洸はコーヒーを飲みきった後の紙コップをくしゃっと潰した。その潰し方にも怒りが現れている。
(いやいや、そんな怒らなくても)
怒っていてもゴミはちゃんと裏口近くにあるゴミ箱に捨てに行った。彼は再び僕の横に並ぶ。
「そいつ……おまえの兄ちゃんのことが好きなんだろ、おまえのこと代わりとでも思っていたのかな」
ドキッ。心臓が跳ね上がる。陸郎に「代わりにしていい」と言ったことを知らないはずの洸の口から、そんな言葉が出てくるなんて思いも寄らなかった。
(やっぱ、三瀬さん、鋭いなぁ)
洸は憤ったまま続ける。
「だからってそんな……小さい子じゃあるまいし、男同士だって手を繋ぐことには意味があるってわからなくないだろ」
それはどうだろうか。
同性を好きにならない男だったら、もしかしたら『そんな意味』もなく手を繋ぐ、思わせぶりな人間もいるかもしれない。陸郎は、僕が本当は自分のことを好きだとは知らなかった。やっぱりあの時手を差しだしたのには、迷子になっちゃうぞ、以外の意味はなかったんだ。
(それを僕が勝手に期待して……告白なんかしちゃって……)
洸の言葉を聞きながら、さらにあれこれ自分で考えては落ちこんでいく。
「……やっぱさぁ……」
しばらく話が途切れていた後だった。ずっと地面を見ていた僕は「ん?」と顔を上げて洸の横顔に目を向けた。
突如として洸が身体を翻す。
ドンッと顔の両脇の壁に手をつき、僕を囲んだ。
壁ドンってやつだ。
(えっなにっ?? これは噂の壁ドンではっ?!)
目の前にイケメンの顔! という迫力に押されてあわあわしつつも、これが陸郎さんだったらなぁ、などと失礼なことを考えていると、
「オレにしなよ」
そんな真剣な声が聞こえた。
「えっ」
「オレとつき合おうよ」
顔ももちろん真剣だ。
「温くん、好みの顔だし素直で明るいところも好きだったけど、そんなふうにいじらしいところ知っちゃったら余計好きになっちゃったよ。温くんのこと傷つけてばかりのアイツなんかよりオレのほうがずっと大事にしてあげられる」
さっきまで陸郎のことを『あの人』と言っていたのに、すっかり『そいつ』だの『アイツ』だのに変わっている。だいぶ敵視していることが感じられた。
(ああ、そうだった………)
洸の態度にあまり変化がなかったのでうっかり忘れていた。
(僕三瀬さんに告白されてたんだっけ。どうりで自分のことでもないのに、陸郎さんに対してめちゃめちゃ怒りを感じているはずだよ)
告白の後も態度が変わらず、陸郎のことも普通に聞いてくるので、それほど真剣な告白ではなかったのかもしれないと思っていた。だからうっかり記憶の外に放り投げていた。
でも今は、かなり真剣なのだということが伝わってくる。
洸が真剣だから、僕も真剣に答える。
「三瀬さん、ごめんなさい。僕、まだ陸郎さんのこと諦めてないんです」
じっと彼の目を見つめた。
「温くん……」
洸は力尽きたようにへにゃと僕の肩に顎を載せた。彼の重みが僕の身体にのしかかってくる。といっても何かしようとしてるわけでもないようだった。
支えないとそのままずるずるその場に沈んでいってしまいそうだった。
「三瀬さん? どうしましたっ?」
ぽんぽんと背中を叩く。
「そっか……うん、じゃあオレも諦めない。オレはオレでこれからガンガンいくから」
「三瀬さん……」
(ほんと……この人を好きになれたら、僕は幸せになれそうなのに……)
諦めの悪い男二人はしばらくその場で身を寄せ合っていた。
* *
「陸郎さんのこと諦めてないんです」
洸にはそう言ったし、僕自身も心の底からそう思っている。
だけどあの時の『ごめん』でかなりのダメージを食らっていて、前みたいにガンガンいくことはできなくなった。というかもう、『ガンガン』どころか『ガ』すらいけてない。
夏休みも終わり後期の履修も済み本格的に授業が始まっても、僕は陸郎に会えていなかった。
あれから、連絡をしようと何度ラインを開いたことか。でもあの時の陸郎の顔、声が蘇ってきてすぐに閉じてしまう。だから陸郎にラインをするという日課も途切れてしまった。
もともと僕が連絡を入れて約束を取りつけていただけだ。陸郎のほうから連絡がくるはずもない。もちろん『お昼を一緒に』という約束もあれから果たされていない。
時折、カフェや学食に行くと、前によく二人で座っていた席に彼を見かけたことはあったが、そんな時は別のところに行ってしまう。
もう一度顔を合わせたら僕はどうするだろう。
泣いてしまうだろうか? 問いただしてしまうだろうか? 『恋人ごっこ』でもいいからと縋ってしまうだろうか。
どうなるかわからない自分が怖かった。
そして、陸郎は? 陸郎は僕にどんな顔をするのだろうか。
それも怖くて見かけても近づくことができなかった。
だから陸郎の履修の状況もわからず、前と同じ曜日に学校に来ているかもわからなかった。
僕はガンガンいけないでいるが、洸は宣言通りガンガンやってくる。
バイト先でも。大学でも。
バイトを始めた頃同じ大学だということもあり、洸の勢いに押されてラインを交換していた。しかしそれはずっとバイト連絡以外には使われていなかった。
それが最近はちょくちょく向こうから連絡がくるようになった。
他愛もないことや「明日お昼一緒に食べよ~」という誘いなどだ。
まるで陸郎のいない穴埋めのように、僕は洸と昼食を共にしている。
(っていうか、陸郎さん以上だよね!)
四年生より二年生のほうが授業数が多い。当然大学に来る日数も多いのだ。そういうわけでほぼ毎日のように昼食を共にしている。
(いやいや、そんな怒らなくても)
怒っていてもゴミはちゃんと裏口近くにあるゴミ箱に捨てに行った。彼は再び僕の横に並ぶ。
「そいつ……おまえの兄ちゃんのことが好きなんだろ、おまえのこと代わりとでも思っていたのかな」
ドキッ。心臓が跳ね上がる。陸郎に「代わりにしていい」と言ったことを知らないはずの洸の口から、そんな言葉が出てくるなんて思いも寄らなかった。
(やっぱ、三瀬さん、鋭いなぁ)
洸は憤ったまま続ける。
「だからってそんな……小さい子じゃあるまいし、男同士だって手を繋ぐことには意味があるってわからなくないだろ」
それはどうだろうか。
同性を好きにならない男だったら、もしかしたら『そんな意味』もなく手を繋ぐ、思わせぶりな人間もいるかもしれない。陸郎は、僕が本当は自分のことを好きだとは知らなかった。やっぱりあの時手を差しだしたのには、迷子になっちゃうぞ、以外の意味はなかったんだ。
(それを僕が勝手に期待して……告白なんかしちゃって……)
洸の言葉を聞きながら、さらにあれこれ自分で考えては落ちこんでいく。
「……やっぱさぁ……」
しばらく話が途切れていた後だった。ずっと地面を見ていた僕は「ん?」と顔を上げて洸の横顔に目を向けた。
突如として洸が身体を翻す。
ドンッと顔の両脇の壁に手をつき、僕を囲んだ。
壁ドンってやつだ。
(えっなにっ?? これは噂の壁ドンではっ?!)
目の前にイケメンの顔! という迫力に押されてあわあわしつつも、これが陸郎さんだったらなぁ、などと失礼なことを考えていると、
「オレにしなよ」
そんな真剣な声が聞こえた。
「えっ」
「オレとつき合おうよ」
顔ももちろん真剣だ。
「温くん、好みの顔だし素直で明るいところも好きだったけど、そんなふうにいじらしいところ知っちゃったら余計好きになっちゃったよ。温くんのこと傷つけてばかりのアイツなんかよりオレのほうがずっと大事にしてあげられる」
さっきまで陸郎のことを『あの人』と言っていたのに、すっかり『そいつ』だの『アイツ』だのに変わっている。だいぶ敵視していることが感じられた。
(ああ、そうだった………)
洸の態度にあまり変化がなかったのでうっかり忘れていた。
(僕三瀬さんに告白されてたんだっけ。どうりで自分のことでもないのに、陸郎さんに対してめちゃめちゃ怒りを感じているはずだよ)
告白の後も態度が変わらず、陸郎のことも普通に聞いてくるので、それほど真剣な告白ではなかったのかもしれないと思っていた。だからうっかり記憶の外に放り投げていた。
でも今は、かなり真剣なのだということが伝わってくる。
洸が真剣だから、僕も真剣に答える。
「三瀬さん、ごめんなさい。僕、まだ陸郎さんのこと諦めてないんです」
じっと彼の目を見つめた。
「温くん……」
洸は力尽きたようにへにゃと僕の肩に顎を載せた。彼の重みが僕の身体にのしかかってくる。といっても何かしようとしてるわけでもないようだった。
支えないとそのままずるずるその場に沈んでいってしまいそうだった。
「三瀬さん? どうしましたっ?」
ぽんぽんと背中を叩く。
「そっか……うん、じゃあオレも諦めない。オレはオレでこれからガンガンいくから」
「三瀬さん……」
(ほんと……この人を好きになれたら、僕は幸せになれそうなのに……)
諦めの悪い男二人はしばらくその場で身を寄せ合っていた。
* *
「陸郎さんのこと諦めてないんです」
洸にはそう言ったし、僕自身も心の底からそう思っている。
だけどあの時の『ごめん』でかなりのダメージを食らっていて、前みたいにガンガンいくことはできなくなった。というかもう、『ガンガン』どころか『ガ』すらいけてない。
夏休みも終わり後期の履修も済み本格的に授業が始まっても、僕は陸郎に会えていなかった。
あれから、連絡をしようと何度ラインを開いたことか。でもあの時の陸郎の顔、声が蘇ってきてすぐに閉じてしまう。だから陸郎にラインをするという日課も途切れてしまった。
もともと僕が連絡を入れて約束を取りつけていただけだ。陸郎のほうから連絡がくるはずもない。もちろん『お昼を一緒に』という約束もあれから果たされていない。
時折、カフェや学食に行くと、前によく二人で座っていた席に彼を見かけたことはあったが、そんな時は別のところに行ってしまう。
もう一度顔を合わせたら僕はどうするだろう。
泣いてしまうだろうか? 問いただしてしまうだろうか? 『恋人ごっこ』でもいいからと縋ってしまうだろうか。
どうなるかわからない自分が怖かった。
そして、陸郎は? 陸郎は僕にどんな顔をするのだろうか。
それも怖くて見かけても近づくことができなかった。
だから陸郎の履修の状況もわからず、前と同じ曜日に学校に来ているかもわからなかった。
僕はガンガンいけないでいるが、洸は宣言通りガンガンやってくる。
バイト先でも。大学でも。
バイトを始めた頃同じ大学だということもあり、洸の勢いに押されてラインを交換していた。しかしそれはずっとバイト連絡以外には使われていなかった。
それが最近はちょくちょく向こうから連絡がくるようになった。
他愛もないことや「明日お昼一緒に食べよ~」という誘いなどだ。
まるで陸郎のいない穴埋めのように、僕は洸と昼食を共にしている。
(っていうか、陸郎さん以上だよね!)
四年生より二年生のほうが授業数が多い。当然大学に来る日数も多いのだ。そういうわけでほぼ毎日のように昼食を共にしている。


