兄の親友と恋人ごっこしています



* *



 十三時に改札前に待ち合わせ。
 二つ先の駅で降りて、ショッピングモールで遊ぶ。
 その後一駅戻って歩いて海岸に出る。
 十八時から『セレニタ』でディナー。


 朝から何度も考えて自然とうきうきしている。
 そしてもう一人同じようにうきうきしている人間がいた。
 洗面所を使おうとしたら先に使われていた。ドアを開けて壁に寄りかかって見ている。
(いつ終わるんだろう)
「なんだ温、お前も出かけるのか?」
「お兄ちゃんも?」
「ああ、九時くらいに出る。夜はいらないよ」
 鏡を見ながら丁寧に髪をセットしている。
「ずいぶん早いね、デート?」
「さぁ、どうかな。お前は?」
 ふふっと意味ありげに笑う。
「僕は午後から出かけるから、また後にするよ」
 僕はその場から離れた。
 

 この時なんとなく胸の中に靄が広がるような感じがしたんだ。でも『そんなこと』はありえないと、僕は気づかなかったことにした。



* *



 優雅が慌ただしく出ていくのを眺めながら、デートでも行くのかなと呑気に考えていた。
 僕も朝からそわそわしていて出かけるまでに時間があるのにもう身支度を整えようとしていたけど、バタバタしている優雅を見ていたら逆に気持ちが落ち着いてしまった。
 自室でショッピングモールやセレニタのサイトを見たり、セレニタ近辺の画像を見たりしていた。どうやら駅からセレニタまでの道のりは、クリスマスとか関係なく一年中イルミネーションで飾られ密かに恋人たちの散歩道のようになっているらしい。
 陸郎と並んで歩く姿を想像しながらにやついていると着信音がした。

 本当に嫌な予感ほど当たるものはない。

「え? 電話?」
 普段陸郎から電話で連絡がくることはない。ラインも僕からすることがほとんどで彼はそれに返信をする。彼からくるのはたいてい断りの連絡だ。
 電話でくるなんて余程の急用だろうか。
(もしかして……具合でも悪くなったんじゃ……)
 そのほうがどんなに良かったか。
「陸郎さん、おはようございます。どうしました?」
 内心のどきどきを悟られないように明るい声で言う。
「ごめん、今日ちょっと用事ができてっていうか……陸上部の連中が押しかけてきて、用事あるからって言っても聞かなくて」
 そんな申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
(陸上部の……)
 確かになんだか傍でがやがやと騒がしい。
 浮かんだのは今朝の優雅だ。
 たぶん陸郎にとって、一番一生懸命で一番輝かしくて楽しかった時代の仲間だ。僕なんかよりもずっとずっと大事なはず。
 優雅は陸郎が断れない状況を作ったんだ。
 頭が真っ白になった。
「今日……だめなんですか?」
 もう明るい声なんて出せない。経験豊富でどんなことも動揺しない自分は演じられない。
「……いや、夕方までにはなんとか抜けだすから」
 いろいろ計画していたことを陸郎は知らない。だから仕方ないんだ。
「じゃあ、夜予約しているお店の住所送りますね。時間は18時からです」
「ありがとう。必ず行くから」
 それを聞いてから僕は通話を切った。陸郎はまだ何か言おうとしていたような感じもするが、もう何も聞きたくなかった。
「必ず……か」
 それもどうなるかわからないなと思っている。
(やっぱり偽物より本物のほうを選ぶよね、普通)
 

 僕は最初の待ち合わせの時間に駅に行き、自分の立てた計画通りに行動した。
 もちろん独りで。
 途中何度もバカみたいと思った。でもやめられなかった。
 運がいいのか悪いのか、梅雨の晴れ間。今日の天気は良すぎるほど良い。お陰でもし雨が降ってたらどうしようかと思っていた海岸まで行けてしまった。
(どうせ暇だしね)
 自分に言い訳をする。
 十七時四十五分にセレニタの前に着く。
「かわいい~おしゃれ~」
 外観もお洒落な店だ。写真でも見たが実際はもっと素敵だった。
(こんなとこでお誕生日のお祝いできたら良かったのに……)
 そう思っているところがもう既に諦めが入っている。
 十七時前に一回連絡が入った。


『ごめん、もう少しかかりそう』
『わかりました。待ってます』


 そんなやり取りもしたけど。


(さすがにそろそろ……)
 そう思ったのは予約時間三分前。僕は一人店の中に入った。
 内装は木のぬくもりを感じさせる材質。オレンジ色の灯りも温かみが感じられる。一番奥の壁の前には大きな釜らしきものがあり、あそこでピザを焼くのだろうと想像させる。
 恋人たちが過ごすのに相応しいお洒落な店だ。もちろんすでに食事を始めている客の中には家族連れや友だち同士らしいグループもいる。
 奥に長く伸びていく店内の左右は両方ともに大きな窓があり外の景色が楽しめる。左は今僕が歩いて来た並木道。右は海岸だ。そして両方の窓に向かっているお一人様用の席がいくつか用意されている。
(お一人様でも気兼ねなく楽しめるように……)
 そんなことをなんとなく感じていたら「いらっしゃいませ」と若い女性のスタッフが出迎えてくれた。
「あの、六時から予約している咲坂です」
 こんなことを言うのは人生初で身体がかちこちに緊張している。声にもぎこちなさが現れているに違いない。
「お待ちしておりました。咲坂様、二名様ですね」
 そう確認されて、うっとなる。
(どうしよう……もう来る可能性のほうが低いのに)
 でも、と思った。
(もしかしたら……もうすぐ……)
「すみません、一人遅れるのですが」
「承知いたしました。ではお席にご案内いたしますね」
 彼女はにっこりと微笑み席まで案内してくれた。