季節は巡って、春がやってきた。
あれからも、和真とは別れては付き合ってを何度か繰り返した。
私たちが受験を控えていた去年の十二月頃、勉強の妨げにならないようにと別れを告げられていて、卒業式の今日を迎えていた。
『卒業式が終わったら、待ってて』
無事に受験が終わったら、もう一度付き合おうと決めていた。
初めて、ふたりで決めた意味のある別れだった。
あの日は、確か雪が降っていた。
今年の冬は暖冬で、桜の蕾もようやく膨らんできている。
空気は冷たいけれど、温かい光が差し込んでいた。
式が終わって、校門を出たところで待ち合わせをする。
「ごめん、遅くなった!」
「ううん、大丈夫」
和真の受験結果は、人づてに聞いていた。
和真は第一志望には受からなかったけど、無事に第二志望の大学から合格をもらえたこと。
私も第一志望には合格できなかったけど、無事に希望する学部への切符は手に入れることができた。
「……山田から聞いたよ。合格したって」
「うん……」
三年になって、茉莉と和真は同じクラスになっていた。
理系と文系にクラスが分かれるから、和真と同じクラスにならないことは最初からわかっていた。
「……これまで、いろいろあったけどさ」
校門からは、たくさんの人が出入りしている。
その片隅で、私たちは久しぶりに向き合っていた。
「大学に行ってからも、よろしくな」
照れくさそうに、和真は笑った。
「……うん。よろしくね」
これからは、別々の大学に通うことになる。
学校に行けば和真に会えるわけじゃない。
どこで何をしているのか。
誰とどんな話をするのか。
……どんな人と、出会うのか。
お互いに知らない世界が増えていくんだ。
「みちるちゃーん!」
「……和真のママ?」
「うわ、来た……」
聞きなれた声。だけど、聞くのは久しぶりだった。
駆け足で寄ってきたのは、和真のママで。
「この子ってば、いっつもみちるちゃんに甘えてばっかで、バレンタインとかちゃんとお返ししてたか気になっちゃって! 今年はほら、引っ越しとかもあるでしょ? この子絶対忘れるし、今日もこれ家に忘れてってるし……しっかりしなさいよ本当に!」
和真のママの手には、茶色い紙袋がぶら下がっている。
「みちるちゃん、毎年和真だけじゃなくて私たちにもチョコレートありがとう。これ、和真からの分と私たちからのお返しが入ってるから、受け取って! ほら、和真が渡しなさいよ! まったくもう」
別れていた。今年の二月。
でも、お互い気持ちが離れたわけじゃなかったから、チョコは渡してもいいか聞いたんだ。
……そっか、そのお返しか。
「……これ」
ママから受け取った紙袋を、和真がぶっきらぼうに渡してくる。
和真は恥ずかしそうに俯いている。頬がちょっぴり赤い。
「えへへ、ありがと。和真のママもありがとうございます!」
「こんな子だけど、これからもよろしくね」
「……はい!」
◇
それからは、忙しい日々を過ごしていた。
私も和真も上京のため引っ越しを控えていた。
必要なものを買いそろえたり、引っ越し先のことを調べたり。
LINEで会話はするものの、ゆっくり話ができたわけじゃなかった。
引っ越しの準備に追われているうちに、あっという間に大学の入学式が近づいていた。
そして今日から、本格的な一人暮らしが始まる。
『引っ越し、無事に完了したよ! 今日から一人暮らしだ~』
設置したばかりのベッドに寝転びながら、和真にメッセージを送る。
部屋にはテレビの音だけが響いている。
……静かだ。
「……よし! ご飯でも作ろ! その前に買い出し!」
ちらっとスマホを見てみるけど、まだ既読すらついていない。
きっと、和真も忙しいんだ。
さっと出かける準備をして、事前に調べていたスーパーへと向かった。
「げ、肉とか野菜ってこんな値段するの……?」
スーパーに並んでる食材を見ながら、ぽつりと本音が漏れる。
引っ越し記念に苺が食べたかったけど、意外と高い。
そして、ひとりで食べるには意外と多い。
スマホに入れてた買い物リストのメモを開く。
ついでに、和真から返事が来ているかチェックする。
……まだか。
スマホをポケットにしまって、また買い物を続ける。
……ひとりって、こんなに静かなんだな。
レジに並びながら、辺りを見回す。
店内にはBGMが流れていて、買い物客の会話も聞こえてくるのに、私に向けられる言葉は「ポイントカードはお持ちでしょうか?」なんて事務的な会話だけだ。
ポイントカードを作ってから、私は家に帰った。
夜になってお風呂から出て寝るときになっても、和真からの返事はないままだった。
◇
入学式を迎えた。
今日は数日ぶりにお母さんとお父さんが来てくれることになっている。
和真から返事が来なくなって、今日で三日目だ。
もともと引っ越しの日程がかなりギリギリになるって言ってたから、忙しいんだろう。
「久しぶり、みちる。一人暮らしちゃんとやれてる?」
「やってるってば。昨日だって生姜焼き作ったし!」
LINEでもなんだかんだと心配されて、会ってもやっぱり心配される。
普段だったらうざったく思うだろうけど、いまは会話できるだけでもすごく嬉しい。
「あのみちるがなー。大きくなったもんだなあ」
「お父さんまで言うの!? もー」
ふたりそろって心配性なんだから。
……でも、今日はなんだか、それが嬉しかった。
入学式も無事に終わった。
オリエンテーションでは同じ学部の子と何人か仲良くなって、LINEも交換した。
「……じゃあ、みちる。また夏休みにね。待ってるから」
家に帰ってきて、一息ついたところで時計をみたお母さんがそう言った。
「うん……」
私の頭を優しく撫でたあと、お父さんと一緒に新潟へと帰っていった。
ぱたんとドアの閉まる音が、やけに響いて聞こえる。
さっきまで笑い声が響いていた部屋に、静けさが満ちた。
スマホを開いてみる。
和真からの返事はまだ来ない。
『和真、入学式終わったよ!』
それだけ送って、スマホを伏せる。
……だけど、今日だけは。
今日くらい、言ってもいいのかな。
『さみしい。会いたいな』
前のLINEにも返事が来ていないのに、送ってしまった。
和真、いまなにしてる?
スマホを握り締めたまま、眠りについた。
◇
翌朝、目が覚めて真っ先にスマホを確認した。
……まだ、返事は来ていない。
まあ、仕方ないよね。
和真だって、きっと忙しいんだろうし……。
そう納得できたのは、メッセージに既読のマークがついていたから。
少なくとも、倒れてるとか和真になにかあったわけじゃないことがわかっただけ、安心だ。
今日は大学で何をするんだっけ。
配られた資料を確認しながら、私は出かける準備を始めた。
学部学科ごとに分かれてのオリエンテーションは、思っていたよりも楽しかった。
LINEを交換した子たちと合流して、履修登録の話で盛り上がったり、初めて学食に行ってみたりした。
大学生活に不安もあったけど、友達もできたし楽しくなりそうだった。
帰宅してから、スマホを確認する。
和真からの返信は、まだ来ていなかった。
その翌日。
大学から帰って、夕飯の準備をしていたときだった。
テーブルに置いていたスマホが震える。
画面に表示された名前を見て、思わず頬が緩んだ。
……和真だ!
急いで手を拭いて、LINEを開いた。
『一人暮らし、まじで寂しい』
『地元帰りたいわ』
……あれ?
思わず、トーク画面を上にスクロールする。
私が送った、入学式の報告。
それから、『さみしい。会いたいな』の文字。
どちらにも、返事はなかった。
……いや、わかるよ?
一人暮らしって寂しいよね。私だってそうだもん。
だけど……私の話はどこに消えちゃったの?
私だって寂しかったよ?
だから、会いたいって送ったんだよ?
それに、入学式のことだって。
ううん、もっと話したいことはいっぱいあった。
……五日間も返事がなかったのに、最初に言うことがそれなの?
『なにそれ。私ずっと返事待ってたんだけど?』
怒りに任せて送ってしまった。
これまで、どれだけ腹が立っても納得できなくても、飲み込んできたのに。
私が送ったメッセージには、今度はすぐに既読がついた。
『ごめん。考えなしだった』
あっさり謝られて、拍子抜けした。
……なんだ。すぐ返信できるんじゃん。
そう思ったら、また腹が立ってきた。
でも、言い返したいわけでもなかった。
許したい気持ちはあるけれど、いまの私にはそれができなくて、そっとスマホを机に置いた。
◇
数日が過ぎても、和真から新しい返事は来なかった。
私が返していないから、当然なのかもしれない。
大学ではついに本格的に講義が始まって、大変だけど充実した日を過ごしていた。
「そういえば、みんな誕生日いつ?」
友達のひとりが、なにげなくそう言った。
……あ、そうだ。
そういえば。
「実は、私もうすぐ誕生日! 19日!」
みんなが自分の誕生日を伝えていく中、私もそれに交ざって答えた。
「えー! もう少しだねー! お祝いしなきゃね!」
「ありがとー!」
ふと、頭に和真が浮かぶ。
……誕生日くらい、おめでとうってLINEくれるよね?
◇
『みちる、誕生日おめでとー! 19歳! こっち帰ってきたら会おうね! 夏休みとか!』
日付が変わった直後に、茉莉からメッセージが届いた。
茉莉は地元の新潟にある専門学校に通っている。
相変わらず元気そうで安心した。
『みちる、お誕生日おめでとう。一人暮らしは慣れてきた? いつでも帰ってきてね。待ってるよ』
そして、朝になるとお母さんからも。
『お誕生日おめでとう』
シンプルな文面で、お父さんからも。
大学で新しくできた友達からも次々にLINEが届き、しばらく私のスマホは騒がしく鳴っていた。
……だけど。
「……来ない」
和真からのメッセージは、どれだけ待っても来なかった。
まあ、まだ昼だし?
と思えていた頃はマシだった。
夜になって今日が終わる瞬間に、私の強がりは消えてしまった。
「……そっか」
スマホを静かに枕元に置いた。
もう待たなくていいんだね。
……和真。
私はもう一度スマホを手に取った。
打っては消して、また打ち直す。
そのメッセージが完成する頃には、もう太陽が昇り始めていた。
『和真。昨日なんの日か覚えてる?
私、誕生日だったんだよ。
おめでとうとか、あの日はごめんとか、なにか連絡がくると思って待ってた。
だけど、和真にとっては簡単に忘れちゃえるようなものなんだね、私の誕生日って。
それで、和真が私のことをどう思ってたのか少しだけわかった気がしたんだ。
別れよう、和真。
いままでありがとう』
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