ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜天津の姫は世界と彼氏のために呪われた兄と禁忌の契約を結ぶ〜

【仙台市宮城野区・宮城県獣撃隊本部】

 仙台市中心部から三陸海岸を経て青森県青森市まで伸びる国道四十五号線。

 交通量が多く市内や近郊の区間は朝夕は渋滞が多く発生している県の主要幹線道路だ。

 街中の起点から松島方面へ向かう道中、ビルや高層マンションが立ち並ぶ車窓の景色は仙石(せんせき)線の高架を抜けると一変する。

 両サイドから高層の建物が消え、視界が開ける。

 右手には自動車メーカーのディーラーなどが軒を連ねる商業地、左手には広大な自衛隊の駐屯地。

 自衛隊側――南方向には駐屯地の他に警察署、卸売業社の営業所などが並ぶ。

 その一画に「宮城県獣撃隊本部」がある。

 敷地内に建つのは六階建の本館、四階建の訓練棟、三階建の倉庫――「機動祓除(ふつじょ)隊」の執務室(オフィス)があるのは本館の三階だ。

 本日の任務を終え、本部へ戻って来た高野原真斗(たかのはらまなと)は廊下から執務室に併設された出動準備室に入る。

 防護ベストを脱ぎ、装備を自分のロッカーに収納し自分のデスクへ向かう。

 出動準備室と執務室には壁やパーテーションなどの仕切りがない。緊急時の動線を考慮して区切りを極力少なくしてる。

 機動祓除隊は四班で構成されており、フロアには班ごとにデスクの島がある。

 真斗は足早に隊長と四人の班長のデスクが並ぶ窓際へ向かい、在席している上司の岡田の前に立った。

「いくら俺らでも隊員の自宅に出るなんてレア中のレアだからなぁ」

 真斗は岡田に自宅に出たヨモツを祓除したことに礼を言うと、彼は目を通していた書類を置いて磊落(らいらく)に笑いながらそう言った。

「うちの――失礼とかなかったですか?」
「妹さん?あぁ、冷静に受け答えしてちゃんとこっちの指示に従ってくれたし礼儀正しくてしっかりした子だったな」
「そうですか……」
「妹さんと連絡取ったのか?」
「いや、まだです」
「帰る前に一言労ってやれよ。気丈に振る舞ってたけどかなり緊張してただろうし」
「はい」
 
 先に戻っていた加瀬は一班の島の空いた席に座り同僚と後輩に絡んで談笑している。

 神谷沢(かみやさわ)と福室(ふくむろ)は離席中。現在デスクに座っているのは二名。明石(あかいし)と花園(はなぞの)だ。

 明石は一五五センチの小柄で華奢な体格で、装備を解きマスクを外したその姿は戦闘員には見えない。

 外部の人間からは事務や受付業務を担当している一般職員と間違われることもある。

 同じ階級の真斗や神谷沢よりも年上――今年で三十三歳になるが童顔で、二十一歳の松森よりも少し上くらいにしか見えない。

 少女の面影を残した可愛らしい風貌は本人にとっては疎ましいコンプレックスで、任務中にマスクをつけているのは周りから「舐められない」ようにしているからだ。

 お疲れ様ですと声がけし後ろを通り過ぎようとした時、明石はデスクに向かったまま真斗にこう返した。

「――双子のお姉さんの方は「オオカミ」の子と同じ「お利口さん」みたいね」

 明石はパソコンのキーボードを打つ手を止め、振り返って軽く見据える。

 真斗はバツが悪そうに目を伏せ会釈し、視線を逸らした。

 明石には頭が上がらない。原因は咲也だ。
 
 彼女は天津人(あまつびと)の青少年を対象にした祓除(ふつじょ)講習会で講師を任されたことがある。

 その時に咲也と九郎が参加いていた。

「弟さんたち、見込みあるね」

 弟たちが世話になったと講習後に明石に礼を言った際に、彼女は表情を変えず真斗を見上げ言葉を返す。

「そうですか」
「特に茶髪の方、有能で調子のいい「クソガキ」だった」

 明石は詳しくは言わなかったが、確実に咲也は何か「やらかした」ようだ。

 血の気が引いた真斗は彼女が何を言われたのかわからないまま、ひたすら平謝りに謝った。

 咲也は外面は良いが「軽口を叩く」タイプなので、明石のような優等生タイプとは相性が悪い。 

「あー「明石姉貴(ネキ)」?あの人可愛いのに三十過ぎってマジ?兄ちゃんより上でマジビビったわ」

 帰宅後に問い詰めると咲也はしれっとした表情でそう返した。

 完全に何らかの「地雷」を踏み抜いたようだった。

 明石の斜め向かいに座り彼女と同じく事務処理をしている大柄な男は顔を上げ「お疲れ様です」とだけ言い、すぐに視線を机に落とす。

 一重瞼の鋭い目、筋肉質で分厚いプロレスラーのような体躯。

 厳つい「土佐犬」を思わせるこの男は花園幸(はなぞのみゆき)。階級は真斗より一つ下の獣撃副士長(じゅうげきふくしちょう)。年齢は二十五歳。

 彼は真斗が普段から下の妹について触れられるのを避けていることを気遣い、今日もあえて触れないようにしているようだ。

 見た目はかなり厳ついが空気を読む男だ。

 双方寡黙で年齢よりも老けて見えるせいか互いに薄っすら親近感を覚えている。

 彼らには妙な縁もあった。

 真斗の妹の彗斗と花園の妻の結愛(ゆあ)が友人(ダチ)なのだ。

 天津人はほとんどが同族と結婚する。天津人の花園の妻である結愛も天津人だ。

 花園が入籍し結婚式を挙げたのは昨年の秋。

 高野原家にその招待状が二通届いた。
 
「……何でケイ宛てのも来てるんだ?」

 訝(いぶか)しげに眉を顰(しか)める真斗に対し、彗斗は気まずそうに視線を泳がせながら答える。

「あーね……新婦が私のダチでさ……」
「新郎が俺の後輩だって知ってたのか?」
「いや、みゆきちゃん獣撃隊入ったってことは聞いてたけど……まさか兄貴の後輩だとは……ははっ……世の中狭っ……」
「みゆきちゃんって……お前、花園とも顔見知りなのか?!」
「ダチの彼氏だもん。高校ん時から知ってるし」
「花園は俺よりも先にケイと顔見知りだったってことか……」

 真斗だけが家に同じ招待状が二通届くまで、そのことを知らなかった。

 翌日この件を花園に伝えると、恐縮した面持ちで平身低頭(へいしんていとう)しこう言った。

「……すみません。先に言っておいた方がいいかと思ったんですが……その、言う機会がなくて……」
「……いや、別に謝るようなことじゃない」

 天津人の「世間」は狭い。

 獣撃隊は天津人にしか出来ない「ヨモツ祓除」に特化した組織なので、「世襲公務員」と揶揄されるくらい同じ職場に血縁者や親族が在職している。

 明石の父親は通信指令室長、福室の姉は会計課の一般職員、花園の兄は仙南支署の機動部隊に所属。

 そこらじゅうに親と子、きょうだい、いとこ、おじとおば、顔見知りがいる。

 身内で固まった組織の場合、どこでもそうだが当然不正や隠匿の温床になる。

 実際何度か不祥事が起こり大問題となった。

 昭和から平成に元号が変わってから祓除能力を持たない葦原中国(地上)で生まれた人草――マジョリティである国津人(くにつびと)の採用人数を増やした。

 戦後から公務員の体を取るために国津人も採用していたがさらに採用人数を増やし、一般職員の「天津枠」は大幅に減らすことになった。

 現在は隊員枠は「天津人・八、国津人・二」、一般職員は「天津人・二、国津人・八」の割合になっている。

 廊下側の壁際にあるシュレッダーの前に床に散らばった紙屑を箒(ほうき)で掃いている白髪の若い男――黒川と、その向かいで紙屑で一杯になったゴミ袋の口を広げている松森がいた。

 どうやら黒川がシュレッダー内のゴミ袋を交換していた際に手を滑らせて中身を床にぶちまけたらしい。

 白髪で品のある顔立ちをしていることもありミステリアスな雰囲気を漂わせているが、口を開けば「ゆるキャラ」で任務以外では「ポンコツ」だ。

 真斗は松森にも自宅の祓除に対する礼を言うと、彼女は照れたように少し歯を見せて笑った。

「妹さん高校生なのに私よりしっかりしてましたよ。帰ったら今日はちゃんと褒めてあげて下さいね」
「今日はって……」
「お家ではいつも口うるさいって……へへっ……」

 何か思い出したようで松森は肩を竦(すく)め鼻を鳴らして吹き出した。

 ――茉莉花(あいつ)は一体何を言ったんだ……?

 真斗の胸に一気に不安がよぎり、その場で頭を抱えそうになった。

「九郎くんにも口うるさいんっすか?」

 松森が広げているゴミ袋へ塵取りに集めた紙屑を移しながら黒川は真斗に尋ねる。

 黒川は明石と同じく講習会を通じて咲也と九郎と面識があった。
 
 真斗は講習を終えた黒川から、同じ属性の者同士で意気投合したので九郎と連絡先を交換したと伝えられた。

「同じ「オオカミ」なんで、マンツーマンで指導させていただきましたよ」

 黒川は得意げに胸をそらし真斗にそう報告した。

 人見知りではないが大人しい九郎が、そんなにあっさり初対面の人間と即連絡先を交換するまで打ち解けられるものなのか。

 険悪になるより遥かにマシだが、いきなり講師が参加者と言う立ち位置からそこまで距離が詰まるのかと真斗は何処か引っかかりを感じていた。

 帰宅後、九郎にその事を尋ねると彼はまるで追い剥ぎにでもあったかのような虚(うつろ)な表情で真斗にこう言った。

「なんか……よくわからないまま連絡先交換されてた……」
「そうか……」
「でも、悪い人じゃなさそうだし……大丈夫、心配ないよ」
「ああ……悪い奴じゃない」

 二人とも「オオカミ」だが、真斗の脳裏に陽キャのハスキーにウザ絡みされている慎重派の黒柴の姿が浮かんだ。

「……別に……家では普通だ」

 調子が狂うことが連続したせいもあり、歯切れ悪く黒川にそう返すと真斗は執務室を出た。

 長い廊下の突き当たりまで移動し、非常口の前の壁に大きな体を寄せる。

 手に持ったスマホの通話履歴をスクロールし、茉莉花の電話番号をタップする。
 
 コール音を十五回数えたところで通話が繋がった。

『何?どうしたの?』
 
 スマホから聞こえる茉莉花の声は拍子抜けするほど「あっけらかん」としていた。

 昔から肝が据わっている方だと分かってはいたが、心配して電話をかけたのにこの反応はないだろう。

「どうしたも何も……大型のヨモツが家に出て通報したんだろ?」
『あー!そうなの!出た!』
「何で俺に一報入れないんだ」
『だって仕事中だし、通報して祓除してもらったし。その隊員さんとかから言われるだろうし。帰って来てから言おうと思って』
「ケイにも知らせてないのか?」
『うん。お姉ちゃんも仕事中じゃん。自分のスマホ見れないだろうし』
「咲也と九郎は?」
『兄さんたちより早く帰って来るから二人には連絡しといたよ。帰って来て敷地が封鎖されてたらビビるだろうし。結局帰って来たのは全部終わってからだったけど』
「そうか……まぁ、とにかく……何事もなくてよかった」

 手前の階段から往来する人の気配を感じ、真斗は顔を上げる。

 四階から降りて来た数人の隊員は談笑しながらそのまま二階へと降りて行った。

 彼らの気配が消えるのを待ち、真斗は先程より若干声のボリュームを抑え茉莉花に尋ねる。

「咲也と九郎は今家にいるんだな?」
『うん。三人で一休みして、今から夕ご飯作るとこ』
「今日は飯の支度しなくてもいいだろ……咲也と九郎になんか買って来てもらうか、あいつらに作ってもらうか……」
『何で?』
「慣れないことで色々気疲れしてるだろ……明日は俺もケイも休みだし、早めに帰るから何処か外で食べるか?」
『いいよ別に。兄さん帰ってくるまで咲也と九郎(あの二人)ご飯待ってらんないから』
「だったら出前でも――」
『気を使ってくれんのはありがたいけど、家の中で待機してただけで私別に何もしてないし。それに冷蔵庫にある鶏肉と厚揚げ、今日中に使っちゃいたかったし。あ、あまり期待はしないで。普通のチキンカレーだから』

 真斗に心配をかけないように普段通りに振る舞っているのではなく、自覚無しで「普段通り」なのだ。

 ヨモツと直接やり合ってはいないが緊迫した状況下にいたにも関わらず、疲弊した様子はない。

 大したものだと安心しつつも、一切の気遣いは不要と言われては自分の立つ瀬がない。

 夕飯の支度まで普段通りにこなしている茉莉花への労いに、少し回り道をして洋菓子店に寄りケーキでも買って帰ろうか。

『あっ!そうそう、咲也と九郎にね、ドーナツ買って来てもらったんだ。兄さんの分もあるよ』

 真斗は壁に手を付いて項垂(うなだ)れた。まさかの先手。

「――今日は早目に帰る」
『何時?』
「七時半には着く」
『わかった。気を付けね』

 通話を切ると真斗は頭を掻きながら深く息を吐いた。

 ――まぁ、何ともないに越したことはない。

 明日と明後日は連休を取っている。その間に茉莉花に対し何らかの労いをすれば良い。

 通話を切ったスマホをポケットに入れ執務室へ戻ろうと振り返ると目の前に顰(しか)め面の神谷沢が立っていた。

 下の階から戻って来た時に通話をしている真斗に気付き、階段手前にある防火扉の影に隠れて盗み聞きをしていたようだ。

 驚いて眉を引き攣(つ)らせている真斗を神谷沢は呆れた面持ちで見据える。

「なーにが「嫌われるくらいが丁度いい」だよ。何だかんだ良い「お兄ちゃん」してんじゃねぇか」

 そう言うと彼は踵(きびす)を返し先に執務室へ向かい歩いて行く。

 階段の前には黒縁メガネをかけた男――福室がいた。

 神谷沢と同行していたようで「ご愁傷様です。俺は巻き込まれただけなので」とでも言いたげに真斗に軽く頭を下げ足早にその場から離れた。

 ――何でこうも次から次へと……。

 真斗は再び壁に手を付き、がっくりと肩を落とした。
 

 こうして高野原家の緊迫した午後は事なきを終え、いつも通り静かな夜を迎えようとしていた。