ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜天津の姫は世界と彼氏のために呪われた兄と禁忌の契約を結ぶ〜

【富谷市・県道五十六号線】

 両側に丘陵地を覗む片道一車線。片側は開発された住宅地。もう片側は手付かずのまま青々とした緑樹に覆われている。

 炎熱の太陽が照りつける中、赤色灯を点灯しサイレンを響かせ南北に真っ直ぐ伸びるこの道を走っているのは白の車体に黒とマゼンタのラインを施したSUVの獣撃隊緊急車両。

 乗車している隊員は二名。濃紺の半袖シャツの上に胸下にマゼンタのラインが入った防護ベストを身に付け、鍔(つば)に金糸(きんし)の月桂樹の刺繍が入った同色のアポロキャップを被っている。

 前立には鍔と同じく月桂樹と旭日章(きょくじつしょう)の中央に剣を立てたエンブレム。

 その上に縫い綴られている文字は「Beast Strike Force MIYAGI」――「宮城県獣撃隊」

「……班長、「高野原」って、あの「高野原士長」の「高野原」ですよね」

 ハンドルを握る二十代前半くらいの女性隊員が、助手席に座る五十代前半くらいの男性隊員に尋ねる。

「泉区の「高野原」だからそうだろうなぁ」
「現場――ご自宅にいるのは女性一名って、妹さんですよね?」
「だろうなぁ」
「どっちですかね?」

 彼らは真斗(まなと)に妹が二人いることを知っている。

「獣撃隊の勧誘蹴った「ギャル」の方じゃなくて、下の方だろうな」
「――「箱入りのお嬢様」の方ですね」
「人見知りで気が弱いって言ってたからなぁ。運動音痴らしいし、いくら能力が高くても一人で大型祓除(ふつじょ)は無理だ」

 真斗は職場の人間には「三歳下と十歳下」の妹が二人いるとだけ開示している。

 三歳下の妹――彗斗(けいと)は高校二年生の頃に獣撃隊から勧誘を受けていた。

 能力が強い血筋の者が必ずヨモツ祓除の「前線」に立つ訳ではない。

 強い血筋の家の者の半分以上はヨモツ祓除とは関係がない事を生業(なりわい)としている。

 時代の流れの中で政界や財界で、ある意味「ヨモツ祓除」よりも強い力を手に入れた家もある。

 もちろん「ごく普通の会社員」として生活をしている者も多くいる。真斗と彗斗の父親もそれに近かった。

 獣撃隊としては高い能力を持つ天津人(あまつびと)を採用したいが、それを強制することは出来ない。日本国民には自ら職業を選択する「権利」がある。

 強制は出来ないが「勧誘」をすることは出来る。

 強い血筋の者だけでなく、見込みがありそうな天津の学生などにも獣撃隊の関係者たちは機会を見つけては積極的に声をかけていた。

 当時、大学二年生だった真斗も獣撃隊の関係者からそれとなく勧誘を受けていた。

「就職先についてはまだ決めていませんが、選択肢の一つとして考えておきます」

 最終的に試験を受けて入隊したが、この時はまだ決めかねていたようで真斗の返事は消極的なものだった。

 関係者も「まぁ、無理だろうな」とこの時点では真斗の入隊は八割くらい諦めていた。
 
 真斗が通っていたのは市内にある旧帝大の流れを汲む国立大学。

 就職先は「地方公務員」よりも収入も待遇も良い職種を選ぶだろう。

 同じ公務員なら国家公務員の「総合職(キャリア)」枠を狙うだろうし、地元志向なら大手地銀や電力会社など「手堅く安定した」それに見合う企業がある。

 県トップの進学校を卒業し旧帝大に進学した真斗に対して、妹の彗斗は進学校とは言い難い「中の下」位の高校に通っていた。

 この学校から入れるレベルの半端な私大に進学したり民間の高卒枠で就職するよりも「高卒枠の地方公務員」の方が将来的に収入も高くなる。産休や育休の制度も下手な民間企業よりもしっかりしている。

 かなり下衆な考えだが、そこをアピールすれば案外あっさり入隊を考えてくれるのではと関係者は思っていた。
 
 後日採用担当者たちの前に現れたのは黒髪を派手に巻き、メイクとネイルをがっつりキメたミニスカートのギャルのJK(女子高生)。

 天津の青少年向けの「祓除講習」で彗斗と接していた隊員から「お嬢さんにしては少しやんちゃで派手」だとは聞いていたが、少しどころではない。ゴリゴリの「ギャル」だ。

「獣撃隊って髪巻けねぇしネイルも禁止っすよね?うち、まだまだこれ(ギャル)卒業するつもりねぇんで。高校出てからっしょ、ガチで好きに出来んの」

 断る前提でワザとそうしているのか。

 関係者からの勧誘にかなり雑な口調で答えながら、彗斗は派手なネイルを見せつけニヤリと笑った。

 そんな爪痕を残したこともあり、彗斗の存在は真斗の入隊前から職場で認知されていた。

 一方茉莉花(まりか)に関しては、真斗は可能な限りその素性を隠すようにしていた。

 自分からは年齢以外は一切口外することはないが話を振られた時は「人見知りで気が弱い」「運動音痴」と少しフェイクを入れて答えていた。

 奇遇にも茉莉花が自ら演じてきたものと同じ「何も出来ない箱入り娘」設定だ。
 
 真斗なりに茉莉花が力を出さなくても不審に思われないよう、こうして普段から予防線を張っていた。

「天津の「祓除講習」にも体が弱いから参加していないようだし、あの「弟たち」と比べたら素人だ。下手に手出しせず通報したのは正しい判断だな」

 助手席の男性隊員は被っていたキャップを脱ぎ、足元に収納されているヘルメットを手に取った。

「――ヨモツの中にある雷線に気付いて報告したのも良い判断だ。お利口さんなのか運も味方に付けている。ちょうど俺たちが現場近くを巡回していた――雷線(あれ)が全身に回ったら、かなりマズい」
「通報時刻から計算するとリミットまで十五分。現場到着まであと五分。何とか間に合いそうです」

 運転席の女性隊員は少し間を置いて、助手席の男性隊員に尋ねる。

「高野原士長、家から通報入ったの気付いてますかね?」
「いや、まだだな」

 ダッシュボードの上にある外付けモニターに映る地図には複数のアイコン、数字などが表示されている。

 これはヨモツの出没箇所やその形態、警戒レベル、仙台市内及びその近隣市町を回っている隊員の現在地などを示すアイコンと識別番号。

 リアルタイムで更新されており、この二人の識別番号が記されたアイコンは進路通り県道五十六号線を南下している。

 現在は富谷市内。トラブルがなければ二分後に仙台市泉区に入り三分後に現場に到着。

 加瀬・高野原コンビの識別番号は市の南部にあり、祓除任務中の赤いアイコンが点灯している。

「神谷沢(かみやさわ)が応援に入っているから少々手こずってるみたいだなぁ」

 助手席でヘルメットを装着している男性隊員は岡田典弘(おかだのりひろ)獣撃司令。

 運転をしている女性隊員は松森(まつもり)あゆみ一等獣撃士。

 高野原家の敷地に出現したヨモツの祓除に向かう彼らの所属は「宮城県獣撃隊・機動祓除隊第三班」――真斗の上司と後輩だ。