兄の親友と恋人ごっこしています

 
 花火大会は海岸で行われる。
 開始は午後七時からだが、五時半に待ち合わせをしてぼちぼち歩いて会場についたのは六時過ぎだった。
 会場には観覧席が設けられていて、もう既に人で埋めつくされている。その付近には屋台も出ていた。
「わあ~すごい人ですね、屋台も出るんですね」
 市内の花火大会だが会場まで来るのは初めてだった。自宅にいると音が聞こえ、ちらっと花火が見える。
「僕、ここに来たの初めてです」
「俺もだ」
 賑やかしいのが似合わない陸郎はたぶんそうだと思ったけど。
(優雅と行ったことがあるとか、言われなくて良かった)
「観覧席は料金払うみたいですよ」
 来る前にネットで調べた。事前予約が必要で、しかも競争率が高いらしい。
「らしいな」
 陸郎も調べてくれてたらしいということに、ほっこりする。
「会場から離れるか」
「ですね――あ、屋台で何か買っていきましょうか」
 僕らは焼きそばとたこ焼きの屋台にそれぞれ並んだ。
 平然と話しているように見えるが僕の心臓はかなりどきどきしていた。
(今日こそ告白する……陸郎さんずっと、好きでした……)
『ずっと好きでした』を心の中で何度も反芻する。
 焼きそばを無事購入するとその先で陸郎がもう待っていた。
「お待たせしました。えっと、どうします?」 
 観覧席以外もこの辺りは人が多い。
「もうちょっと離れたところに行こうか」
「ですね!」
 ほんの二、三分だったのに、隣を歩いていたはずがふと気づくと陸郎がいなかった。
「あれ? 陸郎さん」
 立ち止まってきょろきょろしていると人混みの中に彼が手を振っているのが見えた。
「温くんっ!」
 陸郎にしては大きな声で呼んでいる。
 僕は走って彼に近づこうとしたが、なかなか進めないし、やたらと人にぶつかる。何度か謝りながらやっと陸郎に辿り着いた。
「ごめんなさい。花火大会の人出なめてました~」
 はぁと一息つく。
 再び隣を歩こうとすると目の前に手が差しだされた。
「?」
 不思議に思い陸郎の顔を見る。
「また離れるといけないから」
(こ、これは手を繋いでくれるってことでいいですかっ)
 めちゃくちゃ嬉しくなって手を伸ばしたが、途中で止まって辺りを見回す。
「でも……陸郎さんはいいんですか?」
 人に見られることを気にしないのか? という意味の問いを彼は正しく理解したようだった。
「誰も見ていないよ」
 僕は大きく頷いた。
 今までみたいに本当の気持ちを隠すみたいに、経験豊富そうに見せるみたいに、そんなところは微塵もなく本気で嬉しい気持ちがきっと顔に出ているだろう。
(陸郎さん、少しは期待していいかな)

 海岸は人が多くて歩きづらく、少し進んでから。
「あっち歩こうか」
 陸郎が海岸の横を走る車道に顔を向けて示した。車道に沿って歩道もある。
「そうですね」
 ちょうどガードレールが切れて歩道に出られるところだった。ここもそれなりに人は通っているものの海岸ほどごった返してはいない。
(もう……手を離したほうがいいかな……)
 もぞっと手を動かそうとすると陸郎の手も動いた。ああ、やっぱり離すのかなと思ったら、今度は恋人繋ぎに変えてぎゅっと力を込めてくる。
(ええっ。このまま手を繋いでいていいの? しかも恋人繋ぎ)
 片手にはお互い買ったたこ焼きと焼きそばの袋をぶら下げて、片手はお互いの手をぎゅっと握りしめて歩道を歩いていく。もしかしたら誰かに見られているかもしれない、そんなことが頭に浮かばないくらいふわふわした気持ちになった。

「花火始まった……この辺でいいか」
 花火大会会場からはだいぶ離れ、背後で花火の音が聞こえ始めていた。
 海岸に下りられる場所を見つけて陸郎が言った。
「そうですね――あ、なんか買っていきます?」
 自販機が目に入ると、飲み物を何も持っていなかったことに気づく。
「そうだね」
 それぞれ飲み物を買い、海岸へと下りて行く。
 暗い海辺にはまばらに人影が見えた。
 この辺りは夜空に上がる花火はもちろん見えるものの、水面に作ってある仕掛け花火が見えない。たぶんそのせいでそれほど人が多くないのだろう。
 僕らはあまり周りに人がいないようなところに用意してきたシートを敷いて、腰を下ろした。
 夜空に咲く色とりどりの花火。
 大きな菊の花のような花火。柳のように垂れる花火。ハート型。星形。
 二人で目を奪われていた。
「綺麗」と僕が何度も口にするとその度に「ああ」と陸郎が頷いた。
 一旦空に上がらなくなる。おそらく水上の仕掛け花火の時間なのだろう。
 その途端思いだしたように。
「腹減った!」
「ほんと!」
 顔を見合わせて笑い合う。
 お互いの間にたこ焼きと焼きそばを置いて、シェアして食べ始めた。
(こういうのってめちゃめちゃ恋人感あるよね)
 最初に陸郎から手を繋いでくれたことや、歩道に出てから改めて恋人繋ぎしてくれたことを考えても、陸郎も僕のことを少しは好きになってくれたんじゃないだろうか。
 ついそういう期待をしても仕方のない状況だと思う。
 食べている間にまた打ち上げ花火が始まる。
 男二人が食べるにはちょっと量が少なかったろうか。あっという間に食べ終わってしまった。
(花火終わったらまた何か食べに行ってもいいかな)
 ペットボトルのピーチティーを飲みながらうきうき考える。ふと見ると陸郎がシートの上に手をついていた。僕はどきどきしながらその手の上にそっと手をのせる。
 手が振り払われることもなく、さり気なく去っていくこともなく、花火が終わる頃には肩がお互い触れ合うくらいに寄り添っていた。

「花火、終わったな」
「綺麗でしたね」
「ああ」
 シートから陸郎が立ち上がろうとする。
 僕は陸郎の腕を掴んで引き留めた。
「温くん?」
 引き留めたまま何も言わないものだから不思議そうに見つめてくる。

「……陸郎さん、あのね……」