ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜天津の姫は世界と彼氏のために呪われた兄と禁忌の契約を結ぶ〜

 真斗は九郎が茉莉花を「女として見る」ようになるとは思っていない。

 九郎は穏やかな気性で心根が優しく、家族思いで家に対する忠誠心も強い。

 真斗にとって九郎は血の繋がりはなくても信頼出来る従順な「弟」だ。

 九郎はちゃんと茉莉花を「異性のきょうだい」だとわきまえて一定の距離を置いて接している。

 彼女の美貌も特別なものだと感じていないようだ。
 何せ「同じ顔」の双子の弟・咲也がいる。

 長年一緒に過ごして来たこともあり、「美少女」と言うよりも「男の咲也と同じ顔」だと認識している。

 茉莉花に髪を弄られていた時にもちゃんと「嫌がって」いた。

 九郎は心配ない。
 問題は茉莉花だ。

 九郎は咲也ほどの「美少年」ではないが、かなりの「いい男」に成長している。

 小学生の頃は大人しくて可愛い子犬だったが、今や顔つきも体つきも精悍で立派なオスのオオカミだ。

 オオカミであるにも関わらず、性格は物静かで優しく「男のギラついた」ところを感じさせない。

 異性に対して強い興味を持っているが、男の「えぐ味」に耐性がない思春期の小娘にとっては打ってつけの恋愛対象になりえる存在だ。

 今のところ茉莉花は九郎を異性として意識していないようだが、そのせいで距離感が小学生の頃のまま止まっているように見える。

 無自覚で過剰なスキンシップをしていた男が、いつの間にか「いい男」になっていた――何かの拍子でそれに気付いたら、突然足元に穴があいたように恋に堕ちるはずだ。

 年頃の男女となると、普通は男の方に警戒心を抱くが真斗はその逆だ。

 養子の弟である九郎よりも、半分血が繋がっている妹の茉莉花の方に疑念を抱いている。

 それは男の「スケベ心」よりも女の「恋愛感情」の方がタチが悪いと思っているからだ。

 男はそれを「汚い性欲」だとわかっているが、女はそれを本質的には似たようなものなのに「純粋なもの」だと信じ切っている。

 後ろめたさなど一切感じることはないので、例え間違ったことであっても平気で突っ走る。
 
 九郎は弱い相手に対し強く出るようなことはしない。
 それは彼の長所であるが、「最大の欠点」でもあると真斗は危ぶんでいる。

 髪を触られるのが嫌でも「弱い女」の茉莉花に対してはハッキリと「嫌だ」と言ったり、その手を払いのけることは出来なかったようだ。

 そんな感じでぐいぐい来られたら全くその気が無くても「男の本能」を刺激され、女にされるがまま間違いを犯す。

 無理矢理懐に手を突っ込んで隠していた引き金を引いたのは女の方にも関わらず、そうなったら悪者にされるのは男の方だ。

 真斗は背が高く秀麗な顔立ちをした「色男」なので女から言い寄られることも多かった。

 モテる故に嫌な目にもあってきたので、男女の問題に対峙した時には女の方に疑いの目を向けるようになっている。

 そんな彼の傾向に対して「兄貴はミソジニー強すぎんだよ」と実妹の彗斗から睨まれることもあったが、改める気は無い。

 衝動的にやらかすのは絶対に女の茉莉花の方で、巻き込まれた男の九郎が責任を負わされることになる。

 ――そうなってしまったら、本当にまずい。

 茉莉花にはまだ誰かは確定していないが「結ばれる相手」がいる。

 高校卒業と同時にその相手のもとに嫁ぐことになっている。

 この「縁談」は国が秘密裏に進めているもの。

 九郎は血の繋がりのない養子だが、たとえ茉莉花がその気になったとしても「絶対に結ばれてはいけない」人間だ。

 高野原家の現在の家長は真斗だ。

 彼は茉莉花の「お目付け役」でもある内閣府の官僚・蛇台原麗虎(じゃだいはられいこ)から彼女の管理を任されている。

 ここで何かあったら全てが台無しだ。

 茉莉花が実際に九郎をどう思っているかはわからないが、今のうちにそれとなく先手を打って釘を刺しておかなければ。

 真斗は座り込んでいる彼女を見下ろし静かに咎(とが)めた。

「気安く男の体を触るな」

 落ち着いた口調だがその眼差しは厳しく、上から押さえつけるような圧があった。
 茉莉花はそれを振り払うように顔を上げ真斗に言い返す。

「体って……髪いじってただけじゃん。それにあいつ別に男じゃないし」
「お前、九郎を犬かなんかだと思ってんのか?」
「犬って……九郎はオオカミじゃん、何言ってんの?失礼な……きょうだいでしょ」
「きょうだい相手でも、女がそんなはしたない真似(まね)はするな」
 
 はしたないって……「昭和」かよ。
 茉莉花は苦々しく思い唇を噛んだ。