いつか、あの日の私を迎えにいく


「……じゃあ、もう別れる?」

 和真がそう言った。

 まただ。
 そう思ってしまった自分が、少しだけ嫌だった。

 あの日、電話でやり直そうと言ってくれたときは、あんなに嬉しかったのに。

 結局、私たちは何度も同じことで喧嘩をした。
 和真が嫌がることを、私がしてしまう。
 私には、それがどうしていけないことなのか本当の意味でわからない。

 そして、最後にはいつも、別れ話になる。

 なんとなくこの頃にはもう、どっちが悪いとかじゃなく、お互いの価値観の問題なんだってわかっていた。

 和真が「別れる」と言うたびに、私は「別れたくない」と言ってきた。
 色んなことがあったけど、それでも和真のことが好きだったから。

 でも、結局別れてはまた元に戻る。
 和真から謝られて、その繰り返しだ。

 今日も、同じように答えるつもりだった。

「……なんか俺ら、いつもこれだな」

「うん……」

 二人の間に沈黙が走った。

 別れたくない。
 それは本当の気持ちだった。

 でも、毎回私が男の子と喋るたびに、同じような喧嘩になって別れ話に行きついてしまう。

 なんか……疲れちゃった。

 和真は沈黙の後、それでも別れるという考えを改めてはくれなかった。

「……わかった」

 自分でも驚くほど、あっさりと声が出た。

 別れたくない気持ちは、まだあった。
 でも、もう何を言えばいいのかわからなかった。


◇


 誰かに相談したかった。

 ……でも、誰に?

 そう思いながら、ずっと誰にも話せずにいた。

 和真と別れて、よりを戻して。
 その繰り返しを、何度もひとりで抱えてきた。

 茉莉の顔が浮かんだ。
 和真とこうなるたび、浮かぶのはいつだって茉莉だった。

 でも、言えるわけがなかった。

 和真のことを好きだった茉莉に、和真のことで悩んでいるなんて、どうしても言い出せなかった。

 それでもいまは、茉莉に会いたかった。


◇


「……なーんか、最近変だとは思ってたんだけど。そんなことになってたんだ」

 ひとりで抱え込めなくなって、やっとの思いで茉莉に打ち明けた。

「……で、また別れた、と」

「うん……」

「そっか」

 茉莉はそれ以上、何も言わなかった。

 私たちは渡り廊下で窓に背中を預けたまま、しばらく黙っていた。

「……でも、たぶんまた連絡来ると思う」

「もっちゃんから?」

「うん。いつもそうだから……」

 口にしてから、なんだか変な話だなと思った。
 別れたばかりなのに、もう次にやり直すときのことを考えている。

「……みちるはどうしたいの?」

「私は……」

 和真のことは好き。
 それはずっと変わってない。

 でも、だからって、男の子と普通に話すことまで嫌がられるのは、やっぱり納得できない。

「わからないんだ……」

 ずっと考えてはいる。

 別れるべきなのかな、とか。
 それとも和真と付き合うために我慢するのか。

「そっかー……」

 またふたりの間に静けさが落ちた。
 考えれば考えるほど答えがないような気がして、苦しくなる。

 自然と目尻が熱くなる。

「みちる」

「ん……?」

「どうしていままで話してくれなかったの?」

 茉莉の声は切実で、私は和真に別れを告げられた時よりも苦しくなる。

 話したかったよ、一番に。

 でも。

「……茉莉に、こんな話していいのかわかんなかった」

「それは、あたしがもっちゃんを好きだったから?」

 図星だった。

 だって、お互い頑張ろうって言い合って、付き合えた時にはおめでとうって言ってくれて、和真にも『この関係を大事にしていこう』って言われていたのに。

 こんなにうまくいかないなんて、思ってなかったから。

 ……茉莉だったら、もっとうまく和真と付き合っていけたかもしれないのに。

 情けなくて、俯いたまま小さく頷いた。

 茉莉の表情が見えなくて怖い。

「……あたしの分の気持ちまで抱えてたんだ? ずっと」

 何も言えない。頷くことすらできない。
 そんな私に、茉莉はぽつりと呟く。

「……そりゃ、もっちゃんのことは好きだったよ。でも、みちるから付き合うって報告されたとき素直に応援しようって思ったし、嬉しかったんだよ。みちるが頑張ってたの、知ってるから。それに」

 ぽつぽつと茉莉が喋るのを、私は静かに聞いていた。

「あたしだって、次に進んでるから」

「次……?」

 そこで、やっと私は顔を上げた。

 晴れやかな茉莉の顔が目に飛び込んでくる。

「あたし、彼氏できたんだ」

 ……彼氏。
 ……彼氏?

「え、ええっ!? いつの間に!?」

「あはは! ちょっと前!」

 あっけらかんと笑う茉莉に詰め寄った。

「なんで話してくれなかったの!? そんな大事なこと!」

「だって、なんか変だったじゃん。みちる」

「……」

「みちるは真面目だからなー」

 そう言って、茉莉は窓の外を眺める。

 私も一緒に窓の外へ目を向ける。

 緑だった木々が赤や黄色に色づいている。

 ……もうすぐ、冬がやってくる。

「まあ、いろいろあるよね。付き合ってると」

「うん、そうだね……」

 付き合ってからしかわからなかった顔がある。
 嬉しいことも、そうじゃないことも。

 手を繋いでくれることも、和真の家族に歓迎されることも。
 嫉妬されたのが嬉しかったのも、全部嘘じゃないけれど。

「はあ……。恋愛って難しい」

「ほんとそれ」

 変わらないままでいることも、変わっていくことも、なにを選んでいくのかも。

 いまの私にはわからない。

「……今日、話せてよかった」

「それならよかったけど!」

「……で、誰と付き合ってるの?」

「あはは! やっぱ気になるよねえ!?」

 いまはただ、久しぶりの茉莉との会話を楽しんでいた。