闇から出た光

『ばかばかばか!』
『ごめんねじゃない!ごめんねってなに!?』
『ボクを1人にするから!?死ぬかもしれないから!?』

ボクは半狂乱になりながらエレベーターをドンドンと叩く。
涙も滲み、無駄だとわかっていても喉が裂けそうになるくらい叫びたくなる。
彼はもう隣にいない。
この先、1人で生き延びろっていうの?
そう思うととてつもなく心細くなってきた。

『死んだら許さないんだから……絶対許さないから…』

ボクはその場に膝を抱えて座り込むしかなかった。

ガタンガタン
と、音を立てながら地下にある駐車場に到着し、扉が開いた。
薄暗い地下駐車場。
蛍光灯が半分ほど切れており、オレンジ色の光がちらちらと揺れ、不気味さが一層際立つ。
車は数十台ほど停まっており、シーーーンと恐ろしいほどに静まり返っていた。

ボクはおそるおそるエレベーターから出る。
不気味なほど静かで足が震える。

『誰も…いない…?』

周囲をきょろきょろと見回す。
出口はどこだろう?
遠くの方に光がさしており、あっちにいけば地上には出られそうだった。
とりあえず行く当てもないのであっちの方に向けて歩いていく。
すると、その時、遠くから低い振動音がした。
どうやら車のエンジンがかかる音のようだ。
それも1台ではなく、複数台。
誰かが車を動かそうとしているようだ。

『誰かが…車を動かそうとしてる』

少なくともヤツらではなさそうだ。
音がする方に向かってみることにした。
奥に進むにつれ、エンジン音は大きくなり、4台の車がエンジンを吹かしていることがわかった。
車はアイドリング状態で並んでおり、その向こうには人影も見えた。
ボクは息を潜めて柱の陰からそっと覗き込んだ。

そこには4人の男女がいた。
全員が20代~30代ほどで男女比が3:1
スーツ姿の男とパーカーにジーンズの女、それに作業着姿の男が2人。
明らかに病院帰りではなさそうな一般市民のようだった。
避難してきたのか、あるいは病院の施設を点検していた業者なのか?
何か話しているようだった。

男1「だから言ったんだ!車で早く逃げようって。高速出れば少なくともここからは出られる!」
女 「無理よ!高速だってもう…使えなくなってるわ。この地区全域が封鎖されたってニュースで言ってたもの!」
男2「くっそぅ…圏外だ。テレビもラジオも全部死んでやがる」
男3「俺には家族がいんだよ!子供が…どうすりゃいいんだ!」

4人のグループの間に重い沈黙が落ちた。
誰も答えを待っているわけではなく、パニックと絶望感だけがこの場を支配していた。

と、そのとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

【うぅーーうぅーーー】

ヤツらの呻き声だ。
それも1つではない。複数人の声が聞こえてきた。
とても低く、腹の底から絞り出されるようなイヤ~な声。
それが駐車場の入り口から押し寄せてきたのだ。

そこにいた青年たちは慌てて車に乗り込み、エンジンをかけはじめた。
その音にヤツらは反応し、そちらに一目散に歩いていく。

男2「出口どこだ!どっちにいけばいい!?」
男3「しらねーよ!あいつらこっちきちまったじゃねーか!」

明らかに彼らは動揺していた。
その光景をボクは柱の陰からのぞき込み、息を殺していた。
とにかく心臓がバクバクと鼓動している。ドクンドクンと。

少し目をそらした隙に作業着の男がヤツらの餌食にされていた。

男3「ああああああ、た、たすけ……」

足に噛みつかれ、逃げることができなくなったその男は4人のヤツらに取り囲まれ、言葉にならない悲鳴をあげ、絶命した。
スーツ姿の男がその惨状を目の当たりにし、パニック状態で車に乗り込もうとするが、
間に合わず、背中に飛びついてきたヤツに首を食いちぎられ、その拍子に頭を車の角にぶつけ絶命した。
パーカー姿の女はヤツに手を掴まれていたが、振りほどこうと暴れ、長いネイル爪で顔を引っ掻いた。
しかし、ヤツはひるまず、痛がる素振りさえ見せず、ガブリと噛みつかれていた。

女「いやぁぁぁ!誰か!助けてぇ!!」

一気に仲間3人を失った最後の男は後ずさる。

男2「う、嘘だろ…おい……どうなってやがる…」

その時、ヤツらの動きがピタリ、とぜんまいの切れたブリキ人形のように止まった。
そして全員が同じ方向を向き始めたのだ。
入り口の奥の方、ずるり、ずるりと何かを引きずりながらこちらに歩いてくる。
重い足音、さきほどまでのヤツらとは明らかに格の違う巨体。
場の空気が一変した。
この場の温度が2,3度は下がったんじゃないかという錯覚。

男2「な…なんだよ……あいつ…」

ソレはとても大きく、身長は優に2メートル以上あり、筋肉が以上に膨張した巨体。
皮膚は人間らしからぬ灰色で、血管が黒く浮き出ており、頭部が異様に大きかった。
顔は縦に裂けており、そこから無数の歯が所狭しとびっしり生えている。
両目は白く濁り、焦点は合っていない。
そして右手には人間「であったもの」を引きずっていた。
それを唐突に男に投げつけると男は避けきれず、死体と共に壁に叩きつけられ、虫の息になる。
新たな獲物を見つけた巨体はパーカー女の方を見てニタリと笑った。
裂けた口が三日月のように歪んだ。

その様子をずっと柱の陰から覗いていたボクは歯をガチガチと鳴らし、恐怖に慄いていた。
ヤツらももちろん怖い。
だけど、あの巨体の存在が桁違いに怖かった。
ガタガタと意図せず、身体も震えていた。

パーカー女が走って逃げる。
それを追うように巨体が白濁した目をぐるりと女に見定め、歩き始めた。

女「こないでー!こないでよぉぉぉぉ」

奇声をあげながら出口に向かって一目散に走り出していた。
それを追う巨体。
ドスンドスンと重い身体を揺らしながら歩く、いや、走り出した。
地上に向かって……

その後、女と巨体がどうなったかは分からない。
ボクはそれをチャンスと思い、反対側に駆け出したから。
本能的にこれはチャンスだと言っている。
あの女の人には申し訳ないが、ボクも生きたい。
彼の分まで精いっぱい生きなければならないのだ。
大粒の涙を流しながら、それを拭うこともせず、全力疾走した。

駐車場の最奥には鉄製の錆びたドアがあった。
そこからは僅かに隙間から光が漏れていた。
そしてそこからは微かに人の声がしたのだ。

少なくともヤツらではない。
もう1人は嫌だった。
藁にもすがる気持ちで重い扉を押し開けた。