古城の約束

 ドイツ旅行から戻り、九ヶ月の時が経った。私は多摩川のほとりをぺたんこのスニーカーで散歩している。

 あの日の後、一週間響さんのアパートで過ごした私は、ひとりで羽田行きの飛行機に乗り込んだ。年末年始の休みを私のために使ってくれた響さんは、十年前とは違って、飛行場まで見送りに来てくれた。

「これ、俺の名前と連絡先。なんか順番が逆だな」

 別れ際に、響さんは笑いながらそう言って小さなメモの切れ端を渡しできた。そこには、響さんとフルネームと今の住所、それから電話番号が書かれている。

「凛のも、教えてほしい」

「メモ書きとか、アナログだね、理系なのに」

「関係あるか?」

「でも手書きのほうが嬉しい」

 私も手帳を切り取って自分のフルネームと住所と電話番号を書き込んだ。

「必ず連絡する」

 別れ際にそう言って、響さんは私にキスを落とした。二度目のキスは額ではない。

 搭乗口で響さんと別れた私は、受け取ったメモに目を通す。安藤響(あんどうひびき)というのが彼のフルネームらしい。

 ドイツの製薬会社に勤めていた彼は、私が帰った後にすぐに異動希望を提出し、今日、日本に帰国することになっている。

 先月の終わりに長期休暇に入った私は、ゆっくりとした足取りで歩みを進めた。沢山の飛行機が、飛び立ち、そして帰ってくる。

 ルフトハンザの機体が見えて、私はにこりと顔をほころばせて新しい命の宿るお腹を撫でた。

 もうすぐ私も安藤姓だ。十年前は、考えもしなかった未来に私の足取りは軽くなる。
 これから、私と響さんの時計の針は重なり、同じように動いていく。時に喧嘩し、仲直りし、互いを尊重し合ってこれからの人生を共に紡いでいきたい。
 私は時計に視線を落とした。午後3時、彼は日本に帰ってくる。

終