いつか、あの日の私を迎えにいく


 季節は春に向かっているというのに。

 卒業証書授与式の今日、3月9日、新潟県の柏崎市には静かに雪が降り積もっていた。

 卒業生代表が登壇し、卒業証書が授与されていく。

 厳かな雰囲気の中、私はひとり、落ち着かなかった。

 好きな人に告白する――。

 伝えるなら、直接言いたかった。

 卒業式の今日なら、学校は午前で終わる。

 だから、今日この日にした。

 卒業していく。
 二年生になる。
 ……告白、する。

 変わっていくことがたくさんあるけれど、変えていきたいと思ったから。


◇


「あたし、もっちゃんのこと好きなんだよね」

 昼休み終わり間近。
 人気が少なくなってきた3階の渡り廊下で、山田(やまだ)茉莉(まり)がぽつりと言った。

 なんの脈絡もなく突然の告白だったけど、なんとなく、そうかなって思ってた。

 もっちゃん――山本(やまもと)和真(かずま)くん。

 山本くんのことを『もっちゃん』と親しげに呼ぶのは、クラスで茉莉だけだ。

 気付いてた。
 茉莉はきっと、山本くんが好きなんだ、って。

 山田と山本で席番号が近くて、よく喋っているのを見かけたから。

「……そうなんだ」

 返事が一拍だけ遅れた。
 ぽつりと呟いた茉莉の声より、そう返した自分の声のほうがよっぽど小さくて。

「みちるは? いないの? 好きな人」

「私は……」

 茉莉に聞かれて、言い淀む。

 言えない。言えるわけない。

 私も山本くんが、好きなんて。

 きゅっと小さく握った手を、ほどくことができなかった。

 茉莉の方から小さなため息が聞こえた。
 なんとなく顔を上げられない。

「……言わないつもり?」

 茉莉の声は、静かで優しかった。
 その声に少しだけ顔を上げると、怒ってるような悲しんでるような顔をした茉莉がいた。

「……みちるも、もっちゃんのこと好きでしょ?」

「えっ……」

 まさか、茉莉に気付かれてるなんて思わなかった。
 驚いた声を上げる私に、茉莉は眉を下げて小さく笑う。

「わかるよ。友達だから」

 茉莉の言葉に、胸がつまる。

「……うん」

 私も好き。山本くんのことが。

 小さな声だったと思う。
 それこそ、蚊の鳴くような声。

 それでも私が返事をしたあと、ふっと短く息を吐いた茉莉は、カラッと笑った。

「じゃあ、お互い好きになってもらえるように、頑張ろ! 恨みっこなしだからね!」

 茉莉が親友じゃなかったら、私はきっと誰にも言わずにこの恋を終わらせてた。

 茉莉がそう言ってくれたから、頑張る勇気をもらったんだ。


◇


「山本くん、LINE教えて!」

 茉莉と山本くんの席は前後で、休み時間には自然と茉莉の席で喋ることが多かった。

 いままでも私が一緒に会話に混じることがあって、LINEは意外と自然に聞き出せた。

「あ、あたしも!」

 私がそう言ったのをきっかけに、茉莉も山本くんとLINEの交換をしていた。

 何度もLINEを重ねて、学校で会話して、また帰ったらLINEを開く。

 山本くんからの返事は来たり来なかったりしたけれど、しつこくならない程度に話題を振ってみたつもりだ。

 隣のクラスにいる山本くんの親友、中野(なかの)くんと私は同じ委員会でよく喋る仲だった。
 そのおかげでふたりの会話に混ざることも多く、学校では山本くんとかなり仲がいいと自負していた。

 そうして山本くんとの距離を少しずつ縮めていった、秋のこと。

「……茉莉。私、山本くんに告白しようと思う」

 一緒に頑張ろう、って言ってくれた茉莉だからこそ打ち明けた。

 茉莉は私の言葉を聞くと「そっか」とだけ言った。

「……あたしも、言おうかな。クラス、離れちゃうかもしれないもんね」

「うん……」

 進級すれば、クラス替えがある。

 同じ教室で授業を受けることも、喋ることだって、クラスが違えばこれまでと同じようにはできなくなる。

「……お互い、頑張ろうね」

 私は、あの日貰った言葉を茉莉に返す。

『告白したよ』

 茉莉からそうLINEが来たのは、バレンタインデーが過ぎて数日後だった。


◇


 雪が降っていた。

 細かい雪が、ちらちらと空から降っている。

 待ち合わせ場所は、学校から歩いて15分ほどのところにある公園。

 いつもなら人がいるこの場所も、雪が降っているからか私以外誰もいない。

 透明なビニール傘には、少しずつ雪が積もっていく。

 公園の入り口に背を向けて、ひとつだけ息を吐いた。

 真っ白になった空気が、ふわりと消える。

「……待った?」

 ざくざくと地面を踏む足音が、私の真後ろで止まった。

「ううん、大丈夫。来てくれてありがとう」

 山本くんが、来た。

「……話って?」

 山本くんは私と同じような透明のビニール傘を差したまま、私と向き合った。

 心臓が飛び出そうだった。

「うん、あのね。なんとなく、もう気付いてるかもしれないんだけど。どうしても直接言いたくて」

「うん」

 山本くんは、私の言葉を待っていてくれる。

 ……緊張する。

 だけど、私は山本くんの顔を見上げて、目を逸らさなかった。

「……私、山本くんのことが好き」

 言った直後、唇が震えた。

 ……茉莉も、こんな気持ちだったのかな。

 じっと、山本くんを見つめた。

 山本くんはやっぱり驚いた顔はしてなくて、でも、小さく口を開いた。

「……ありがとう。俺も、椎名(しいな)のこと好きだよ」

 私、たぶんすごく間抜けな顔をしてる。

 山本くんが、私を好き?
 本当に……?

 嬉しくて言葉にならない私を見て、山本くんは目を細めて笑う。

「……付き合お」

「……はい」

 その瞬間、山本くんは自分の傘を放り投げて、私の身体を抱きすくめた。

 私より10センチ身長が高い山本くん。
 私は山本くんにすっぽり包まれた。

 山本くんの濡れた肩が頬に当たって冷たいのに、あったかい。

 恥ずかしいのに、嬉しい。

 ……幸せだ。

 そのままどちらともなく手を繋いで、ひとつの傘をふたりで差す。

「……仲いいから、椎名はもう知ってると思うけど」

 ふいに山本くんが口を開いた。

「俺、少し前に山田に告られた」

 ……茉莉のことだ。

「……うん」

「俺、ふたりが俺に好意を向けてくれてるのは気付いてた。山田のことはもちろん嫌いじゃないし、告白も実際嬉しかった」

「……うん」

「でも、これは山田にも言ったけど。椎名のほうが好きになってもらえる努力をしてたって思ってて。だから、俺も椎名を好きになったんだと思う」

 茉莉が告白したことは知っていた。
 でも、告白の結果がどうだったのかは、知らなかった。

 ふたりとも、今までとなにも変わらないように見えたから。

 ……でも、そうだったんだ。

「こんなこと言うのもなんだけど。椎名、山田と気まずくなったりしない?」

「……うーん」

 茉莉との、関係。
 私は茉莉のことを頭に思い浮かべる。

「山本くんと付き合うことになったのは、ちゃんと話すつもり。それで茉莉と気まずくなったとしても、それは仕方ないのかもしれない。……けど、そうならないように、頑張る」

「そっか。わかった。……正直、山田の犠牲の上に成り立ってるわけじゃん。だからって言うわけじゃないけど、大切にしないとね。この関係」

 私は小さく頷いた。

 ……うん。
 大切にする、絶対に。


◇


「おめでと!」

 翌日、茉莉に山本くんとのことを話したら、笑顔でそう言われた。

 複雑だけどやっぱり嬉しくて、「ありがとう」って私も返す。

「もっちゃんにさあ、言われたんだよね。あたしよりみちるのほうが努力してた、って。自分のこと本当に好きなんだなってわかる、って」

「……うん。山本くんから聞いた」

「そっか! でも、そう言われて確かになーって思ったんだ」

 ……そう、なのかな。
 確かにLINEは自分からしたし、たくさん話しかけたと思う。

 頑張った、と思う。

 そして、茉莉はもう一度私の顔を見て言った。

「みちる、おめでとう」

 その顔は本当に喜んでいるようにも見えたけど、きっとそれだけじゃない。
 私が友達だから、茉莉はそう見えるようにしてくれたんだ。

 いまも、申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちがまぜこぜだ。

 だけど、山本くんに選ばれたことは、私にとってとても幸せなことだった。