ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜天津の姫は世界と彼氏のために呪われた兄と禁忌の契約を結ぶ〜

【JR仙台駅・ターミナルビル地下一階】

 ターミナルビルの地下にはレストラン街と土産物、食料品店街がある。

 所謂(いわゆる)「デパ地下」のような様相だが、駅の地下あるので地元の買い物客だけではなくキャリーケースを引いた観光客の姿も多い。

 その中でも常に行列が出来ているのは意外にも牛タン専門店でも有名銘菓を売っている店舗でもなく、全国に店舗を構えているドーナツショップ。

 まだ帰宅時間帯ではないにも関わらず既に十人ほど並んでいる。

 その行列の中に咲也と九郎の姿があった。

 ドーナツが並ぶショーケースの前で店員に注文をしている。

 期間限定の物をランダムで五個。きょうだいが好きなものを一個ずつの計十個。

 その時、咲也のスマホに茉莉花からの着信があった。

「――会計頼むわ」

 スマホを見ながら咲也はそう言い、九郎に財布を預けてショーケースの前から離れた。

 ドーナツショップの向かい側にある洋菓子店の前に移動し、柱の間にある空きスペースに身を寄せて咲也は応答のアイコンをタップする。

『今どこ?』

 耳にあてたスマホから、ぶっきらぼうな茉莉花の声がきこえた。

 咲也は駅ビルの地下にいると同じようにぶっきらぼうに返した。

『ドーナツ買った?忘れてない?』
「今買ったって」
『――あのさ』
「何?」
『今、ウチにヨモツがいるんだけど』
「どこ?」
『縁側の戸にへばり付いてる』
「そのままにしとけ。刺激すんな。帰ったら俺が消す」
『あー……それがデカくてさ……なんかヤバそうだから今通報したとこ』
「通報ってお前……」

 茉莉花が一人で家にいる時に、家の敷地にヨモツが出たと連絡が来たことは何度かあった。

 大きくても犬猫くらいだったので刺激を与えずそのままにするように彼女に伝え、帰って来たきょうだいが祓除していた。

 ところが今回は獣撃隊に通報したと言う。

『帰って来たら立ち入り禁止とかになってるかも知れないし、一応あんた達に言っておいた方がいいかなぁって』
「どんだけデカいんだよ?」
『写真撮ったから通話切ったら画像送る』
「とりあえず具体的に口頭でサイズを言え」

 会計を終えた九郎がドーナツが入った箱を持って咲也の元へ歩いて来た。

 通話をしている咲也は無表情だが、その口調からかなり気を揉んでいるのがわかった。

 相手は茉莉花だと何となく察したが、彼女に何かあったのか。九郎は彼の隣に立ち、そのやり取りに耳を傾ける。

『獣撃隊の隊員の家に獣撃隊が来るとかウケんだけど』
「ウケんな」
『これから兄さんの職場の人と会う流れな訳でさ……めっちゃ緊張する……』
「緊張すんのそこかよ。ちゃんと祓除出来ねぇ言い訳考えとけよ」
『そこはまかせてといてよ、女優ですから。あーでも……兄さん来てくれないかな……あーやっぱ、それはそれで嫌だなぁ……』

 非常時とは思えないほど茉莉花の口ぶりは呑気なもので、咲也はそれに苛立ちを覚えた。

 茉莉花は肝が据わっている――雑に言えば図太い。

 それは長所でもあるし過度に怯えてパニックを起こすよりはましだが、あまりにも危機感がない。
 
 すぐ近くに「大型のヨモツ」がいるにも関わらず、「身内の職場の人間」と顔を合わせることの方が緊張すると言う。

 小型でも噛まれたり引っ掻かれたりした場合は普通に怪我をする。

 小さな傷であっても、そこから体内にヨモツの「穢れ」が入ることもある。

「穢れ」が体内に入った場合は「医療機関」で患部を祓除処置をしなければならない。
 
 放置するとその箇所から体が「穢れ」に蝕まれ、患部を切断しなければならない状況になり最悪の場合は死に至る。

 大型となれば攻撃を受けた場合、頭から喰い千切られて即死する危険もある。

 ――ヨモツ舐めてんのか。

 咲也は語気を強め茉莉花に問い詰める。
 
「だからそのヨモツどんくらいデカいんだよ?」
『だから画像送るって!あ、向こうから折り返しで連絡入るみたいだからもう切るね。それじゃ』

 咲也の返答を待たずに茉莉花は通話を切った。

 軽く舌打ちしてスマホを耳から離すと、隣に立つ九郎が彼にたずねる。

「マリから?」
「ああ、ウチにデカいヨモツが出て獣撃隊に通報したんだと」
「通報って……」

 そんな大事(おおごと)なのかと九郎は困惑した。

「通報したってことより先にドーナツ買ったかって……あとはどーでもいいことばっか話して切りやがった」
「余計な心配させないように軽く言ってんだろ?マリ、そう言うとこあるし」
「あれはただ図太いだけ――あ、画像きた」

 咲也のスマホにメッセージ着信の通知が入った。

 アプリを開くと茉莉花からのメッセージが来ていた。「これ」とだけ記されており画像が上げられている。

 見慣れた自宅の縁側のガラス戸に体を畝らせて貼り付いているムカデ型のヨモツが写っていた。確かに大きい。

 正直これくらいなら自分でも祓除できるなと咲也は思った。

 画像を拡大すると、半透明になっている黒い体節の中から光を放つ血管のようなものが見える――雷線だ。

 それを見た咲也の表情に緊張が走る。

「――通報して正解だったな。あいつがそこまで見ているとは思えねぇけど」

 咲也は九郎にスマホの画面を翳して見せた。

「時限型暴発種……」

 九郎はそう呟くと「マズいな」と眉をひそめた。

 ムカデ型は基本的に刺激を与えなければ攻撃はして来ないがこれは勝手が違う。

 ヨモツの体内で発生した雷線はエネルギーとなる。

 エネルギーの蓄積量が限界に達すると、それがトリガーとなり暴れ出す。

 人も建物も見境なく攻撃する「動く時限爆弾」のようなタイプだ。

 雷線が体内に広まり切ったらタイムアウト。この様子だと二十分ほどでヨモツは暴れ出す。

 地下鉄仙台駅から終点の泉中央駅まで約十五分。そこから自宅までは走った場合は約十分。

 地下鉄駅は現在彼らがいるJR仙台駅とは全く違う駅と考えた方がいいくらい離れている。

 タイミングよく乗車出来ても間に合わない。

「――まぁ、獣撃隊が来る方が早いから任せるしかないな。あっちはプロだし早けりゃ十分くらいで駆けつけてくれる。俺らが焦ってもしょうがねぇ」

 咲也はスマホをポケットに入れ顔を上げると、張り詰めた表情の九郎と目が合う。

「焦るだろ」

 真っ直ぐに咲也を見据え、九郎は低く呟いた。

 ヨモツに対して「何も出来ない」茉莉花が家に一人でいるんだぞ――彼の目はそう言っている。

 彼の眼差しを受けた咲也は、それに答えるように同じ強さの視線を返す。

「――行くぞ」

 咲也はそう言って歩き出す。九郎もその後に続く。
 
 ゆったりとした足取りの観光客や買い物客に行く手をを阻まれ、もどかしげに身をかわしながら前へ進む。
 
 二人は駅ビルを抜け地下鉄駅までの連絡通路に出た。
 
 通路は天井が高く、道幅も駅ビルの通路より広い。通行人同士の間隔もかなり余裕がある。
 
 短い階段を駆け降りた咲也と九郎は通路の床を強く蹴って走り出す。

 間に合うか間に合わないか。そう言う問題ではない。
 とにかく一刻も早く家に戻らなければ。

 地下鉄駅まで伸びる長い連絡通路を二人は一陣の風のように駆け抜けて行く。