恋と焦燥のロードマップ

完璧な、壁ドンの体勢。彼の広い胸が目の前に迫り、会社用のシトラスの香水の匂いが鼻腔をくすぐる。
「……会社で、他の男と楽しそうに喋るの、やめてください」
低い、押し殺したような声が降ってきた。会社での氷の仮面が、音を立てて剥がれ落ちていくのが分かった。その瞳には、隠しきれない独占欲がぎらぎらと燃えている。
「え……? それって、仕事の話をしてただけで……」
「分かってます。分かってますけど、気が気じゃないんです」
誠也は棚を突いていた手を下ろし、私の両肩を優しく、けれど強く包み込んだ。彼の指先が微かに震えているのが伝わってきて、胸が締め付けられるように愛おしくなる。
「……あの時は、本当に必死だったんです」
「…え?」
「あの日、給湯室で先輩がアプリを始めたって話しているのを聞いた瞬間、頭が真っ白になりました。他の男に取られるかもしれないと思ったら、もうなりふり構っていられなくて。その日の夜、急いでアプリを入れて、誰よりも先に先輩を見つけなきゃって、画面を血眼になって探し回ったんです。だから……あんな証明写真のまま、本名でいいねを送りました。俺の気持ちが、ただのからかいじゃないって、先輩にどうしても伝えたくて」
いつも無口な彼が、堰を切ったように早口で本音を白状していく。あの時の私の『神谷くんもアプリやってるんだね』という的外れなメッセージの裏で、彼がどれほどの執念と必死さで私を追いかけてくれていたのか、その真実がようやく胸の奥に溢れ出してきた。
「何度でも言います。俺、あの日先輩がアプリを始めたって聞いて、誰にも渡したくなくて始めたんです。会社では必死に我慢してますけど……これ以上、俺を焦らせないでください」
職場の有能な後輩が、私のためにそこまで必死になって、必死の思いでアプリの画面を探してくれていた。その事実が、私の胸に温かい塊となって流れ込んでくる。もう、「私だけが舞い上がっていたのかも」なんて不安は、どこにもなかった。
「神谷くん……」
「もし、よかったら……名前で呼んでくれませんか。会社の外では」
彼はそう言うと、私の肩を抱く手にさらに力を込めた。薄暗い資料室の死角で、二人の速くなった鼓動だけが、静かに重なり合っていた。