部員非募集! 「日焼け絶許部」で恋をする♡

 僕たちの家から晴光学園までは、片道二時間以上かかる。
 まず家から家の最寄り駅まで徒歩十分。そこから二時間以上電車に乗って県をまたぎ、学校の最寄り駅からさらに十五分ほど歩く。
 学校の正門前へと続く道はだらだらと無駄に長い登り坂になっていて、みんなこの坂道をだるそうに歩くから、朝の道は人で渋滞している。
 ただし、車道と歩道が分離していないため、車通りが増える夕方の時間帯は身を縮め合って歩かねばならなかった。こんなふうに広がって歩けるのは、車通りが極端に少ない朝の時間帯だけだ。
 
 ――日焼け絶許部に入部を許された、翌日。
 僕はさっちゃんと肩を並べて、日傘を差しさし、遅刻しない程度にのんびり坂を上がっていた。

「今日もあっついね~」
「ああ、マジで無駄に暑い」

 そう言ってさっちゃんが額に滲んだ汗を乱暴に拭う。
 朝のうちから空は雲一つないほど青く澄み渡り、太陽は燦々と輝いていた。普通に外を歩いているだけで、身体の芯まで太陽に焼かれてしまいそうな暑さ。最近の夏って、普通に生きてるだけで真面目に命の危機を感じてしまう。
 ――これは僕だけじゃなくて、他の人も感じていることなのだろう。女子の日傘率は言わずもがな高いが、男子生徒の日傘率もそこそこ高い。
 周囲に軽く目をやれば、熱中症対策としてだろう。装飾性のないシンプルな日傘を差して歩く男子生徒の姿がちょこちょこと目に入る。日傘男子も増えつつあるとはいえ、僕みたいにたっぷりの日焼け止めを塗り、アームカバーを装着した上で遮光率百パーセントの日傘を差している男子は他にいなかった。もちろん、女子はそういう子ばかりだけども。
 内心「どうだ、日焼け絶許部の部員にふさわしいだろう」と胸を張って歩いていたら。

「佐倉」

 と、後ろから突然声をかけられた。
 友達が友達を発見してかける声のトーンではなく、明らかに先輩が後輩を呼び止めるときに出す声のトーンだった。
 そして僕には知り合いの先輩が、一人しかいない。
 振り返るとそこには案の定、この学校における僕のたった一人の、そして昨日知り合ったばかりの部活の先輩――真壁先輩がいた、のだが。

「ま、真壁先輩?」

 真壁先輩の姿を目にした僕は、驚きで思わず足を止めた。突然立ち止まった僕を見て、真壁先輩こそ驚いたように、立ち止まる。そして怪訝な顔で首を傾げた。

「どうしてちょっと疑問形なんだ?」
「いや、だって……」

 芸能人ですか? とツッコミを入れたくなるようなバッチバチの黒サングラスに黒マスクが決まってる。首元は有名ブランドのロゴの入ったタオルで覆われ、半袖シャツの先は指先まで綺麗にアームカバーが保護してる。その上で、真壁先輩はシンプルなグレーの日傘を差していた。
 あっぱれ、と感服したくなるような、鉄壁の防御。完全防備だと思い込んでいた僕のさらに上を行く重装備だった。
 鉄壁が行き過ぎて若干不審者だが、「一分一秒足りとも焼きません」という真壁先輩の覚悟がひしひしと伝わってくる。
 さすが日焼け絶許部の創設者であり部長。心構えからして違う。
 
 どことなく怪しい感じのする格好の問題か、それとも孤高の存在であるはずの真壁先輩が珍しく自分から他人に話しかけにいったからか。周囲からの視線が矢のように突き刺さっているが、真壁先輩にとってはこれが日常なのだろう。注目されることが仕事の芸能人みたいに、まったく気に留めていない。
 しかしさっちゃんは、僕の後ろでこっそり重苦しい溜息をつき、「あーあ」と首を横に振った。真壁先輩のせいで僕が不用意に目立ってしまったことに、頭を抱えているのだ。僕にはそれが手に取るようにわかった。
 でもね、さっちゃん。僕のなけなしの優しさで黙っておいてあげてるだけで、真壁先輩と張るくらいに美形のさっちゃんといつも一緒にいる時点で、そもそも僕は悪目立ちしまくってるんだよ。
 だから目立つこと自体は今更気にしないけど、「部員を増やしたことが知れると面倒だから黙っておけよ」と念押しされたにも関わらず、公衆の面前で真壁先輩の方から話しかけてきた理由は気になった。

「……あの、真壁先輩、どうして話しかけてきて下さったんですか?」
「え?」

 訊ねると、真壁先輩はなぜかきょとんとしていた。どうしてそんなことを訊ねられるのかわからないと、はっきり顔に書いてある。

「いや、昨日の感じだと、人目のあるところではあんまり話さない方がいいのかなと思ったんですけど……」
「あ、」

 今気づいたと言わんばかりに、真壁先輩が小さく声を漏らす。そしてぽりぽりと頭を掻いた。

「……悪い。後輩ができて、少し浮かれてた」
「え」

 その言葉に、僕は照れると同時に驚いてしまった。並み居る入部希望者をバッサバッサと切り捨てたのは、他ならぬ真壁先輩だろうに。訝しさが顔に出ていたのか、真壁先輩が慌てて弁明に走った。

「いや、本当に誰の入部も受けつける気はなかったんだが、佐倉は今までの入部希望者とは全然雰囲気が違うから、うまくやっていけそうで、その、仲良くやっていけそうな後輩の姿を思わぬところで見かけてつい浮かれてしまったというか……。悪い、うまく言語化できない」
「い、いえ、もう充分です。ありがとうございます……」

 これ以上は大丈夫です、と真っ赤になりながら両手を振る。
 要するに、何かよくわからないが僕は真壁先輩のお眼鏡に適ったということだろう。もしかしたら同性だったのがよかったのかもしれない。そこらへんは先輩にしかわからないことだけれど、そう言ってもらえたのは純粋に嬉しかった。

「あ、そうだ。先輩、鉄壁の防御、さすがですね!」

 なんだか胸がいっぱいになってしまったのを誤魔化すために、最初に真壁先輩を見て思ったことを拍手つきで褒めたたえると、真壁先輩はまるで年端もいかぬ少女のようにあどけなく、照れくさそうな笑みを浮かべてくれた。
 マスク越しにでも充分すぎるほど伝わってくるその純情なかわいらしさに、興奮を抑えきれなくなったらしい周囲が「きゃー!」と大きな歓声を上げる。
 僕もちょっとびっくりした。こんなに派手でチャラそうで、おまけに人という人をガン無視して過ごしている人が、こんなふうに可憐な笑い方をするとは想定外だった。
 だけど意外と友好的な態度だし、何なら口調も微妙に昨日と違うし、ひょっとしたらこちらが真壁先輩の素なのかもしれなかった。
 このままでは会話しにくいと思ったのか、真壁先輩が日傘を差していない方の手で器用に黒マスクを外した。
 先輩のご尊顔が露わになる。シミ一つない雪のように白くて滑らかな先輩の素肌に、ついつい目が行ってしまう。僕の理想を体現したような肌色。
 そしてその肌があまりにも綺麗なので、ほんの数秒でいいから触ってみたいなどと、ちょっとだけ邪(よこしま)なことを考えてしまった。
 そんな不埒なことを考えている僕とは対照的に、真壁先輩は上から下まで丁寧に僕に視線をやると、「ふっ」と先輩っぽく微笑んだ。

「佐倉、ちゃんと日焼け対策してるんだな。えらいな。本当に本気だったんだな」
「ぇ、」

 不意打ちで褒められて、またぽっと頬が赤くなった。
 子どものときからずーっと部活というものには入らずにきたので、歳の近めな年上に褒められるということに慣れていないのだ。
動揺と嬉しさで、鼓動が早まる。
 照れを隠したくて、ついつい声が大きくなる。

「ほ、本気に決まってるじゃないですか! 僕はアイくんみたいになりたいんですから……!」
「……アイくん?」

 真壁先輩が「誰だそれ」というように首を傾げる。

「歌って踊れてバラエティもばっちりな『ウェイブズ』の末っ子・白幡(しらはた)アイくんですよ! ……知りません?」

 『ウェイブズ』誕生のオーディション番組は、あれほど大々的に放送されていたというのに。
 見た目はそれこそ芸能人みたいな真壁先輩は、まったく芸能には疎いようで、数秒悩む仕草を見せたあと、スマホで検索をかけだした。脳内検索では引っ張り出せなかったのだろう。あるいはそもそもデータベースに存在しなかったか。
 しかしわざわざ検索なんてしなくても、僕のロック画面は公式配布のアイくんなのに!
 地団駄を踏みたいほどもどかしかったが、真壁先輩が折角調べる努力をしてくれているのに口を挟むのは野暮な気がして、我慢して黙っていた。
 
 検索で出てきた画像を見ても、ピンと来なかったらしい。しきりに首をひねっていたが、アイくんの抜けるような白さにはさすがの真壁先輩も「すごいな……」と感心していた。
 やがて真壁先輩は、頭に天使の輪っかをつけた、ファンシーなライブ衣装姿で微笑むアイくんの画像を僕に突きつけて、訊ねた。

「佐倉はこのアイ、アイくん? みたいになりたいから、色白になる努力をしてるのか?」
「はい、そうです! 大好きな推しに少しでも近づきたいので!」

 すると真壁先輩が、穏やかに微笑んだ。
 さっきみたいにかわいらしさの見える微笑み方じゃなくて、どこか影のある切なさの混じった、大人な微笑みだった。

「なりたい自分があるっていいよな。……俺も同じ。それまでとは全然違う自分になりたくて、日焼け絶許部を作ったんだ」

 遠くを見る目をしながら囁くように真壁先輩がそう言い終わったとき。
 重厚なチャイム音が辺り一帯に鳴り響いた。
 ホームルーム開始十分前を知らせる、予鈴のチャイム。次の本鈴が鳴る前に校門に入れなかったら、遅刻判定されてしまう。
 ああもう行かなきゃ、遅刻してしまう。でも。

(折角こうして真壁先輩とお喋りできたの、楽しかったのにな……)

 思いがけないボーナスタイムの終わりを悟り、残念な気持ちにぎゅっと胸が締めつけられていると。真壁先輩が優しく僕の頭の上に手を置いて「じゃ、また放課後にな」と笑いかけてくれた。
 そのたった一言で、僕はたちまち元気になる。「はい真壁先輩、また放課後に!」と、僕は喜び勇んで返事した。目には見えない尻尾がブンブンと振れているのが、自分でもよくわかった。
 そうして真壁先輩は一足先に校舎へと向かい、僕も遅刻しないよう、急いでさっちゃんと校門へ向かう。
その途中、僕たちのやりとりを一番近くで――そして決して口を挟まずに眺めていたさっちゃんが、難しい顔でボソリと言った。

「……なんか、真壁先輩って聞いてた話と印象違うな。誰に話しかけられても基本無視って聞いてたから、生粋の人嫌いなんだと思ってたけど」

 さっちゃんが言うので、僕も大きく頷いた。

「わかる。――でもあの人たぶん、」


「人が好き、だよね」「人が好き、だよな」


 さすがは生粋の幼馴染み。綺麗に声が揃った。
 真壁先輩が自分から話しかけてきてくれたことでわかった。真壁先輩は絶対に人嫌いなんかじゃない。
 真正の人嫌いだったら、部活の後輩を見つけても近づいてこない。気づかないふりで立ち去るのがセオリーだ。
 しかも僕は真壁先輩の予想外のところから勝手に懐に飛び込んできた後輩――部員なのに。それなのに真壁先輩はあんなふうに気さくに話しかけてくれた。話していて、真壁先輩自身も楽しそうだった。
 じゃあなんで、なんで。

「真壁先輩ってあんなに人を遠ざけてるんだろ?」
「…………」

 この僕の疑問には、物知りなさっちゃんでもさすがに答えてくれなかった。