兄の親友と恋人ごっこしています

 僕が歯磨きを終え寝る支度を整えた頃、陸郎はもう既にベッドに潜りこんでいた。仰向けになって目を閉じている。でもまだ眠ってはいないだろう。
「灯り消しますね」
「……ああ……」
 酷く眠そうな声で答える。
 二つのベッドの間にある壁に備えつけてある灯りをごく淡く点け、他はすべて消灯した。
 僕は上から陸郎を見下ろした。
(さぁ! 驚けっ)
 悪戯を仕掛ける子どもみたいなわくわくした気持ちになって、僕は陸郎の隣に潜りこんだ。
「おじゃましまーす」
 陸郎の身体がぴくっと振動し、天井を向いていた顔がぱっとこちらを向いた。もちろん目はぱっちりと開いている。
「温くん……」
 何を言っていいのかわからないようだ。それほど驚いているのだろう。
「一緒に寝ましょう! だって僕たち恋人同士ですもんね~」
 彼の背に手を回し、ぎゅっと抱きついた。
(陸郎さん、どうする~?)
 どうせ追いだされるだろうと踏んでいた。そう思っているからこその行動だ。
「きみ、さっき『ごっこですけどね』って言ったよね?」
「言いましたね~」
 楽しくなってきて、僕はふふふっと笑いを漏らした。
「――後悔するなよ」
 不穏な呟きが聞こえたかと思うと、まだ仰向けたままだった身体をごろりと僕に向かって横向きにした。
「えっ」
 陸郎の呟きも行動もすぐに理解できず、気づいた時にはぎゅっと抱きこまれていた。顔が彼の胸に密着する。
「いいよ、このまま寝ようか。俺たち恋人同士だもな」
「ええーっ、陸郎さんっそんな、冗談ですよねっ」
 取り繕うこともできず、めちゃめちゃ動揺をみせてしまう。
「何慌ててるの? 誰かと寝るのは初めて?」
 腕が少し緩くなったのでちらっと上を見ると探るような陸郎の眼差しにぶつかった。
(試してるの?)
 そうだ、僕は経験豊富という設定だった。こんなことで動じてはいけない。
「そんなことないですよ。じゃあこのまま寝ましょうか」
「ああ」
 その相槌には笑いが混じっているように感じた。
「じゃあ、おやすみ」
 そう言って僕の頭上にキスを落とした。
「~~~~!!」
 仕返ししてやろうと思ったことを僕は激しく後悔した。まさか陸郎がこんなことをしてくるとは。
 僕の耳は陸郎の心臓に近く、聞こえてくる彼の心音は少し早いようだ。彼も少しは何かしらを感じてくれているのだろうか。しかしそれは数分後にはゆっくりめになり、やがて頭上から微かな寝息が聞こえてきた。
(マジかっ。寝ちゃったよっ)
 陸郎と違って僕の心臓はまだ煩いままだ。
 裸の腕に抱きこまれ、密着した鼻先は彼の『香り』を感じている。
 それはけして嫌な香りではなく、彼自身の体臭。石鹸の匂いと少し汗の匂い。それから煙草の匂い。彼は一度部屋を出て一階の喫煙所に行っていた。どこに行くとは言っていなかったが、帰って来た時に微かに匂っていた。
 それらすべてが大人の香りのような気がしてどきどきする。
(こんなの眠れるわけない)
 眠っているのに陸郎は僕を離さない。
(こんな、本当の恋人同士みたいな)
 頭は沸騰しそうだし、身体も熱くなってくる。
(……っ)
 僕の身体は少し反応していた。
 慌てて陸郎の様子を窺う。寝息が聞こえたままなのにほっとした。
(なんでっこんな……っ)
 と思っても、そんなのはわかりきっている。
 僕が陸郎を好きだから。好きな相手にこんなふうに抱きしめられていたら誰だって反応する。
 しかし今ここで自分で慰めるわけにはいかない。動けば陸郎が起きてしまう。そうしたらバレる可能性が高い。
 僕を抱きしめてきた陸郎の身体は、すごく冷静でなんの反応もなかった。それはきっと陸郎が僕のことをそんなふうに見ていないからだ。僕の身体だけが反応しているのを知られたら、穴があったら入りたいどころの騒ぎではないだろう。
 とにかく気を鎮めてと目を瞑り、無になろうとしたけれど。
 浮かんでくるのは、僕に触れてくる陸郎の大きな手。指先で唇に触れ、首筋を下りてくる。僕は何も着ていなくて、その裸の胸を熱い掌が撫でる。そして、腹を下りて……。
 僕は今まで誰ともつき合ったことがない。セックスどころかキスすらしたことがない。だからすべて想像で、元ネタはBL漫画だ。
 だけどこれまでは自分のこととして想像したこともなかったんだ。
『恋人ごっこ』をしようと言いだした頃、陸郎に対しての『好き』が憧れに近いものなのか、それともセックスも込みでの『好き』なのか考えた。その頃は前者のほうだった。
 でも、今は。
 陸郎に触れてほしいの『好き』なのだと、はっきり自覚してしまった。

(陸郎さん……好き……でも……陸郎さんは、今でも優雅のことが好きなの……?) 

 その切なさは熱くなった身体を鎮めるには充分だった。