壁から二つ目の席

「じゃあ、今日は帰るよ」

 翌朝、秀一はホテルのモーニングを食べながら、颯にそう呟いた。

「え?」
「実はあの画像を見て……飛び出して来てしまったんだ。家族には電話したけど、心配させてしまったからね」

 苦笑いを浮かべる秀一に、颯は複雑な気持ちになっていた。

「……秀一叔父ちゃんは、真実叔母さんを好きじゃないの?」

 思わず聞いた颯の言葉に、優雅に朝食を口へ運んでいた秀一の手が止まった。
 ゆっくりとフォークとナイフを置き、ホテルのラウンジの窓から見える景色へ視線を向ける。

「家族としての情はある。……でも、愛しているのは明生だけなんだ」

 そう呟いた横顔には、長い間苦しんできたのであろう悲しみの色が滲んでいた。

 元々、線が細く儚い秀一の姿が、今にも萎れそうな花のように見えた。

 朝日に照らされたその横顔を見つめながら、颯は小さく息を吐いた。
 自分とは、何もかもが違う気がした。

 そんな颯の気持ちを知ってか知らずか、秀一は胸ポケットから封筒を取り出し、綺麗な所作で差し出した。

「?」

 首を傾げた颯に、

「……明生に渡してくれないか?」

 そう言うと、秀一は再び食事を始めた。

 颯は真っ白な封筒を見つめながら、

「もしおっさんが……今でも秀一叔父ちゃんを愛していたら、家族を捨てるの?」

 不安に押し潰されそうになりながら聞く。

 秀一は顔色一つ変えず、ゆっくりとホテルの珈琲を口にして、

「《Amber》の珈琲が、飲みたかったな……」

 とだけ呟いた。

 そんな秀一の言葉を聞きながら、

(大人は狡い……)

 颯は心の中で呟き、ホテルの珈琲を口にした。

 その珈琲は、やけに苦く感じた。