兄の親友と恋人ごっこしています

「誰か待ってるの? もしかして彼女とか?」
 洸はバイト先の先輩の中でも話しやすく、仕事はできるし教え方も丁寧だ。加えて同じ大学ということで他の人よりも親しみを感じている。一緒に働くのにはやりやすい相手だった。
 しかしたまについていけないノリの時もある。
(あーでも、僕も陸郎さんに対してはこういうノリの時もあるな。本当の僕はそんな性格じゃないのに)
 もっともっとずっと重い。でも重いノリではこの『恋人ごっこ』はできないのだ。
「いえ、誰も待ってませんよ」
「ほんとに~?」
「ほんとですって」
「じゃあ、オレここに座ってもいい?」
 そう言った時にはもう既に前に座っていた。
「どうぞ」
(きっともう陸郎さんは来ない)
「僕お昼まだなんで買ってきます」
 そう言って立ち上がると「あ、オレも」と洸も立ち上がった。席取りの為お互い荷物を置いて財布だけを持っていく。
 数分後にそれぞれトレイを持ってテーブルに向かう。
「お前それだけなの? 足りんの?」
 皿に盛られたお洒落なサンドウィッチを覗きこんでくる。洸はオムライスとホットドッグだ。
「ここちょっと高いじゃないですか。先に飲み物も買ったしこれで充分ですよ」
 と言いつつ、最後の授業の後半にはたぶんお腹を鳴らしているだろう。
(陸郎さん来ないなら学食でもよかったなぁ。学食の丼もののほうが安いし)
「バイト代あるだろー」
「いいんですよ」
 そんな言い合いをしながらテーブルに辿り着く。

「温くん」
 背後から再び声をかけられる。勿論隣に立っている男ではなく、今度こそ間違いなく。
「陸郎さん」
 ぱっと表情が変わるのが自分でもわかって慌てて今までの顔に戻そうとする。
「良かった、まだいた。連絡できなくてごめんな――あ、友だちと一緒だった?」
 陸郎が珍しいものを見るような目で僕の隣の男を見る。そういえば僕が誰かと一緒にいるところに彼が遭遇したことはないかもしれない。
「あ、ほんとに待ち人いたんだ。彼女じゃなかったけど」
 本当に思ったことをすぐ口にする男だなと思った。
「え? 彼女?」
 当然意味がわからず困惑する。
「じゃあ、オレは別のとこに行くよ」
「別に」
 一緒でもいいとでも、陸郎は言おうとしたんだろう。それを遮るように。
「そうしてください」
 と被せた。
「温くん冷たっ」
 でも洸はまったく嫌な顔もせずに教科書の入ったトートバッグを肩にかけて去って行った。
「いいのか?」
「いいんですよ、気にする人じゃないんで」
「そう……えっと、ここいいか?」
 洸が座ろうとした席を差す。本当なら僕の向かいには陸郎が座るはずだったのに、今のやり取りのせいか遠慮がちに訊いてくる。
「もちろんですよ」
「友だち?」
 陸郎は僕の前に座るとちらっと洸の去っていった方向に目を向ける。もう洸の姿は人混みに紛れて見えなくなっていた。
「あ、バイト先の先輩です」
「仲いいのか?」
「ええ、まあ。ちゃらそうに見えますがけっこう丁寧に教えてくれるし、同じ大学の二年生だからってことでバイト先では一番話すようになって……」
 世間話のようなノリで訊いてきたんだと思った。僕もそんな感じで軽く答えながら、陸郎を見るとどことなく浮かない顔をしていた。
「どうしました?」
「いや、温くんが友だちといるのを見たことがなかったなって」
「いやだな、僕にだって友だちいますよ」
 陸郎が苦笑いをする。
「そうだよな」
(ほんとにどうしたんだろう? もしかしてちょっとは気にしてくれてる?)
 ちょっと嬉しくなったけど。そんなわけないかと、すぐに打ち消した。
「陸郎さんお昼いいんですか?」
 彼が何も買ってこないのが気になった。
「ああ、そうだな」
 陸郎は一旦席を離れてコーヒーを持って戻ってきた。
「あれ、コーヒーだけでいいんですか? お昼まだなんですよね」
「ああ……なんか疲れちゃってもういいかな」
 その言葉通り陸郎は本当に疲れた顔をしている。
 僕は一口サンドウィッチを齧りそれが口からなかなると、
「どうかしたんですか? 兄と……何かありました?」
 そう訊ねた。
「俺、優と一緒だったって言ったっけ?」
 コーヒーを啜りながらやっぱり疲れたような声を出す。
「いえ……でも、お昼に来ないのってだいたい……というか、ほぼ百パーセント兄じゃないですか」
 自分で言っておいてその事実に切ない気持ちになる。でも悲しい顔は絶対しない。
 陸郎のほうはやや複雑そうな顔をしていた。何を考えているのか、しばらく僕の顔を見ていた。
「今日はゼミ室の外で待ってた」
(優雅のヤツ~~)
 怒りを感じたがもちろん何でもありませんみたいな顔で、サンドウィッチを口の中に放りこむ。
「昼一緒に食べようって言うから先に約束があるからって断った。でも彼奴、せっかく来たのにって言って引かなくて、しばらく言い合いになって」
「あ、そういえば今日は兄、授業がない日でしたね」
「ああ」と苦笑。
「わざわざ来たのにって」
(なんて、押しつけがましい!)
「でも昨日も約束破ったろ? だから」
 陸郎は本当に真面目だ。僕が勝手に作った約束なのに。本来なら破っても文句は言えない。でも一度承知したことだから罪悪感が湧いてしまうのだろう。
「そんなことしてたら今度は矢尾さんが来て」
「矢尾さん? 兄の彼女? 元カノ?」
 実際には別れたかどうかの確認はしてなくて、状況からして僕の中では別れたことになっていた。