そんな焦燥感を抱えたまま迎えた、二回目のデート。
大輔が連れてきてくれたのは、六本木の交差点から少し離れた路地裏にある、看板すら出ていない隠れ家風のバーだった。
重い鉄製の扉を開けると、そこは完全に別世界だった。一枚板の立派なカウンターの向こうには、天井まで届く棚に何百本もの洋酒のボトルが並んでいる。照明は限界まで落とされ、バックバーのボトルを照らす淡い光だけが空間を支配していた。
「ここのマスター、僕の先輩の知り合いでさ。静かに話したいときは、いつもここに来るんだ」
「わあ……素敵。私、こういう本格的なバーって初めてです」
私の言葉に、大輔は満足そうに目を細めた。嘘じゃない、本当に初めてだ。普段の私がいくのは、壁に手書きのメニューがベタベタ貼られた、一杯三百八十円の赤提灯居酒屋なのだから。
「真由さん、ウイスキーって飲んだことある? ここのマッカラン、十二年のシェリーオークカスクなんだけど、すごく華やかな香りがして飲みやすいんだよ。もしよかったら、試してみる?」
「ウイスキー、大人の味って感じで憧れちゃいます。大輔さんのおすすめなら、ぜひ飲んでみたいです」
差し出されたロックグラスを両手で受け取る。大きな丸氷が、カランと硝子の音を立てた。
そっと口をつけると、燃えるような熱さと共に、濃厚な木の香りが鼻を抜ける。大輔は「ウイスキーの樽っていうのはね……」と、その歴史や製法について、楽しそうに蘊蓄を語り始めた。
大輔の横顔を見つめながら、私は「すごーい、詳しいんですね!」と、完璧な角度の相槌を打つ。
けれど、私の心の声は、もう限界を迎えつつあった。
(アルコール度数高くて喉焼ける……)
笑顔の仮面の下で、強烈なアルコールと窒息感に眩暈がしそうだった。
大輔が語る「タワマンのコンシェルジュの対応」や「ゴルフのスコア」の話を聞くたびに、江東区の築古アパートで暮らす私の現実との距離が、何光年も離れていくような気がした。
「真由さん、どうかした? ちょっと顔色が赤いけど、大丈夫?」
大輔が心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。その瞳があまりにも純粋で、真っ直ぐで、私の胸の奥がキュンと切なく痛んだ。
「あ、ごめんなさい、ちょっとお酒が回っちゃったみたいで……。でも、大輔さんとお話ししてると、楽しくて時間があっという間に過ぎちゃいます」
また、嘘をついた。楽しいのは本当だ。でも、しんどいのも、苦しいのも本当だった。
大輔の優しさに触れるたび、私のついた「丁寧な暮らし」という嘘の足枷が、冷たく、重く、私の足首を締め上げていく。
帰り道、六本木の冷たい夜風に吹かれながら、私は大輔と並んで歩いた。
「真由さん、次はさ、週末に少し遠出してみない? 僕の車で、江の島の方までドライブに行こうよ。美味しい海鮮のお店を知ってるんだ」
「ドライブ! 素敵ですね、ぜひ行きたいです」
「よかった。じゃあ、今度の土曜日で大丈夫?」
「はい!」
即答してから、私は少しだけ恥ずかしくなってグラスに視線を落とした。
大輔が連れてきてくれたのは、六本木の交差点から少し離れた路地裏にある、看板すら出ていない隠れ家風のバーだった。
重い鉄製の扉を開けると、そこは完全に別世界だった。一枚板の立派なカウンターの向こうには、天井まで届く棚に何百本もの洋酒のボトルが並んでいる。照明は限界まで落とされ、バックバーのボトルを照らす淡い光だけが空間を支配していた。
「ここのマスター、僕の先輩の知り合いでさ。静かに話したいときは、いつもここに来るんだ」
「わあ……素敵。私、こういう本格的なバーって初めてです」
私の言葉に、大輔は満足そうに目を細めた。嘘じゃない、本当に初めてだ。普段の私がいくのは、壁に手書きのメニューがベタベタ貼られた、一杯三百八十円の赤提灯居酒屋なのだから。
「真由さん、ウイスキーって飲んだことある? ここのマッカラン、十二年のシェリーオークカスクなんだけど、すごく華やかな香りがして飲みやすいんだよ。もしよかったら、試してみる?」
「ウイスキー、大人の味って感じで憧れちゃいます。大輔さんのおすすめなら、ぜひ飲んでみたいです」
差し出されたロックグラスを両手で受け取る。大きな丸氷が、カランと硝子の音を立てた。
そっと口をつけると、燃えるような熱さと共に、濃厚な木の香りが鼻を抜ける。大輔は「ウイスキーの樽っていうのはね……」と、その歴史や製法について、楽しそうに蘊蓄を語り始めた。
大輔の横顔を見つめながら、私は「すごーい、詳しいんですね!」と、完璧な角度の相槌を打つ。
けれど、私の心の声は、もう限界を迎えつつあった。
(アルコール度数高くて喉焼ける……)
笑顔の仮面の下で、強烈なアルコールと窒息感に眩暈がしそうだった。
大輔が語る「タワマンのコンシェルジュの対応」や「ゴルフのスコア」の話を聞くたびに、江東区の築古アパートで暮らす私の現実との距離が、何光年も離れていくような気がした。
「真由さん、どうかした? ちょっと顔色が赤いけど、大丈夫?」
大輔が心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。その瞳があまりにも純粋で、真っ直ぐで、私の胸の奥がキュンと切なく痛んだ。
「あ、ごめんなさい、ちょっとお酒が回っちゃったみたいで……。でも、大輔さんとお話ししてると、楽しくて時間があっという間に過ぎちゃいます」
また、嘘をついた。楽しいのは本当だ。でも、しんどいのも、苦しいのも本当だった。
大輔の優しさに触れるたび、私のついた「丁寧な暮らし」という嘘の足枷が、冷たく、重く、私の足首を締め上げていく。
帰り道、六本木の冷たい夜風に吹かれながら、私は大輔と並んで歩いた。
「真由さん、次はさ、週末に少し遠出してみない? 僕の車で、江の島の方までドライブに行こうよ。美味しい海鮮のお店を知ってるんだ」
「ドライブ! 素敵ですね、ぜひ行きたいです」
「よかった。じゃあ、今度の土曜日で大丈夫?」
「はい!」
即答してから、私は少しだけ恥ずかしくなってグラスに視線を落とした。



