壁から二つ目の席

颯は枕に顔を埋めたまま、

「ごめんね、秀一叔父ちゃん」

 ぽつりと呟いた。
 秀一は小さな溜め息をついてベッドに腰掛け、優しく颯の頭を撫でる。

「もう良いよ。
僕こそ、疑って嫉妬なんかしてごめんね」

そう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

『カチリ』

 缶ビールのプルタブを開ける音が響き、颯は顔を上げて音のした方へ視線を向けた。

 普段、ほとんど酒を口にしない秀一が、居酒屋でビールを数杯飲んだうえに、さらに缶ビールを開けている。
驚いた颯が飛び起きると、

「お酒飲んでるのは……意外?」

 ふふふっと笑い、秀一が聞いてきた。
その姿は何とも妖艶で、三十代後半の子持ちには見えなかった。

「明生がさ……人前で飲むのを嫌がったからね。こんなに飲んだのは久しぶりだよ」

そう言うと、

「それに……飲むと明生が恋しくなるんだ」

ぽつりと呟いた。
その言葉に、颯の胸の中へどす黒い感情が渦巻いた。

(結婚して、子供まで作ったくせに!)

そう思った瞬間、颯はハッと我に返る。

(え……僕、今……)

思わず胸を押さえた。

『クソ坊主……』

ふと、明生の顔が浮かんだ。

いつも咥え煙草を吹かし、気だるそうにしていて無愛想。
そのくせ、細かいことにうるさくて、

『おい! 脱いだものは洗濯機に入れるか、せめて洗濯籠に入れろ!』

咥え煙草のまま、脱ぎ散らかす颯の後を追い掛け、洗濯物を拾って歩く。

夜中、仕事を終えてシャワーを浴びたあと。
晩酌をしながら、蹴飛ばされてベッドから落とされたクマ男を拾い上げ、

『お前も災難だな』

と言いながら、颯の隣に寝かせる。

そのたび、必ず掛け布団を蹴飛ばしている颯に布団を掛け直し、

『風邪引くぞ、クソ坊主』

そう言って、煙草臭い手で優しく頭を撫でてくれる。
その手が、嬉しかった。

寝る時も、いつも端っこで小さくなっている明生の背中に、何度かしがみついて寝たことがあった。

そのたび、

『せめぇなぁ~』

とぼやきながらも、そのままで居させてくれる。

そんな明生に、颯はいつしか恋愛感情を抱いていたのだと……今更になって気付いた。

(どうしよう……僕……)

秀一の出現によって、颯は自分でも気付いていなかった感情を、初めて自覚してしまった。