何故かめちゃめちゃ怒り口調の優雅。
「うん、たまに大学でお昼一緒に食べてる」
たまにというか、陸郎が大学に来ている時はほとんどだけど。そこまで言うこともないかと省略する。
「それだけ?」
「それだけだけど?」
(なんか執拗いなぁ)
いつになくねちっこい言い方に、本当は夕食を共にしたり今度映画を観に行くことになってることは言わないほうがいいなと判断した。
「今日は?」
「今日?」
「だから、『恋人たちの森』にいたろ」
恥ずかしい名称を言うの二度目。何がそんなに気になっているんだろう。
「うん。あれは松村さんも僕も二限が休講になって偶然カフェで遭遇したんだ。そしたら松村さんが散歩でもする? って言ってくれて、あそこへ。『恋人たちの森』って初めて行ったよ」
陸郎のほうから誘ってくれて嬉しかったのが滲みでる。
「陸が?」
「うん」
返事をする声も弾む。
「ほんとに陸から言ったのか?」
なんでか同じ質問を繰り返す。
「そうだけど」
訝しんで優雅の顔を見ると疑いの眼差しを向けられていた。
(なんでそんな顔してんの)
「『恋人たちの森』に?」
三度目。
何故そんなに念を押すのだろうかと少しイラッとする。
「そうだってば」
(何をそんなに……)
と思ってはっとする。
『恋人たちの森』と呼ばれているからといって別に恋人たちだけが行くわけではない。一人でだって友人同士だって行ってもいいわけだ。それなのに優雅がそれほど気にしているのは、陸郎が自分に告白をしたからだ。陸郎が男を好きになる人間だと頭にあるからだ。陸郎と『恋人たちの森』に行く男は『友人』ではなく『恋人』ではないかと疑っているに違いない。
(まぁ、本気で僕が松村さんの恋人だって疑っているわけじゃないと思うけど)
「お兄ちゃん執拗い。本当に松村さんから誘ってくれたんだよ。僕が行ったことない場所だからじゃない?」
「……お前、あんまり陸に迷惑かけんなよ」
その言葉にはさすがにかちんっときた。
「はぁ? 入学式の時に松村さんに僕の案内頼んだのお兄ちゃんのほうじゃん、勝手なことばかり言うなよ」
僕は一口残ったドーナツを口に放りこみ、アイスココアを持って立ち上がった。
「なんだって?!」
優雅のほうも怒りを露わにした。そんな彼の横をさっと通り抜け、足早に階段へと向かう。
「温っ!」
怒鳴るように名前を呼ばれても僕は振り向かなかった。
「なんだ優雅のヤツ、あんなに怒って」
僕らはけして仲の悪い兄弟ではない。というよりケンカするほど接触もないのだ。一緒に遊んだ記憶は優雅が小学生の間だけ。その後は優雅のほうが忙しく、顔を合わせるのは食事の時だけという日も多かった。それも優雅が大学生になってからはかなり少なくなっていて、ケンカもしようがないというのが本音だ。さっきみたいに言い合うことは思い返してもなかったような気がする。
「松村さんのこと振ったくせに」
それだからこそ今の僕と陸郎の関係があるわけなんだけど。
(振ったけど松村さんが他の誰かと一緒にいるのを見るのが嫌とか? 自分のことを一番に考えて欲しいとか? あるある、絶対あるよ~あの兄なら)
薄気味の悪さにふるっと身体が震えた。
「陸」
兄が松村のことを呼ぶ時の呼び方を真似てみた。
(そういえば優雅の口から松村さんの名前が出るの久しぶりだな)
「陸……か」
もう一度呼んでみた。
「いいな……僕も名前で呼んでみたいな。絶対そのほうが恋人感出るよね。松村さんは僕が優雅の弟だから会った時から『温くん』って呼んでるし」
さっきまでの怒りはどこへやら。自分の考えたことにテンションがあがる。
僕は例のノートを開き、またつけ加える。
『名前で呼ぶ』
* *
「松村さん……ホラー好きなんですか?」
「好き……というか、今この時点で観てみたいのがこれだったんだけど……温くんホラー、ダメだった?」
「そんなことないですよー、楽しみですね」
予定通り駅で待ち合わせをして軽く昼食を取り、映画館へ。看板を観ながら何を観ようか悩む。男同士で少女漫画原作の恋愛物を観るのはどうかと思うし、子どもの多いアニメも年齢的に合わない。観てもいいかなぁって作品は時間が合わなかったり。
そしたら。
「これにする?」
と陸郎が指差したのがホラーだった。しかもジャパニーズホラー。海外のスプラッターや怖い人形が出てくるものよりも日本のホラーのほうが怖いと僕は思っている。
つまり、僕はホラーが苦手だ。
でも陸郎には言えなかった。ホラーが苦手なんか情けないし、何しろ陸郎が選んだものだ。
(大丈夫。大丈夫。ホラーなんて。それに口コミじゃ怖くないって書いてあった!)
チケットを買ってから少しの間にネットで調べた。
だけど。まだ始まる予告の前からもうどきどきしている。
そしていよいよ始まり……。
(うぎゃ~誰だよ、怖くないって書いたヤツ。めっちゃ怖いじゃないか~)
思わず隣の肘掛けに甲を向けて置いてあった陸郎の手を握った。
(あ、いけない)
と離そうとした瞬間、くるっと陸郎の手が反転した。甲を向いていたのが掌に変わりぎゅっと握り返された。
(松村さん……)
恐怖からのどきどきは別のどきどきに変わったけど。それは一瞬だけですぐに目の前を流れる映像に慄いた。
「まつ……り……りく……っ」
彼の腕にぎゅっとしがみついて目を瞑った。
「温くん、やっぱりホラー駄目だったんだね」
映画館の入っているショッピングモールのフードコートで一息をつく。
「すみません、なんかご迷惑かけちゃって」
結局あれからラストまでぎゅうぎゅう腕にしがみついていた。
「言ってくれれば他のにしたのに」
アイスコーヒーを飲みながら労るような眼差しを向けてくる。
「うん、たまに大学でお昼一緒に食べてる」
たまにというか、陸郎が大学に来ている時はほとんどだけど。そこまで言うこともないかと省略する。
「それだけ?」
「それだけだけど?」
(なんか執拗いなぁ)
いつになくねちっこい言い方に、本当は夕食を共にしたり今度映画を観に行くことになってることは言わないほうがいいなと判断した。
「今日は?」
「今日?」
「だから、『恋人たちの森』にいたろ」
恥ずかしい名称を言うの二度目。何がそんなに気になっているんだろう。
「うん。あれは松村さんも僕も二限が休講になって偶然カフェで遭遇したんだ。そしたら松村さんが散歩でもする? って言ってくれて、あそこへ。『恋人たちの森』って初めて行ったよ」
陸郎のほうから誘ってくれて嬉しかったのが滲みでる。
「陸が?」
「うん」
返事をする声も弾む。
「ほんとに陸から言ったのか?」
なんでか同じ質問を繰り返す。
「そうだけど」
訝しんで優雅の顔を見ると疑いの眼差しを向けられていた。
(なんでそんな顔してんの)
「『恋人たちの森』に?」
三度目。
何故そんなに念を押すのだろうかと少しイラッとする。
「そうだってば」
(何をそんなに……)
と思ってはっとする。
『恋人たちの森』と呼ばれているからといって別に恋人たちだけが行くわけではない。一人でだって友人同士だって行ってもいいわけだ。それなのに優雅がそれほど気にしているのは、陸郎が自分に告白をしたからだ。陸郎が男を好きになる人間だと頭にあるからだ。陸郎と『恋人たちの森』に行く男は『友人』ではなく『恋人』ではないかと疑っているに違いない。
(まぁ、本気で僕が松村さんの恋人だって疑っているわけじゃないと思うけど)
「お兄ちゃん執拗い。本当に松村さんから誘ってくれたんだよ。僕が行ったことない場所だからじゃない?」
「……お前、あんまり陸に迷惑かけんなよ」
その言葉にはさすがにかちんっときた。
「はぁ? 入学式の時に松村さんに僕の案内頼んだのお兄ちゃんのほうじゃん、勝手なことばかり言うなよ」
僕は一口残ったドーナツを口に放りこみ、アイスココアを持って立ち上がった。
「なんだって?!」
優雅のほうも怒りを露わにした。そんな彼の横をさっと通り抜け、足早に階段へと向かう。
「温っ!」
怒鳴るように名前を呼ばれても僕は振り向かなかった。
「なんだ優雅のヤツ、あんなに怒って」
僕らはけして仲の悪い兄弟ではない。というよりケンカするほど接触もないのだ。一緒に遊んだ記憶は優雅が小学生の間だけ。その後は優雅のほうが忙しく、顔を合わせるのは食事の時だけという日も多かった。それも優雅が大学生になってからはかなり少なくなっていて、ケンカもしようがないというのが本音だ。さっきみたいに言い合うことは思い返してもなかったような気がする。
「松村さんのこと振ったくせに」
それだからこそ今の僕と陸郎の関係があるわけなんだけど。
(振ったけど松村さんが他の誰かと一緒にいるのを見るのが嫌とか? 自分のことを一番に考えて欲しいとか? あるある、絶対あるよ~あの兄なら)
薄気味の悪さにふるっと身体が震えた。
「陸」
兄が松村のことを呼ぶ時の呼び方を真似てみた。
(そういえば優雅の口から松村さんの名前が出るの久しぶりだな)
「陸……か」
もう一度呼んでみた。
「いいな……僕も名前で呼んでみたいな。絶対そのほうが恋人感出るよね。松村さんは僕が優雅の弟だから会った時から『温くん』って呼んでるし」
さっきまでの怒りはどこへやら。自分の考えたことにテンションがあがる。
僕は例のノートを開き、またつけ加える。
『名前で呼ぶ』
* *
「松村さん……ホラー好きなんですか?」
「好き……というか、今この時点で観てみたいのがこれだったんだけど……温くんホラー、ダメだった?」
「そんなことないですよー、楽しみですね」
予定通り駅で待ち合わせをして軽く昼食を取り、映画館へ。看板を観ながら何を観ようか悩む。男同士で少女漫画原作の恋愛物を観るのはどうかと思うし、子どもの多いアニメも年齢的に合わない。観てもいいかなぁって作品は時間が合わなかったり。
そしたら。
「これにする?」
と陸郎が指差したのがホラーだった。しかもジャパニーズホラー。海外のスプラッターや怖い人形が出てくるものよりも日本のホラーのほうが怖いと僕は思っている。
つまり、僕はホラーが苦手だ。
でも陸郎には言えなかった。ホラーが苦手なんか情けないし、何しろ陸郎が選んだものだ。
(大丈夫。大丈夫。ホラーなんて。それに口コミじゃ怖くないって書いてあった!)
チケットを買ってから少しの間にネットで調べた。
だけど。まだ始まる予告の前からもうどきどきしている。
そしていよいよ始まり……。
(うぎゃ~誰だよ、怖くないって書いたヤツ。めっちゃ怖いじゃないか~)
思わず隣の肘掛けに甲を向けて置いてあった陸郎の手を握った。
(あ、いけない)
と離そうとした瞬間、くるっと陸郎の手が反転した。甲を向いていたのが掌に変わりぎゅっと握り返された。
(松村さん……)
恐怖からのどきどきは別のどきどきに変わったけど。それは一瞬だけですぐに目の前を流れる映像に慄いた。
「まつ……り……りく……っ」
彼の腕にぎゅっとしがみついて目を瞑った。
「温くん、やっぱりホラー駄目だったんだね」
映画館の入っているショッピングモールのフードコートで一息をつく。
「すみません、なんかご迷惑かけちゃって」
結局あれからラストまでぎゅうぎゅう腕にしがみついていた。
「言ってくれれば他のにしたのに」
アイスコーヒーを飲みながら労るような眼差しを向けてくる。


