ヴァージン・スキャンダラス・エンゲージ〜天津の姫は世界と彼氏のために呪われた兄と禁忌の契約を結ぶ〜

 高天原(たかまがはら)の人草たち――天津人(あまつびと)はヨモツ祓除(ふつじょ)のために日本各地に降り立った。

 そこに根を下ろし領主に仕え、藩主に仕え、それぞれが住む場所のヨモツを祓除してきた。

 やがて彼らは強い愛郷心を持つようになった。
 現代でも離れた地方の天津人よりも同郷の国津人の方に親しみを感じる者は多い。

 源氏と平氏、東軍と西軍、政府軍と旧幕府軍――過去の戦乱の中で異なる陣営に付く天津人たちが、同族であるにも関わらず刃を交えることもあった。
 
 そんな中でも大規模なヨモツによる「大災厄」が起こった場合、主たちは自陣の天津人をたとえ敵対する相手の元であろうと積極的に送り出し応戦した。

 ヨモツは敵味方に関わらず、全ての人草にとっての脅威である。
 敵対している者同士でも、この時ばかりは協力する他はない。

 全ての人草をヨモツの脅威から守る。
 そのために生まれてきた者同士、共に戦おう。
 天津人たちの同族意識と人草を思う気持ちは消えていない。

 ヨモツ祓除をする天津人たちは「黄泉(よもつ)祓い」「天津組」などと呼ばれてきた。

「獣撃隊」と呼ばれるようになったのは江戸の末期。

 明治に入ってから彼らは国の直轄組織となり名称も「大日本帝国獣撃隊」となった。

 戦後に再編成され現代は「都道府県獣撃隊」となり、所属する天津人たちの身分は地方公務員である。

 二〇二X年八月某日。午後四時。仙台市青葉区某所。

 丘陵地の上にある住宅地。ガードレールの向こうにある窪地(くぼち)には貯水池があり、その周りには木が生い茂っている。
 
 窪地を見下ろす路肩にはパトカー一台とパトカーに似たマゼンタのラインが入った車両が二台停車していた。

 パトカーではない方の車体には「宮城県獣撃隊」と記されている。
 下に併記されている「Beast Strike Force」とはその英語表記名だ。

 遠目からでもパトカーとは違うとわかるマゼンタ色のラインは全都道府県共通の獣撃隊のシンボル。

 レスキューが「オレンジ」、交通安全が「緑と白」とシンボルカラーがあるように獣撃隊も「桃色」をシンボルカラーとしている。

 それは日本神話の「黄泉国(よもつくに)から帰還した伊邪那岐(いざなぎ)」のエピソードが由来となっている。

 死別後に黄泉国で再会した妻の伊邪那美(いざなみ)は変わり果てた姿になっていた。

 禁忌を破りその姿を見た夫の伊邪那岐は恐れをなして逃げ出し、伊邪那美は激怒した。

 彼女は鬼女や雷神などの黄泉軍(よもついくさ)を放ち伊邪那岐を追った。

 地上との境「黄泉比良坂(よもつひらさか)」で追手の雷神と対峙した伊邪那岐は傍に生えていた桃を三つもぎ取り投げつけた。

 すると雷神だけではなく、追って来た全ての黄泉軍は恐れをなして逃げ去った。

 伊邪那岐は桃の実に「意富加牟豆美命(おおかむづみのみこと)」と名付け「地上の人草たちが苦しむようなことがあったら助けてやってくれ」と命じたと言う。

 以来、桃の実は「魔除け」の効果があるものとされた。

 明治に発足した「大日本帝国獣撃隊」はその逸話にあやかり「桃色」を隊の目印として採用した。

 戦前まではこの桃色を装備や制服にそのまま施していたが、戦後からは同じピンク系のマゼンタに差し替えになった。

 現在も公式のシンボルカラーは桃色だが、色味が薄い。

 遠目では識別しにくいので現場で使用する車両や装備、制服などには同系色で色味が強いマゼンタを採用している。

 普段目にするのは桃色よりもこちら方が多いので実質マゼンタがシンボルカラーだと言ってもいい。
 
 天津人の獣撃隊の隊員と国津人(くにつびと)の県警の警察官がガードレールの前に並んで立っている。

「ヨモツじゃなくて「アレ」なのかなぁ……」

 警官は眼下の木々を見下ろしながら呟く。

「何すか「アレ」って。ヨモツじゃなかったらク――」

 獣撃隊の隊員の疑問の声を遮るように、警官は続ける。

「言うと本当に「アレ」な気がする。ヨモツだったらいいんだけどなぁ……おたくがやってくれるし」

「優勝」と言うとそれを逃す気がするので、インタビューでは敢えて「アレ」と言っていたプロ野球の監督を思い出し獣撃隊の隊員は苦笑いをした。

 それとは逆、言うと本当になるから敢えて言わないのか。

「今年は多いっすからねぇ……「アレ」が出るの」

 獣撃隊の隊員――先日真斗(まなと)と組んで任務を遂行していた加瀬省吾(かせしょうご)は警官に合わせてそう言った。

 獣撃隊には警察や自衛隊のように階級がある。

 加瀬は獣撃司令補(じゅうげきしれいほ)――警察の階級に当てはめると警部補にあたる。年齢は四十五才。
 
 真斗の階級は獣撃士長(じゅうげきしちょう)。警察で言うと巡査部長クラスだ。

 彼は真斗の上司である。

 窪地の向こう、西の方向に奥羽山脈の稜線が見える。
 そこから湧き出るように発生した暗く低い雲が空を覆い、東に向かって流れて来る。
 天気予報では日の入り後に雨が降るらしい。
 
「――思ったより早く降りそうだな」

 警官が雲を見上げて呟く。
 加瀬はそれに応じて何か言いかけたが、インカムに窪地にいる部下から報告が入った。

 警官に背を向け少し離れた場所に移動し、加瀬は部下と交信を続ける。
 
 結果発表、と言ったところか――警官は深く息を吐いた。

 折り返し警官の前に戻って来た加瀬は彼の前に立ち、その結果を手短に伝えた。

「クマでした」
「あー……やっぱりクマかぁ……」

 警察は顔を顰め宙を仰いだ。

「市に連絡します。うちのが戻ってから引き継ぎますんで後はお願いしますね」

 加瀬は歯を見せて苦笑いをしそう言うと、手配をするために路肩に停めた車両に向かい歩いて行った。
 
 小憎たらしいツラしやがって――警官は彼の後ろ姿を見送ると防刃(ぼうじん)ベストに付いた無線機のマイクを手に取り、周辺で待機している他の警官たちに指示を出す。

 交信を終えた時、ガードレールの向こう側――窪地から枝葉が激しく揺れる音がした。

 音を聞いた警官の表情に緊張が走る。

 顔を上げて窪地を見ると眼下の木々を突き抜け、宙に舞い上がる影が見えた。

 その影を目で追うと、見上げた雲天に人の姿を見た。

 濃紺の制服に防弾ベストのような物を身につけ、腰のベルトには警棒を下げている。

 加瀬と同じような身形(みなり)。三人の獣撃隊の隊員だ。

 警官の頭上を掠(かす)め飛んできた三人はアスファルトの上に身を屈めて降り立つ。

 真っ先に立ち上がり振り返った大柄で端正な顔立ちの隊員――高野原(たかのはら)真斗は警官に向かい姿勢を正し短く言明した。

「クマです」
 
 彼の言葉を聞いた警官は「わかってる」と頷いて何か言いかけたが、そこに折り返しの無線が入った。

 警官は真斗に向かって手を翳(かざ)すと踵(きびす)を返しその場を離れ、そのまま無線で交信を続けた。