翌日。今日も憎たらしいくらいに空は青々と晴れ渡っていたが、僕はしおしおして元気がない。
折角真壁先輩への想いを自覚したのに、夏休みに空しく引き裂かれてしまうのだろうかと思うと、どうしようもなく気持ちが沈む。
しかし何事もとかく訊いてみないことにははじまらないので、僕は放課後になると同時に部室にダッシュした。
今日も真壁先輩の方が先に部室に到着していた。いつものように窓の外を眺める真壁先輩に、僕は開口一番おそるおそる訊ねた。
「ま、真壁先輩あの、夏休み期間って部活あります……?」
あってくれ、あってくれ、頼む。
そんな僕の願い空しく、僕の方を振り返った真壁先輩は、一秒も迷わずに首を横に振った。
「いや、特に予定はないぞ」
「そ、そんなー!」
僕が膝からがっくり崩れ落ちると、真壁先輩は驚いたように目を丸くした。まさかそんなに残念がられるとはといった様子だ。
「いや、日焼け絶許部ってそもそも特にやることないし……。それに佐倉、家遠いだろ? 部活のためだけにわざわざ出てくるの、面倒だろう?」
「そんな優しい気遣いは今は要らないんですよ、真壁先輩!」
好きな人に会えるならどんな距離だって超えて行っちゃうのが、恋ってもので。
しかし僕の恋心など露も知らない真壁先輩は、本当に不思議そうに首をひねった。
「……佐倉は、夏休みの間も部活したかったのか?」
「はい!」
僕は起立し、懸命に真壁先輩に訴えた。
「だって夏休みの間中真壁先輩に会えないの、寂しすぎます!」
「……大袈裟だな」
口ではそう言いつつも、真壁先輩は嬉しそうだった。口角はふんわりと持ち上がり、喜びのオーラが全身から漂っている。
……部室以外の場所で見かける真壁先輩はいつも、決まって固い表情をしている。怒っているわけでも機嫌が悪いわけでもなくて、どこか張り詰めた雰囲気を纏っている。
けれど「日焼け絶許部」にいるときは、僕と話しているときは柔らかい表情をしてくれていて――今もそうだ――、そのことがまた僕の胸を落ち着かなくさせる。
真壁先輩は僕のことを恋愛の意味では見ていないけど、僕はちょっとだけ、そして絶対に真壁先輩の特別。そう、少しくらい自惚れたい。
真壁先輩の笑みを見て浮かんできた照れを誤魔化すように、僕は言葉を重ねた。
「大袈裟じゃないですよ! 真壁先輩のかっこいいお顔を見るだけで元気をもらえるんですから! ひと夏も真壁先輩を補給できなかったら、僕はしおれた野菜みたいにぺしょぺしょになっちゃいますよ!」
「!」
すると真壁先輩がさらに驚いた顔になって、眉を跳ね上げた。いきなり顔をぐっと近づけ、まじまじと僕の瞳を覗き込んでくる。
(え、何⁉ 顔近っ……。……あ、顔が好きってちょっとまずかった……⁉)
初対面以降は、「今日も本当に綺麗な顔してるなぁ」と感心しながらも、口には出してこなかった。真壁先輩はイケメンすぎて、容姿について騒がれることに辟易しているだろうと思ったから。……まぁ今、ついぽろっと言っちゃったんだけども。
真偽を読みとらんとばかりに僕の顔を丹念に眺め回してから、真壁先輩が実に意外そうに口を開いた。
「佐倉は俺の顔が好きだったのか。今まで特に何も言ってこなかったから、俺の顔には大して興味がないと思ってた」
「いや、普通に大好きですよ。だって真壁先輩のお顔って、完璧ですもん。芸術品みたいで、見てて飽きないっていうか」
どんなに美術に興味がない人の視線でさえたやすく奪っていく、人類史にその中を残す超一流の画家たちが心血を注いで作り上げた美しい絵のよう。真壁先輩の顔は美しくってかっこいいだけじゃなくて、人を引きつける何かがあった。
「……真壁先輩ってこういう話されるの、いやじゃないんですか?」
「どうして?」
僕が窺うように訊ねると、真壁先輩がきょとんとしながら首をひねった。
しかし時折見かけるから知っている。天下無敵の三年女子に取り囲まれ、その素晴らしい顔面についてきゃいきゃい言われているときの真壁先輩は、嫌そうを通り越して苦痛の只中にいるような顔をしている。地獄の炎で焼かれているみたいな顔。
最終的にはいつものように完全無視でその場を立ち去ることで乗り切っているが、あれだけ盛大に顔を歪めているのだ。ああいうふうに顔のことで騒がれるのは真壁先輩の地雷の一つなのではなかろうか。
そのことを婉曲に指摘すると、真壁先輩は「あー」と困ったような声を出しながら、もどかしそうにその赤い髪をバリバリと掻いた。
なんと言えば僕に正しく伝えられるのか、先輩は真剣に悩んでいた。
……僕は、真壁先輩のこういうところも好きだった。どんな話題でも適当に流さず、自分の言葉で自分の考えや気持ちを伝えてくれようとするところ。その誠実さ。
言葉を探し探し、ゆっくりと真壁先輩が言う。
「……顔について騒がれること自体は別によくて……」
「え⁉ そうなんですか?」
その点がもうすでにちょっと意外だ。
「僕の幼馴染みなんて顔のことで騒がれるたびに、『もうめんどくせぇからこの顔面剥ぎとりてぇ』って言ってますよ?」
だから僕は、世の中のイケメンは大体二種類に分類できるものと思っていた。
一つは、イケメンであることを誇りに思い、人生のあらゆる場面でその顔面を最大限利用しながら楽しく生きている人。
一つは、人からきゃあきゃあ言われることを本気で煩わしく思い、できれば普通の顔に生まれたかったと思いながら生きている人。
さっちゃんや真壁先輩など、イケメンの中でも最上位のイケメンは、後者に分類されるものと思っていたのに。
「……さ、佐倉の幼馴染みくんは、ちょっと過激だな?」
まだ出会ったことのさっちゃんの思考に後ずさりしながら、真壁先輩が続ける。
「……まあ、前にも言ったとけど、俺の父親元モデルだし、俺はそんな父親似だから、整ってるって認めないと嫌味になるんだろうなっていう自覚はあって。だから観賞用として遠くで騒ぐ分にはどうぞご自由にって感じなんだ。いやなのは、顔目当ての人間に群がられること。人に近づいてこられるのが、本当にいやで。……佐倉は大事な部員で近づかれても全然いやじゃないから、顔が好きなら思う存分好きに見てくれって感じだな」
そこで真壁先輩が、素敵なことを思いついたと言わんばかりに、「そうだ」とぽんと手を叩いた。
「なんなら写真でも撮るか? SNSに上げないなら、いくらでも好きに撮っていいぞ」
そう慈愛に満ち満ちた顔で優しく微笑みかけられ、頭がくらくらした。
真壁先輩のサービス精神の良さを内心本気で心配しつつも、決して口には出さない。
だって好きな人の写真はほしいもん。ここでやっぱりやめますとか言われたら、僕は悔しさで滂沱の涙を流してしまう。
「と、撮らせて下さいッ! SNSには一生上げません!」
と固く約束して、思い切って写真を撮らせてもらうことにした。好きな人の写真なんていくらあっても困らない。もちろん撮るのは真壁先輩のピン写真だ。
本当はツーショット写真もほしかったけれど、ツーショットをねだるとこのまま僕の気持ちが伝わってしまいそうな気がしたから、ここはぐっと我慢した。
欲望のままにシャッターを切ると、そのまま写真集に使えそうなほど人の印象に残る写真が撮れた。ただ窓を背にして座り、窓から差し込む夏のきらめく日差しを全身に浴びながら微笑んでいるだけなのに、どうしてこんなにも美しいのだろう。
被写体がよすぎるとカメラマンのセンスがなくても良い写真がとれるということが、図らずも立証されてしまった。
(か、家宝にしようっと……!)
SNSになんて絶対上げてやらない。この画面の中にいる真壁先輩は、僕だけの、僕だけが見つめていい特別な真壁先輩だ。
ほくほくしながらスマホのロック画面に設定していると、真壁先輩が座っていた椅子から急に立ち上がって、僕に近づいてきた。真壁先輩の大きくて男らしい手のひらが、僕の頭の上にぽんと置かれる。
「じゃあ、夏休みもやるか、部活」
「え……!」
驚いて真壁先輩の茶色がかった繊細な瞳を覗き込むと、真壁先輩は目をきゅっと細めて優しく笑いかけてくれた。
「そんなに目をキラキラさせて写真撮ってる様子見てたら、佐倉、本当に夏休み期間中ずっと俺に会えないとしなびちゃいそうだと思って。大事な部員で後輩の佐倉をしなびさせるわけにはいかないし、それに佐倉が休みの間に日焼けしないか、見張っとかないとな」
「日焼け絶許部は、太陽がギラギラ輝く夏こそが本番だろ?」と、茶目っ気たっぷりに真壁先輩がつけ加える。
夏休みも大好きな真壁先輩に会える。会えるのだ。
そう思ったら、僕の体中の喜びが爆発した。その場でぴょんぴょん飛び跳ね、「やったーーーー‼」と腹から叫ぶ。
喜びにはしゃぐ僕の声が、窓を越え、グラウンドにまで響き渡った。
折角真壁先輩への想いを自覚したのに、夏休みに空しく引き裂かれてしまうのだろうかと思うと、どうしようもなく気持ちが沈む。
しかし何事もとかく訊いてみないことにははじまらないので、僕は放課後になると同時に部室にダッシュした。
今日も真壁先輩の方が先に部室に到着していた。いつものように窓の外を眺める真壁先輩に、僕は開口一番おそるおそる訊ねた。
「ま、真壁先輩あの、夏休み期間って部活あります……?」
あってくれ、あってくれ、頼む。
そんな僕の願い空しく、僕の方を振り返った真壁先輩は、一秒も迷わずに首を横に振った。
「いや、特に予定はないぞ」
「そ、そんなー!」
僕が膝からがっくり崩れ落ちると、真壁先輩は驚いたように目を丸くした。まさかそんなに残念がられるとはといった様子だ。
「いや、日焼け絶許部ってそもそも特にやることないし……。それに佐倉、家遠いだろ? 部活のためだけにわざわざ出てくるの、面倒だろう?」
「そんな優しい気遣いは今は要らないんですよ、真壁先輩!」
好きな人に会えるならどんな距離だって超えて行っちゃうのが、恋ってもので。
しかし僕の恋心など露も知らない真壁先輩は、本当に不思議そうに首をひねった。
「……佐倉は、夏休みの間も部活したかったのか?」
「はい!」
僕は起立し、懸命に真壁先輩に訴えた。
「だって夏休みの間中真壁先輩に会えないの、寂しすぎます!」
「……大袈裟だな」
口ではそう言いつつも、真壁先輩は嬉しそうだった。口角はふんわりと持ち上がり、喜びのオーラが全身から漂っている。
……部室以外の場所で見かける真壁先輩はいつも、決まって固い表情をしている。怒っているわけでも機嫌が悪いわけでもなくて、どこか張り詰めた雰囲気を纏っている。
けれど「日焼け絶許部」にいるときは、僕と話しているときは柔らかい表情をしてくれていて――今もそうだ――、そのことがまた僕の胸を落ち着かなくさせる。
真壁先輩は僕のことを恋愛の意味では見ていないけど、僕はちょっとだけ、そして絶対に真壁先輩の特別。そう、少しくらい自惚れたい。
真壁先輩の笑みを見て浮かんできた照れを誤魔化すように、僕は言葉を重ねた。
「大袈裟じゃないですよ! 真壁先輩のかっこいいお顔を見るだけで元気をもらえるんですから! ひと夏も真壁先輩を補給できなかったら、僕はしおれた野菜みたいにぺしょぺしょになっちゃいますよ!」
「!」
すると真壁先輩がさらに驚いた顔になって、眉を跳ね上げた。いきなり顔をぐっと近づけ、まじまじと僕の瞳を覗き込んでくる。
(え、何⁉ 顔近っ……。……あ、顔が好きってちょっとまずかった……⁉)
初対面以降は、「今日も本当に綺麗な顔してるなぁ」と感心しながらも、口には出してこなかった。真壁先輩はイケメンすぎて、容姿について騒がれることに辟易しているだろうと思ったから。……まぁ今、ついぽろっと言っちゃったんだけども。
真偽を読みとらんとばかりに僕の顔を丹念に眺め回してから、真壁先輩が実に意外そうに口を開いた。
「佐倉は俺の顔が好きだったのか。今まで特に何も言ってこなかったから、俺の顔には大して興味がないと思ってた」
「いや、普通に大好きですよ。だって真壁先輩のお顔って、完璧ですもん。芸術品みたいで、見てて飽きないっていうか」
どんなに美術に興味がない人の視線でさえたやすく奪っていく、人類史にその中を残す超一流の画家たちが心血を注いで作り上げた美しい絵のよう。真壁先輩の顔は美しくってかっこいいだけじゃなくて、人を引きつける何かがあった。
「……真壁先輩ってこういう話されるの、いやじゃないんですか?」
「どうして?」
僕が窺うように訊ねると、真壁先輩がきょとんとしながら首をひねった。
しかし時折見かけるから知っている。天下無敵の三年女子に取り囲まれ、その素晴らしい顔面についてきゃいきゃい言われているときの真壁先輩は、嫌そうを通り越して苦痛の只中にいるような顔をしている。地獄の炎で焼かれているみたいな顔。
最終的にはいつものように完全無視でその場を立ち去ることで乗り切っているが、あれだけ盛大に顔を歪めているのだ。ああいうふうに顔のことで騒がれるのは真壁先輩の地雷の一つなのではなかろうか。
そのことを婉曲に指摘すると、真壁先輩は「あー」と困ったような声を出しながら、もどかしそうにその赤い髪をバリバリと掻いた。
なんと言えば僕に正しく伝えられるのか、先輩は真剣に悩んでいた。
……僕は、真壁先輩のこういうところも好きだった。どんな話題でも適当に流さず、自分の言葉で自分の考えや気持ちを伝えてくれようとするところ。その誠実さ。
言葉を探し探し、ゆっくりと真壁先輩が言う。
「……顔について騒がれること自体は別によくて……」
「え⁉ そうなんですか?」
その点がもうすでにちょっと意外だ。
「僕の幼馴染みなんて顔のことで騒がれるたびに、『もうめんどくせぇからこの顔面剥ぎとりてぇ』って言ってますよ?」
だから僕は、世の中のイケメンは大体二種類に分類できるものと思っていた。
一つは、イケメンであることを誇りに思い、人生のあらゆる場面でその顔面を最大限利用しながら楽しく生きている人。
一つは、人からきゃあきゃあ言われることを本気で煩わしく思い、できれば普通の顔に生まれたかったと思いながら生きている人。
さっちゃんや真壁先輩など、イケメンの中でも最上位のイケメンは、後者に分類されるものと思っていたのに。
「……さ、佐倉の幼馴染みくんは、ちょっと過激だな?」
まだ出会ったことのさっちゃんの思考に後ずさりしながら、真壁先輩が続ける。
「……まあ、前にも言ったとけど、俺の父親元モデルだし、俺はそんな父親似だから、整ってるって認めないと嫌味になるんだろうなっていう自覚はあって。だから観賞用として遠くで騒ぐ分にはどうぞご自由にって感じなんだ。いやなのは、顔目当ての人間に群がられること。人に近づいてこられるのが、本当にいやで。……佐倉は大事な部員で近づかれても全然いやじゃないから、顔が好きなら思う存分好きに見てくれって感じだな」
そこで真壁先輩が、素敵なことを思いついたと言わんばかりに、「そうだ」とぽんと手を叩いた。
「なんなら写真でも撮るか? SNSに上げないなら、いくらでも好きに撮っていいぞ」
そう慈愛に満ち満ちた顔で優しく微笑みかけられ、頭がくらくらした。
真壁先輩のサービス精神の良さを内心本気で心配しつつも、決して口には出さない。
だって好きな人の写真はほしいもん。ここでやっぱりやめますとか言われたら、僕は悔しさで滂沱の涙を流してしまう。
「と、撮らせて下さいッ! SNSには一生上げません!」
と固く約束して、思い切って写真を撮らせてもらうことにした。好きな人の写真なんていくらあっても困らない。もちろん撮るのは真壁先輩のピン写真だ。
本当はツーショット写真もほしかったけれど、ツーショットをねだるとこのまま僕の気持ちが伝わってしまいそうな気がしたから、ここはぐっと我慢した。
欲望のままにシャッターを切ると、そのまま写真集に使えそうなほど人の印象に残る写真が撮れた。ただ窓を背にして座り、窓から差し込む夏のきらめく日差しを全身に浴びながら微笑んでいるだけなのに、どうしてこんなにも美しいのだろう。
被写体がよすぎるとカメラマンのセンスがなくても良い写真がとれるということが、図らずも立証されてしまった。
(か、家宝にしようっと……!)
SNSになんて絶対上げてやらない。この画面の中にいる真壁先輩は、僕だけの、僕だけが見つめていい特別な真壁先輩だ。
ほくほくしながらスマホのロック画面に設定していると、真壁先輩が座っていた椅子から急に立ち上がって、僕に近づいてきた。真壁先輩の大きくて男らしい手のひらが、僕の頭の上にぽんと置かれる。
「じゃあ、夏休みもやるか、部活」
「え……!」
驚いて真壁先輩の茶色がかった繊細な瞳を覗き込むと、真壁先輩は目をきゅっと細めて優しく笑いかけてくれた。
「そんなに目をキラキラさせて写真撮ってる様子見てたら、佐倉、本当に夏休み期間中ずっと俺に会えないとしなびちゃいそうだと思って。大事な部員で後輩の佐倉をしなびさせるわけにはいかないし、それに佐倉が休みの間に日焼けしないか、見張っとかないとな」
「日焼け絶許部は、太陽がギラギラ輝く夏こそが本番だろ?」と、茶目っ気たっぷりに真壁先輩がつけ加える。
夏休みも大好きな真壁先輩に会える。会えるのだ。
そう思ったら、僕の体中の喜びが爆発した。その場でぴょんぴょん飛び跳ね、「やったーーーー‼」と腹から叫ぶ。
喜びにはしゃぐ僕の声が、窓を越え、グラウンドにまで響き渡った。
