兄の親友と恋人ごっこしています



* *



 ちょっと浮かれすぎてたのかもしれない。
 もしかしたら……なんていう期待を持ってしまった。

「陸郎さん……僕、陸郎さんのこと、ずっと前から……中学生の時から好きでした。僕は『恋人ごっこ』じゃなくて、本当の恋人になりたいんです」

 この時の僕の顔からは経験豊富な仮面はすっかり剥がれ、声も震えていた。誰かに告白をすることが初めてだということを、彼にもわかっただろうか。
 彼は僕から目を逸らし、そして、言った。

「ごめん……」



* * 



「それでどうなったわけ?」
「どうって……聞きます、それ?」


 八月が終わっても大学はまだ始まらず、僕はあの花火の日のことを忘れたいかのように、いつもより多くバイトを入れていた。このファミレスのスタッフの中には大学生も多く、帰省のため普段より人数が減っているので、いくらでも入れる感じだ。

 陸郎とはあの日以来連絡を取っていない。
 
 陸郎に会うより前に洸に会ってしまうのは仕方のないことだ。
 花火大会の日以降初めてシフトが重なり、退勤時間が一緒になった今日。午後十時過ぎ、ファミレスの裏口横の壁に寄りかかって話をしている。

 更衣室で着替えをしている時だ。
「花火大会行ったんだろ」
 と洸が話を振ってきた。花火大会に行くことは前にちらっと話をしていて、それを覚えていたらしい。
「行きましたよ」
「あの人と行ったんだ?」
「そうですね」
「へぇ~花火どうだった?」
 ちょうど着替え終えて洸を見ると、彼はもう着替え終わっていた。興味津々というような顔をしているが、わずかに心配げな表情が滲んで見える。
 きっと聞きたいのは花火のことではないだろう。
「外で話します?」
「いいよ。あ、コーヒー貰ってくか」
 更衣室の隣が休憩室でそこにはスタッフ用にコーヒーなどが用意されている。洸はコーヒーと言ったが、僕は自分で持ってきていたペットボトルで充分だった。
「温くん、コーヒー苦手なんだっけ。苦手なのにあの人の好みに合わせようとするとか涙ぐましいよね」
 そういえば前にカフェで会った時カフェラテを飲んでいたのを見られていたな、と思いだす。
「いいじゃないですか、別に」
 
 僕は裏口から出て壁に寄りかかると水を一口飲んだ。洸も隣で紙コップに入ったコーヒーを啜る。
「花火大会楽しかったですよ」
 僕はあの日のことを話し始めた。
 屋台で食べ物を買ったこと、はぐれそうになって手を繋いで歩いたこと。会場から離れた海辺でシートを敷いて座ったことなどなど。
 僕が陸郎のことを好きだと洸は知っているから全部話してもいいかなと思った。
 
 「ふぅん、ずいぶん楽しそうだな。良かったじゃん」
 最初はかなり興味津々だった洸が今はなんだか面白くなさそうな顔をしている。
(男同士のこんな話聞いても面白くはないだろうけど、なんだかそれも違うような)
「――で、最後に告白でもしたの?」
 どきっとした。
 別にそこまで話すつもりはなかったのだけど。
「実は……しました」
「えっ、ブッ」
 自分で訊いたくせにめちゃくちゃ驚いている。ちょうどコーヒーを一口飲んでいたところで、ブッと吐きだしそうになったのをどうにか留めた。
 それを横目で見ながら。
「僕、ドリーミング・パークに行ってから、陸郎さんのことやっぱり好きだなって再確認したんです。だから、告白しようと決めました。本当はずっと好きでした、本物の恋人になりたいんですって」
「陸郎さんって呼んでるんだ」
 ぼそっと呟きが聞こえてくる。
「ってか、本物の恋人って?」
 そう訊かれて、うっかり余計なことを口走ってしまったことに気づく。
(あ、そうだった。兄の代わりだの、『恋人ごっこ』だのってことは三瀬さんには言ってなかったんだった!)
「えっと、だから。僕は彼のことが好きだから、一緒にいる時も恋人だったらなぁっていつも考えてて、そうじゃなくて本物の恋人になりたいなぁって」
 なんとかごまかせたろうか。まったくの嘘でもないし。
「そうか……それで告白したんだ」
「ドリーミング・パークの後も告白しようと何度か会ったんですが、結局いつも言いだせなくて。花火大会、始終良い雰囲気だったんですよね……だから、今度こそって思って、花火が終わって陸郎さんが立ち上がろうとした瞬間に引き止めて……」
「――それでどうなったわけ?」
「どうって……聞きます、それ?」
 ここまで聞かされては聞きたくなるのも当然であるが。
「一言……ごめんって」
「え……なんだ、それ」
 僕がその時呆然としたように、洸も呆然としていた。
「僕も……何がごめん、なのか……そういうつもりはなかったとか……」
『恋人ごっこ』のままでいいとか。これは洸には言えない。
「もう会わない……とかもなく。その後は無言のまま二人で帰りました」
 話しているうちにその時の切ない気持ちがぶり返してきてちょっと涙ぐんでしまう。
「泣くなよ……」
「泣いてません」
「……やっぱ、ひどいよな。花火大会に二人で行く――のはまだいいとしても、手を繋いだりとか、期待させておいて」
 洸はかなり憤慨しているようだった。『お泊り』のことは話さなくて正解だった。あの時のことを話していたらもっと怒るだろう。