ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜天津の姫は世界と彼氏のために呪われた兄と禁忌の契約を結ぶ〜

【仙台市泉区×××字××】

 県道五十六号線――富谷市方面から走行して来た獣撃隊の車両は仙台バイパスと交わる交差点の手前で右折した。

 サイレンを止め赤色灯のみを点し住宅地の狭い路地を抜け、その奥にある裏山に通じる登り坂に入る。

 直進して行くと右手に門柱が見えて来た――この先が現場だ。

 門柱の前を塞ぐように車両は停車した。

「フツ除中」の赤い文字が後部のリアガラス一面に表示され点灯している。

 内側に設置された薄いブラインド型の電光表示板によるものだ。

 車両から降りた二人の隊員は車両の前後に規制表示板を設置する。

 設置後、女性隊員――松森は車両の方へ引き返す前に身を屈め路肩に生えている雑草を摘んだ。

 細長い茎と葉を持つカヤツリグサ、それよりも丈が低いオヒシバ――彼女が摘んだのは何処にでも生えてる雑草。

 コンクリートやアスファルトの隙間にも根を張る厄介なものだが、見方を変えれば生命力が強く「頑丈」な植物と言える。
 
 手早く一掴みくらいの量を確保すると、彼女は立ち上がり車両の前にいる男性隊員――岡田と合流した。

 先に戻っていた岡田は装備の長さを調整している。

 長さは約一メートル程、短い刺股(さすまた)のようだが形状は一般の物とはかなり違う。

 U字型の又の部位を貫くように鋭い鉄製の穂先が付いている。「刺股のような槍」だ。

 ターゲットを「捕獲」するのではなく、押さえつけて確実に「刺す」ための装備である。

 松森は車両後部から「フツ除中・立ち入り禁止」と書かれたプレートを出し門柱の前に設置した。

 二人は門柱の間を抜け、現場の敷地に足を踏み入れる。

 青々と繁る夏木立が頭上を覆うコンクリート舗装のアプローチを抜けると、日差しがさし込む広い庭に出た。

 左側に瓦屋根の二階建ての母屋。その奥に比較的新しい二階建ての家屋。

 向かい側には納屋を改築したガレージを兼ねた倉庫がある。

 敷地はかなり広いが目に見えるような裕福さを表に出していない、郊外でよく見る「元農家で現在は会社勤めをしている地主」の家の雰囲気に似ている。
 
 母屋の一階奥にあるガラス戸に張り付いている大型のヨモツを目にした岡田と松森は、それと向き合うように数メートル離れた物干し台の前で立ち止まった。

「――割らないようにガラス戸から引き離してから刺す。剥がしたらすぐにこっちに引き下ろして胴を押さえてくれ。頭は俺がやる」

 岡田は松森にそう言い首から下げているスマホに似た端末を手に取る。

「足がガラスから離れないと戸ごと持って行きそうだが……上手くやれるか?」
「やります」

 松森は岡田に答えると手に持っていた雑草を均等に二つに分け、握り締める。

 彼女の拳から弾け出た小さな閃光が握った雑草に走った。

「上に防犯カメラ付いてるから巻き込んで壊さないように気を付けて。通話が終わったらすぐに取り掛かる」

 岡田が画面をタップするとインカムからコール音が聞こえて来た。端末が受けた音声は無線でインカムに飛ばしている。

『――はい』

 三コール後に聞こえて来たのは思っていたよりも落ち着いた若い女性の声。

「宮城県獣撃隊の岡田と申します。高野原(たかのはら)さんでしょうか?」

 物干し台の前からガラス戸に張り付いたヨモツを見据え、岡田は家屋(かおく)の中にいる彼女に手にした端末を通じて呼びかける。

『はい、高野原です』

 澱みのない明瞭な声で自分の部下――高野原真斗(まなと)の「妹」と思われる少女はそう答えた。


【仙台市泉区・高野原家(屋内)】

 ――うわっ!来た!来ちゃったよ!

 茉莉花はスマホを耳にあてたまま、蹲(うずくま)って胃の辺りを押さえた。

『屋外のヨモツの状況を確認しました。建物の損壊を防ぐため窓から引き離してから祓除します。現在家のどの辺りにいますか?』
「一階のバスルームにいます」

 茉莉花は鳩尾(みぞおち)を摩りながら隊員の質問に答える。

 緊張のあまり弱り切った情け無い表情になっているが、口調は冷静で発する言葉に乱れもない。「女優」根性で「模範的箱入り娘」を演じている。

『お風呂場――ヨモツがいる建物の中ですか?』
「はい、ヨモツがいる居間の奥にあります」
『今いる建物と隣の建物って、繋がってますよね?』
「はい」
『ヨモツが張り付いている居間を通らないでそっちへ移動出来ます?』

 岡田と名乗る男性隊員は先程のオペレーターよりもフランクな口調で茉莉花に指示を出す。

「出来ます」
『今の状況なら屋外で全て処置出来るのでそこでも良いんですが、念のため可能なら移動して下さい』
「はい」
『移動したら声をかけて下さい』
「はい、すぐに行きます」

 茉莉花は耳からスマホを離し、床に置いていた金属バットを手に取った。

 立ち上がりドアを開け足早にバスルームを出る。

 ――そうか、母屋(こっち)じゃなくて離れ(あっち)に避難した方が良かったか……すっかり頭から抜けてたわ……。

 これはマイナス二十点――茉莉花は唇を噛んだ。

 台所からダイニングに抜け左奥にある短い渡り廊下の先にある離れに入る。

 庭に面したダイニングのガラス戸からマゼンタのラインが入った濃紺の制服を着た獣撃隊の隊員の姿が見えた。柄の長い刺股のような物を持っている。

 どんな人が来たのか――立ち止まって確かめたかったがそうしている場合ではない。

 離れには一階に真斗の自室と納戸、階段の下にトイレ。二階には彗斗(けいと)の自室がある。

 真斗の自室は以前は彼の両親の寝室で、納戸は父の書斎だった。

 茉莉花と咲也と九郎が小学生の頃に三人で過ごしていた広めの子供部屋が今の彗斗の自室だ。

 現在は後付けした間仕切り壁で二部屋に分かれていて、狭い方が物置きになっている。

「着きました。二階と一階、どちらに居ればいいですか?」

 階段の下にあるトイレの前で再びスマホに耳をあて、茉莉花は隊員に伝える。

『一階の奥の部屋にいて下さい。ドアに鍵はかけないで』
「はい」

 茉莉花は真斗の部屋の前を通り、奥の納戸に入り扉を閉めた。

『今から祓除を開始します。緊急事は我々の指示に従って下さい。完了の連絡があるまでは部屋から出ないようお願いします』
「わかりました」
『では、一旦切りますね』
「よろしくお願いします」

 通話が切れたのを確認し、茉莉花はスマホを耳から離してから大きく息を吐いた。

 納戸の広さは約六畳。両サイドには天井の高さまである書棚、奥のにある大きな窓の前には机がある。

 机の上や床には物が入った段ボールが積み重なり、手前の方には普段使う掃除機や布団乾燥機などが置いてある。

 持っていた金属バットを書棚に立て掛け、茉莉花はその前にある木製の踏み台の上に座った。

 書棚には様々な本が並んでいた。

 箱に入った郷土資料らしきものや、初心者向けに書かれた「万葉集」のダイジェスト的な解説本。世界の偉人を紹介する学習漫画。十年以上前の東北地方の観光ガイド本や鉄道の時刻表などもある。
 
 茉莉花はその中に見覚えのあるタイトルの本を見つけた。

[剣彦(つるぎひこ)と花鞘姫(はなさやひめ)]

 少し色褪せた表紙には昭和のアニメ思わせるレトロな男女のイラストが描かれている。

 剣を手に持った「倭建命(やまとたけるのみこと)」のような美青年と、花の髪飾りを付けた「竜宮城の乙姫(おとひめ)」のような美少女。

 寄り添って並ぶその姿はまるで、古代の「王子様とお姫様」だ。

 茉莉花の自室の書棚にも似たようなイラストが表紙で同じ内容の話が書かれた児童書がある。

 自分が持っている本の「お姫様」は黒髪だが、今手に取っている本の「お姫様」は栗色の髪。

「茉莉花と同じ色の髪だね」

 小学生の頃、父からそう言われたことを思い出し、茉莉花の瞳が揺れた。 

 栗色の髪の乙女の雪のような白い手を優しく握る、凛々しい目元の逞(たくま)しい黒髪の若武者。

 ページを捲(めく)り挿絵を見つめる、まだ幼なかった茉莉花に父はこう言った。

 この「剣彦」は君の――

「王子様」

 茉莉花が唇を震わせそう呟いた時、母屋の方から何かがぶつかったような鈍い音が聞こえた。