兄の親友と恋人ごっこしています


* *



「六月二十八日は蟹座か」
 家に帰ってさっそくネットで調べる。
「冷静でクール、情に厚い繊細な内面。感情表現が苦手、か。なんか合ってるような気がする」
 ふふっと思わず笑みが零れる。
(僕は蠍座だから……)
「蟹座と蠍座って相性いいんだ!」
 少し声が大きくなってしまい、周りをきょろきょろする。自室だし他には誰もいないのはわかってるけど。突然誰かが入って来ることもある。今日は珍しく優雅もいたし。
 星座での性格や相性が絶対に当たってるとは思わないけど、よく書かれていれば信じたくもなる。
 今めちゃくちゃ楽しい気分だ。
「今日はいろいろ話せたなしなぁ」
 箇条書きを書いたノートの新しいページに新たに記した。誕生日、血液型。身長体重。自分の調べた星座も追加。
「まぁ最後のほうは優雅の話になっちゃって微妙な雰囲気になっちゃったけど」
 楽しい気持ちが少しだけ下がった。
「またいろいろ聞いてみよう。僕から話しかければけっこう話してくれるし」
 下がった気分を無理矢理上げる。
「あとは」
 箇条書きは思いつくまま書き加えている。

『手を繋ぐ』
『腕を組む』

「めちゃ恋人っぽい~。でも大学内じゃちょっとムリかな」
 学校外で? と考えてみる。
(とりあえず外に出なきゃだな――今度夕食にでも誘ってみようかな。大学外で食事! いいじゃんいいじゃん)
 自分の考えにテンションが上がる。
(でも、まだ親しくするようになって間もないのに早いかな?)
 また考えこむ。
(ま、いいか! 今の僕は空気読めない強引に事を運ぶヤツだ)
 実際の自分はここまで強引な人間じゃない。でも陸郎に対してはこういう性格だと見せかけなきゃならない。無理矢理『恋人ごっこ』を始めるような。

 僕はさっそく陸郎に連絡してみることにした。


『こんばんは』
『今日楽しかったです』
『今度食事でもしませんか?』
『あ! 大学の外でですよ!』



* *



 オリエンテーションも履修も終わり本格的に授業が始まった四月の四週目。ゴールデンウイーク前の金曜日。
 金曜日は五限まであり終了は十八時五十分。それから駅前かもしくは地元の駅前まで戻るか。夕食にはよい時間だろう。

「すみません、お待たせしてしまって」
 駅から桜葉大を往復する公共のバスがあり、そのロータリーのベンチに陸郎は座っていた。
「お疲れ様」
 彼は街灯で本を読んでおり、僕が近づいて声をかけると腰を上げた。
「バスもうすぐ来るよ」
 駅に向かう停留所を指差す。僕らはその列の最後尾に並んだ。
「松村さん、ゼミ四限で終わりでしたよね。だいぶ待たせてしまったんじゃないですか?」
「いや、さっきまで残って調べものしてたから。それなりにやることはあるから、気にしなくていい」
 僕が申し訳なさそうに言ったので気を遣ってくれたのだろう。
 ぶっきらぼうな言い方に聞こえるけど、僕には陸郎の優しさが伝わってきた。
 

 帰りのことも考えてとりあえず地元の駅まで戻った。ここからなら歩いても三、四十分くらいで自宅まで戻れる。
 たいして目玉になるようなものもない地味な街だが、ゴールデンウィーク前の週末となれば多少は賑わっているようだ。
(さてどこに入ろうか)
 誘ったはいいが無計画だった。少し前まで高校生だった僕がお洒落な店なんか知るはずもなく、せいぜいファミレスかカラオケくらいなものだ。
「松村さんどこかよいところありませんか?」
 結局陸郎に振った。
「そうだね……」
 そう言って陸郎に連れて来られたのは普通にチェーン店の居酒屋だった。
 それぞれ飲み物と食べ物を二、三選んだ。
 陸郎がビール、僕はカルピスウォーターだ。
「今日は飲まないの?」
 注文して飲み物が到着するまでの間に彼は僕にそう言った。
(ん? 今日は? 飲まないのってお酒のことかな??)
 謎な問いかけに僕の頭には、はてなマークが飛び交った。 
「僕まだ十八なんで飲みませんよ~」
 陸郎は自分の口から思わず出てしまった言葉にハッとしたようだった。それから軽い落胆が滲んだように感じた。
「ああ、そうだよね」
(何今の表情……僕を誰かと間違えた?)
 ピンとくるものがあった。陸郎がじっと僕を見つめている。
(誰かって、優雅に決まってるっ。あんな目で僕を見て)
 ちりっと胸が熱くなったけど、そんな言葉の意味にも眼差しにも気づかない振りをする。
「じゃあ、僕が飲めるようになったら一緒に飲みましょう!」
「そうだね」
 僕が何も気づかなかったことにほっとしているようだった。
 僕がお酒を飲めるようになるのは、まだ一年半はある。『恋人ごっこ』の期限は陸郎が卒業するまでだ。その後僕らはどうなっているのか。
(まぁ……一年持つかもわからないけど。例えば、陸郎に彼氏なり彼女なりができたら……)
 暗くなる気持ちを押しこめる。
「じゃあ、乾杯しましょう」
 そう明るく言ってグラスを掲げた。
「かんぱ~い」
 カシャンという音とともに僕は少し小さめの声で言った。
「僕らの『恋人ごっこ』の始まりに」
 周りはもう既に酔っている人も多く賑やかで誰にも聞こえてないだろう。陸郎は、といえば複雑な顔をしていたが、ただ「乾杯」と言っただけだった。
 

「松村さん、けっこう飲むんですね」
 腹が空いていた僕らはきた料理をあっという間に平らげ次のオーダーをした。その時に陸郎はグレープフルーツサワーを頼む。
 自分の中の陸郎の記憶は高校生の頃で止まっていたので、アルコールを飲む彼が想像できなかった。
「いや、そんなでもないよ」
「ここ、よく来るんですか? 僕居酒屋は初めて」
 きょろきょろと珍しそうに辺りを見渡す。大学生くらいの人も多く大騒ぎしているグループもいる。
「うん、たまに。友だちと」
 少し口が重いように感じた。
「お兄ちゃんとも来たことあるんですか?」