キスして入れ替わったら、美形部長の秘密の本音は俺への「好き」でいっぱいでした

 人間の体って不思議だ。重なると、邪魔になる凹凸が、ピッタリと一つになる。

 倒れ込んだ朝倉と俺の顔は重なり、唇に唇が密着した。

 その瞬間、窓の外にピカっと稲妻が走った。そしてその後すぐ、雷が落ちるズドォンという轟音が響く。

 物凄い衝撃だった。

 けれど俺は目を閉じなかった。頭はガンガンするし、視界もぐらぐらと揺れていたが、目は開いていた。いや、閉じられなかったのだ。

 だって、ファーストキス、だった…から…。


 がーん。がーん……。

 い、いや、これは事故!朝倉がつまずいて、俺に覆い被さった事故だから、ファーストキスにはカウントされない!

 ……たぶん。

 俺は意識をしっかりさせようと、プルプルと頭を振った。

「……?」

 目は開いているはず。頭を振って、目眩も治った。

 しかし、そこで目にしたのは、床に倒れ目をまん丸にして驚いている、俺自身(・・・)だった。

「え……?」

 そして次に驚いて漏れ出た声がいつもの自分のものより明らかに低いことに気がついた。俺、こんなイケボだった…?

 おまけに、目線も高い。まるで背が高くなったみたいだ。

 それにいつのまにか、体のポジションも入れ替わっている…?!

「な、なんで……?!」

 嘘だろ?!

 なんで俺が『俺』を見ているんだ……?

「え、なんで、俺が……?」

 俺じゃない俺が、ポツリと呟いた。そいつは声まで俺、黒瀬奏(くろせかなで)だった。

「俺、黒瀬とキスしたはずだよな?!なのに何で相手、俺なんだ?!残念過ぎるんだけど!!!!」
「残念?」

 何言ってんだコイツ…。っていうか、コイツ外見は『俺』だが…。中身は俺じゃない。

 それに俺じゃないコイツは俺を『俺だ』というし…。

 それってまさか…。

 俺は慌てて飛び起き、窓際まで走った。まだ稲光がかすかに映る窓ガラスで、自分の姿を確認する。

「うわぁぁぁーっ!な、な、な、なんでぇ?!」

 窓に映った『俺』のはずの男は、なんと、吹奏楽部長の朝倉だった。

 俺、朝倉になっちゃってる……!

 なんで…?!

 俺はただ、朝倉に文句を言うだけのはずだったのに、なぜ、こんな事に…?!


 こんな事なら、朝倉を呼び出したりするんじゃなかった…!


 ――俺が朝倉を呼び出したのは、今から1時間ほど前。


****

 うちの高校の音楽室は一つしかない。だから各パートごとにお互いに譲り合って使わなければならない。

 その暗黙のルールを破り、今日も木管・金管楽器が幅を利かせ、パーカッションがなかなか練習出来ないことに、俺は頭に来ていた。

 こんなに頭に来たのは、去年高校2年の時、3年の先輩が最後のコンクールだからと、顧問にメンバーから外されて以来だ。だからとうとう俺は文句を言った。

「練習したいんだけど!」
「悪い、あと少し待って…!」

 しかし、部長でサックスリーダーの朝倉はまるで聞く気がない。

 この野郎…!

 サックスは木管楽器で、吹奏楽部の花形だ。華やかな見た目に加えてメロディーを吹くことが多く、今度のコンクールの自由曲ではソロもある。

 だから朝倉はパーカッションを下に見てやがる…。部長の癖に、木管や金管チームをいつも優遇しているんだ。まったくもって、許せない…!

 俺は練習中の朝倉に歩み寄り、怒りを堪えて肩を叩いた。

「ちょっと話あるんだけど。終わったら音楽準備室に来て」
「え、なに?ここで言えないこと…?」

 朝倉はいつものスカした顔で俺を見た。朝倉は普段、あまり感情を顔に出さない。そんなところが『クール…♡』なんて女子達にはいわれているけど、男からしたら無愛想って怖いだけだ。

 そんな朝倉に一瞬怯みそうになったが、俺は必死に虚勢を張る。

「そうだよっ!」

 朝倉は顧問、部員にもその音楽センスを買われて部長になった実力者。自由曲ではソロまで務めている上に、長身のイケメン。吹奏楽部の部員は俺と朝倉以外全員女子だが、女子は全員あいつに気があるとも言われている。俺のパーカッションチームの女子でさえも…、だ。

 だから、みんなの前で文句を言うと角が立つ。俺は朝倉を呼び出して、こっそり文句を言うことにした。

 見事だ…!流石、パーカッションリーダー!完璧な作戦だ…!

 俺はみんなが帰った後、暗くなった音楽準備室で、朝倉を待っていた。

 しかし。

「…来ねえ…!!」

まさか帰ったのか…?!

 外は曇っていて、どんよりと暗い。いかにも雨が降りそうな気配がする。窓の外を眺めながら、今日傘を忘れたことを思い出し、もう帰ろうと思った。

 立ち上がって出口に向かおうとすると、外から足音が聞こえてくる。

 そして足音はちょうど、扉の前で止まった。

 多分、朝倉が来たんだ。俺は身構えていたが、なかなか扉は開かない。

「プルプル…プルプル…」
「ん……?」

 この振動音、唇を震わせて息を出す、木管楽器の奴らがよくやるウォーミングアップ『リップロール』だ。

 いつまでも入ってこないと思ったら、扉の前で練習してる…?

「おい、何練習してんだよ!」
「わっ!」

 俺が扉を開けると、朝倉は驚いた声を上げた。

 約束してたのにこいつ、一体どういうつもりだ…?

 黙って背を向け、俺は音楽準備室に戻った。朝倉は俺について、ようやく部屋に入って来る。

 真ん中分けの髪を無造作に流し、涼しげな瞳をしたシャープな顔立ちの朝倉は、それだけで近寄り難いイケメンだが、身長も百八十センチ近い長身で威圧感もすごい。

 対する俺は中肉中背の、平凡顔。友達も多くないし、彼女なし、ついでに告白されたこともなし。

 そんな俺だから、背後からの長身イケメンの圧にちょっとだけ緊張していた。

 けど、負ける訳にはいかない!

 俺はくるっと振り向き、朝倉と対峙した。

「おい朝倉!今日の練習、何なんだよ…!」
「今日の練習…?」
「木管、金管ばっか音楽室を使って、俺たちパーカッションの練習が全然できなかったろ!」
「え?やってたじゃん。聞いてたよ、俺」

 確かに、練習はしていた。でも、音を合わせる時間がなかった。

 パーカッションは簡単だと思われるがそうじゃない。特に俺の担当、マリンバは木琴の中でも難易度が高いと言われている。叩く位置や強さで音が変わるので、正確なコントロールが求められるからだ。タイミングだって難しい。

 特にシンバルとの連携は課題があって、入りの音を確認するため、少し静かな時間が欲しかったのだ。

「音が聞こえないから、静かにして欲しかったんだけど!」

 俺はいつも、木管と金管が幅を利かせていて、パーカッションが軽んじられているようでとにかく不満だった。

 朝倉は一年からコンクールに出場しているが、俺は1、2年と出場を逃し、やっと今年出場できる、最初で最後の年なのだ。絶対、金賞をとりたい!

 それで、去年俺を出さなかったのは間違いだったって、知らしめてやるんだ!

 俺がキッと朝倉を睨むと、やつは不思議そうに首を傾げる。

「マリンバは完璧だったよ」
「それはそうだけど!他のメンバーとも音を…」
「あってたよ。黒瀬がリードして、ドラムと音もあってた」

 確かにドラムとはあってた。けど、それだけじゃない。

「だからって、練習させろよっ!」

 言い返しても、朝倉はまだ首を傾げている。

 こいつと用事以外でほぼ会話をしたことが無かったが、こんなに話が通じないやつだったんだ…?

 その時遠くで、ゴロゴロと嫌な音がした。雷の音だ。まだ少し距離があるが、近づいてくれば、雷雨に見舞われるだろう。

 傘も忘れてしまったし、俺はもう話しても無駄だと思い、壁際に置いておいたリュックを掴むと、部屋を出ようとした。

 すると、慌てた朝倉が俺を追って来る。

「黒瀬、待てよ!みんながいる所で、出来ない話って何だったんだよ…!」

 さっき話したのに、朝倉はまだ俺の話が別にあると思っているようだ。

 やっぱりパーカッションの練習に時間なんか割かないってことか…!?

 もう本当に話したくなくて、俺は扉に手をかけた。

「待てよ…!」

 珍しく朝倉は焦ったのか少し声を裏返らせて、俺を追って来た。

「もう話すことなんかないって!」

苛立って俺が振り返ると、朝倉がちょうど机に足を引っ掛けてよろめいたところだった。

 思わず朝倉を支えようと、手を伸ばす。

「大丈夫…?!」

すると朝倉は思い切り俺の方へ倒れ込んで来た。

 身長180cm越えの男が思いっきり倒れ込んで来て、支えられるほど俺は体格に恵まれていない。

 そのままどさっと床に倒れ込んでしまった。

「……○×△⬜︎¥#@……?!」

……倒れ込んだ場所が悪かったのだ。

 顔と顔が、ぴたりと重なる。

 そして、雷鳴が轟き稲光が照らす中で、俺と朝倉はキスしてしまった。