いつか、あの日の私を迎えにいく


「久しぶり」

「うん……久しぶり」

 私の最寄り駅で、和真と落ち合った。

 わざわざ遠出させるのも悪いから、って和真が言うから甘えることにした。

「ちょっと、駅の周り歩いてもいい? 初めて来たから」

「うん……」

 普通だ。
 別れたのに、和真は思っていたより普通で、身構えていたのがばかばかしくなる。

「……腹減ってきた」

 ぐう、と和真のお腹の鳴る音が、この緊張感の中に似合わない。

「あはは、なにそれ。じゃあ、そこのカフェでも入る? サンドイッチがおいしかったんだ」

 和真があまりにも普通だから、忘れそうになる。
 もう、別れてるんだってこと。

 和真はメニューをちらっと見ただけで、ドリンクのページへ視線を移した。

「みちるは決めた? 頼むもの」

「あーうん」

「そっか、じゃ店員さん呼ぶわ」

 変わらないな、と思う。

 本当に、いつもの和真だ。

「すんません、俺はこのサンドイッチとあと日替わりのコーヒーをお願いします。えっと、みちるは?」

「あ、私はロイヤルミルクティーお願いします」

 ……店員さんが去ったあと、和真が私をじっと見てくる。

「……腹、減ってなかった?」

「え? うん。飲み物だけで大丈夫」

「そっか……」

 本当は少しだけ緊張して、食欲がないだけなんだけど。

 注文したサンドイッチと飲み物が届いて、嬉しそうに和真は頬張った。

「うまっ」

「でしょ?」

 変わらない。でっかい口で男の子らしく食べるとこ。
 あんまりにもおいしそうに食べるから、このお店を紹介してよかったな、なんて少しだけ笑ってしまう。

「うん、みちるも一個食べる?」

「……ううん。私は大丈夫。和真が食べて」

「そっか……」

 和真はまた、静かに食べ始めた。
 私が受け取らなかったサンドイッチを、しばらく見つめてから。


◇


「ごめん、やっぱりみちる食欲なかったよな? 付き合ってくれてありがとう」

「ううん……」

 カフェから出て、また駅の周りをふたりで歩く。

 近くにちょうどベンチがあって、和真が少し座ろうって言うから並んで座る。

「……話って?」

 和真があえて普段通りにしていることには気付いてた。
 だから、なかなか本題に踏み切れないのかな、って。
 
 和真は前を向いたままぽつりと呟いた。

「……忘れられなくて。みちるのこと。会いたかったんだ、ただそれだけなんだけど」

「うん……」

「……別れたら、さ。会えなくなるんだな。理由がないと」

 そうだよ。
 知ってる。
 でも、付き合ってても返事がなければ会えないことも、私はもう知っている。

「初めてだったよな。みちるから別れたいって言ったの。思い返したら、いっつも俺が言ってた。だから、ショックだったんだと思う。俺も言えばよかった。別れたくないって、みちるが言ってくれたみたいに」

「……そんなことも、あったね」

 ……でも、違うんだよ。和真。
 私が本当にしてほしかったのは、引き留めてもらうことじゃなかったんだよ。

「俺、みちるとここで終わりになるのは嫌だ。もう一回、俺と付き合ってほしい」

 和真が、私の目をじっと見つめている。

 震えてるのにまっすぐで……悲しくなっちゃうくらい。

「……そう言ってくれたのは嬉しい、と思う。和真のことが嫌いになったわけじゃないし」

「なら……!」

「……でも、ごめん。戻れないよ」

 だって、和真は私が別れを告げたほんとの意味をわかってない。

 寂しかった。返事が欲しかった。私のことを少しでも気にかけてほしかった。
 それだけだったんだよ。

「……もう、好きじゃなくなった?」

 そう言われて、胸が痛む。

 だって、どうやったって大切な思い出は消えないし、幸せだった日のことを覚えているから。

「……好きだったよ」

 球技大会で肩をぎゅっと握られたこと。

 いつもの帰り道やLINE。

 和真の家族が優しくしてくれたこと。

 和真が私を好きだと言ってくれた、3月9日。

 全部、全部。
 本当に幸せだった。

 でも。

「ごめん。戻れない」

 好きっていう気持ちだけで、和真と一緒にいられたらよかった。
 幸せだった思い出を抱えたまま、また和真の隣に戻れたらよかった。

 でも、知ってしまったから。

 好きな人と付き合っていても、寂しいことがあるんだってこと。
 好きな人が私を好きだと言ってくれても、大切にされているって感じられないことがあることも。

 好きでも、好きだけじゃ付き合っていけないんだって気付いちゃったから。

 もう、知らなかった頃の自分には戻れないんだ。

「……そっか」

 長い沈黙のあと、和真は小さく呟いた。

 そして、私を見て笑った。

「今日、会えてよかった。ほんとに、ありがとう」

「うん……」

 そう言って和真が立ち上がったから、私も立ち上がる。

「ばいばい、みちる」

 和真はすぐに背を向けて歩き出した。

「……ばいばい、和真」

 遠く離れた背中に、届いたかはわからない。

 滲む視界の中、和真の背中はどんどん小さくなっていった。