ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜天津の姫は世界と彼氏のために呪われた兄と禁忌の契約を結ぶ〜

【仙台市泉区・高野原家(屋外)】

 離れの中にいる部下の妹らしき少女との通話を終え、岡田は端末をポケットに入れた。

 岡田の身長は一六八センチ。他の隊員よりも小柄ですらりとしているがただ細い訳ではない。

 体を鍛えつつ無駄を削ぎ落とし軽量化したような体型で、被っているヘルメットと相まって競馬の騎手のように見える。

 松森は身長一六五センチ。女性の平均身長よりも高く、髪型はショートボブ。

 体育会系女子特有のこざっぱりとした風貌でその立ち姿は上司の岡田とほぼ変わりない。

 この二人は同じ機動祓除(ふつじょ)隊に所属する加瀬(かせ)や真斗(まなと)、神谷沢(かみやさわ)たちとはかなり雰囲気が違う。
 
 厳つい強面の加瀬たちが「レンジャー部隊」なら、細身で威圧感がない岡田たちは「交番のお巡りさん」だ。

 派手に立ち回り警棒やナイフを使いヨモツを叩く「花形」に憧れて獣撃隊を志願する者は多いが、実際の任務は「害虫駆除」に近い地味なものがほとんどだ。

 獣撃隊の任務の六割は小型や攻撃性の低い中型のヨモツの祓除。

 戦後から現在にかけて多く現れるのはこのタイプで、「ガタイの良い力自慢」より「器用で小回りが利く」人材の方が重宝される。

 岡田と松森はその後者だ。

 現場が個人宅や集合住宅の敷地内などの場合、いかに家屋や設備に損傷を与えず祓除処置出来るかが重要視される。

 ヨモツの動きを抑え、自らの力を微調整し迅速に処置する。ガラスに傷一つ付けず、庭木の枝一つも折らずにヨモツだけを消す――だが、これはあくまで理想だ。

 可能な限り現場に合った能力の隊員を送り出すようにはしているが出動状況によってはミスマッチは起こるし、ヨモツの動向によってはやむを得ず建物や車両ごと祓除処置をする事になる。

 天津人の祓除能力は「生きているもの」には効かないが、その衝撃を受けた「無機物」は破損する。

 人命第一で「やむを得ず」なのだが巻き込まれて家の外壁や駐車していた車を壊された方は正直たまったもんじゃない。

 とにかく力で捩(ね)じ伏せる「脳筋(パワー)系」の隊員が幅を利かせていた昭和の頃、獣撃隊に付いた仇名(あだな)は「天津の破壊神」

 天津人は「高天原(たかまがはら)産」だが人草であって神ではない。にも関わらず破壊の神と呼ぶ。

 だがそれは「疫病神(やくびょうがみ)」や「貧乏神(びんぼうがみ)」と同じ厄介者のレッテルだ。

 平成に入った頃から獣撃隊はそのガラの悪いイメージの払拭(ふっしょく)に力を入れて来た。

 隊員たちは日頃から祓除のさいは環境や市民に対する配慮を念頭に入れ、地道に汚名を返上しようと心掛けている。

 松森はガラス戸に張り付いたヨモツの様子を見ながら、これから使う力の調整に入っていた。

 足がガラス戸から離れるよう刺激を与える。

 だがその刺激で溜まったエネルギーを解放させてはならない。

 撃ち込む力をどの程度出し、どの程度抑えるか。

 幸いこの現場の敷地は広い。かなりやり易い方だ。

「――剥離処置(はくりしょち)開始します」

 松森はそう岡田に告げ、雑草を握る手をガラス戸のヨモツに向ける。

 ムカデ型は一度静止するとしばらく動かない。刺激を与えなければ襲って来ることはない。

 緊急性が低いので機動祓除隊ではなく区や各地域にある分署が対応するが、この現場にいるタイプは違う。

 雷線を体内に限界まで蓄積させ、後に暴走し人も建物も見境なく襲う「時限型暴発種」だ。

 今は静止したままだが、刺激を与えれば当然ヨモツは攻撃をして来る。

 通報者の証言から計算するとリミットまで五分を切っている。体内に溜まったエネルギーも「満タン」に近い。

 剥離処置を誤るとガラス戸から離れないまま、ヨモツのエネルギーは暴発する。

 暴れ出したらガラス戸は割れ、外壁や屋根を壊し、人間を襲う。屋外ではなくそのまま室内へ侵入した場合はさらに被害は大きくなる。

 岡田と松森は「器用さ」が売りだが機動祓除隊に所属している隊員だ。危険度が高いヨモツの「万が一」にも対応出来る「バワー」も備わっている。
 
 ――その「万が一」も防ぐのがウチらだから、現場に傷一つ付けずに終わらせなきゃね。

 松森は自分にそう言い聞かせ、腕を振り上げる。

 その様子を確認した岡田はヨモツに視線を移し、刺股(さすまた)を構えてた。

「処置開始!さん、にー、いち―――」

 ゼロカウントと同時に松森は腕を振り下ろした。

 手首のスナップをきかせ雷線を纏った雑草をヨモツへ向けると、まるで新たに命が吹き込まれたかのように勢い良くヨモツに向かって葉を伸ばす。
 
 閃光を纏った雑草は六本のに別れた後真っ直ぐな筋になり、矢のようにムカデのようなヨモツの体節に突き刺さる。

 その瞬間、ガラスに付いていたヨモツの足の粘膜が剥がれた。

 ガラス戸はその衝撃を受け鈍い音を立てたが、割れてはいない。

 松森はヨモツがガラスから離れたことを確認し腕を引く。

 鉄線(てっせん)のように固く真っ直ぐに伸びた草は再びしなるように動く。

 リールで引き戻される釣り糸のように、光を帯びた草はかかったヨモツを母屋から引き離した。

 釣り上げられ宙に浮き抵抗するように身を捩(よじ)らせたヨモツは、体から激しい電火を閃(ひらめか)せながら岡田と松森の間近に迫る。

 頭上から自分に向かい喰らい付いて来るヨモツの頭を岡田は刺股の先端で殴り、そのまま地面に叩き付ける。

 左足で体節を押さえ刺股に付いた鋭い穂先をヨモツの頭に突き刺し、自らの体に宿した雷線を刺股に走らせ撃ち込む。

 蓄積したエネルギーが暴発する前に消す――岡田はヨモツを踏む左足からも雷線を流した。

 ヨモツの体内で光らせる「死の雷(いかずち)」を岡田が撃ち込む「生の雷(いかずち)」が砕く。

 松森は握っていた草を離し、腰に装備しているナイフを抜いた。

 左手で尾を右手で胴体を刺し、ナイフを通し体内に雷線を放つ。

 地面に散らばった松森が手放した草は、元の「ただの雑草」に戻っていた。

 天津人(あまつびと)が持つヨモツを祓う特殊能力は高天原(たかまがはら)から地上へ「移植」される際に天津神(あまつかみ)たちから与えられたもの。

 天津人がデフォルトで持つ「祓(はら)いの雷(いかずち)」と呼ばれる力は雷神である建御雷(たけみかずち)から授かったもとだと言い伝えられている。

 それ以外の力を持つ者もいる。松森がそうだ。

 彼女が駆使する植物を変形させる能力は、野山と草の神「鹿屋野比売神(かやのひめのかみ)」に由来するもの。

 鹿屋野比売神は伊邪那岐(いざなぎ)と伊邪那美(いざなみ)による「神生み」で誕生した「野に生える草」を司(つかさど)る天津神(あまつかみ)だ。

 一部の天津人が持つ「空中跳躍(くうちゅうちょうやく)」は風を操り体を宙に浮かせる能力。

 この力は鹿屋野比売神と同じく「神生み」で誕生した「風」を司る天津神「志那都比古神(しなつひこのかみ)」の力だ。

 草や風以外にも火や水を操る力などもある。

 雷の力だけ持つ者もいれば、複数の力を持つ者もいるのだ。

 高野原家の広い庭先で、岡田と松森に抑えられたヨモツはその形を失いつつある。

 祓除完了まであと数十秒――


【仙台市泉区・高野原家(屋内)】

 居間の方から聞こえた何かがぶつかったような音に茉莉花(まりか)は身構えたが、ガラス戸や壁が破損したようなものではないようだ。

 再び納戸の中に静寂が訪れ、彼女は一瞬跳ね上がった鼓動を抑えるように手に取った本を胸に抱く。

 息を整えてから、茉莉花はおもむろに本のページを開く。

 今のはきっと隊員がガラス戸からヨモツを剥がした音だ。

 本を読むような状況ではないが、おそらく後はとどめを刺して消すだけだから挿絵でも眺めて気を落ち着かせて待とうと思った。

 適当に開いたページに描かれた挿絵は、「剣彦(つるぎひこ)」がヨモツの群れに囲まれた屋敷に取り残された領主の娘――後(のち)の「花鞘姫(はなさやひめ)」を助けに向かっているシーンだった。

 屋敷では数人の護衛の者がヨモツと戦っていたが苦戦している。

 旅の途中の若武者――後の「剣彦」は助けを求めて来た領主と、道中で仲間になったオオカミを引き連れ屋敷に向かって山道を走っていた。

 右手に剣を持つ凛々しい黒髪の美青年。

 ――彼は、私の「王子様」

 彼が助けるのは栗色の髪の領主の娘。

 ――私は、彼の「お姫様」

 父からそのことを告げられたのは十二歳の誕生日を迎え暫(しばら)く経(た)った日だった。

「心配しなくてもいい。おそらく天津(あまつ)一の良い男だ。強いだけでなく人柄も申し分ないはず――大丈夫、茉莉花を幸せにしてくれるよ」

 父はそう言い、まだ小学生にも関わらず突然現れた許婚(いいなずけ)的な存在に戸惑う茉莉花の気を宥(なだ)めた。

「まだわからないけど、きっと優しいイケメンのお兄ちゃんだから、茉莉花ちゃんも絶対好きになるわ」

 お目付け役の魔女のような風貌の内閣府の官僚、蛇台原麗虎(じゃだいはられいこ)はウインクをして戯(おど)けた口調で彼女に言った。

 あれから五年経った。

「王子様」はまだ来ない。誰なのかも決まっていない。

 彼女が「王子様」の元へ行くのは十八歳――現在の法律で結婚をすることが出来る年齢になってからだ。
 
 茉莉花はあの日から周りからの言い付けを守り、言い寄る男を突っぱね、目立つようなことはせず、大人しく「王子様」を待っていた。

 今現在は手に取っている本の「お姫様」と似たような状況で、家の敷地に居着いているヨモツが祓除されるまで納戸の中で待機している。

 何と言う偶然――茉莉花が肩を竦(すく)め息を吐(つ)いた時、膝の上に置いていたスマホからメッセージの着信を知らせる通知音がした。

 スマホを手に取り、閉じた本を膝の上に置く。



《今地下鉄乗った 駅着いたらすぐ行くから待ってて》



 届いたのは九郎からのメッセージだ。

 物語の中ではヨモツに囲まれた屋敷の中で待つ「お姫様」の元へ向かっているのは「王子様」だった。

 今、ヨモツが居座るこの家に向かっているのは「王子様」ではなく「オオカミ」だ。

 スマホを持つ手が震える。
 
 ――王子様じゃない。

 物語が書き換えられたような気がした。

 物語の「お姫様」と同じように「王子様」と出会わなければならないのに、彼より先にここへ来るのは「オオカミ」だ。

 ――王子様じゃない。

 茉莉花は膝の上にある本に視線を落とし、首を振って自分に言い聞かせる。

 自分は本の「お姫様」と同じだが、全部が同じ訳ではない。

 大体決まってすらいない王子様が今ここに来るわけがない。

 ヨモツを祓除するのは獣撃隊の隊員だ。

 岡田と名乗る隊員はその声の感じから自分の親くらいの年齢だと思われる。

 彼らの次に自宅に駆け付けるのは咲也と九郎だと言うことも茉莉花はわかっていた。

 本の「物語」と自分の「物語」には相違があって当然だ。

 別に王子様より先にオオカミ(九郎)が来ても、自分が近い将来に王子様と結ばれることには変わりない。

 それなのに心が騒ぐ。

 困惑や焦りにしては妙に熱を帯びた感情が胸を、頬を熱くさせる。

 それは今朝、台所で間近で九郎の体を感じた時と同じもの。

 彼は今、王子様より先に茉莉花の元へ駆けて来る。

 ――あいつは、王子様じゃない。

 この熱い感情は、王子様に対して感じなければいけないもの。

 ――王子様じゃないのに、王子様じゃなきゃ駄目なのに。

 茉莉花は薄っすらわかっていた。

 初めて心に走ったこの感情が何なのか、今まで読んだ本や見て来た映画や舞台を通して既(すで)に知っている。

 だが、認めるわけにはいかなかった。

 再び胸を騒がせるこの感情は彼に対して芽生えては絶対に良くないものだ。

 ――私は王子様と番(つが)うために生まれて来た。

 それなのに――茉莉花は右手で額を押さえ、目を伏せた。

 本の「お姫様」と「王子様」のように、今の自分が「王子様」より先に「オオカミ」と出会ってしまったら――

 本に書かれた物語の続きはこうだ。

 ヨモツを倒した「王子様」は奥の間に入り、そこに身を隠していた「お姫様」と出会う。

「王子様」は怯えた様子で顔を伏せ震えてる「お姫様」の元へ歩み寄り、彼女の前で膝を付き「もう大丈夫だ」と手を差しのべた。

 その優しい声を聞いた「お姫様」はゆっくりと顔を上げ「王子様」を見つめる。

 二人は目が合った瞬間、恋に落ちた――

 揺らぐ気持ちに飲まれそうにになったその時、左手に持っていたスマホから再び着信音が鳴り響いた。

 茉莉花はその音で我に帰り顔を上げる。

 画面を見ると非通知の音声着信の表示――外にいる獣撃隊の岡田からのものだ。