壁から二つ目の席

「ぶっ!」

 顔面でバスタオルを受け止めた若者は、慌ててそれを掴む。

「何するんですか!」

 抗議の声を上げるが、明生は煙草を咥えたまま若者を一瞥した。

「全身ずぶ濡れのお前が迷惑だ」

 ぶっきらぼうに返した瞬間、若者は見る見るうちにしおれていく。

「あ……。俺、来られたのが嬉しくて……。すみません! 出直します!」

 勢いよく立ち上がる若者に、明生は小さく眉を寄せた。

「良いから、そのバスタオルで髪と身体を拭け」

 若者は「うぅ……」と小さく肩を落とした。
 その姿に、明生は何となく悪いことをした気分になる。

「その席は……乾くまで他の奴も使えねぇな」

 咥えていた煙草を灰皿へ押し付けながら、明生はぼそりと呟いた。
 若者を見下ろす。

「お前、その席の意味……分かって座ってんのか?」

「意味?」

 若者は首を傾げた。

「よく分かんない。でも、絶対この席に座りたかったんだ」

 屈託なく笑う。
 明生は思わず目を細めた。
 そして、そっと若者の耳元へ顔を寄せる。

「……お前、誘ってんのか?」

 低く掠れた声。
 ふわりと煙草と珈琲の香りが混ざり合い、若者の胸がドクリと跳ねた。

「……どういう意味?」

 思わず聞き返すと、明生は妖艶に口角を上げた。

「今夜、うちに泊まるって意味だよ」

 明生としては、本気で泊めるつもりなどなかった。
 ただ、少しからかってやるつもりだっただけだ。

(さて、どんな顔する?)

 慌てるか。
 真っ赤になるか。
 それとも逃げ出すか。

 そんな反応を想像していた明生の前で、若者は固まったまま、ゆっくりと顔を上げた。