兄の親友と恋人ごっこしています

 水族館ではかなり遠慮してしまったけど、こういう非現実的な世界にいるとだんだんと大胆になってくる。
 水族館の時よりもぐっと近くに並び、コースター系のアトラクションの時には怖い振り――というより、実際怖いのでぎゅっと陸郎にしがみついたりもした。
 彼は少しも嫌がらない。これも『埋め合わせ』なのかと思うとちらっと切ない気持ちも過(よ)ぎるけど。でもここぞとばかりに恋人気分を満喫する。
 陸郎が遊園地系のところに来るのは小学生以来だと言ってたが、どうやらコースター系には強いらしく少し表情が明るくなる。もしかしたら、空を飛ぶような感覚が棒高跳びで飛ぶ感覚を思い起こさせているのかもしれない。
 一つアトラクションに乗るのに一時間ほど並ぶものもあったが、並んでいる時間もいつもより話が弾んだ。一つ乗り終える度に休憩を取り、飲み物や軽食などを摘む。
 偶然行き当たったパレードも休憩と称して楽しんだ。僕は周りの人たちの様子を見ながら手だけを動かし少しだけダンスに参加した。それを陸郎が微笑みながら眺めているのにすごくドキドキしてしまった。 


 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
 閉園時間は十時だが僕らはその二時間ほど前にドリーミング・パークを後にした。
 夜空に花火があがる音。
 出口前の広場で僕らはそれを見ていた。
「出ちゃってよかったのか? まだいてもいいんだよ?」
「いいんです、もうたくさん楽しみましたから」
 でもほんの少しだけ名残り惜しい気持ちもあったけど。
 ちょうど花火の時間でここまでは見ていこうという人も多いのか、出口付近は人がまばらで僕は自然に陸郎の手を取った。陸郎も握り返してくれる。
(ほんと、夢の世界だったな……まだ余韻が残っている今だからこそ陸郎さんもこうやって手を繋いでくれるんだろうな……)
 幸せな気分だった。
 そして、僕らは駅に――は行かず、近くのホテルに向かうシャトルバスの発着所に向かった。

 そう。
 そうなのだ、実は今回のテーマパークデートはお泊まりプランなのだ。

 それを言いだしたのは僕ではない。
『埋め合わせをする』と陸郎が言った日にこのドリーミング・パークに行くことが決まったわけなのだが、その数日後優雅に邪魔されず一緒に昼食を食べていた日に。
「どうせなら泊まっていく? 近くにオフィシャルホテルとかあるんだろ」
 行くと決まってからどうやら陸郎もいろいろ調べてくれたらしい。
「え……冗談ですか?」
 すぐには信じられなかった。しかし陸郎は冗談でそんなことを言うタイプでもなかった。
「本気……ですか?」
「近場だけど、夏休みの旅行とでも思えばいいんじゃないか。夏休みの旅行なんて子どもの頃家族と行ったきりだけど」
 そんなことはたいしたことじゃない、と陸郎は言いたいのだろうか。僕だけが重く、意味あるものに感じただけ。少し恥ずかしい気持ちになる。
「あ……もちろん、温くんがいやじゃなければ、だけど」
 僕はすっかり頭が冷えた。にこっと笑って、
「いやなはずないじゃないですか。そうですね、そのまま混み混みの電車に乗って帰るより泊まって翌日ゆっくり帰ったほうがいいですよ、陸郎さんのためにも」
 そう答えた。
(ごめん、陸郎さん。たぶんそんなつもりで言ったわけじゃないんだろうけど)
 陸郎さんの足のためにと自分に言い訳をしたかった。そうじゃないといろいろ勘違いをしそうだから。
「……そういうことじゃないんだけどな……」
 ぼそっと彼が言ったことは聞こえないことにした。


 泊まりで行くことはこの間洸と話した時には言っていない。話してもいいかと思ったが、あの勢いだと話せばもっと陸郎のことを悪く言うような気がしたからだ。

 
 泊まったことのない綺麗で夢のあるホテルだ。
 そこかしこにドリーミング・パークのキャラクターが描かれていて、売店でもグッズが置いてある。まだあの夢の世界の続きのようでテンションが上がる。
 もう既にサイトでのWEBチェックイン済みで、先に送った荷物だけを受け取って部屋に直行する。部屋は十一階建ての建物の七階だ。
 スマホに鍵(キー)がインストールされていて、ドアノブの下の部分に翳すと開くシステムになっている。
 陸郎がやっているのを見て「へー」とか「ほー」とか感心の声を上げてしまい、くすっと笑われてしまった。
 中に入るとごく普通の綺麗な部屋だった。予約したのは陸郎で、キャラクターコンセプトの部屋もあるのだがさすがに陸郎もそこまでは考えなかったのだろう。
(まぁ男二人でキャラクターの部屋は……ないよね。彼女とかと一緒なら別だけど)
 室内には大画面のテレビや備品の入ったローチェスト、窓側にテーブルセット。それからベッドが二つ。
 これもごく普通のツインのベッドだけど一つ一つのベッドが、自分の部屋にあるようなごく一般的なベッドよりも広めで二人でも寝られそうだな、と考えたら急にそわそわするような気持ちになった。
(いやいや、一人ずつ寝るから!)
 心の中で自分にツッコんだ。
「温くん、どっちがいい?」
 そんなことを考えているとは知る由もない陸郎が何の感慨もない表情で聞いてくる。僕だけがドキドキしていた。
「あ、そうですね。じゃあ、窓側のほうに」
「了解」