ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜天津の姫は世界と彼氏のために呪われた兄と禁忌の契約を結ぶ〜

 真斗(まなと)の後ろに立つ二人の隊員は彼よりも小柄だ。
 
 一番小柄な隊員はヘルメットから覗く纏めた髪や、半袖から伸びる黒いアームカバーに覆われた細い腕から女性だとわかる。

 振り返った彼女は黒いマスクを付けていた。

「雷線見えたかって確認したらあったって言ってたけど、結局はクマだった」

 彼女は淡々とした口調でそう言うと軽く息を吐き、先程までいた窪地の方向を見た。

 この女性隊員は明石凪波(あかいしななみ)。階級は真斗と同じ獣撃士長。

 口元はマスクで隠れているが、ぱっちりとした丸い目が利発な少女のようで若々しい印象を与える。

「周辺確認していた黒川(くろかわ)はヨモツの姿はなかったと言ってたので、通報者が見たのは完全にあのクマですね」

 真斗は自分よりも小柄で華奢な彼女に対し敬語で話す。

 見た目も声も若いが明石は真斗よりも年上、今年で三十三才になる「先輩」だ。

「あれですよ。獣撃隊(うち)に通報しとけば何とかしてくれるって魂胆。クマとわかっててあえてってやつ」

 黒縁の眼鏡をかけた男性隊員が眉根を寄せて首を掻きながらそう言った。

 彼の名は福室圭佑(ふくむろけいすけ)。

 年齢は二十三才。身長は一七二センチ。

 真斗や加瀬など獣撃隊には身長が一八〇センチを超えるガタイの良い者が多くいるので小柄に見えるが、成人男性の中では決して小柄ではない。

「俺が小さいんじゃなくて他がデカすぎんだよ」とよくボヤいている。

 階級は一等獣撃士(いっとうじゅうげきし)。
 警察の階級なら巡査と同じくらいだ。

「クマは警察か自治体へってあれほど言ってるのに……今月俺、四回目ですよ。行ってみたらクマ」
「まぁ、ヨモツって言われたら行くしかないからな」

 真斗は口を歪めてボヤく福室を嗜める。

「データ渡してくる」

 明石はそう言うとヘルメットを外しながら加瀬がいる車両の方へ歩いて行った。

 付属のカメラにクマの姿が映っている。
 その動画を警察と市に提供するためだ。

 明石が立ち去った後、真斗はガードレールの向こう側、窪地の方からこちらに向かって来る気配を感じた。

「――戻って来たか」

 真斗がそう呟くと福室は顔を上げた。

 乾いた足音が窪地の下から迫り、真っ白な影が彼らの視界に現れる。
 
 一匹の白いオオカミが窪地の叢林(そうりん)から法面(のりめん)を駆け上がり、ガードレールを飛び越えて来た。

 大型で体長は一七〇センチ近くあり、左耳にシルバーのタグが付いている。

 オオカミは真斗と福室の前に降り立つと、毛を逆立たせて身を屈めた。

 すると白い毛並みが波が引くように消え、オオカミの体の中から人間が浮かび出てきたような歪なシルエットになる。
 
 前足が両腕になり、長い鼻筋がぐっと縮み耳の位置が顔の真横に移動する。

 数秒でその場からオオカミの姿は消え、かわりに両手をついて屈んでいる白髪の若い男がいた。

 左耳には先程のオオカミに付いていた物と同じシルバーのタグがぶら下がったリングピアス。

 白いTシャツに濃紺のズボンを履き、足元は裸足だ。

 髪も白いが肌も白い。色白だがTシャツの袖から伸びる腕は硬い筋で覆われ、肩や胸も厚みがある。

 形が良い薄い唇、高くて細い鼻筋、目は切れ長の奥二重。
 女形の歌舞伎役者のような品のある顔立ちだ。

「やっぱクマ、ヤベぇっす」

 白髪の若い男はしゃがんだまま真斗と福室を見上げ、その上品な顔をくしゃくしゃにして声を上げた。

 気が抜けたような男の態度に福室は呆れた様子で、身を屈め顰めた顔を彼に向ける。

「何言ってんだお前……誰よりクマから離れてたくせに、ヤバかったのは俺らだ」
「ムロさんたちは飛んで木に登れば逃げれるじゃないですか。俺飛べないし」

 白髪の男は立ち上がりながら少し不服そうに福室に言い返す。身長は一七八センチ。福室より高い。

「走って逃げりゃいいだろ」
「森の中走るの苦手なんすよねぇ……足元悪くてボコボコで」
「都会っ子か」
「そう、アーバンウルフっす」
「褒めてねぇよ」

 得意げに鼻を鳴らす男に対し、福室は呆れ果てた様子でそう吐き捨てた。

 白髪の男――黒川颯(くろかわはやて)。彼も福室と同じ一等獣撃士(いっとうじゅうげきし)。

 今年で入隊二年目。この面子の中で一番若い二十歳。

 本人曰く「白なのに黒川」――アイドルの口上(こうじょう)かよと言うたびに突っ込まれる。

 髪も肌も白く品のある整った顔立ちも相まって神秘的な雰囲気を漂わせているが、口を開くと途端に人懐こい表情になる。

 同時にどこか抜けた中身も露呈する。所謂(いわゆる)ポンコツだ。
 
 真斗は福室と黒川のやり取りを見ながらこう思っていた。

 オオカミになる奴は身近に二人いるが、「ポンコツ」と「内気」――揃いも揃ってオオカミのイメージとは程遠い。そう言うものなのか。

 黒川はピアスからタグを外しポケットに入れた。

 ピアスに付いているシルバーのタグはGPSで簡易的な通信機能も備わっている。

 人の体に戻ると動くたびにタグが顎や首に当たって鬱陶しいので、変化する直前に装置し解いた後はすぐに外している。

「すみません、靴履くんで一旦戻ります」

 黒川は真斗にそう言い頭を下げると加瀬と明石がいる車両の方へと向かった。

 彼の背後から無線での交信を終えた警官が歩いてくる。
 同じ車列に停まっているパトカーへ戻るためだ。
 
 警官は少し離れた場所からオオカミから人に姿を変える黒川の様子を見ていた。

 オオカミならクマに勝てると聞いたことがある。

 警官は背後から黒川に尋ねる。
 
「……君、どうにか出来ないの?クマ」

 黒川は振り返り「俺?」と目を見開いた後、ふわふわと視線を泳がせながらふわふわと答える。

「素人が向かっていっても負けちゃうんで」

 オオカミの「素人」ってなんなんだよ――警官は眉を顰めた。

 特殊能力を使いヨモツと言う化け物を退治し、立派な「猟犬」も連れている。

「獣(けもの)を撃(う)つ部隊」と言う名を冠した組織に所属している彼らだが「クマ」を駆除することは出来ない。

 法の縛りなどではなく、物理的に倒すことが出来ないのだ。

「獣」は「ケダモノ」――クマなどの動物ではなく「異形」であるヨモツを指している。
 
 天津人が攻撃で使う雷線などの力は「死の穢(けが)れ」を祓(はら)う力なので「生きている」ものには作用しない。

 形をなした「死の穢れ」であるヨモツは倒せるが人間や動物――生きているものたちを傷つけることは出来ない。

 クマどころか虫一匹も殺せないのだ。