兄の親友と恋人ごっこしています

 住宅街の入り組んだ道を手を繋いで歩いて、昨日とは違う公園にやってくる。
 十二月の二十三時近い公園はやはり誰もいない。
「寒いから少しだけ」
「うん」
 こんな時間だから、いつもそれほど長くはいない。三十分もいないくらいだ。それでも少しでも長く一緒にいられるのが嬉しい。そして、それは自分だけではなく、陸郎もそう思ってくれていると感じられるのがもっと嬉しい。
「もうすぐクリスマスですね……あ、だね」
 腕が触れ合うくらいに寄り添いながら小さな声で話す。
 陸郎はまたくすくす笑っている。いつも表情に乏しいのに僕はよく笑われているような気がする。
「温」
 また無表情に戻る。いや、少し真面目な顔になっている。
「二十四、二十五と空けてくれる?」
「え?」
 つき合い始めてから初めてのクリスマス。この間ちょっとだけ、どうしようかという話になった。でもまだ何も決めてはいなかった。
「一緒に過ごしたいんだけど」
 自信なさげに視線を逸らしている。
「きみのうち、イベントごとは優が張り切ってるの知ってるんだけど」
「大丈夫! 僕も陸郎さ……と一緒にいたい!」
 優雅の名前が出てきたので、つい意気込んで大きな声を出してしまった。あ、と口を押さえて周りを見たけど誰も通らなかったのでほっとした。
「そう、良かった」
 逸らした視線を僕に向けて目を細めた。
「俺の誕生日にきみが選んでくれた店、あそこに行きたいと思ってる。やり直ししたい」
 陸郎の誕生日。僕は一人で誕生日ディナーを食べた。彼はそれをひどく申し訳なく思っていたのだ。埋め合わせはもうしてもらったのに。
「いいですね! 僕が予約する?」
「いや、俺がしておくよ。店は前にラインで送ってくれたからわかってる。今回は全部俺に任せてくれる? ――恋人いたことないから上手くエスコートできるかわからないけど」
 上手くなんかいかなくても陸郎からそう言ってくれたことにきゅんとなる。
「じゃあお願いします」
 ぺこっとして満面の笑みを浮かべた。
「そろそろ行くか」
 立ち上がって出入り口のほうに行くかと思えば、奥の木の茂ったところに連れて行かれた。
 不思議に思って陸郎の顔を見上げようとしたら、正面からぎゅっと抱きしめられた。
 こつんと僕の額に自分の額を当てて、
「ごめん、もう少しだけ」
 と囁いた。
 どきんっと心臓が跳ね上がる。
 陸郎が顔を傾けて僕の唇に自分の唇を押し当てる。お互い冷え切っているのに合わさると温もりを感じる。
 陸郎の舌先が唇の割れ目をつつく。入ってきたいのだとわかった。薄く開くと、すかさず入り込んできて僕の舌を絡め取る。
 こういうキスはまだ慣れてなくて心臓が壊れそうになるくらい音を鳴らすけど、すごく幸せな気持ちになった。

「あれ、ここ僕んちの近くだ」
 公園を出てまた手を繋ぎながら歩いてきた。そんなに離れていない場所なのに僕にはよくわからない道筋だった。陸郎はそこを淀みなく歩いていた。知っている場所に出た時には、陸郎の家のある曲がり角よりも僕の家のほうが近かった。
「よく知ってたね?」
「陸上やってた頃毎朝走ってたから、このへんのことはよく知ってる。今はもう走ってないけど」
 陸郎はもう早く走ったり、長い時間走ったりはできない。少し悲しくなった。
「家まで送っていこうか?」
「ううん。もうすぐそこだから。それに兄に見つかったりしたら面倒だし」
「そうだな。じゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
 背を向けて歩き始めても、お互い名残り惜しげに手を振りあった。

(あ~なんていうか……甘い甘いよ~)

 顔がにやけてしまうのが止められない。
 送ってくれるという陸郎の申し出を断ったのは、優雅に見られるかもしれないのが大きな要因だ。でも実は、平静を装っている顔が今にも崩れそうだったからだ。
 無表情でぶっきらぼうな陸郎が本当は優しいのを知っているが、恋愛事にはどこかストイックさを感じる。
 そういう印象だった。
 でも違った。彼は恋人にはこんなにも甘くなるんだ。
(でも……優雅には甘かったか……)
 恋人ではなかったけど。陸郎が好きな相手だった。
 陸上部を辞めても陸郎が優雅を送ってきていたのは、優雅がそうさせていたのだと、僕はずっと思っていた。今になって、あれは陸郎の意志でやっていたことに気づく。
(あー、変なことに気づいちゃった)
 少しもやっとした。
(でも! 今は僕の恋人だから!)
 悲しいことに未だにどこかで、優雅になんか負けないっ! と思っているのだ。



* *



「クリスマス、お泊りかぁ~」
 心はぽかぽかだったけど身体は冷え切っていたので、帰ってすぐに風呂に入った。
 暖房の効いた自室。ルームウェアでベッドの上に寝転んでいる。
 陸郎からの提案を思い返していた。まさか、そうくるとは思ってもいなかった。
(お泊りってことは、いよいよ……この間の続き?)
 いろいろ想像してしまい、ボッと顔が熱くなる。
「や、でも違うかも。陸郎さんはそんなつもりないかも~」
 思わずそう口に出してしまい、顔は完全にやけている。熱くなった頬を両手で押さえてごろごろとベッドの上を転がった。
 最後にはぼふっとうつ伏せになって考える。
 キスはもう何度もしている。
 それからその先も少し……。



* *



 先週の土曜日。
 初めて陸郎の家に遊びに行った。
 僕の家にも呼びたかったが、いつ優雅と会うかと思うとそれはできない。確実にいないとわかっている日でないと。