「しっかし、最近は本当に、日が暮れてきてからも異常に暑いな」
僕の隣で坂道を下りながら、真壁先輩が勘弁してくれというように呟く。その形のいい額には、玉のような汗が滲み出ていた。
ものすごい美形の人って、まったく汗をかかない……というか汗腺を完全にコントロールできるイメージがあったけれど、まあ人間だから。たとえどんなにかっこよくって綺麗でも、生きている限り汗もかくし傷も負うということなのだろう。
――日焼け絶許部に入部して早一週間。
放課後は旧理科室に通って真壁先輩とお喋りするのが、すっかり僕の日常になった。
真壁先輩の日焼け対策にかける情熱は本物だが、わざわざ「部員を募集しない、日焼け対策をする」部活を創設したのは、学校でぼんやり過ごす大義名分がほしかったかららしい。どうせぼんやりするなら学校より家の方が自由で楽しいんじゃ……? と思わなくはないけれど、まぁ真壁先輩には真壁先輩の理由があるということだろう。
つまり「日焼け絶許部」とは真壁先輩が学校で堂々とぼんやりするためだけに作られた部活であり、ぶっちゃけ「部」としてやることは――活動内容らしい活動内容はまったくない。だからこそ真壁先輩には「佐倉の来たいときだけ来ればいい」と言ってもらっていたけれど、僕は進んで毎日通っていた。
僕の思い描いていた部活内容とは違ったけれど、真壁先輩とお喋りできるだけで、充分すぎるほどに楽しかったから。
部活がはじまって一時間半ほど経つと、真壁先輩が「そろそろ帰ろうか」と切り出すので、それで部活は終了となる。
そして日焼け絶許部の名にふさわしく、顔や首、腕、それから両耳の後ろにまで日焼け止めを丁寧に塗り直し、アームカバーをしっかりと装着してから、二人一緒に部室を出る。
僕は電車通学で、家が近いという真壁先輩は徒歩通学。だから、本当に途中まで、駅前の大きな道に出るまでは一緒に帰っていた。
「本当に暑いですよね~。コンクリートの照り返しもきつい~……」
真壁先輩がアームカバーで保護された腕で額の汗を拭うのを横目で見つつ、相槌を打つ。
喋りながら帰るので、ここ最近、真壁先輩は下校中には黒マスクをしていなかった。おかげで先輩の綺麗な顔がよく拝める。
「ついに七月に入ったからな……。太陽もさすがに本気出してきてるな」
校門前の坂から駅前の大通りに出るまでの道は歩道と車道がちゃんとわかれていない上、夕方になると車通りが一気に増える。
そんな道で雨でもないのに傘を――二人とも日傘を差して並んで歩くのはマナー違反な気がしてはばかられ、僕も真壁先輩もなんとなく、互いに一人になるまでは日傘を差せずにいた。
日焼けするし、何より単純に日差しがきついから、本当は二人とも差したくてたまらないのに。……傘って案外場所をとるから困ってしまう。
しかし今日の日差しは一段ときつい。あまりの暑さに耐えかねた僕は、休憩を兼ねて立ち止まり、真壁先輩に提案した。
「真壁先輩、どうか日傘を差して下さい。先輩の折角の綺麗な肌がこんがり焼けちゃいますよ」
「それを言うなら佐倉が差した方がいい。熱さに参ってる顔してるぞ」
「いや先輩が」
「いや差すなら佐倉だ」
押し問答が続いて。
「じゃあ、こうしよう」
と、真壁先輩が見かねたように、手に持っていた淡いグレーの日傘を開いた。
そして。
ふわり。
頭上にまあるい影が落ちてくる。真壁先輩が日傘を差し出してくれたのだ。
――けれど。
「!」
僕はびっくりして息を呑んだ。
真壁先輩は僕の頭の上に日傘を掲げてくれたけど、日傘のすべてが僕の頭上に来たわけではない。もう半分は、僕の方に突然ぐっと体を近づけてきた真壁先輩の頭の上だ。
真壁先輩の細身ながらしっかりと鍛え上げられた体が傍に来て、僕は激しく動揺した。大きく目を見開いて、呆然と隣にいる真壁先輩を見上げる。
これって、これって……。
「ま、真壁先輩? これっていわゆる相合い傘じゃ……」
日傘で相合い傘するって、聞いたことないけど。
でも、日傘って晴雨兼用が多いから、普通の相合い傘と同じ判定になるのかな? いや同じ判定って何?
……ダメだ。近くに超絶良い匂いのする真壁先輩がいるせいで、思考と情緒がめちゃくちゃになっている。深呼吸して落ち着きたいところだけど、深く息を吸った分だけ、真壁先輩の良い匂いが肺に入り込んできてしまうから、深呼吸さえままならない。
……イケメンってなんでこんなに良い匂いがするんだろう。香水? いやもうそういうフェロモンを放っているとしか思えない。理性を惑わす魅力的な香り。
僕が主に突然物理的に近くなった距離に動揺しているのに対し、真壁先輩は真壁先輩で及び腰だった。
……尖った見かけをしている真壁先輩だけれど、実際は短期間の付き合いでもわかるほどに、繊細で穏やかな気遣いの人だから、真壁先輩も気まずいのだろう。
――真壁先輩のことを知れば知るほど、真壁先輩がなぜ人を遠ざけているのかわからなくなる。真壁先輩は他人にまったく興味を持てない僕とは違う。
他人にちゃんと興味があり、優しくでき、わかり合う努力もできる人だ。それなのになぜ、と思うけれど、一方で少し納得できる部分もある。繊細な人は傷つきやすい。他ならぬさっちゃんがそうだから、わかる。
真壁先輩はきっと人に気を遣いすぎて、疲れ切ってしまうタイプの人だから、その自覚があるからこそ不用意に他人に近づいてきてほしくないのかもしれなかった。
「ま、あ、そうなるな」と、真壁先輩が僕の相合い傘発言を一旦肯定し、続けた。
「……日焼け対策というか、熱中症対策のためにもやっぱり傘は必要だと思うが、でもさすがに二人とも日傘差して並んで歩くのは車の迷惑になるだろうし、前後に並んで歩き続けるのも不自然だし、この形が一番自然かなと思って。……悪い、嫌だったか?」
出会ってたった一週間の先輩にこんなに接近されるのは嫌だったんじゃないかとか、そんな僕がまったく思ってもいないことをぐるぐる気にしているみたいだったから、僕は全力で首を横に振って否定した。
「全然嫌じゃないですよ! ただ相合い傘ってはじめてしたな……と」
……ただ相合い傘しているだけで過剰な反応かなと、自分で自分が恥ずかしくなったけれど、真壁先輩も僕の方を見つめたまま、神妙な顔でこくりと頷いた。
「……俺も、家族以外とははじめてした」
……それは、予想通りの回答と言えば予想通りだったし、意外な回答と言えば意外だった。人を遠ざけまくっているとはいえ、これだけかっこよく、そして目立つ人なのだ。今はともかく、過去に恋人の一人や二人いたのではないか、その恋人たちとしたことはないのだろうかと、そんな疑問が頭をよぎる。
どうしてだろう。その疑問にうまく蓋をすることができなくて、僕は真壁先輩の茶色がかった瞳をじっと覗き込みながら、つい訊ねてしまう。
「……恋人さんとかと、したことないんですか?」
「こ、恋人……」
真壁先輩が死ぬほど答え辛そうに、顔を引き攣らせる。思案にくれて、日傘のハンドルをくるくると回す。それに連動して、地面に落ちたまあるい影もまたくるくると回転する。影絵みたいで、とても綺麗だ。
たっぷり三分は沈黙していた真壁先輩が、観念したように口を開く。視線は明後日の方向を向いていた。
「恋人は、その、いたことないな。中学までは、ずっと部活一筋だったから」
「……なるほど」
まあ、部活に熱中しするあまり他をおざなりにしていたというのは、あり得なくはない話だ。真壁先輩、恋愛に特に興味なさそうだし。と、僕が一人納得していると。
「だから、正真正銘佐倉がはじめてだ」と、唐突にぽそっとつけ加えられた。
――佐倉が、はじめて。
そのフレーズが、なぜかやけに耳に残る。
(~~~~~~~~!)
密かに、僕は悶えた。
(なんか真壁先輩が言うと、妙にセンシティブに聞こえるんだけど!)
ぎゅっと目を瞑って、そう叫び出したくなる。
おまけに今しているのは相合い傘だ。普通なら仲の良い友人同士か――恋人とする行為。
相合い傘の意味を思い出すと、余計にどうしようもない恥ずかしさ――というか変な照れに襲われた。モジモジが止まらない。耳まで真っ赤になっているのが、鏡を見なくてもわかる。
(だって、顔も耳も、燃えてるみたいに熱いもの)
……そしてそれは、互いの服が触れ合いそうなほどの距離にいる真壁先輩もそうで。
こんな近距離にいるので、真壁先輩も真壁先輩なりに恥ずかしさを感じ、そして緊張しているのが気配でダイレクトに伝わってくる。
互いの感情がシンクロし合って、胸が痛いほどにドキドキする。
恥ずかしいから今すぐに相合い傘をやめたくて、でも真壁先輩と離れてしまうのはなんだかとても寂しくて、どうすることもできないまま、馬鹿みたいにこの場に突っ立っていた。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
ミーンミーンというセミの鳴き声だけが、空気を振動させている。大嫌いなはずのセミの鳴き声も、真壁先輩のすぐ隣にいる今だけは、不思議とまったく気にならなかった。
長い長い沈黙のあと、「帰るか」と切り出したのは真壁先輩だった。その頬は、未だに薄桃色に染まっている。肌が新雪のように白い分、手に取るようにそれがわかる。
「そ、そうしましょう」
ぎこちない態度で、一歩、二歩。
ぎこぎこと、さびたブリキの人形みたいに不自然な動作で、坂道を下る。結局、大通りに出るまで二人とも無言だった。
大通りの正面に僕の利用する駅があり、真壁先輩はここから左に曲がる。
信号が青だったので、真壁先輩が慌てて信号を渡っていく。
「じゃ、じゃあな」
二、三メートルほど距離が開いたところから、真壁先輩が気まずそうに挨拶をするのに。
僕は道向かいから精一杯手を振って叫んだ。
「真壁先輩! 今日は本当にありがとうございました! また相合い傘しましょうね!」
口に出すのは死ぬほど恥ずかしかったけれど、でもここでちゃんと言わないと、折角この一週間で縮まったはずの、真壁先輩との心の距離がまた開いてしまうと思ったから。
一生懸命叫ぶと、真壁先輩は一瞬驚いた顔になって、それからすぐに花がほころぶような可憐な顔で笑ってくれた。
透き通る橙色の夕陽を背にして笑う真壁先輩の嬉しそうな表情が、いつまでも胸に焼きついて離れなかった。
僕の隣で坂道を下りながら、真壁先輩が勘弁してくれというように呟く。その形のいい額には、玉のような汗が滲み出ていた。
ものすごい美形の人って、まったく汗をかかない……というか汗腺を完全にコントロールできるイメージがあったけれど、まあ人間だから。たとえどんなにかっこよくって綺麗でも、生きている限り汗もかくし傷も負うということなのだろう。
――日焼け絶許部に入部して早一週間。
放課後は旧理科室に通って真壁先輩とお喋りするのが、すっかり僕の日常になった。
真壁先輩の日焼け対策にかける情熱は本物だが、わざわざ「部員を募集しない、日焼け対策をする」部活を創設したのは、学校でぼんやり過ごす大義名分がほしかったかららしい。どうせぼんやりするなら学校より家の方が自由で楽しいんじゃ……? と思わなくはないけれど、まぁ真壁先輩には真壁先輩の理由があるということだろう。
つまり「日焼け絶許部」とは真壁先輩が学校で堂々とぼんやりするためだけに作られた部活であり、ぶっちゃけ「部」としてやることは――活動内容らしい活動内容はまったくない。だからこそ真壁先輩には「佐倉の来たいときだけ来ればいい」と言ってもらっていたけれど、僕は進んで毎日通っていた。
僕の思い描いていた部活内容とは違ったけれど、真壁先輩とお喋りできるだけで、充分すぎるほどに楽しかったから。
部活がはじまって一時間半ほど経つと、真壁先輩が「そろそろ帰ろうか」と切り出すので、それで部活は終了となる。
そして日焼け絶許部の名にふさわしく、顔や首、腕、それから両耳の後ろにまで日焼け止めを丁寧に塗り直し、アームカバーをしっかりと装着してから、二人一緒に部室を出る。
僕は電車通学で、家が近いという真壁先輩は徒歩通学。だから、本当に途中まで、駅前の大きな道に出るまでは一緒に帰っていた。
「本当に暑いですよね~。コンクリートの照り返しもきつい~……」
真壁先輩がアームカバーで保護された腕で額の汗を拭うのを横目で見つつ、相槌を打つ。
喋りながら帰るので、ここ最近、真壁先輩は下校中には黒マスクをしていなかった。おかげで先輩の綺麗な顔がよく拝める。
「ついに七月に入ったからな……。太陽もさすがに本気出してきてるな」
校門前の坂から駅前の大通りに出るまでの道は歩道と車道がちゃんとわかれていない上、夕方になると車通りが一気に増える。
そんな道で雨でもないのに傘を――二人とも日傘を差して並んで歩くのはマナー違反な気がしてはばかられ、僕も真壁先輩もなんとなく、互いに一人になるまでは日傘を差せずにいた。
日焼けするし、何より単純に日差しがきついから、本当は二人とも差したくてたまらないのに。……傘って案外場所をとるから困ってしまう。
しかし今日の日差しは一段ときつい。あまりの暑さに耐えかねた僕は、休憩を兼ねて立ち止まり、真壁先輩に提案した。
「真壁先輩、どうか日傘を差して下さい。先輩の折角の綺麗な肌がこんがり焼けちゃいますよ」
「それを言うなら佐倉が差した方がいい。熱さに参ってる顔してるぞ」
「いや先輩が」
「いや差すなら佐倉だ」
押し問答が続いて。
「じゃあ、こうしよう」
と、真壁先輩が見かねたように、手に持っていた淡いグレーの日傘を開いた。
そして。
ふわり。
頭上にまあるい影が落ちてくる。真壁先輩が日傘を差し出してくれたのだ。
――けれど。
「!」
僕はびっくりして息を呑んだ。
真壁先輩は僕の頭の上に日傘を掲げてくれたけど、日傘のすべてが僕の頭上に来たわけではない。もう半分は、僕の方に突然ぐっと体を近づけてきた真壁先輩の頭の上だ。
真壁先輩の細身ながらしっかりと鍛え上げられた体が傍に来て、僕は激しく動揺した。大きく目を見開いて、呆然と隣にいる真壁先輩を見上げる。
これって、これって……。
「ま、真壁先輩? これっていわゆる相合い傘じゃ……」
日傘で相合い傘するって、聞いたことないけど。
でも、日傘って晴雨兼用が多いから、普通の相合い傘と同じ判定になるのかな? いや同じ判定って何?
……ダメだ。近くに超絶良い匂いのする真壁先輩がいるせいで、思考と情緒がめちゃくちゃになっている。深呼吸して落ち着きたいところだけど、深く息を吸った分だけ、真壁先輩の良い匂いが肺に入り込んできてしまうから、深呼吸さえままならない。
……イケメンってなんでこんなに良い匂いがするんだろう。香水? いやもうそういうフェロモンを放っているとしか思えない。理性を惑わす魅力的な香り。
僕が主に突然物理的に近くなった距離に動揺しているのに対し、真壁先輩は真壁先輩で及び腰だった。
……尖った見かけをしている真壁先輩だけれど、実際は短期間の付き合いでもわかるほどに、繊細で穏やかな気遣いの人だから、真壁先輩も気まずいのだろう。
――真壁先輩のことを知れば知るほど、真壁先輩がなぜ人を遠ざけているのかわからなくなる。真壁先輩は他人にまったく興味を持てない僕とは違う。
他人にちゃんと興味があり、優しくでき、わかり合う努力もできる人だ。それなのになぜ、と思うけれど、一方で少し納得できる部分もある。繊細な人は傷つきやすい。他ならぬさっちゃんがそうだから、わかる。
真壁先輩はきっと人に気を遣いすぎて、疲れ切ってしまうタイプの人だから、その自覚があるからこそ不用意に他人に近づいてきてほしくないのかもしれなかった。
「ま、あ、そうなるな」と、真壁先輩が僕の相合い傘発言を一旦肯定し、続けた。
「……日焼け対策というか、熱中症対策のためにもやっぱり傘は必要だと思うが、でもさすがに二人とも日傘差して並んで歩くのは車の迷惑になるだろうし、前後に並んで歩き続けるのも不自然だし、この形が一番自然かなと思って。……悪い、嫌だったか?」
出会ってたった一週間の先輩にこんなに接近されるのは嫌だったんじゃないかとか、そんな僕がまったく思ってもいないことをぐるぐる気にしているみたいだったから、僕は全力で首を横に振って否定した。
「全然嫌じゃないですよ! ただ相合い傘ってはじめてしたな……と」
……ただ相合い傘しているだけで過剰な反応かなと、自分で自分が恥ずかしくなったけれど、真壁先輩も僕の方を見つめたまま、神妙な顔でこくりと頷いた。
「……俺も、家族以外とははじめてした」
……それは、予想通りの回答と言えば予想通りだったし、意外な回答と言えば意外だった。人を遠ざけまくっているとはいえ、これだけかっこよく、そして目立つ人なのだ。今はともかく、過去に恋人の一人や二人いたのではないか、その恋人たちとしたことはないのだろうかと、そんな疑問が頭をよぎる。
どうしてだろう。その疑問にうまく蓋をすることができなくて、僕は真壁先輩の茶色がかった瞳をじっと覗き込みながら、つい訊ねてしまう。
「……恋人さんとかと、したことないんですか?」
「こ、恋人……」
真壁先輩が死ぬほど答え辛そうに、顔を引き攣らせる。思案にくれて、日傘のハンドルをくるくると回す。それに連動して、地面に落ちたまあるい影もまたくるくると回転する。影絵みたいで、とても綺麗だ。
たっぷり三分は沈黙していた真壁先輩が、観念したように口を開く。視線は明後日の方向を向いていた。
「恋人は、その、いたことないな。中学までは、ずっと部活一筋だったから」
「……なるほど」
まあ、部活に熱中しするあまり他をおざなりにしていたというのは、あり得なくはない話だ。真壁先輩、恋愛に特に興味なさそうだし。と、僕が一人納得していると。
「だから、正真正銘佐倉がはじめてだ」と、唐突にぽそっとつけ加えられた。
――佐倉が、はじめて。
そのフレーズが、なぜかやけに耳に残る。
(~~~~~~~~!)
密かに、僕は悶えた。
(なんか真壁先輩が言うと、妙にセンシティブに聞こえるんだけど!)
ぎゅっと目を瞑って、そう叫び出したくなる。
おまけに今しているのは相合い傘だ。普通なら仲の良い友人同士か――恋人とする行為。
相合い傘の意味を思い出すと、余計にどうしようもない恥ずかしさ――というか変な照れに襲われた。モジモジが止まらない。耳まで真っ赤になっているのが、鏡を見なくてもわかる。
(だって、顔も耳も、燃えてるみたいに熱いもの)
……そしてそれは、互いの服が触れ合いそうなほどの距離にいる真壁先輩もそうで。
こんな近距離にいるので、真壁先輩も真壁先輩なりに恥ずかしさを感じ、そして緊張しているのが気配でダイレクトに伝わってくる。
互いの感情がシンクロし合って、胸が痛いほどにドキドキする。
恥ずかしいから今すぐに相合い傘をやめたくて、でも真壁先輩と離れてしまうのはなんだかとても寂しくて、どうすることもできないまま、馬鹿みたいにこの場に突っ立っていた。
「…………」
「…………」
「……………………」
「……………………」
ミーンミーンというセミの鳴き声だけが、空気を振動させている。大嫌いなはずのセミの鳴き声も、真壁先輩のすぐ隣にいる今だけは、不思議とまったく気にならなかった。
長い長い沈黙のあと、「帰るか」と切り出したのは真壁先輩だった。その頬は、未だに薄桃色に染まっている。肌が新雪のように白い分、手に取るようにそれがわかる。
「そ、そうしましょう」
ぎこちない態度で、一歩、二歩。
ぎこぎこと、さびたブリキの人形みたいに不自然な動作で、坂道を下る。結局、大通りに出るまで二人とも無言だった。
大通りの正面に僕の利用する駅があり、真壁先輩はここから左に曲がる。
信号が青だったので、真壁先輩が慌てて信号を渡っていく。
「じゃ、じゃあな」
二、三メートルほど距離が開いたところから、真壁先輩が気まずそうに挨拶をするのに。
僕は道向かいから精一杯手を振って叫んだ。
「真壁先輩! 今日は本当にありがとうございました! また相合い傘しましょうね!」
口に出すのは死ぬほど恥ずかしかったけれど、でもここでちゃんと言わないと、折角この一週間で縮まったはずの、真壁先輩との心の距離がまた開いてしまうと思ったから。
一生懸命叫ぶと、真壁先輩は一瞬驚いた顔になって、それからすぐに花がほころぶような可憐な顔で笑ってくれた。
透き通る橙色の夕陽を背にして笑う真壁先輩の嬉しそうな表情が、いつまでも胸に焼きついて離れなかった。
