「温くんに話があるんだ」
その声はもう間近まで迫っていた。
そこまで近ければ顔も見えた。相変わらずの無表情だ。
「なんの話だよ」
「きみには関係ない」
静かだけどどこか圧のある声だ。
「関係あるよ、オレたちこれから温くんの誕生日を祝うんだから。邪魔されたくない」
やや声を荒げる。大きく腕を広げて、僕をそこから出させず、また陸郎にも踏み込まれないようにしている。いつもは軽いノリの洸も今は余裕がない様子だ。僕以上にピリピリとした緊張感が伝わってくる。
直球の威嚇に一瞬目を逸らしたが、再び僕らを真正面から見た。
「俺も温くんの誕生日を祝いに来た」
「陸郎さん……」
すぐに気持ちが追いつかない。気にしてここまで来てくれたのは嬉しい。でも僕を振ったのに……とも思う。喜んでいいのか怒っていいのか、自分自身にも分からなかった。
しかし、洸ははっきりと怒りを現した。
「今さら、なに言ってんだ。あんたにコイツの誕生日祝う資格あんのかよ」
「…………」
陸郎は無言で僕を見た。なんでこいつが知ってるんだ、と責められたような気がした。
「三瀬さん……あの……声が大きいです」
いくら人通りのあまりないとはいえ、絶対通らないとはいえない。それにスタッフが裏口から急に外に出てくるかもしれない。揉めているところを見られるのは非常に気まずい。
「あの……三瀬さん」
通せんぼしている洸の腕に触れた。
「僕、陸郎さんと話がしたいです」
「温くん! なんで!」
反論しようとして、僕の顔を見た。強い意志が伝わったのだろう。その後は続けず、腕を下ろした。
「三瀬さん、ごめんなさい」
洸の横をすり抜けて陸郎に歩み寄る。
「陸郎さん」
「温くん……」
お互い顔を見合わせ名前を呼ぶだけ。
もうずっとこんなふうに間近で彼の顔を見てなかった。それだけで胸がいっぱいになった。
そんな僕らの横を洸が足早に通り過ぎて行く。二、三歩先で立ち止まって振り返る。
「温くん! 誕生日おめでとう!」
そう言って手を振った彼の顔には、陸郎より先に言ってやった、という達成感のようなものがあった。
彼が走り去って行くのを僕らは黙って見送った。
* *
話があると言っていたのに。
「とりあえず帰ろうか」
その一言を言ったきりだった。電車に乗って一駅。地元の駅に着く。いつも一緒に帰る時の道筋を通り、とうとう陸郎の家の方向との別れ道に差しかかる。
そこまでずっと無言だった。
『誕生日を祝いに来た』という言葉に、少しは僕のことを気にしていてくれていたんだと、嬉しく思っていたのに。
でも、そんな気持ちもだんだんと萎んでいく。
「あの……じゃあ……さようなら……?」
そこで立ち止まったままの彼に、どうしていいかわからず、僕は別れの挨拶を言った。
僕がそう言っても無言のまま。
(結局……なんだったんだろう。あんなところまでわざわざ来たのに)
小さく溜息をついて背を向けた。
ふと腕時計を見ると十時を回っていた。心と一緒で今夜は少し寒いような気がする。
「待って」
背後から引き留める声が聞こえたかと思うと、背中に温もりを感じた。僕の腹の辺りに彼の両手がある。
「りくろー」
名前を呼ぼうとして陸郎の声が被さる。
「好きだ」
耳元で囁かれた言葉とは裏腹に、その声は少し苦しげ。
「え?」
その言葉自体はわかる。でもその意味を噛み砕いて、まだ心に到達していない。
その間に陸郎は離れ、今度は僕の手首を掴んだ。そして、歩いて来た道をもう一度戻っていく。それほど強い力ではないのに、振り払うことができずに彼に従った。
陸郎が連れてきたのは住宅街にある小さな公園だ。この辺りにはこういった小さな公園がいくつかある。
小さい頃にここで遊んだこともある。
そういえば、リビングで陸郎と優雅が眠っていたあの日、時間を潰したのもこの公園だったな、と懐かしく思う。
あの日僕は自分の性癖を確信し、陸郎への恋心も自覚したんだ。
(ここに座ればいいのかな)
この公園にはベンチが二つある。
陸郎が連れて来たのは灯りのあまり届かないほうのベンチだった。
僕は陸郎に手首を掴まれたままベンチに座った。そうすると、陸郎もほっとしたように手首を離し隣に座る。腕が触れ合うくらいに近い。こうやって隣に座る時、陸郎から近づいてくるのは初めてではないだろうか。
僕はさっきからずっと陸郎の言った言葉の意味を考えている。『好き』という言葉の一般的な意味はもちろんわかるけど。
(陸郎さんはどういう気持ちであの言葉を……)
陸郎がまた黙ったままなのでこちらから話しだすしかなかった。
「あの……さっきの……『好き』っていったい……どういう……」
膝の上に行儀よく乗っている自分の両手の甲を見つめながら、しどろもどろで言葉を紡ぐ。
僕の両手の上に陸郎が手を重ねた。そのままぎゅっと握る。
「俺、きみが……温くんが好きだ」
「……っ」
その言葉にぱっと顔を上げようとしたら、陸郎の顔がすぐ間近にあって、唇を掠めるような温もりを感じた。
それはすぐに離れていく。
「こういう意味で」
(え……っ。なに。今、ひょっとしてキスされた?)
ここはドキドキすべきなのだろう。しかしドキドキよりも衝撃が勝った。
そして、その後僕が取った行動は、周りを見渡すことだった。
この時間にこの公園にはあまり人がいることはないが、たまに近所の高校生くらいの子たちがいることもある。
幸い今は誰もいなかった。
僕は落ち着いて考えようとした。しかし考えれば考えるほど落ち着かなくなる。
「えっあのっりくろーさん? この間はごめんって言いましたねっ? あのごめんってどういう。ってか、僕のこと好きって」
その声はもう間近まで迫っていた。
そこまで近ければ顔も見えた。相変わらずの無表情だ。
「なんの話だよ」
「きみには関係ない」
静かだけどどこか圧のある声だ。
「関係あるよ、オレたちこれから温くんの誕生日を祝うんだから。邪魔されたくない」
やや声を荒げる。大きく腕を広げて、僕をそこから出させず、また陸郎にも踏み込まれないようにしている。いつもは軽いノリの洸も今は余裕がない様子だ。僕以上にピリピリとした緊張感が伝わってくる。
直球の威嚇に一瞬目を逸らしたが、再び僕らを真正面から見た。
「俺も温くんの誕生日を祝いに来た」
「陸郎さん……」
すぐに気持ちが追いつかない。気にしてここまで来てくれたのは嬉しい。でも僕を振ったのに……とも思う。喜んでいいのか怒っていいのか、自分自身にも分からなかった。
しかし、洸ははっきりと怒りを現した。
「今さら、なに言ってんだ。あんたにコイツの誕生日祝う資格あんのかよ」
「…………」
陸郎は無言で僕を見た。なんでこいつが知ってるんだ、と責められたような気がした。
「三瀬さん……あの……声が大きいです」
いくら人通りのあまりないとはいえ、絶対通らないとはいえない。それにスタッフが裏口から急に外に出てくるかもしれない。揉めているところを見られるのは非常に気まずい。
「あの……三瀬さん」
通せんぼしている洸の腕に触れた。
「僕、陸郎さんと話がしたいです」
「温くん! なんで!」
反論しようとして、僕の顔を見た。強い意志が伝わったのだろう。その後は続けず、腕を下ろした。
「三瀬さん、ごめんなさい」
洸の横をすり抜けて陸郎に歩み寄る。
「陸郎さん」
「温くん……」
お互い顔を見合わせ名前を呼ぶだけ。
もうずっとこんなふうに間近で彼の顔を見てなかった。それだけで胸がいっぱいになった。
そんな僕らの横を洸が足早に通り過ぎて行く。二、三歩先で立ち止まって振り返る。
「温くん! 誕生日おめでとう!」
そう言って手を振った彼の顔には、陸郎より先に言ってやった、という達成感のようなものがあった。
彼が走り去って行くのを僕らは黙って見送った。
* *
話があると言っていたのに。
「とりあえず帰ろうか」
その一言を言ったきりだった。電車に乗って一駅。地元の駅に着く。いつも一緒に帰る時の道筋を通り、とうとう陸郎の家の方向との別れ道に差しかかる。
そこまでずっと無言だった。
『誕生日を祝いに来た』という言葉に、少しは僕のことを気にしていてくれていたんだと、嬉しく思っていたのに。
でも、そんな気持ちもだんだんと萎んでいく。
「あの……じゃあ……さようなら……?」
そこで立ち止まったままの彼に、どうしていいかわからず、僕は別れの挨拶を言った。
僕がそう言っても無言のまま。
(結局……なんだったんだろう。あんなところまでわざわざ来たのに)
小さく溜息をついて背を向けた。
ふと腕時計を見ると十時を回っていた。心と一緒で今夜は少し寒いような気がする。
「待って」
背後から引き留める声が聞こえたかと思うと、背中に温もりを感じた。僕の腹の辺りに彼の両手がある。
「りくろー」
名前を呼ぼうとして陸郎の声が被さる。
「好きだ」
耳元で囁かれた言葉とは裏腹に、その声は少し苦しげ。
「え?」
その言葉自体はわかる。でもその意味を噛み砕いて、まだ心に到達していない。
その間に陸郎は離れ、今度は僕の手首を掴んだ。そして、歩いて来た道をもう一度戻っていく。それほど強い力ではないのに、振り払うことができずに彼に従った。
陸郎が連れてきたのは住宅街にある小さな公園だ。この辺りにはこういった小さな公園がいくつかある。
小さい頃にここで遊んだこともある。
そういえば、リビングで陸郎と優雅が眠っていたあの日、時間を潰したのもこの公園だったな、と懐かしく思う。
あの日僕は自分の性癖を確信し、陸郎への恋心も自覚したんだ。
(ここに座ればいいのかな)
この公園にはベンチが二つある。
陸郎が連れて来たのは灯りのあまり届かないほうのベンチだった。
僕は陸郎に手首を掴まれたままベンチに座った。そうすると、陸郎もほっとしたように手首を離し隣に座る。腕が触れ合うくらいに近い。こうやって隣に座る時、陸郎から近づいてくるのは初めてではないだろうか。
僕はさっきからずっと陸郎の言った言葉の意味を考えている。『好き』という言葉の一般的な意味はもちろんわかるけど。
(陸郎さんはどういう気持ちであの言葉を……)
陸郎がまた黙ったままなのでこちらから話しだすしかなかった。
「あの……さっきの……『好き』っていったい……どういう……」
膝の上に行儀よく乗っている自分の両手の甲を見つめながら、しどろもどろで言葉を紡ぐ。
僕の両手の上に陸郎が手を重ねた。そのままぎゅっと握る。
「俺、きみが……温くんが好きだ」
「……っ」
その言葉にぱっと顔を上げようとしたら、陸郎の顔がすぐ間近にあって、唇を掠めるような温もりを感じた。
それはすぐに離れていく。
「こういう意味で」
(え……っ。なに。今、ひょっとしてキスされた?)
ここはドキドキすべきなのだろう。しかしドキドキよりも衝撃が勝った。
そして、その後僕が取った行動は、周りを見渡すことだった。
この時間にこの公園にはあまり人がいることはないが、たまに近所の高校生くらいの子たちがいることもある。
幸い今は誰もいなかった。
僕は落ち着いて考えようとした。しかし考えれば考えるほど落ち着かなくなる。
「えっあのっりくろーさん? この間はごめんって言いましたねっ? あのごめんってどういう。ってか、僕のこと好きって」


