実はバイト、大学以外でも二回出かけたことがある。
「買い物つき合って」「観たい映画あるんだけど」
洸から誘われた。
洸の想いに応えられないのに出かけるのはどうかと思う。本当は断ったほうがいいに決まっている。でも彼に誘われるとなぜだか断れず、そして一緒にいると楽しいのだ。
彼は確かにガンガンぐいぐいはくるものの、「好きだ」とか「つき合ってくれ」などとはあの時以来口にしない。友だち感覚でいられるから気が楽なのだが、本当はそう思っちゃういけないんだろう。
「あ……あの人」
いつものように学食で洸と昼食を食べていた。
窓側の席で、窓に向かって座っている洸がぼそっと呟き、しまったという顔をする。
僕は不思議に思い、後ろを振り返った。
「……陸郎さん……」
そして横を歩いているのは優雅だった。二人は学食の前の道を通り過ぎて行き、こちらには目も向けなかった。
そのほうがよかった。僕ばっかり見てると思われるのも嫌だし、洸と一緒にいるのも見られたくなかった。
(まぁ……見られたところで陸郎さんはなんとも思わないんだろうけど)
沈んだ気持ちでアイスココアを啜る。陸郎の好きなコーヒーを好きになろうとするのも一旦やめていた。
「……隣にいたのって、もしかして、温くんの兄貴?」
洸はそう言ってからまた、しまった、みたいな顔をする。ついぽろっと口にしてしまったけど、僕が気分を害するとでも思ったのかもしれない。
「うん。そう。よくわかりましたね?」
僕は特に気にしていないふうに明るく言った。
「あ、うん。めっちゃ似てるから……ほんと、ひでぇな」
最後の言葉は小さい呟きだったけど僕の耳にも届いた。
(陸郎さんが僕を優雅の代わりにしていた……って思っちゃったかな)
『代わりにしていいよ』と言ったのは僕だ。最初の頃はそんな目で見られていたような気がする。でも実際に陸郎が優雅の代わりとして僕に接していたのか、本当のところはわからない。
なんとなく気まずい雰囲気になると、洸は残っていたどんぶり飯をガツガツと掻きこんだ。すべてなくなるとコップに入ったサービス用の水で流しこむ。
はぁと一息呼吸して、
「オレ、学祭でバスケの試合するから見に来てよ」
ついさっきまでの妙な空気がまるでなかったかのように、にっと笑う。
僕もつられて笑った。
「初耳。三瀬さん、バスケなんかやってたんですか? どことやるの?」
「バスケ部対バスケサークル」
桜葉大にはバスケ部とバスケサークルの両方がある。
「で、三瀬さんはどっちなんです?」
「サークルのほう」
「あ、チャラいほうですね」
大学のバスケットボール部はガチ勢で割と強いと有名だ。サークルや部活に興味のない僕でも知っている。もし洸が『部』のほうだったらバイトなんかやっていられないかもしれない。
「チャラい言うなよ~。一応真剣にやってるから」
サークルなんて名ばかりの遊んでるだけのところかと思えばそうでもないらしい。
「経験者ですか?」
「中、高とバスケ部だった」
「なんで『部』のほうに入らなかったんです?」
「レベルが高すぎた」
天井に向けた顔を手で覆い隠す。それがちょっと辛そうに見えたけど、すぐにぱっとこっちを向いた顔は元の明るい表情だった。
「二日目の十一時から体育館でやるから、見に来て! そんでその後学祭回ろ!」
僕がくすっと笑って、
「いいですよ」
と答えると、彼は手元で小さくガッツポーズをした。
「あと!」
「ん?」
「オレのこともそろそろ名前で呼んでくれてもいいんじゃない?」
その言葉に陸郎に対する対抗心が微かに見えたのは僕の思い過ごしだろうか。
「えーっと……」
なんて呼ぼうか考えていたら洸に誤解されてしまう。
「オレの名前知ってる?」
やや口を尖らせ気味にしている。
「知ってますよ。三瀬洸。えっと、じゃあ『洸さん』?」
「なんかよそよそしいっていうか、こそばゆい。もう一声! 呼び捨てでもいいし」
「さすがに年上の人を呼び捨てなんて……じゃあ、洸くんでいいですか?」
まだどこか不満そうだけど「うん」と頷いた。
「あと、タメ口でお願いします」
僕に向かって手を合わせる。
「すぐには無理ですよ、善処します」
(なんかこのくだり、前にも……)
陸郎と映画館デートした日のことを思い出す。
(あの時は……僕のほうから名前で呼んでいいか、訊いたんだっけ)
そのことを思い返して、ちくっと胸が痛んだ。
(なんだか、もうずいぶん前のことのように思える……)
* *
桜葉祭は十月四週目の金・土・日で行われる。
受験生だった僕は昨年の桜葉祭にも訪れていた。高校の文化祭とは比べものにならないほど賑やかで人も多いことに驚いたものだった。
今はその大学の学生の一人としてここにいることに感慨深いものを覚える。
とはいえ、僕はサークルにも入っていないので何も活動はしていなかった。模擬店やライヴなどで楽しんでいる彼らを見ると、僕の大学生活は少し損をしているのかもしれないと思った。
何もやることがないので一日目は学祭には来なかった。二日目の今日、洸との約束通りバスケの試合を見るために体育館へと向かった。
二階の観覧席は思ったよりも人がいて、注目度が高いことがわかる。たぶん『部』のほうだろうけど。
「温くん」
真下から呼ばれて見ると洸が手を振っていた。僕も手を振り返した。洸のように大声を出すのは恥ずかしい。口パクで「頑張って」と言い、小さくガッツポーズをする。それで通じたのか、さらに激しく手を振り返してくる。
「買い物つき合って」「観たい映画あるんだけど」
洸から誘われた。
洸の想いに応えられないのに出かけるのはどうかと思う。本当は断ったほうがいいに決まっている。でも彼に誘われるとなぜだか断れず、そして一緒にいると楽しいのだ。
彼は確かにガンガンぐいぐいはくるものの、「好きだ」とか「つき合ってくれ」などとはあの時以来口にしない。友だち感覚でいられるから気が楽なのだが、本当はそう思っちゃういけないんだろう。
「あ……あの人」
いつものように学食で洸と昼食を食べていた。
窓側の席で、窓に向かって座っている洸がぼそっと呟き、しまったという顔をする。
僕は不思議に思い、後ろを振り返った。
「……陸郎さん……」
そして横を歩いているのは優雅だった。二人は学食の前の道を通り過ぎて行き、こちらには目も向けなかった。
そのほうがよかった。僕ばっかり見てると思われるのも嫌だし、洸と一緒にいるのも見られたくなかった。
(まぁ……見られたところで陸郎さんはなんとも思わないんだろうけど)
沈んだ気持ちでアイスココアを啜る。陸郎の好きなコーヒーを好きになろうとするのも一旦やめていた。
「……隣にいたのって、もしかして、温くんの兄貴?」
洸はそう言ってからまた、しまった、みたいな顔をする。ついぽろっと口にしてしまったけど、僕が気分を害するとでも思ったのかもしれない。
「うん。そう。よくわかりましたね?」
僕は特に気にしていないふうに明るく言った。
「あ、うん。めっちゃ似てるから……ほんと、ひでぇな」
最後の言葉は小さい呟きだったけど僕の耳にも届いた。
(陸郎さんが僕を優雅の代わりにしていた……って思っちゃったかな)
『代わりにしていいよ』と言ったのは僕だ。最初の頃はそんな目で見られていたような気がする。でも実際に陸郎が優雅の代わりとして僕に接していたのか、本当のところはわからない。
なんとなく気まずい雰囲気になると、洸は残っていたどんぶり飯をガツガツと掻きこんだ。すべてなくなるとコップに入ったサービス用の水で流しこむ。
はぁと一息呼吸して、
「オレ、学祭でバスケの試合するから見に来てよ」
ついさっきまでの妙な空気がまるでなかったかのように、にっと笑う。
僕もつられて笑った。
「初耳。三瀬さん、バスケなんかやってたんですか? どことやるの?」
「バスケ部対バスケサークル」
桜葉大にはバスケ部とバスケサークルの両方がある。
「で、三瀬さんはどっちなんです?」
「サークルのほう」
「あ、チャラいほうですね」
大学のバスケットボール部はガチ勢で割と強いと有名だ。サークルや部活に興味のない僕でも知っている。もし洸が『部』のほうだったらバイトなんかやっていられないかもしれない。
「チャラい言うなよ~。一応真剣にやってるから」
サークルなんて名ばかりの遊んでるだけのところかと思えばそうでもないらしい。
「経験者ですか?」
「中、高とバスケ部だった」
「なんで『部』のほうに入らなかったんです?」
「レベルが高すぎた」
天井に向けた顔を手で覆い隠す。それがちょっと辛そうに見えたけど、すぐにぱっとこっちを向いた顔は元の明るい表情だった。
「二日目の十一時から体育館でやるから、見に来て! そんでその後学祭回ろ!」
僕がくすっと笑って、
「いいですよ」
と答えると、彼は手元で小さくガッツポーズをした。
「あと!」
「ん?」
「オレのこともそろそろ名前で呼んでくれてもいいんじゃない?」
その言葉に陸郎に対する対抗心が微かに見えたのは僕の思い過ごしだろうか。
「えーっと……」
なんて呼ぼうか考えていたら洸に誤解されてしまう。
「オレの名前知ってる?」
やや口を尖らせ気味にしている。
「知ってますよ。三瀬洸。えっと、じゃあ『洸さん』?」
「なんかよそよそしいっていうか、こそばゆい。もう一声! 呼び捨てでもいいし」
「さすがに年上の人を呼び捨てなんて……じゃあ、洸くんでいいですか?」
まだどこか不満そうだけど「うん」と頷いた。
「あと、タメ口でお願いします」
僕に向かって手を合わせる。
「すぐには無理ですよ、善処します」
(なんかこのくだり、前にも……)
陸郎と映画館デートした日のことを思い出す。
(あの時は……僕のほうから名前で呼んでいいか、訊いたんだっけ)
そのことを思い返して、ちくっと胸が痛んだ。
(なんだか、もうずいぶん前のことのように思える……)
* *
桜葉祭は十月四週目の金・土・日で行われる。
受験生だった僕は昨年の桜葉祭にも訪れていた。高校の文化祭とは比べものにならないほど賑やかで人も多いことに驚いたものだった。
今はその大学の学生の一人としてここにいることに感慨深いものを覚える。
とはいえ、僕はサークルにも入っていないので何も活動はしていなかった。模擬店やライヴなどで楽しんでいる彼らを見ると、僕の大学生活は少し損をしているのかもしれないと思った。
何もやることがないので一日目は学祭には来なかった。二日目の今日、洸との約束通りバスケの試合を見るために体育館へと向かった。
二階の観覧席は思ったよりも人がいて、注目度が高いことがわかる。たぶん『部』のほうだろうけど。
「温くん」
真下から呼ばれて見ると洸が手を振っていた。僕も手を振り返した。洸のように大声を出すのは恥ずかしい。口パクで「頑張って」と言い、小さくガッツポーズをする。それで通じたのか、さらに激しく手を振り返してくる。


