「なんだか揉め始めたからそのまま置いてきた」
「はあ」と大きな溜息を吐く。心底疲れた様子だ。
「お疲れ様です」
僕のことなんて放っておいてもいいのに僕の為に好きな男と言い合いをし、その上好きな男とその彼女が一緒にいるのを見るのはさぞ辛いだろう。僕は彼に同情した。
(でもやっぱり少し嬉しい。だって優雅より僕のほうを選んでくれたんだから。昨日は優雅を選んだけど)
「陸郎さん」
「ん?」
「はいご褒美。あーん」
僕は突如そんなことをしたい気持ちになり、自分の皿から手つかずのサンドウィッチを陸郎の口の前に差しだした。
陸郎が応えるとは思ってなかった。「いらない」と言われるか、いいとこ手で受けとるかのどちらかだろうと。
それなのに。
少し考えているような間のあと彼はパクっとサンドウィッチを食む。途中で噛みちぎって咀嚼する。
冗談のつもりで差しだした僕自身が吃驚して固まってしまった。彼が咀嚼しているのを黙って見つめる。
口の中のものを飲みこんだ彼は再び口を開ける。僕をも食べそうな勢いで残りのサンドウィッチに噛みついた。彼の歯が手を離すタイミングを外した僕の指に少し当たった。
「ぅ……っ」
慌ててサンドウィッチを離すと、それは陸郎の口の中にすべて消えていった。
強く噛みつかれたわけでもないのに歯が触れた指が熱を持っているかのように熱く、心臓は煩く鳴り響いている。
「ごちそうさま」
最後にぺろっと舌を出す陸郎に初めて見るような色気を感じ、思わず視線を逸らしてしまった。
(はぁ……『あーん』の破壊力すごすぎるっ)
どきどきはまだ止まらないけど、僕は何事もなかったように残りのサンドウィッチを食べる。全部食べきったころには少し落ち着いてきた。
「優雅は……矢尾さんとは別れてなかったのかな……」
独り言だった。
「さあ……どうだろう」
陸郎に言うつもりじゃなかったけど、聞こえてしまったみたいで、その声で初めて気づいた。彼の声は平坦でどんな気持ちがこめられているのかわからない。
(……陸郎さんはどう思っているんだろう。やっぱり彼女と別れてたほうが嬉しい?)
さすがにそんなことは訊けなかった。
「あの……陸郎さん。僕が強引にした約束だから、用事ができたら気にせずにそっち優先でもいいです。連絡しなくても来なかったら適当にやってますから……その……兄とでも……」
眉間に皺が寄りそうになるのをぐっと押さえてにこっと笑った。そんなこと何でもないというように。
陸郎は僕の表情を読み取ろうとしてるかのように見つめてきた。それからぼそっと言った。
「……でもやっぱり友だちより恋人優先だろ」
「え?」
(なに今の? えーっと冗談? それとも友だちから『恋人ごっこ』に昇格した?)
僕はそれを都合の良い幻聴ということにして突っこむのはやめた。さっき僕が言ったところまで脳内を巻き戻して。
「お昼はいいけど……28日の約束だけはドタキャンはなしで」
上目遣いに精一杯可愛く言ってみた。
* *
六月二十八日は陸郎の誕生日だ。
都合良く土曜日でお互い授業もない。これは会わない手はないだろう。
恋人たちにとってお互いの誕生日は当然ビッグイベントだろう。僕ももちろん陸郎の誕生日は祝いたい。
(これが最初で最後になるかもしれない。その可能性のほうが高い)
さて何をしようと考えたが、それよりまず約束を取りつけなければ。
僕はさっそく陸郎にラインした。
『こんばんは。今日は会えなくて寂しかった』
『陸郎さん、二十八日って用事ありませんか?』
『とくにないけど』
『ならデートしましょう』
既読はついたが、すぐに返信は返ってこなかった。
(あれ? やだったかな?)
やや不安になっていると通知音が鳴った。
『俺の誕生日だな』
『気を遣わせてるなら』
そこで一旦止まった。なんて送ろうか悩んでるのだろうか。
『恋人の誕生日をお祝いしたくない人なんていませんよ』
経験ありな感じで。実際は恋人なんていなかったので祝ったこともない。
『あ、代わりですけどね』
あくまで兄の代わりにという体を崩さない。
『そう』
『こめん』
何に対してのごめんだろうか。
『その日は空けておくよ』
『楽しみにしてる』
『はい』
『楽しみにしててください』
『時間とか場所とか決めたら連絡します』
ぐっと親指を立てているスタンプを送った。
スマホを閉じてほっと溜息を吐く。
(OK貰えてよかった~。直接言ってるわけじゃないのに、めっちゃ緊張した)
手汗まで掻いてる自分におかしくなった。
「さてどうしよう」
例のか条書きノートのまた新しいページを繰り、トントンとシャーペンの先で叩く。
「何かプレゼントをあげる?」
『プレゼント』とノートに書いた。しかしその後が進まない。
陸郎の欲しいもの。陸郎の好きなもの。
まだ全然わかってない自分がいて、それが悲しい。
(でも……)
と思う。
水族館でお揃いのものを買いたかったけど諦めた時のことが思い浮かんだ。
(形あるものをプレゼントしても、いつかそれがただの思い出になってしまうなら……)
そう考えるとあげないほうが良いのかも知れない。陸郎はどうかわからないが、僕自身が悲しい。
「コーヒーショップのギフト券とかならいいかな」
陸郎はコーヒーが好きだし、ギフト券なら使えばなくなる。
「我ながらいいアイデア!」
ははは……と空笑いを漏らす。
「あとは……ディナー。バイト代が入ったあとだし、ちょっと奮発して」
そう考えてたらちょっと気分が上がった。
「はあ」と大きな溜息を吐く。心底疲れた様子だ。
「お疲れ様です」
僕のことなんて放っておいてもいいのに僕の為に好きな男と言い合いをし、その上好きな男とその彼女が一緒にいるのを見るのはさぞ辛いだろう。僕は彼に同情した。
(でもやっぱり少し嬉しい。だって優雅より僕のほうを選んでくれたんだから。昨日は優雅を選んだけど)
「陸郎さん」
「ん?」
「はいご褒美。あーん」
僕は突如そんなことをしたい気持ちになり、自分の皿から手つかずのサンドウィッチを陸郎の口の前に差しだした。
陸郎が応えるとは思ってなかった。「いらない」と言われるか、いいとこ手で受けとるかのどちらかだろうと。
それなのに。
少し考えているような間のあと彼はパクっとサンドウィッチを食む。途中で噛みちぎって咀嚼する。
冗談のつもりで差しだした僕自身が吃驚して固まってしまった。彼が咀嚼しているのを黙って見つめる。
口の中のものを飲みこんだ彼は再び口を開ける。僕をも食べそうな勢いで残りのサンドウィッチに噛みついた。彼の歯が手を離すタイミングを外した僕の指に少し当たった。
「ぅ……っ」
慌ててサンドウィッチを離すと、それは陸郎の口の中にすべて消えていった。
強く噛みつかれたわけでもないのに歯が触れた指が熱を持っているかのように熱く、心臓は煩く鳴り響いている。
「ごちそうさま」
最後にぺろっと舌を出す陸郎に初めて見るような色気を感じ、思わず視線を逸らしてしまった。
(はぁ……『あーん』の破壊力すごすぎるっ)
どきどきはまだ止まらないけど、僕は何事もなかったように残りのサンドウィッチを食べる。全部食べきったころには少し落ち着いてきた。
「優雅は……矢尾さんとは別れてなかったのかな……」
独り言だった。
「さあ……どうだろう」
陸郎に言うつもりじゃなかったけど、聞こえてしまったみたいで、その声で初めて気づいた。彼の声は平坦でどんな気持ちがこめられているのかわからない。
(……陸郎さんはどう思っているんだろう。やっぱり彼女と別れてたほうが嬉しい?)
さすがにそんなことは訊けなかった。
「あの……陸郎さん。僕が強引にした約束だから、用事ができたら気にせずにそっち優先でもいいです。連絡しなくても来なかったら適当にやってますから……その……兄とでも……」
眉間に皺が寄りそうになるのをぐっと押さえてにこっと笑った。そんなこと何でもないというように。
陸郎は僕の表情を読み取ろうとしてるかのように見つめてきた。それからぼそっと言った。
「……でもやっぱり友だちより恋人優先だろ」
「え?」
(なに今の? えーっと冗談? それとも友だちから『恋人ごっこ』に昇格した?)
僕はそれを都合の良い幻聴ということにして突っこむのはやめた。さっき僕が言ったところまで脳内を巻き戻して。
「お昼はいいけど……28日の約束だけはドタキャンはなしで」
上目遣いに精一杯可愛く言ってみた。
* *
六月二十八日は陸郎の誕生日だ。
都合良く土曜日でお互い授業もない。これは会わない手はないだろう。
恋人たちにとってお互いの誕生日は当然ビッグイベントだろう。僕ももちろん陸郎の誕生日は祝いたい。
(これが最初で最後になるかもしれない。その可能性のほうが高い)
さて何をしようと考えたが、それよりまず約束を取りつけなければ。
僕はさっそく陸郎にラインした。
『こんばんは。今日は会えなくて寂しかった』
『陸郎さん、二十八日って用事ありませんか?』
『とくにないけど』
『ならデートしましょう』
既読はついたが、すぐに返信は返ってこなかった。
(あれ? やだったかな?)
やや不安になっていると通知音が鳴った。
『俺の誕生日だな』
『気を遣わせてるなら』
そこで一旦止まった。なんて送ろうか悩んでるのだろうか。
『恋人の誕生日をお祝いしたくない人なんていませんよ』
経験ありな感じで。実際は恋人なんていなかったので祝ったこともない。
『あ、代わりですけどね』
あくまで兄の代わりにという体を崩さない。
『そう』
『こめん』
何に対してのごめんだろうか。
『その日は空けておくよ』
『楽しみにしてる』
『はい』
『楽しみにしててください』
『時間とか場所とか決めたら連絡します』
ぐっと親指を立てているスタンプを送った。
スマホを閉じてほっと溜息を吐く。
(OK貰えてよかった~。直接言ってるわけじゃないのに、めっちゃ緊張した)
手汗まで掻いてる自分におかしくなった。
「さてどうしよう」
例のか条書きノートのまた新しいページを繰り、トントンとシャーペンの先で叩く。
「何かプレゼントをあげる?」
『プレゼント』とノートに書いた。しかしその後が進まない。
陸郎の欲しいもの。陸郎の好きなもの。
まだ全然わかってない自分がいて、それが悲しい。
(でも……)
と思う。
水族館でお揃いのものを買いたかったけど諦めた時のことが思い浮かんだ。
(形あるものをプレゼントしても、いつかそれがただの思い出になってしまうなら……)
そう考えるとあげないほうが良いのかも知れない。陸郎はどうかわからないが、僕自身が悲しい。
「コーヒーショップのギフト券とかならいいかな」
陸郎はコーヒーが好きだし、ギフト券なら使えばなくなる。
「我ながらいいアイデア!」
ははは……と空笑いを漏らす。
「あとは……ディナー。バイト代が入ったあとだし、ちょっと奮発して」
そう考えてたらちょっと気分が上がった。


