あの日、夢に見た星空は誰にも届かないはずだった。

 十歳の時、両親が死んだ。寿命だった。泣きたかったけど、泣けなかった。隣で泣いている幼なじみの手を握る。幼なじみの両親も同じ時刻に亡くなった。歯を食いしばりながら、泣くもんかと悲しみを抑えつける。
「おれがいる」
 そう言えば幼なじみは涙をこぼしながら笑った。
「……ロキ」
「安心しろ、もっと長生きできる方法を探してやる」
 あの時の幼い自分を殴りつけたい。何もしなければ、行動を起こさなければ、幼なじみはもっと長生きできた。短い人生と決められていたとしても、与えられた人生を全うに生きればよかった。死を恐れた結果、幼なじみは寿命の半分で死んでしまった。
「ごめん……おれが連れてきたから」
 動かなくなった幼なじみの手を握る。自分だけ体温があたたかく、幼なじみに触れた箇所から熱がなくなっていった。苦しんでいないのか、眠ったように見える。それだけがまだ救いだった。
 キッカケは、寿命が短い種属になったことを憐れんで科学者たちが集まった。甘い言葉に惹かれ、幼なじみを連れていった。もっと長生きしたい、と願った結果だ。
 だが、現実は違った。世の中そんなに甘くはない。幼なじみは不適合者と言われ死んだ。十五歳だった。寿命の半分しか生きられなかった。
「あいつらのせいだ……あいつらが何か企んでたに決まってる!」
 この国の平均寿命が三十年なのも、あいつらがある実験をしていたからだ。そこからこの国はおかしくなった。影響はない、と政府は言うがそんなことはない。年々、死亡者は増えていくうえに奇形の赤ん坊が生まれるようになった。ああ、何もかもぶち壊してやりたい。自分たちが生きた証を刻みつけたい。気づけば唇を噛み締め、手を握りしめていた。怒りで頭が沸騰しクラクラする。
 そうして、悲しみが怒りに変わっていった。そうしなければ、生きられなかった。

 ***
 
「おはようございます。未来のために今を耐えるのではなく、未来のために今を楽しく生きましょう」
 十宮(とみや)露綺(ろき)は女性アンドロイドの声で起きた。自己肯定感が低い、とアンドロイドに分析されてから毎日あいさつ代わりに問いかけてくる。やめろと言ってもやめないので露綺は諦めていた。
「おはよう、母さん」
 露綺はベッドの上で大きく背伸びをする。
「学校は行く?」
 母さん、と呼ばれたアンドロイドは閉めていたカーテンを開けた。眩しい太陽の光が差し込んでくる。太陽の光に黒い人影が見えたような気がした。
「行かない」
 今日も行かない。露綺は三年前に幼なじみが死んでから学校に通うのをやめた。人殺し、と責められいじめられた。なんでお前が生きてんだよ、死ねばよかったのに、と吐き捨てられた言葉がグルグルと頭の中で再生される。自分の脳は粗悪品だ。
「そう」
 母さんは単調に返事をした。こういう時にアンドロイドでよかったと思う。あまり苦い感情を掘り下げられたくない。
「俺がいなくても世界は回る。バカな俺を笑ってるやつらの欲なんか満たしたくないね」
 露綺の言葉に母さんは笑った。笑った、と同時に何かが落ちる音がした。
 露綺はベッドから手を伸ばし、母さんから外れ落ちた錆びたネジを拾い上げる。泣きそうになる夜を越えた先に何があるのだろう。退路も活路も迷子な未来像だけがぼんやりと浮かんでいた。
 アンドロイドもいつかは最先端ではなくなり、入れ替えか廃棄かを迫られる。
 それが世の中の真理。だが、ある『基板』だけは違う。その基板の電気回路には常にアップデートが稼働し続け、人間以上に役割を果たすと言う。入れ替えとか廃棄とか言う次元ではない。永遠に生きることができる。
 その基板を手にし、お金持ちになれ、と命令すれば一夜にして富を生み出し、世界征服をしろ、と言えば軍のネットワークを乗っ取り、自由自在に操ることができる魔法のようなもの。
 国家やテロリストが喉から手が出るほど欲しがる『基板』。それを手にしたものは世界の真理を手にすることができる。それに、捨てられる基板は産業廃棄物として扱うことなく、輸出時には『鉄くず』と言い張ることも可能だ。つまりIC輸出を隠蔽できる。その基板を手に入れて何もかも壊して世界に復讐しようと企んでいた……それなのに。

 誰にも触られないように縛った、KEEP OUTの鎖文字。
 百年、いや千年、またその先も、どうか、どうか誰にも見つかりませんように。目を閉じたまま動かなくなった『鉄くず』を目に焼き付けた。
 
――あの日、夢に見た星空は誰にも届かないはずだった。

***

「デジタル遺品か」
 デジタル遺品とは、持ち主が亡くなり遺品となったデジタル機器に保存されたデータ、インターネット上の登録情報のこと。その情報が含まれたまま、露綺が経営するリサイクルショップに売られてきた。親族の手によって売られたのは二つのアンドロイド。一つは四十代のおじさん型、もう一つは幼女のセットもの。なぜ、セットと分かったのか。それは同じ型判がうなじに刻まれていたからだ。
 アンドロイドが売られるのも、デジタル遺品だったことも珍しくはない。少しでも多くの金を得ようと交渉がしつこかったのが印象的だった。
 アンドロイドデータベースにアクセスし検索したが、いたって普通のアンドロイド。セットで持ち込まれた上に欠損は無く市場価格の五十万ギアで購入した。
「さっさと初期化しちまおうか」
 露綺はうなじのカバーを開けて初期化ボタンを押す。起動音が鳴り、全身の歯車が動き出した。音に異常は無いか、ショートは起きていないか、入念に点検をしていた。
「ほんと初期化しないで売却とか無知とは恐ろしいな」
 ハードディスクのデータを元に、クレジットカードの引き落としなど数え切れない犯罪が存在する。露綺は犯罪に興味がなかった。たった一度しかない人生を牢屋で過ごすのはゴメンだ。
「前の飼い主の情報なんていらねーや」 
 記憶回路を弄り回して初期化をする。一つのスイッチは喉仏、親指で強く押せばへこみ、説明書通りに起動した。俯いていたおじロボが目を開けた時、ドキリと心臓が跳ね上がる。この瞬間だけはまるで本当に生きている気がして苦手だった。
「あれ取ってくれへんか?」
 おじさん型ロボットは低い声を出した。何がアレなのか知らないが故障はしていなさそうだ。まばたきの動きも滑らかだし、立ち上がればウロウロと歩きだす。
「アレって何? お父さん」
 このアンドロイドは通称『お父さんロボット』。露綺には父がいないため、もう一つはともかくおじロボは売らずに手元に置いておこうと考えていた。
「おはよう……すまん、名前を教えてくれないか。酒に酔った勢いで忘れてしまったようだ」
 へえ、すごいな。ただ名前を聞くだけじゃなくて人間らしい言葉遣いもできるんだ。中古とはいえ珍しいアンドロイドに露綺の興奮は止まらない。
「俺の名前は十宮露綺。名字は漢数字の十に宮殿の宮で露(つゆ)のロで綺麗のキ」
 ご丁寧に教えてあげれば「そうそう、そうだった」と、わざとらしく相づちを打たれた。
「ロキ、私の娘を起動させてくれ」
 隣で眠る少女のアンドロイドを指さした。再起動の権限はアンドロイドには存在せず、人間のみが行えるようになっている。アンドロイドに支配されるという危惧の回避のためにプログラミングされたらしい。
「あ、この子、娘だったんだ。なら売っちゃダメだな」
 家族セットではないと思っていた。だが、言われてみればどことなく顔が似ている気がする。まぁ具体的にどこが似ていると聞かれても困るが。
 おじロボはそこには反応を示さなかった。ただ、露綺が発言した『売る』という言葉に対して過剰反応を起こす。まるで汚いものを見るかのように目線を向けられた。
「ごめんって」
 露綺はおじロボに謝った。少女アンドロイドの起動スイッチを探すために身体を弄れば、後ろから「俺がやる」と、どかせさせられた。
「そう言うなら、最初からやってくれればいいのに」
 少女の身体をこねくり回した露綺が悪く見え、とても嫌な気分になった。
「再起動のボタンを押せるのはロキしかいない」
 おじロボは少女アンドロイドの背中を探り、カバーを開けた。露綺は無防備に晒されたスイッチを押す。
すると、おじロボとは違う起動音が鳴った。聞いたことがない音に、露綺の中で恐怖と好奇心が入り交じる。
「な、なんだこいつは……」
 驚く露綺を見て、おじロボは首を傾げた。
「露綺はエンジニアだと思ったのだが……違うのか?」
 おじロボは少女アンドロイドの正体を知っているようだった。初期化したにも関わらず、慣れた仕草を取り続ける。
「な、なんなんだ……お前らは。アンドロイドデータベースにはただの普通のアンドロイドだって……」
 露綺はもう一度パソコンを見る。そこにはおじロボと少女アンドロイドのデータが表示されている。
「データ改ざんをしたからな」
 おじロボはさらっと言い流す。
「データ改ざんだと……」
 そんなことを容易にできるはずがない。いくらアンドロイドの数が増えたとはいえ、そこまで権限が与えられていなかったはずだ。
 すると、おじロボの姿がアップデートされていく。どうやら擬態をしていたようだ。ただならぬ気配に露綺は机の上にあったスパナを手に取った。
「少年をいたぶる趣味はない。我々は再起動をして欲しかっただけなんだ」
 おじロボはそう言うが、データ改ざんできるほどの性能があるアンドロイドなど怪しいやつに決まっている。
「んなもん信じられるか! 再起動させて俺を殺して店を乗っ取る気なんだろう!! この店は渡さねぇぞ!!」
 露綺はスパナを大きく振りかぶる。少女アンドロイドが覚醒する前に破壊してエラーを起こそうとした。だが、後数センチのところで腕が止まる。おじロボに止められたからではない。少女アンドロイドの目が開き、露綺を見たからだ。
「おはようございます」
 油の調子が悪いのか少しだけ掠れているように聞こえた。
 露綺は舌打ちをして、スパナを下ろした。壊そうとしていたのにできなかった。幼なじみの顔が過ったからだ。
「……壊さないのか」
 おじロボは露綺の行動に首を傾げた。
「別に構わないさ、俺の寿命は三十歳と決まっている。死期が早くなるだけ」
 露綺は命を投げ出すようにスパナを置き、ベッドに大の字で寝転がった。
「人間は八十まで生きるものだろう」
「いいや、キースでは人間の平均寿命は三十。産まれる子どものほとんどは奇形で死んでしまう。だからアンドロイドの数が多いんだ」
 政府は影響がない、と頑固として言い張るけど影響があろうかなかろうが無いことに決まっている。
「取引をしよう。この子は君が探している基板を所持している。」
「はい?」
 意味がわからなかった。基板は世界中が探している。そんなものが目の前に……?
「そんなわけねーだろ。そんな女の子が……」
 見たところ普通のアンドロイドに見えた。基板を所持しているアンドロイドはもっと物騒な存在と思いこんでいた。
「君はキースから出たことがないんだろう。この子と一緒に隣国のティミッドに行かないか? お前はこの国から逃げたい。そのためには基板が必要、違うか」
 おじロボは露綺のことを知って、リサイクルショップに運ばれた。その仮定が露綺の中で成立する。
「……何が目的なんだ」
 もう二度と甘い言葉に騙されたくなかった。あの頃は幼かったとはいえ、騙された方が悪い。そう言葉を投げつけられたから。同じ失敗を繰り返したくはない。
「うちの子を唆さないで下さい」
 買い物に行っていた母さんがリサイクルショップに帰ってきた。持っていた袋を投げつけ、露綺の身体を軽々しく持ち上げる。
「か、母さん……」
 露綺は十八にもなって抱っこされることを恥ずかしがった。バタバタと暴れて下りようとしている。
「何が母さんだ。俺たちと同じアンドロイドだろう」
 おじロボは呆れたように言った。露綺はカチンとくる。
「母さんは死んだ両親が残してくれたから母さんなんだ。他人にとやかく言われたくねぇ!」
 何も知らないやつに判断されたくない。なんて不躾なアンドロイドなんだ……! リサイクルどころか今すぐ廃棄にしてしまいたい。
「まぁ、嬉しい。普段は何も手伝ってくれないし、母の日は何もしてくれないのに。ロキはいい子に育ったわね」
 母さんはよっぽど嬉しいのか、露綺の身体をブンブンと振り回した。
「ちょっ……ち、違うし。母さんそんなに頬をつけんなっ……恥ずかしいだろ……下ろせ-!」
 露綺は頬を赤らめて叫び暴れる。その様子を少女アンドロイドはじー、と観察していた。
「お前も見てんじゃねーよ!」
「お前じゃない、レイチェルだ」
 少女アンドロイドはそう言うと、二人に近づいた。そして両手を伸ばす。どうやら抱きしめてほしいようだ。
「あら娘が生まれたみたいね」
 母さんは敵という認識を忘れたのかレイチェルを抱きしめる。
「あら、おじさんはぎゅーしないわよ。一人で肩を抱きしめなさいな」
 母さんは皮肉らしく言い捨てる。おじロボはボリボリと気まずそうに白髪交じりの頭を掻いた。
 

――数日後、変なやつが露綺のリサイクルショップにやってきた。
「ハイドーモ、ハジメマシテ、ワタシ、コノコタチノ、カタ、ヲ、ツクッタ、オヤ、ネ」
 片言のキース語で話してきたのは明らかにこの国ではない人。サングラスで目元を隠しているが、キース国での寿命である三十は超えているように見えた。物好きな観光客だろうか。店で働くアンドロイド達を指差して得意げに話しかけてくる。
「ワタシ、ラブドール、ツクッテルネ」
 ラブドールは快楽を目的とし作られたアンドロイドのこと。露綺は存在自体は知っているが、店に行ける年齢ではない。まだ十八だ。
「コノコタチノ、ハダ、トクシュソザイ、メズラシイ、カイトルネ」
 ドンとレジ前に置かれたアタッシュケース。その中にギア紙幣がギッシリと詰まっていた。露綺は見たことがないギア紙幣に驚く。キースではクレジット払いがほとんどだ。紙幣を使うことなどゼロに等しい。露綺はこの人物は怪しいものだと警戒した。きっと偽札に違いない。
「五百ギア、アルネ」
 男はニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべている。二つのアンドロイドを五十ギアで購入したので十倍の価値だ。どこかで露綺が購入した履歴を調べ上げたのだろう。
「売るつもりはない、帰れ」
 露綺は置かれたアタッシュケースを閉じて押し返した。すると、男はギャアギャアと騒ぎ始める。
「ナニネ! アタッシュケース、サワッタ! ウケトッタネ! コレハ、ボクノダネ!」
 おじロボとレイチェルに抱き着く男。その執着は異常だった。もしかしたら、基板の存在を知っているのかもしれない。
「私たちはトミヤ家のものだが?」
 おじロボはやんわりと拘束から逃れ、レイチェルの姿を背に隠す。レイチェルは露綺の手をぎゅっと握った。
「ウルサイ、ジツノオヤニムカッテ」
 男は強制終了ボタンを押そうとする。露綺はその手をすばやく掴んだ。
「ナニスルネ!」
 案の定、客はギャアギャアとわめき立てる。感情に任せた言葉は不快でしかなかった。
「てめぇこそなんだよ!」
 露綺が啖呵を切った瞬間――客の懐から銃身が見える。露綺は次に来る痛みを想像して目を閉じた。
「待ちなさい!」
 母さんが露綺を守るために盾となった。露綺の代わりに破損する。その時に流れたのはブルーブラッド。青い血だ。アンドロイドには人間の血液の代わりに青い血液が流れている。冷血なアンドロイドにはお似合いと言う人も少なからず存在していた。
「母さん……大丈夫か?」
 露綺は母の手を握る。
「えエ、平気ヨ、ろキ、ケがなイ?」
 音声データが破損したのか、片言な言葉を発している。
「アンドロイドニ、ドウジョウ、スルトハ、ヘンナヤツ。ホント、コノクニハ、ヘン」
 工場長は母さんを物のように蹴飛ばした。露綺の中で沸々と怒りが沸き起こってくる。周りが何と言おうとも、この人は母さんだ。露綺は母親を、母アンドロイドは愛情を。利害関係は一致している。
「大丈夫、修理すれば元に戻る。データは破損していない」
 おじロボは露綺の肩に手を置いた。その手は頼もしく力強い。まるで亡くした父親のようだった。
「な、直せるのか……?」
 露綺は目に涙を溜めながらおじロボの腕を握る。おじロボはどんな存在なのかまだわからない。だが、悪魔だとしても母さんを直せると言うのならすがりたかった。
「ああ、なおせる」
 おじロボは自信満々に言った。
「おじロボ……」
「チョット、ムシ……」
 おじロボは硬い拳で工場長を殴った。呆気に囚われていれば、おじロボはフン、と鼻を鳴らす。
「外に放り出しておけば、誰かが回収してくれるだろう」
 この国では何が起きても保証してくれない。全て事故で片付けられる。楽園に殺人は存在しない、という言葉が存在するように。
「システムの状態は?」
 露綺は母さんの顔を見る。音声データが修復されたのか、先ほどよりも言葉は聞き取りやすくなっていた。
「ごめんネ、母さんドジっ子だっタから部品ニ当たっチゃったミたい」
 母さんはぎこちなく笑った。
 その後、おじロボが修理しようとしたがリサイクルショップには修理する部品がなかった。その上、拳銃の弾は重要なシステムに損傷を与えていることがわかる。
 その日以来、母さんは寝たきりだった。それも充電が切れたら最後、動かなくなる。
「すまんな、互換性があるものを使ったんだが……」
 おじロボは申し訳なさそうに謝る。
「いいよ、動いているだけでも有り難い。そういえば、名前を聞いてなかったな。教えてくれ」
「私はシアンティ。別におじロボでも構わん。名前に思い入れはない」
「ん、シアンティね。覚えた」
 常に頭を動かしていないと不安に押しつぶされそうだった。
「シアンティ、あまりここに長居するのは良くないかもしれない」
 レイチェルは辺りを警戒していた。
「露綺はこの街から出たがってたもんね、いってらっしゃい。気を付けて」
 動かなくなる前に母さんは露綺を送りだそうとしていた。露綺にはもっと広い世界を見てきてほしい、と笑っていた。
「母さん……」
 キースでは居場所を求めてあちこち行くことを世間が良しとしていない。『生まれた場所で生きていく』という圧力が何人もの人生を奪っている。


 
「今から向かう場所は工場長の工場だ。そこに行けば母アンドロイドの部品が手に入るだろう」
 シアンティは夜道をまっすぐ前を向きながら歩いていた。
「別にいいよ、お前らは国を出なきゃダメなんだろ。寄り道する時間なんて……」
 シアンティのせいで頭の隅に追いやろうとした母さんの顔が頭の中を過る。
「どうしてそこまで我慢するんだ」
 シアンティは少し怒っているように見えた。
「別に我慢じゃない。世の中は俺よりも悲しい人はいて、俺なんかが弱音を吐いたって他人の苦痛になるだけだろ。別に俺は一人で乗り越えられる。強いから」
「ダメ」
 レイチェルは露綺を抱きしめる。
「ばっ、離せよ今すぐに!」
 レイチェルの肌はやわらかかった。工場長の言う通り、特殊な素材でできているのだろう。アンドロイドのくせに人の温もりにかなり近い。不意に亡くなってしまった幼なじみを思い出し、涙が出そうになった。露綺は泣くもんかと歯を必死に食いしばる。
「感情なんかないくせに。どうせこの行動もプログラムされてんだろ」
 露綺の心は母さんが壊れてしまったことによりさらに荒んでいた。母さんの故障にレイチェルは関係ないのに、心に余裕がないせいで八つ当たりをしてしまう。
「アンドロイドにも感情がある。私は私の感情でロキを抱きしめただけ」
 レイチェルは露綺の目を見た。
「セリフも立派だな」
 露綺は目を逸らす。レイチェルの目を見ることができなかった。
「ロキは俺よりも悲しい人はいる、と言うけれどそんなことはない。ロキは弱音を吐くべきだ」
 レイチェルは引き下がらない。露綺の視界に入ろうとしてくる。
「吐いたって何も変わらないだろ」
 露綺は吐き捨てた。
「私は変わる」
 レイチェルの言葉と同時に無数の流れ星がながれてゆく。一つ一つが苦しみ、心配してくれる嬉しさと重なり、見ているだけで胸が痛くなった。
「ロキのために言葉を考える。ロキの母さんもそうだ。傷ついたロキを学習して、一般のアンドロイドなら使わない言動をしていた」
 レイチェルは露綺の手を握る。やはり温かい。人肌のような温もりを感じる。
「そう……なのか……」
 知らなかった。
「息子の良さを一番知っていると思っていなきゃ、親なんかやってられないんだよ。それに苦しみ方は人それぞれで言ってもらわなきゃわからない」
 シアンティはロキの頭をガシガシと撫でる。本人は優しく撫でているつもりだろうが、がさつだ。でも、そのがさつさは嫌いじゃない。

 ***
 
――死、とは本来遠い言葉のはずなのに身近にあふれている。死にてえーって言うし、イライラすれば死ねよ、と何度も思ったし、他人から死ねよ、と何度も言われた。『死』という言葉は最も軽く扱われた言葉だ。軽々しく命を見ていた結果、アンドロイドの暴動が起きた。

 ***
 
 ラブドール工場に辿り着いた。周りはドローンや、警備兵などが巡回をし見張りをしている。シアンティやレイチェルはサーバーを無効化にして侵入に成功した。シアンティが言う部品を探していれば、あるモニターに目がとまる。
――シアンティ 死亡二×××年十月二十八日。原因、アンドロイド代理戦争のため。
「シアンティ……?」
 まさかと思うが、モニターにはシアンティそっくりの人間が表示されていた。アンドロイド代理戦争は、今から七十五年前のことだった。各国のアンドロイドは他のアンドロイドを破壊するために製造された時期がある。人間同士の争いを無くすために、各国でアンドロイドを作り上げ代理戦争を行った。
 最初の標的がアンドロイドだったのがいつの間にか標的が人間へと変わり、結果的に優秀な技術者達が千人以上命を落としたらしい。
「見ちまったか……」
 シアンティは作動音もさせずにロキの背後に立っていた。露綺の目の前にあるモニターだけがシアンティの存在を映していた。
「シアンティは人間だった?」
 ロキはゆっくりと振り返る。レイチェルは他の場所を探しているのか、見当たらなかった。
「いや、違うな器を模しただけだ。中身は違う」
 それはどういう意味なのだろう。誰かがシアンティの見た目を作成した、ということか。何のために……?
「中身は違う? どういう意味だ」
 露綺は問い返す。
「中身はただのAI、シアンティの性格は組み込まれていない。だから違う」
 シアンティはそう言うが、露綺はシアンティそのものが中に入っていると感じていた。いくら科学が進歩したとはいえAIがそこまで人間らしい行動を取れるはずがない。
「欠陥機械が判明した場合、いざという時のためにプログラムの非常口を用意している。もし、あの子の前で記録させてはいけないものを見つけた場合、ロキにはシャットダウンをさせる権利がある」
 シアンティは何かの気配を感じ取ったようだった。周囲を警戒しつつ、露綺を守ろうとしている。
「なんで急にそんなことを……」
 露綺は見てはいけないものを見つけてしまったことによって、シアンティの中で何かしらのエラーが起きていると思った。その理由を聞こうと口を開きかけたところで、レイチェルの叫び声が聞こえてくる。
「レイチェル……!」
 露綺とシアンティは部屋を出てレイチェルの声がした方に走った。長い廊下を抜ければ、転々とブルーブラッドが落ちている。ブルーブラッドを辿り、部屋に入れば露綺と同じ顔をしたアンドロイドがいた。
「もう一人の俺……?」
 露綺は驚いていれば、シアンティが露綺を小突いてくる。
「引き金を引けば、教えてほしいことを教えてやるよ」
 試すようにシアンティは露綺に拳銃を渡した。露綺は拳銃を手に取る。銃のレプリカは手にしたことがあるが、本物は初めてだ。ズシリ、と武器の重みを感じて手が汗ばみ、震える。少しでも気を抜けば拳銃を落としてしまいそうだった。
 震える手で目標を定める。引き金に指をかけようとするが、震えて届かず空に浮いた。自分と同じ顔をしているアンドロイドが誰かは知らないが、鏡映しのような顔がとても気味が悪い。
 目の前にいる自分と同じ顔をしたアンドロイドを殺せば、自分が何のために生まれて寿命が三十年と短い理由がわかるかもしれない。それと不可解な幼なじみの死。露綺は少しずつ心が壊れかけながら正しい選択をしようともがいていた。

 ***
 
 シアンティは戸惑う露綺を観察していた。頭の中に埋め込まれた透明なパズルピースについている小さな歯車が回り出していた。シアンティの記録だ。
――夜空を見上げて恋人想う。
 今日はとても天気が良かったからか、いつもより星がよく見えた。冬の大三角形、オリオン座、俯いていたって墓しか見えないこの状況で空を見上げれば星が見守ってくれている気がした。シアンティは基板を星空に掲げる。回路は空に瞬く星のように見えた。
「核の原料は、マントルや地球の核を冷まさないように働くもの。地球が長生きするためのエネルギー」
 それが醜い戦争に使われた。それも、核実験を行った直後に実験目的で戦地で戦う兵士を爆心地に向かわせたと聞いて狂気の沙汰だと思った。無知というものは酷く恐ろしい。
 そう意見をすれば、身に覚えがない殺人罪を押しつけられた。証拠がないだろう、と論破したがアンドロイドには指紋がない、そういちゃもんをつけられ疑われた。鶏が先か卵が先か、無駄な理論に頭を抱える。殺しをするためにアンドロイドを作るわけがない。
「『あの日、見上げた星空は誰にも届かないはずだった』誰もがお前に汚い手で触れようとする。何がラブドールだ。性処理のためにお前を作ったんじゃない。戦争をするために作ったんじゃない。愛するために作ったんだ」
 夜空に掲げていた基板を下ろす。作り上げた電子基板は空に瞬く星のように綺麗だった。
「アノ日……見上ゲタ……ホシ……」
 ブルーブラッドに塗れたレイチェルを膝にのせ、夜空を記録させた。データの破損は無いと思うが、シャットダウンまでに数分時間がかかりそうだ。
「そうだよ、魂は夜空に光り輝く。お前の魂を新しい器に引き摺り下ろさないとな。この器はもうダメだ」
レイチェルの手を握った。美しさと若さを持つ、枯れることを知らない花。捕まりたくなくて、彼女を武器にまでしてしまった。信念の浅はかさに反吐が出る。
「……マッドサイエンス」
 レイチェルはシャットダウンすることを酷く嫌った。洗濯もうまくできないくせに自分勝手だ、と恨み辛みを言い連ねる。
「悪いな」
 シアンティは苦笑いをする。自分都合でアンドロイドを操作することに対して罪悪感を持ち合わせていた。小さい頃から憧れてなりたくてなった科学者なのに、日に日に身に覚えがない罪を重ねていく。そんな毎日だった。
「ええ、一緒にいなければ許しません」
 レイチェルは死んだ嫁と同じ言葉を言った。もうとっくの昔に亡くなっていると言うのに、いつも傍にいるようだ。
 この頃からシアンティの研修生はシアンティを心配するどころか差別をし始める。やることなすこと全てに口を出し、レイチェルの器を作ろうとするシアンティの邪魔をした。
「もう我慢ができません! あなたは頭がおかしい!!」
 研修生は倫理違反に反すると言い、シアンティを警察に突き出した。
 アンドロイドには指紋がない。犯罪に使える。そんな思想が世の中に広まり、大きな世論となった。シアンティは恐ろしい世界を作ったと悪者にでっち上げられる。
 逮捕されてもシアンティはすぐに釈放された。シアンティが属している研究所は警察へ捜査に役立つ科学情報を提供しており、裏で金の動きがあった。シアンティを表の舞台に立たせておけば、他の研究者たちが攻撃されなかったからだ。それに、追い詰められたシアンティが新たなテクノロジーを生み出すと上層部が狙っていた。だが、その目論見にシアンティは気づかない。逮捕されたことで、貴重な時間を無駄にしてしまったことに対して怒りが止まらなかった。
「なぜだ! なぜだ、なぜだ!! お前の完成がただ待ち遠しいだけなのに。どうして何も分かってくれない。理解してくれないんだ」
 その憤りがシアンティの邪魔をした。レイチェルの新しい器は以前のように上手くいかなかったからだ。
 挫折は時を止める。今までのやり方が、思考が通用しなくなった。時間が停止し、立ち止まることは苦しい。時間が惜しい。日に日にシアンティはやつれ、歳をとっていく。革新的技術の恩恵を享受する人々は現状の生活に満たされてしまい、いつしか途方もない夢を語らなくなっていた。そう、シアンティだけが夢を語っていた。
「そうだ、精神転生をすればいいんだ」
 挫折は時を止め、テクノロジーを進化させる。記憶をアップロードをし、記憶の管理を行う。肉体が消えゆく時代、新しい時代だ。シアンティが生み出したアイデアは伝染病のように広まるウイルスになるだろう。
 シアンティが精神転生をしている間に科学の進歩は戦争ではなく、医療へと移り変わっていった。これからは誰を生かすかで戦争が起きるだろう。これはいわば機械革命。
 そして次に目覚めた時、自分の技術が核実験に使われていたと知った。核実験が行われた場所から離れた村では住民は三十年までしか生きられず、奇形な赤ん坊が産まれてくると言う。自分が生み出してしまった呪いを自分の手で解きたかった。贖罪のつもりである基板を作り上げた。その基板は寿命を延ばし、人間の身体を進化させる。流行病が流行れば、その基板を巡って醜い争いが勃発した。
――記憶はただの記録にすぎない。
 シアンティは基板を作ったことによって過去を清算したつもりだった。過去を悔いて救うものを作り出したつもりだった。実際に基板を使用した人物と会って幸せな姿を見て、あわよくばお礼を言われたかった。
 だが、現実は違う。こんなにも恨まれているとは思わなかった。どうやら、私には人間性がまだまだ足りないらしい。

 ***
 
 露綺は引き金を引こうとした。三年経っても埋めることができない疑問点をなんとか埋めたい。人間は悲しみという負荷がかかると、その悲しみを驚きに変えて負担を軽減しようとする。
「ごめんな……」
 露綺は目を瞑り、引き金に手をかける。パン、と乾いた音がした。
「そこまでだ……!」
 目を開けると、同じ顔をした自分は生きている。入ってきたのは異常事態を知った工場の従業員だった。銃を撃ったのは従業員。銃弾はシアンティの身体を貫いていた。
「このジジイは、この国を滅ぼした人間だぞ。アンドロイドの欠陥を生み出し、俺らを閉じ込めて核実験を繰り返していた。間接的にお前らの両親を殺した首謀者の一人だぞ。工場長が回収しに行き連絡が取れなくなった。お前らが何かしたんだろう!」
 従業員は露綺に拳銃を向ける。露綺は拳銃を構えなおした。自分と同じ顔をしているアンドロイドは膝をつき、手を上げている。だが、いつ反撃に出てもおかしくない。露綺は二人に注意をした。
「トミヤロキ、どっちかと言えば君はこちら側の人間だろう。どうしてそいつの味方をする」
 露綺は唇を噛み締めた。確かにアンドロイド代理戦争のせいで、技術大国ティミッドは潤ったらしい。だが、その技術革新の裏ではかなりの実験が行われていた。その影響は七十五年経った今でも引き摺っている。そしてその首謀者が自分の権力を誇示するために、自分そっくりのアンドロイドを作り上げシアンティと同じ名前を名乗り隣に存在していた。
「そのお前そっくりのクローンアンドロイドを作ったのもそいつだ。工場長と仲違いをしたみたいだかな」
 従業員はクイ、と銃を露綺そっくりのアンドロイドに向ける。露綺はチラリと自分そっくりのアンドロイドを見た。やはり精巧に作られている。
 初めからやり直したい。一緒に仲良くしていたことに反吐が出る。でもゲームみたいに簡単に人生はやり直せない。簡単に記憶をリセットできない。やり直せないとわかっているからこそ、いろんな感情があふれてくる。あの優しさはニセモノだった。
「ロキ、シアンティは悪い人?」
 レイチェルが露綺を見る。学習させてはダメだ。
「ち、違う!!」
 露綺が叫べば、工場内が赤ランプで点灯し始める。どうやら、サーバー無効化が切れたようだ。
「ロキ、私はもうダメかもしれない。計算が私だけ脱出不可能と判断した。お前が聞きたいことを一つだけ答えてやろう」
 シアンティは全てを悟ったのか、露綺とレイチェルを引き寄せる。
「一つだけ……」
 幼なじみの死、寿命が三十年の理由、基板の正体、自分が何をすべきか――。
「アリシア、アリシアが何で死んだのか教えてほしい……」
 ずっと心の中が空いていた。埋めようとしたが、埋められなかった。
「わかった。レイチェル、今からデータを転送する。落ち着いたらロキに話してやれ」
「……承知しました」
 レイチェルは悲しそうに目を伏せた。レイチェルの表情を見て、シアンティは悪いやつじゃないと思い始める。露綺の中で誰を責めればいいのか見失っていた。露綺が悩んでいる隙にクローンアンドロイドがシアンティの腕を掴む。レイチェルはクローンアンドロイドを蹴り飛ばした。初めて見せた感情に露綺は驚く。
「汚い手で触るな! シアンティはすごいんだ!! あなた方はいつもなにかを壊してばかりだけど、シアンティはいつも何かを生み出していた。それを破壊に使ったのはお前らだ! シアンティは悪くない、悪いのは悪用したお前らだ」
 シアンティは手を変形させ、露綺に向かって飛ばした。置いて行け、と言っている。
「あんたがいなくちゃ母さんは直せない! 置いて行けねぇだろう!!」
 途端、露綺とレイチェルの身体が光に包まれる。シアンティの手が光った。ワープだ。光に包まれ身体が転送される。

***

 両親がいなくなれば、自分の存在価値がわからなくなった。
 おのずと十歳になれば必ず両親との別れが訪れる。悲しむ時間はなかった、周りも似たような環境だからだ。自分だけは悲しんではならないと我慢していた。だから、おじロボは需要がある。父の代わりになるからだ。だが、おじロボの役割は労働のみ。需要があるのは母が多かった。短い間だったが、露綺はどこかでシアンティのことを父のように思っていた。
 ワープで工場の外まで飛ばされた。レイチェルは目からモニターを映し出す。そこにはシアンティの視界映像が映し出されていた。そして、工場内のカメラもハッキングに成功したのか同時に部屋の全体図が映し出される。工場内にいた無数のアンドロイドがシアンティを襲っていた。シアンティは飛ばした右手を失いつつも懸命に戦っていた。
 シアンティは父さんに似ていた。いや、父さんと重ねていたのかもしれない。シアンティは四十前後の設定。父さんが生きていれば同じ歳だった。
 シアンティは無表情な顔から父の面影に似た笑いを見せた。
「父さん……」
 思わず涙が零れる。露綺がモニターに手を伸ばしかけた途端、シアンティは自爆した。シアンティの右手を握り締めながら、露綺はレイチェルの手を握り締めて走った。
「今度は俺が守ってやるからな」
 シアンティがいなくなった今、代わりにレイチェルを護らなければならない。
「ぐずっ……」
 涙とともに鼻血が垂れる。ワープしたことにより、身体のタイムリミットが迫っていた。足跡の代わりに、血痕が残されていく。

――夢を叶えようと奮闘するも、夢の現実は困難も伴う。

「はぁ、はぁはぁ……ここまでくれば大丈夫だろう」
 工場から離れ、港に来た。ここから船に乗ってキースを脱出する。止まらない鼻血を拭った。
「さて、どうやって船に乗るか……」
 露綺は大きな貨物船を見る。入り口と出口は一カ所だが、見張りがいて近づけない。見たところアンドロイドか人間なのか判断がつかない。
「お金あるよ」
 レイチェルは手のひらに仮想通貨を表示した。その数、百万ギア。二人分を合わせても十分すぎるぐらいだ。
「レイチェル、こんな大金どこから……」
「シアンティの暗号通貨。誰にも知られない綺麗なお金」
「ほんとシアンティはすごいなぁ。俺にはそんなことできないや」
 アンドロイドになったシアンティは無限の知能を持つ完璧な存在だった。運良く見張りに立っていたのは人間だった。露綺はシアンティのお金で見張りに賄賂を支払い交渉し、船に乗り込んだ。
「レイチェル、シアンティが残したアリシアのデータを教えて」
 船が出航し、動き出す。ガチャガチャと積み荷が揺れる倉庫で露綺とレイチェルは寄り添っていた。
「……本当に聞きたい? ロキは後悔するかもしれない」
 珍しくレイチェルは命令を拒絶した。
「いいんだ。それで空いた穴を埋められるなら」
 後悔すると言われても露綺はいいと思っていた。もう十分過ぎるほど後悔をしている。そろそろ前に進みたかった。
「わかりました。アリシアのデータを展開します……アリシアは寿命が短いことを憂いていました。ロキが適合者と知り、アリシアは期待を膨らませましたが不適合者でした。アリシアは消えてなくなりたい、と言い残し自殺をしました」
 淡々と吐き捨てられるアリシアの人生。露綺は後悔どころか怒りが沸き起こってくる。
「……本当にそれだけか? もっと他に、他にあっただろ!」
 アリシアの人生はそんなものじゃない。もっと残されるデータがあったはずだ。じゃなきゃ、じゃなきゃ……死んだアリシアが報われない。
「シアンティから転送されたログは以上です。生きていればもう少し残されていたかと推測します」
「黙ってろ!」
 レイチェルの言葉が自分に突き刺さったように感じた。露綺は俯き、レイチェルに見られないように泣いた。また振り出しだ。いや、もう何もないのかもしれない。空いた穴は埋まらず、ぽっかり空いたままだった。
 何時間経ったのだろう。先に口を開いたのは、レイチェルだった。
「私ね、人間を殺したの。アンドロイドには指紋がないからって誰かを殺すために作られた。この見た目もね、庇護欲が湧くように設計されている。私を血の海からすくい上げてくれたのはシアンティだった」
 レイチェルの声はアンドロイドなのに感情を持ったかのように震えていた。
「だけどね、私を作ったのもシアンティ。シアンティがアンドロイドの設計をしたってすぐにわかったわ。創造主というものはひねくれ者。だから、私はシアンティの作ったアンドロイドを全て破壊しようとロキのところに来た」
 突然のレイチェルの告白に露綺の涙が止まった。
「え……?」
 露綺は俯いていた顔を上げる。
「ロキは基板を持つ人造アンドロイドよ」
 レイチェルの大きな瞳に自分の顔が見える。露綺の目は星空のように輝いていた。そして、いつの間にか鼻血が止まり、ブルーブラッドに変わっている。
「血が……」
 露綺は自分の手を見た。だが、どうも自分がアンドロイドとは思えない。普通の馬力だし、頭も変な感じはしない。いたって普通の人間だ。
「正確には人間とアンドロイドの融合ね。核実験によって近くの村が汚染された。寿命が短くなったことをシアンティは悔やみ、ある基板を作り上げたの」
 レイチェルはつらつらと話し出す。今から話すことの方が聞きたくなかった。
「……聞きたくない」
 露綺は耳を塞ぐ。
「その基板は星空と呼ばれるほど、とても綺麗なの。ロキの瞳みたいにね」
 レイチェルはロキの頬に触れる。親指の腹で目元をなぞった。
「目を開けて再起動した時から吸い込まれそうだった」
 レイチェルは露綺の目を見る。露綺の中で心臓がドキリと跳ね上がった。ドクドクとけたたましく鳴り、血液が巡回しているのが嫌でもわかる。
「ロキの過去を教えて」
 レイチェルに過去を打ち明けられ、露綺は悩んだ。等価交換をせざるを得ない状況で露綺はゆっくりと口を開く。
「俺には幼なじみがいた。とてもかわいくて好きだった。でも寿命の半分……十五歳で死んじゃった。研究所に殺されたと思っていたのに理由を聞けば自殺だった。俺はさ、アリシアに優しくしてきた。それなのに、アリシアは俺の前からいなくなった。優しさってなんだろうな、もう優しいだけじゃ生きられない世界にでもなったのか……」
 自分の中で『死』という存在が大きくなっていく。暗く狭い倉庫にいたくなくて、頭の中で外に出るのはよくないとわかっていても外の夜風に当たりたかった。
 海の上の風は冷たく、部品が凍りそうだった。夜空を見上げれば、星がとても綺麗に見える。なぜか星空を見れば安心した。露綺は手を伸ばし、星空を掴もうとして虚しさを感じた。
「……ロキ。『生』には読み方が百五十種類以上あるのに『死』の読み方は一つしかないの。生き方には百五十と言わず、様々な生き方があるのよ。ただ、死に方は何通りもあるけど結局死んだ、という事実は変わらない。だから一つしか読み方が存在しない」
 レイチェルは露綺から死を感じ取ったのか、データを展開した。
「そうなんだ、知らなかったな」
 露綺とレイチェルは鉄くずとしてキースを脱出した。国境を越えればもう安全だ。誰も邪魔するものはいない。
「ねぇ、ロキ。ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」
 レイチェルは不安げにロキを見上げる。その目には涙が浮かんでいた。
「ああ、一緒にいるよ。俺を愛してくれる人がいればそれでいい」
 自由を夢見た。だからどんな結果になっても構わない。今しかない、この瞬間を残したかった。
 
***
 
「ここはかつて核使用の実験場だった場所さ」
 臆病な国のティミッドが核使用の可能性を試すために、砂利の国キースで核実験を開始した。国家経済のための土木作業、運河や貯蓄地の建設、石油の発掘など平和利用の目的という大義名分のもと裏で千九百八十九回の核実験を執拗に行った。
 荒廃した街と晴天が醸し出す物悲しさ。乾いた虚脱感が漂っている。
「おっ! いいネタになりそうなところに出てきたぞ」
「いいネタって不謹慎すぎるだろ。人間に似せたアンドロイドが焼け焦げたところ見ただけでもおぞましいのに。ああ、あいつを見てみろ。熱で溶けた目玉がギョロリとして今にも動き出しそうで気味が悪い」
 ビデオカメラを構えたまま、男二人は廃工場の奥へと進んでいく。隠された秘密を探し求めて。
「な、なんか言ったか?」
「いいや、何にも。変な冗談はやめろよ。アンドロイドの幽霊なんかいるわけねーだろ」
「あーなんだっけ? 『あの日、夢に見た星空は誰にも届かないはずだった』そう言えば都市伝説の謎が解けるんだよな……ってか、ロマンチストだな。この暗号を作った人は」
――ピー。
何かが起動した音がした。男二人は周りに放置されたアンドロイド達に目を配る。今にも動き出しそうなアンドロイドを見て同時に息を飲みこんだ。
 すると、奥から物音と誰かが話す声が聞こえてくる。男二人は目配せをして奥へと進んだ。
 開けた場所に出た。天井は朽ち果て日光が差している。スポットライトに当てられたように、少年と少女がいた。
 錆びた声で少女は隣で横たわる少年に何かを話しかけていた。
「おい、アンドロイドが動いてるぞ……」
 男はカメラを向けるのを止めない。
 グルリ、と少女は首を向けて男達を見る。
「ヒィッ……!」
 男は持っていたカメラを放り投げた。ガシャン、と無防備に放置された鉄の塊にぶつかり大破する。
「バカッ! なにカメラを壊してんだよ!!」
 もう一人の男が壊れたカメラに近寄る。
「オソイ、ジャナイ」
 少女はギギギ、と錆びたドアのような音を鳴らしながら首を傾げた。
 ペタペタと、血と油に塗れた手で少女は隣で寄り添う鉄に触った。少女の肌はメンテナンスをされていなかったせいで破損しており、中のコードや部品が剥き出しだった。パチパチ、とショートを繰り返しつつ動いている。
 少女の見た目をしたアンドロイドは、壊れたラジオのように詩のような言葉を再生した。その言葉は男が発したものと同じ言葉だった。そして男二人に振り返る。
「再起動させてくれてありがとう。自分じゃできなくて困ってたの。陰謀論をネットに流してあなたたちが来てくれるまで三十年。その間に何かが起きていると予測はしていたけど……」
 アンドロイド少女はまた目線を隣で横たわる少年に向けた。少年は人間のように見えたが、肌が欠損しており内部の機器が剥き出しになっている。ただ、肌から露出した基板だけは綺麗に存在していた。
「どうして私をシャットダウンさせたの? 死ぬところを見せたく無かった? シアンティもロキもわがままな男ね。メモリーさえあれば精神転生できたのに破損しちゃって別れも言えなかった。言わせてくれなかった。自分の存在を忘れ、ロキやシアンティが望む姿にもなったのに。基板を持っていたのはロキだったのに。どうして気づかないのよ。可能性が無限大にあったのはロキなのよ。もっと長く生きられたでしょ……」
 レイチェルは涙を流す。
「私はロキに生きてほしいと最適なデータと言葉を選択した。それなのにどうして私の言葉が死ぬ勇気へ変わったの? 私はなんて言えばよかった、なんて言えば正解だった……」
 破損したコードに涙が触れ、バチリ、と大きくショートした。電流が流れレイチェルにエラーが引き起こる。頭の中ではシアンティとロキがレイチェルに寄り添う映像が流れていた。