キスして入れ替わったら、美形部長の秘密の本音は俺への「好き」でいっぱいでした

 唇が重なると、自分が今どうなっているのかが分からなくなる。まるで一つになってしまったかのようにピタリと重なって、静かに心臓の音を聞いていた。

 ひょっとして、元に戻った…?

 そう思って唇を離し目を開けたが、目の前には俺がいる。

——だめだった。前回同様、何も起こらなかった。

「ダメだった~!」
「やっぱり、雷が必要なんだよ…」
「そうだな…。ごめん、焦り過ぎた」

朝倉は赤い顔を隠すように、横を向いて視線を逸らした。

あからさまに照れている朝倉を見て、なんだか俺もいたたまれなくなる。

「そうだよ、焦り過ぎ…!」
「……黒瀬がしんどそうだから、何とかしなきゃって。いい案がなくて、ごめん…」
「謝るなって」

朝倉が焦っているのは何となくわかっていた。多分それは俺のせいだ。朝倉の気持ちを軽くするため、俺はちょっとだけおどけて見せる。

「もし戻れなくても、朝倉が支えてくれるんだろ?」
「おう、まかせろ!」

 俺の姿の朝倉は胸を張って、少し大袈裟に返事をした。

 これは多分俺と同じ…。俺の気持ちを軽くしようとしてくれてる。あとほんの少し、照れ隠し。

 お互いの気持ちがわかってしまい、なんだか恥ずかしくなる。

 誤魔化すように、朝倉は俺に戻ろうと言った。

「戻ろう。そろそろ風呂の時間だ!」
「あ、そっか…」

風呂…、かぁ……。そう言えば女子の後は男子の時間だ。男子で、風呂。ということは2人で風呂。

 ふ、2人で……?

「あーー?!」
「え、なに…?」
「朝倉、お前、今までも風呂、入ってるよな…?」

いや、俺もこいつの体を見てるし仕方ないと言えば仕方ないことだけど…。でもこいつ、『黒瀬の体は繊細だ』とか言ってなかった?

 それって、つまり…。

「そうだけど…♡」
「語尾に♡つけんな!ていうか俺の裸を見てんじゃねえ!」

 どうしようもないこととは言え、自分のこと恋愛的に意識してるやつに裸を見られるなんて、恥ずかしくて耐えられない…!

「見ないと洗えないだろ~。汗を流して隅々まで綺麗にしないと…。あと保湿クリームも塗らないと、黒瀬の肌、繊細だからさ」
「塗らなくていいって!あと風呂入る時は目隠ししろ!」
「やだよ!」
「ダメだって!最近筋トレもしてるから、よ~~く、ほぐさないと…♡」
「やめろ!!!!」

もし戻れなくても…、なんて言ったけど、前言撤回…!だめだ、一刻も早く戻らないと、俺の貞操が危うい……っ!





 朝倉はタオルで目隠しして風呂に入らせた。

 ギャーギャー騒ぐ朝倉を洗って、俺も入浴を済ませると部屋に戻った。まだ色々うるさいので、仕方なく髪をドライヤーで乾かしてやる。

「俺たち、2人っきりだな…」
「あー、去年は先輩もいたし、OBも来たもんな」

今、うちの吹奏楽部に男子は俺と朝倉の2人だけ。だから合宿所の寝室は俺と朝倉の2人だけだ。
 
 朝倉の家は客間があったから、同じ部屋では寝なかった。2人だけで寝るのは今日が初めてだ。

 あれ、これ、大丈夫…?

 髪が乾くと朝倉はもじもじしながら、バッグから何かを取り出した。

「これ、先生に借りて来たんだ」
「それ何…?」
「テレビにスマートフォン繋ぐケーブル!」
「テレビにスマートフォンを…?」
「そう。黒瀬、俺のスマホ貸して?」

 朝倉はスマートフォンを受け取るとケーブルを挿入し、部屋にあったテレビに接続した。すると、スマホの待受がミラーリングされてテレビ画面に映し出される。

そして朝倉は写真フォルダを開いた。

「あ……っ!」

 例のかなDメモリーを俺が勝手に見ていたため、開いた途端、テレビの大画面で映し出されてしまった。朝倉は大慌てでその写真を閉じ、俺をチラリと盗み見る。

 とりあえず気付かなかったふりをしたけど…。まったく、こっちの身にもなれ!

「あー、あった。これこれ!」
「これ……?」

それは去年の秋の演奏会の動画だった。秋の演奏会は3年が引退したので俺もメンバー入りしている。その時も今と同じ曲を演奏した。

「去年母さんに撮ってもらったんだ。これ見てイメージトレーニングしようと思って」
「なるほど…!」

 これは俺にとっては正式メンバーになって初の演奏会であり、朝倉が部長の新体制になってから初の大きな演奏会だった。

「黒瀬、顔硬いなぁ…」
「あ、分かる…?すごい緊張してたんだよ、これ…!」
「あの時は分からなかったけど、今は分かる」
「入れ替わりの弊害だ。恥ずかしい…!」

俺はガチガチだったが、朝倉は落ち着いて見える…。ステージに入場して座ると、唇をぷるっと何回か震わせてから深呼吸した。

「今のAirリップロール?朝倉って、よくリップロールしてるな?」
「……バレた?」
「バレた、ってなに?」
「いや……」
「何だよ、言いかけてやめるなよ!気になるだろ」
「あれ、緊張してるんだよ…」
「緊張…?」
「そう…緊張してる時にやる、俺のルーティン!」

顔はすましてるけど、朝倉も緊張していた…?

「そっかあ~。そうだよな…。部長になって初だもんな」
「そうだよ…」

 リップロールが緊張した時にする癖だとは知らなかった。そう言えば、俺が呼び出した時も朝倉はドアの前でやっていた。

 あれは何に緊張していたんだろう。

「始まる」

 俺たちが演奏する自由曲は「マードックからの手紙」という曲だ。夏のコンクールに備えて、秋の演奏会からこの曲を演奏している。

 タイタニック最後の航海をイメージして作られたこの曲はサックスのメロディにマリンバなどの打楽器がやさしく重なっていく。

 初めは緊張していた俺だが、中盤になると真剣な中にも楽しんでいる様子が窺える。

 そして終盤は全員で演奏する壮大なクライマックス…!

全員で最後の和音を鳴らして締めくくられると、俺はテレビの前で思わず拍手してしまった。

「すごくよかった…!朝倉のソロも」
「うん。黒瀬の演奏もすごく良かった」
「また、これ弾きたいな…」

楽譜を受け取った時、すごく嬉しかったことを思い出して、思わずポツリと呟いた。

 そうだ。

 俺…、やっぱり。

「俺やっぱり、マリンバを演奏したい。今まで、サックスが吹けない、部長が務まらないって後ろ向きな理由で元に戻りたいとおもってたけど…。マリンバを演奏したいから、元に戻りたい」

 今の気持ちを伝えると、朝倉はにこりと笑いかけてくれた。

 朝倉は、戻りたくない気持ちもあると言っていたけど、それを飲み込んでくれたんだ。そんな朝倉を悲しませたくはない。

 けど…。

「ごめん、朝倉が嫌とかじゃないんだ…!」
「分かってる。やっぱり、ずっと一生懸命頑張ってきた楽器を演奏したいよな。俺もそうだよ?」
「朝倉……」
「明日の練習終わったら、雷を探しに行ってみないか?待っても雷が落ちないなら、こっちから行ってみよう。電車使って範囲を広げれば…」
「うん…」

 申し訳ない気持ちもあったが、朝倉の提案に素直に頷いた。

「じゃ、明日に備えて今日はもう寝よう!」

 6畳ほどの和室に布団を2組敷いても、そんなに狭くないはずだが朝倉は俺の横にピッタリと布団をくっつけた。

 なんか、近くない…?

 そう思って無言でずらすと、朝倉も布団をスライドさせて来る。

そしてとうとう壁に布団がくっついてしまった…!

「こんなに壁にくっつくの、変だろ?!」
「全然変じゃないって…!」

朝倉はあからさまに嬉しそうな顔で布団を捲ると、中に潜り込んだ。

 こんなにあからさまなのに、今までよくすました顔でいたな…?

 体が俺になったから、態度がわかりやすくなっているのかもしれない。

 でもこれは朝倉が言っていた通り、期間限定。


 元に戻ったら、また前みたいにクールな朝倉に戻るんだろうか……?

 俺も布団に入り、顔をマッサージした。雷が見つかったらこの体は明日までかもしれない。今のうちにもっと表情筋、鍛えておこう…!