ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜天津の姫は世界と彼氏のために呪われた兄と禁忌の契約を結ぶ〜

【仙台市泉区・高野原家】

『1XX番。宮城県獣撃隊です。どうされましたか?』

 ワンコールでオペレーターに繋がり、茉莉花の身に一気に緊張が走った。

 正直ヨモツを間近で見たときよりも、今通報している状況の方がはるかに緊張する。

「自宅にヨモツが現れて、敷地内に留まったままでいます」

 茉莉花は通話をしながら居間から廊下へ出た。

『ケガ人はいますか?』
「いません。在宅しているのは私一人だけです」

 オペレーターは男性で淡々としているが冷たくはなく、柔らかいがはっきりとした口調で茉莉花に状況をたずねる。

 その落ち着いた声に促されるように、茉莉花はガラス戸に張り付いたヨモツの様子を伺いつつオペレーターに答えた。

『ヨモツの形状、大きさを教えて下さい』
「ムカデ型で頭と胴体はバレーボールくらい。体長は十メートルくらいありそうです」

 立ったまま動かずにいるのに鼓動が強く頭の中に響き、体中に熱く血が巡る。

 緊張でアドレナリンが出ていることもあってか、熱くなる体に対し思考はいつも以上に冴えていた。

 動揺することなく淡々とオペレーターと同じように冷静に受け答えをすることが出来る。

『ヨモツが現れたのは何時くらいですか?』

「その場で昼寝をしていたらいつの間に」とは言いづらい――そこは別に馬鹿正直に言う必要はないと茉莉花は判断し、オペレーターに答える。

「二時過ぎに部屋にいた時にはいませんでした。部屋を離れて約一時間後に戻ったらヨモツがいました」
『二時から三時の間と言う事ですね?』
「あ……はい」

 説明が少し回りくどかったかと茉莉花はスマホを耳にあてたまま「落ち着け」と自分の額を軽く叩いた。

『現在のヨモツの状況は?』
「ガラス戸に外から張り付いたまま、ずっと静止しています。それから――」

 素人の気付きだが一応伝えた方が良いと、茉莉花はヨモツの腹に見えた雷線についてオペレーターに話す。

「体の外だけでなく、ガラス越しに見える腹部の内側にも雷線が見えます。細くてそんなに強い光ではないんですけど……少しずつ広がっています」
『――どのくらいのペースで広がってますか?』
「気付いた時には節ごとに十センチ位でした。十分位経過して二十センチ位になってます」
『――体内で雷線を確認。他には?』
「それ以外は確認してません」
『わかりました。現場の住所とあなたのお名前を教えて下さい』
「……仙台市泉区×××字××一の二。高野原です」

 茉莉花は住所と名前をオペレーターに伝えた。

「高野原」の人間だと知られた――茉莉花は少し身構えたが、オペレーターは特に反応する様子はなくそのまま交信を続ける。

『現在留まっている個体を刺激しないよう外には絶対に出ないで下さい。屋外に別の個体もいる可能性もあります』
「はい」
『ガラス戸がある部屋から出て、離れた別の部屋で扉を閉めて待機して下さい』
「はい」
『最短で八分後に到着します。到着後、確認のため対応する獣撃士から今おかけになっている電話番号へ折り返し連絡をします。非通知設定になっているので、通話制限をかけている状態でしたら解除しておいて下さい』
「はい」
『到着前にヨモツが動き出すかも知れません。物音がしても絶対に様子を見に行かないで下さい。獣撃士から連絡が入ったら指示に従うようにして下さい』
「わかりました」

 オペレーターとの交信を終え、茉莉花は通話を切った。

 廊下の壁に寄りかかり、スマホを見つめながら上がった息を整える。

 ――八十点はクリア出来たかな……初めてにしてはよくやってる方じゃん私。

 緊張の中で叩き出した八十点以上の対応。

 自信を持ったのか、茉莉花は口角を上げて微笑んだ。

 彼女は再び居間に入った。その場を離れる前にしておいた方が良いことがある。

 ヨモツの様子を伺いつつ、居間と縁側の間にある障子を閉めた。

 獣撃隊が到着する前や、祓除の際ににヨモツが暴れ出した場合。ガラスが割れて中に入って来る可能性がある。

 障子一枚ではバリケードと言うには頼りないが、それでも何も無いよりはましだ。

 続いて廊下側の壁に設置しているセキュリティの操作パネルの前に立つ。

 センサーはヨモツには反応しないが、祓除の際に衝撃があったら作動してしまうかもしれないので念のために解除しておいた方が良いと思った。

 解除操作をしてから廊下に出て、台所に入る、

 ――元栓とかも閉めといた方がいいのかな?

 あまり関係無さそうだと思いつつも、念には念をとガスの元栓も閉めた。

 台所からダイニングへ向かい居間と繋がっている戸を閉めた。

 戸の前には底が厚いスリッポン型の黒いスリッパが揃えて置いてある。

 これは茉莉花が普段から台所仕事をしている時に履いているもので、大きな地震が起こった時などにそのまま外へ避難しても問題はない頑丈な作りをしている。

 屋外に逃げる時や、ガラスが割れて散乱した時に裸足では怪我をするかも知れない――茉莉花は万が一に備えスリッパを履き、台所へ戻り廊下へ出た。

 そのまま玄関に行き、傘立ての横に立てかけてある金属バットを手に取る。

 これは咲也が普段「使っている」ものだ。

 ――何も出来ないけど丸腰(ノーガード)でいるのは心許ないしね……使わないに越したことはないけど、念のため。

 お姫様が身を守るために持つ懐刀(ふところかたな)にしては不恰好だが、ヨモツ相手なら包丁よりもバットの方がいざと言う時にダメージくらいは与えることが出来るはず。

 金属バットを右手に持った茉莉花は一階のバスルームに入り、戸を閉めて施錠した。

 二階で待機することも考えたが、外へ逃げる事態になったら一階の方がいいと判断した。

 バスルームの戸は頑丈だし、いざとなったら窓から外へ出ればいい。

 窓は小さいが茉莉花の体格なら突っかえずに出れそうだし、外側に付いている柵は内側からバットで叩けば外れそうだ。

 洗面台の横に置かれたドラム式の洗濯機の前に腰を下ろし、傍らにバットを置いた。

 スマホに表示されている時計を見る。通話を切ってから三分も経っていない。

 ――最短で八分後って言ってたな……まだ五分時間がある……一応、咲也と九郎(あいつら)に連絡しとくか……。

 彼らが帰宅する前に祓除が終わるかも知れないが、「長期戦」になったり、家に被害が出る可能性もある。

 帰宅した時に自宅の敷地が封鎖されていたら、さすがにあの二人も慌てるだろう。

 何かあってから連絡するよりは、先に連絡しておいた方が良い。

 ――獣撃隊(プロ)だからそんなことはないとは思うけど……。

 再び興奮で荒くなった息を整えながら、茉莉花は通話履歴から咲也のアイコンを探しタップした。