土曜日の午前九時。秋晴れの青空が広がる横浜駅のロータリーで、私は三度目の正直となる勝負服の裾を何度も直していた。
ルミネで買い直した、細いリブの入ったベージュのタイトニットワンピース。身体のラインを拾いすぎるのが怖くて、昨日の夜は補正下着を血眼になって探した。足元は、一回目のデートで死にかけた反省を活かし、少し低めの五センチヒールを選んだけれど、それでも普段スニーカーしか履かない私の足首は、すでに緊張で強張っている。
「真由さん、お待たせ!」
低く重厚なエンジン音と共に、ロータリーに滑り込んできたのは、目が眩むほどピカピカに磨き上げられた黒いドイツ製の高級SUVだった。窓がすっと開き、中からネイビーのポロシャツを着た大輔が顔を出す。
「大輔さん……すごい車ですね」
「あはは、まあね。天気がいいから、こっちの車にして正解だったよ。さあ、乗って」
助手席のドアを開けると、新車の本革の匂いがフワリと鼻をくすぐった。シートに身体を沈めると、まるでファーストクラスにでも乗ったかのような座り心地だ。
やっぱりこの人は本物のお金持ちなんだ、と私は改めて自分の身の丈の低さにクラクラした。
私のベージュのワンピースと、彼の白ポロシャツ。並んで歩けば、これ以上ないほどお似合いの「お洒落な大人カップル」に見えるはず。よし、今日の服の辻褄は合っている。
けれど、首都高に乗るまでのわずか十五分の間に、私はいくつかの小さな「違和感」を覚えていた。
大輔の運転が、妙にガチガチなのだ。
ウインカーを出すタイミングがほんの少し遅かったり、合流のたびにハンドルを握る両手のナックルが白くなるほど力が入っていたりする。何より、車内のタッチパネル式のナビを操作するとき、彼の指先がわずかに震えているのが見えた。
「大輔さん、もしかしてこの車、あまり乗ってないんですか?」
「え? ああ、うん、まあね。普段はもっと……なんていうか、気楽な車に乗ることが多いからさ。ほら、都内だとこういう大きい車は小回りが利かないし、駐車場も選ぶから。でも、真由さんとのデートだから、今日はこっちの愛車を頑張って出してきたんだ」
そう言って笑う大輔の横顔には、どことなく営業マンのような必死さが滲んでいる気がした。
でも、いつもメッセージが優しくて、何でも完璧にこなしてしまいそうな大輔さんのことだから、単に都会の入り組んだ道に少し戸惑っているだけだろう。そう自分に言い聞かせ、私は大輔の前で「実家が温泉好きで」とか「普段はお野菜中心で」とか、必死に清楚な虚像を維持するための会話に意識を戻した。
車は横羽線を抜け、徐々に湘南の海へと近づいていく。
大輔が用意してくれたというお洒落なクラブミュージックが静かに流れる車内。会話のラリーは途切れない。大輔が手がけているというシステム関係の仕事の話を、私は「へえ、世界を支えるお仕事なんですね、すごいです!」と、完璧な角度の相槌で盛り上げた。大輔も嬉しそうに、けれどどこか教科書をなぞるような丁寧さで、私の「趣味の観劇」について質問を返してくる。
楽しい。本当に、大輔のことは顔も声も、真面目な性格も好きになり始めている。
ただ普通に幸せな結婚がしたくてアプリを始めただけなのに。どこまでもスマートな彼に嫌われたくない一心で、私は必死に『清楚な真由』の仮面を張り付け続けた。けれど、車内という逃げ場のない完全な密室で、一分一秒も気が抜けない状況は、想像以上に私の体力を削り取っていった。
ルミネで買い直した、細いリブの入ったベージュのタイトニットワンピース。身体のラインを拾いすぎるのが怖くて、昨日の夜は補正下着を血眼になって探した。足元は、一回目のデートで死にかけた反省を活かし、少し低めの五センチヒールを選んだけれど、それでも普段スニーカーしか履かない私の足首は、すでに緊張で強張っている。
「真由さん、お待たせ!」
低く重厚なエンジン音と共に、ロータリーに滑り込んできたのは、目が眩むほどピカピカに磨き上げられた黒いドイツ製の高級SUVだった。窓がすっと開き、中からネイビーのポロシャツを着た大輔が顔を出す。
「大輔さん……すごい車ですね」
「あはは、まあね。天気がいいから、こっちの車にして正解だったよ。さあ、乗って」
助手席のドアを開けると、新車の本革の匂いがフワリと鼻をくすぐった。シートに身体を沈めると、まるでファーストクラスにでも乗ったかのような座り心地だ。
やっぱりこの人は本物のお金持ちなんだ、と私は改めて自分の身の丈の低さにクラクラした。
私のベージュのワンピースと、彼の白ポロシャツ。並んで歩けば、これ以上ないほどお似合いの「お洒落な大人カップル」に見えるはず。よし、今日の服の辻褄は合っている。
けれど、首都高に乗るまでのわずか十五分の間に、私はいくつかの小さな「違和感」を覚えていた。
大輔の運転が、妙にガチガチなのだ。
ウインカーを出すタイミングがほんの少し遅かったり、合流のたびにハンドルを握る両手のナックルが白くなるほど力が入っていたりする。何より、車内のタッチパネル式のナビを操作するとき、彼の指先がわずかに震えているのが見えた。
「大輔さん、もしかしてこの車、あまり乗ってないんですか?」
「え? ああ、うん、まあね。普段はもっと……なんていうか、気楽な車に乗ることが多いからさ。ほら、都内だとこういう大きい車は小回りが利かないし、駐車場も選ぶから。でも、真由さんとのデートだから、今日はこっちの愛車を頑張って出してきたんだ」
そう言って笑う大輔の横顔には、どことなく営業マンのような必死さが滲んでいる気がした。
でも、いつもメッセージが優しくて、何でも完璧にこなしてしまいそうな大輔さんのことだから、単に都会の入り組んだ道に少し戸惑っているだけだろう。そう自分に言い聞かせ、私は大輔の前で「実家が温泉好きで」とか「普段はお野菜中心で」とか、必死に清楚な虚像を維持するための会話に意識を戻した。
車は横羽線を抜け、徐々に湘南の海へと近づいていく。
大輔が用意してくれたというお洒落なクラブミュージックが静かに流れる車内。会話のラリーは途切れない。大輔が手がけているというシステム関係の仕事の話を、私は「へえ、世界を支えるお仕事なんですね、すごいです!」と、完璧な角度の相槌で盛り上げた。大輔も嬉しそうに、けれどどこか教科書をなぞるような丁寧さで、私の「趣味の観劇」について質問を返してくる。
楽しい。本当に、大輔のことは顔も声も、真面目な性格も好きになり始めている。
ただ普通に幸せな結婚がしたくてアプリを始めただけなのに。どこまでもスマートな彼に嫌われたくない一心で、私は必死に『清楚な真由』の仮面を張り付け続けた。けれど、車内という逃げ場のない完全な密室で、一分一秒も気が抜けない状況は、想像以上に私の体力を削り取っていった。



