がついたら、ドアをばーんと開けていた。
「え……?!」
「部長…?!」
思いっきり悪口を言っていた女子達は、朝倉の姿の俺を見て目を白黒させている。俺はそんなことお構いなしで、女子達に近づいた。
「この間、練習抜けたことは悪かったと思ってるけど、やる気がない訳じゃないんだ!」
俺は食堂に入るなり、息つく間もなく捲し立てる。
「朝倉…、俺は確かにスランプだけど、やる気はある!今までも部長として、全体の調和を考えて練習してきたと思う…!」
朝倉は実際、練習を録音したりして、全体を確認していた…。吹奏楽部の部長としてキチンと仕事をしていたんだ。
だからその誤解はどうしても解きたかった。しかし、女子達は眉を寄せて、訝しげな顔をする。
「調和、考えてます…?」
「だって、この間、パーカッションの意見も聞かずに、シンバル黒瀬くんにしようっていってたよね?」
「言ってた言ってた。あれ最悪だったよね…」
「うんうん、黒瀬くんがいなかったら、やばかった」
う゛……!
それは俺で、朝倉じゃないんだ!黒瀬の姿で彼女を庇ってたのが朝倉だから、朝倉はやっぱり、みんなのことをよく考えてた!
ああああ。朝倉が俺の姿だからややこしい!
「でも、頑張ってきたのは本当だよ!毎日ランニングして、家でも練習してたし、才能だけじゃなく努力して頑張ってて…」
女子達は『そんなこと言われても』みたいな顔で俺を見ている。客観的に見たら、朝倉が自分で自分を頑張ってるっていってるんだから、聞いてる方はぽかーんとするよなぁ…。
「とにかく、コンクールまであと少しなんだ!陰口なんかやめて、みんなで力を合わせようよ!お願いします!」
俺は思いっきり頭を下げた。しかし女子達は相変わらず冷たい目で俺を見ている。
ダメだー!全然伝わってない……!
どうしたら良いんだ……。
戸惑っていると、ドアが開く音がした。
「黒…じゃない、朝倉…っ!」
やってきたのは俺の姿の朝倉だ。心配そうな顔で俺の方へ駆け寄り、女子の前に立つ。
「みんな、色々ごめん…。特に練習抜け出したりして。やる気ないって思われても仕方ないよな…。本当にごめん」
まず初めに女子たちの意見を肯定して謝ったからだろう。うんうん、と女子たちは頷いている。
「みんな、気がついてると思うけど朝倉は今、ちょっとスランプなんだ。それで、あの日、少し練習から離れて色々話した。もちろん、できる限りがんばろうって話をした。でももし、どうしても足りないところは、みんなの力を借りようって…」
そして、朝倉は女子たちと目を合わせて、真剣な顔で話す。
「俺たちは50人いる。朝倉だけじゃなく、誰かがミスしたら全員でフォローし合おう。それで金賞とって、全員で全国に行きたい。だから俺からも頼むよ。全員で、力を合わせよう!」
『全員で』っていうのが、響いたようだ。みんな、顔を見合わせて頷いた。
俺は、自分だけ特別頑張ってる気がしていたけど、そうじゃない。吹奏楽部の全員が、これまでずっと練習を頑張ってきた。
朝倉はそれを分かっていたから、自然に全員でって言葉が出たんだ。
やっぱり部長は、俺じゃだめだ。朝倉じゃないと…!
落ち込んで下を向くと、朝倉は俺の背中をポンと叩いた。
「大丈夫だよ…。1人じゃないから!」
朝倉が俺に笑いかけると、周りの女子も俺に声をかける。
「うん。そうだよ…!」
「そうそう、最悪ソロは外されたとして…、金賞取ればまた返り咲くチャンスがあるかもだし」
「そうだね!」
最後はみんなで笑って、なんとか丸くおさまった。よかった…!
「あとは俺たちが片付けるから!」
朝倉は女子からゴミ袋を受け取って、彼女たちに先に行ってと声をかけた。
みんな笑顔で、俺の姿の朝倉にありがとうと礼を言う。
出ていく時も、朝倉を見ながらきゃっきゃしていた。
……俺が食堂に来た時とは大違いだ。それどころか朝倉のおかげで俺の評価が爆上がりしてる。
「黒瀬、ありがとう…」
「え…?」
女子達は誰も俺に礼なんか言わなかったが、朝倉は俺に礼を言ってきた。
俺は朝倉に礼を言われることなんて、何もしていないんだが。
「俺のこと庇ってくれて、ありがとう」
「庇ったって言うか。俺が朝倉の評価を下げてることが原因だから……当然だよ」
「でも、頑張ってたって黒瀬に言ってもらえて、すごく嬉しかった」
以前の俺なら、あそこで女子の中に飛び込むなんて絶対しなかったはずだ。だからあれは、俺の力じゃない。
「朝倉の体って羽が生えたみたいに飛ぶ力があるから、ばーん、って飛び出せたんだよ。だからあれ、朝倉の力だよ」
「でも、言ってくれたのは黒瀬じゃん」
「まあ、そうだけど…」
ということは、体が入れ替わって俺は少し成長したのか…?
そうだったら、嬉しいけど。
ーーあ。うっかり喜んでしまった!
朝倉がモテる理由って、クール美形だからじゃなかった。むしろ、この性格がモテる理由だったんだ…!
俺と入れ替わってから、朝倉の評価が下がって俺の評価が上がってるんだから間違いない。
「あれ?ちょっと待て!なぁ、このままだと、俺元に戻ったらモテモテになっちゃうんじゃないか…?!」
それ、すごい微妙じゃないか…?!
気がついた俺は、ちょっと食い気味に朝倉に言った。
「何で…?」
「だってさっきも女子達は『黒瀬』にお礼言ってたよ…!朝倉のおかげで『黒瀬』の評価が爆上がりしてるんだから、これで戻ったら俺が女子にモテちゃうだろ!」
「黒瀬、なんか嬉しそうだなぁ…」
「は……?」
朝倉は目を細めて俺をじっと見ていた。悲しそうなのに、それを誤魔化そうとしているような顔。
「実はエロいもんなー、黒瀬は…!」
「へ……?」
「『淫乱女教師にイジワルな…』」
「あーー?!」
朝倉に言われて、俺は入れ替わる前、スマートフォンでエッチな検索をしていたことを思い出した。
「おい朝倉!俺のスマホ見てんじゃねえか!そういうの勝手に見るの、サイテーだぞっ!」
自分で言ってハッとする。俺もこいつのSNS、見てるんだった…。やっぱりそれって、最低だよな…。
「ぐぐろうと思ったら履歴が出てきたんだよ。不可抗力…!」
「も、もう見るなよ…っ」
さっき席を立った時は、朝倉に言うつもりだったのに…。
嫌われたくなくて、それ以上なにも言えなくなってしまった。

